44 / 48
七つの厄災【不安編】:不安は心配からくるらしいですよ
王城陥落
しおりを挟む俺達は夜通し走り続け、二日かかった道のりを一日半で王都に到着した。
馬車の中で聞いた話だと、エイレーネさんはこの距離を馬に乗ってきたらしい。俺は馬がどうなったのか気になって聞いてみると「置いてきた。なぁに、勝手に帰るだろう」だそうだ。
門についた俺達の中にエイレーネさんの顔を見つけると、衛兵はチェックもなしに通してくれた。
予想外にデルフィニアの妨害もなく、街に入った俺達はそのまま王城へと向かう。遠目に見える城の上空には、赤い稲妻をまとった黒雲が厚くかかり、城を覆い隠す様にのしかかっていた。
街中で速度を落とした御者台に街の噂話が流れて来る。昨日の朝には城に雲がかかっていたとか、城に行った人が帰ってこないとか、もう城は魔物に乗っ取られたとか。
「青年、冒険者ギルドによってくれ」
御者をやっている俺に、エイレーネさんが声をかける。モイラさん救出の為、城に急ぎたい気持ちを抑えて、俺は指示通り冒険者ギルドの前に馬車を停める。モイラさんを一番心配しているのはエイレーネさんだと思うしな。
エイレーネさんは馬車を飛び出し、急いでギルドの中に入っていく。馬車を放置したまま追いかける訳にもいかず、エウリュアに声を相談しようとしたところで、エイレーネさんが戻ってきた。手に拳大の四角い石鹸のような物を持っている。
「一つしかなかった。エウリュア、お前が使え」
「父さん。それは?」
「馬車で話そう。青年、このまま頼めるか?」
「勿論」
馬車に乗り込もうとしたエイレーネさんに、ギルドマスターのアエティオスが声をかける。
「エイレーネ殿、実はあの黒雲の――城の調査を頼んだシーマという冒険者が帰ってきていない。もし見かけたら――頼む」
「承知」
モイラさんのことだけで手一杯のはずなのに、エイレーネさんはギルドマスターの目を見て即答する。そのたった一言がギルドマスターの顔から不安の色が消し、安堵の表情をつくる。一回死のうと、転生しようと、この人は変わらず、困った人に手を差し伸べ続けるんだろう。
俺は英雄の凄さを思いながら、再度王城へ向かって馬車を走らせる。
馬車の中ではエイレーネさんがエウリュアにさっきの石鹸のような物について説明していた。
「これは弓のスキル石。回転させて貫通力を増すスピニングアローのスキルが魔法で封印されている」
エイレーネさんがそう説明するとエウリュアに石を渡す。
「手に持ったまま、石に向かって『ラーニング』と言えばいい」
「俺には使えないのか?」
エウリュアが弓スキルを持てば、デルフィニアに目を付けられる。危険な目に合うんじゃないかと、つい声をかけてしまった。
「残念だが落人で成功した例はない。試してみたくもあるが貴重な品で、今は一つしかない。時間もないし失敗できん以上、一番習得の可能性が高いエウリュアに頼むしかない」
メディは不満そうな顔をしながも黙って聞いている。俺も弓より魔法の方が似合ってると思うな。
「大丈夫だよ、ノゾム。心配ありがとう。『ラーニング』」
エウリュアの手の中でスキル石が光り、上の方から光の粒になって消えていく。最後にエウリュア自身が淡く光った。
「うまくいった――みたいだな」
どうなったら成功で、失敗したらどうなるのかわからないが、エイレーネさんがうまくいったと教えてくれる。エウリュアも半信半疑のようだ。
「なぁ、自分のステータス情報とか見れないのか?」
俺はふにゃけ顔の同級生を思い出しながら、何とは無しにエウリュア達に聞いてみた。たしか、異世界転移モノのお約束の一つだったはず。
「何それ? ステータス? あっ!」
「どうした? 何か合ったのか?」
エウリュアが小さく声をあげる。俺はトラブルかと思い、辺りを見渡して見るが特に何もない。
「私の情報が一覧で見える……。スキルの欄にスピニングアローが載っている。これがステータス?」
「なんだと!? ステータス! おぉ! これは便利……だが、人に見せられるもんじゃないな……」
エイレーネさんがステータスを開いて喜ぶが、同時に何かを見つけて小声になる。
「メディもみたい! ステータス! おぉ~、情報網の子達の名前が一覧で載ってる! あ、こっちは魅了した人達の名前だ!」
メディは大喜びだ。俺も真似してステータスと言ってみるが、そんな画面は全く出てこない。落人は駄目ってことか。残念。
「青年、ステータスって一体何語なんだ? こんな言葉は聞いたことがない」
「落人の世界の言葉だ。ステータスが見れるなら、今までの落人から広まったりしてないのか?」
エイレーネさんの質問に答える。存在してるのに広まらないのは、皆がステータスって言葉を知らないだけって――そんな事ありえるのか?
「わからん。わからんが、もしもこの情報を他人が盗み見る方法あるとすれば、秘匿する必要があったのかもしれん」
「個人の戦力丸わかりだもん。それこそ生死を分ける情報だよね。メディもちょっと、人には見せられないかな」
エイレーネさんの仮説にメディが同意する。確かにステータスを見られていたら、状況によったら死ぬ事になるのかもしれない。
「王や一部の貴族には周知されているかもしれんがな。まさか――」
「城が見えてきた! エイレーネさん、何か様子がおかしい!」
エイレーネさんが何か言いかけたが、それどころじゃない。城門の前に沢山の人だかりができていた。
輝く甲冑に身を付けた動きは精彩を欠き、よく手入れされた剣を持つ手は力なくだらりと下がっている。隊列もなく一人一人が好き勝手に動き、とてもじゃないが訓練を積んだ兵士の動作じゃない。落ち窪んだ眼孔に見覚えのある真っ赤な光。あれは王都に来た時に襲ってきた奴隷死体と同じ光りだ。
「王宮騎士全て殺して手駒にしたか! デルフィニア!」
エイレーネさんの怒りの声を合図に、騎士ゾンビ達が怨嗟の声をあげ向かってくる。エイレーネさんが走っている馬車から飛び出し、空間を広げた袋から巨大な手斧を出してぶん投げる。ゾンビになった人達は魂をデルフィニアに縛られ苦しみ続け、苦しみから開放してあげるには倒す以外にない。
「ノゾム! 馬車を停めて!」
エウリュアが声を上げた時には、すでに手綱を引き、馬に合図を出している。止まりかけた馬車からエウリュアとメディが飛び出し、御者台から飛び降りた俺は、馬をつなぐ鎖を太刀で斬って逃がす。刃こぼれは――無いようだ。
「待て! こっちだ!」
俺達も参戦しようとした時声がかかった。声のした方を見ると女性が一人こっちに向かってくる。布のマスクで顔を隠しているが、冒険者ギルドで会ったシーマだろう。
「ギルドから増援はないと聞いていたが――坊やが来るとね。助かったよ」
シーマも俺のことを覚えていたらしい。
「とりあえず黙って聞いておくれ。デルフィニアが謀反を起こした。あたいが侵入した時には、城の者は王を含めて殺されていた。生き残りは見ていない。奴はゾンビ共にモイラ殿を運ばせ、地下室に向かっていった。地下の入口は一つしかなく、追跡を諦めて戻ってきたところだ」
シーマが簡潔に説明する。俺達は黙って先を促す。
「奴はモイラ殿に何かする気だ。あんたら英雄の娘だろ? おふくろさんを助けたいなら時間がない。厨房の窓を開けておいたから、そこから行きな」
シーマはエウリュア達を知っていたらしく、モイラさんに危険が迫っていると教えてくれた。
「彼女は王宮騎士団長のエイレーネ様だね。彼女にはあたいが伝える。なんとか一旦退くよう進言してみるさ。あたいはギルドにも戻らなきゃいけないし――」
「シーマ! 話は全て聞かせてもらった! ここは私に任せろ! 速く行け!」
ここから結構距離あるのに、ゾンビと戦っているエイレーネさんの声が響いてくる。ここの会話も聞こえているらしい。
「はっ、英雄の生まれ変わりは、耳まで特別製かい?」
シーマが笑い、その内容に俺達は驚いく。エイレーネさんが英雄の生まれ変わりであることを、俺達以外に知ってる人が居るなんて。
「さあ、早くお行き、時間がないよ! あたいは英雄を信じてギルドから援軍を連れてくる!」
「ちょっと待って――肉体強化と速度増加。急いでね。おばさん」
「おばっ……ったく、自分が若いからって」
シーマは俺達に厨房の方向を指差す。走り出そうとするシーマを引き止めて、メディが魔法をかけた。おばさんと言われてシーマが嫌そうに愚痴りながら、その場で飛び跳ね体の調子を確かめてる。
「なぁ、シーマ――あんた一体何者なんだ?」
「知ってるだろ? ――冒険者ギルドの新人いびりだよ」
0
お気に入りに追加
13
あなたにおすすめの小説
転生したら脳筋魔法使い男爵の子供だった。見渡す限り荒野の領地でスローライフを目指します。
克全
ファンタジー
「第3回次世代ファンタジーカップ」参加作。面白いと感じましたらお気に入り登録と感想をくださると作者の励みになります!
辺境も辺境、水一滴手に入れるのも大変なマクネイア男爵家生まれた待望の男子には、誰にも言えない秘密があった。それは前世の記憶がある事だった。姉四人に続いてようやく生まれた嫡男フェルディナンドは、この世界の常識だった『魔法の才能は遺伝しない』を覆す存在だった。だが、五〇年戦争で大活躍したマクネイア男爵インマヌエルは、敵対していた旧教徒から怨敵扱いされ、味方だった新教徒達からも畏れられ、炎竜が砂漠にしてしまったと言う伝説がある地に押し込められたいた。そんな父親達を救うべく、前世の知識と魔法を駆使するのだった。
大工スキルを授かった貧乏貴族の養子の四男だけど、どうやら大工スキルは伝説の全能スキルだったようです
飼猫タマ
ファンタジー
田舎貴族の四男のヨナン・グラスホッパーは、貧乏貴族の養子。義理の兄弟達は、全員戦闘系のレアスキル持ちなのに、ヨナンだけ貴族では有り得ない生産スキルの大工スキル。まあ、養子だから仕方が無いんだけど。
だがしかし、タダの生産スキルだと思ってた大工スキルは、じつは超絶物凄いスキルだったのだ。その物凄スキルで、生産しまくって超絶金持ちに。そして、婚約者も出来て幸せ絶頂の時に嵌められて、人生ドン底に。だが、ヨナンは、有り得ない逆転の一手を持っていたのだ。しかも、その有り得ない一手を、本人が全く覚えてなかったのはお約束。
勿論、ヨナンを嵌めた奴らは、全員、ザマー百裂拳で100倍返し!
そんなお話です。
異世界で快適な生活するのに自重なんかしてられないだろ?
お子様
ファンタジー
机の引き出しから過去未来ではなく異世界へ。
飛ばされた世界で日本のような快適な生活を過ごすにはどうしたらいい?
自重して目立たないようにする?
無理無理。快適な生活を送るにはお金が必要なんだよ!
お金を稼ぎ目立っても、問題無く暮らす方法は?
主人公の考えた手段は、ドン引きされるような内容だった。
(実践出来るかどうかは別だけど)
ユーヤのお気楽異世界転移
暇野無学
ファンタジー
死因は神様の当て逃げです! 地震による事故で死亡したのだが、原因は神社の扁額が当たっての即死。問題の神様は気まずさから俺を輪廻の輪から外し、異世界の神に俺をゆだねた。異世界への移住を渋る俺に、神様特典付きで異世界へ招待されたが・・・ この神様が超適当な健忘症タイプときた。
異世界着ぐるみ転生
こまちゃも
ファンタジー
旧題:着ぐるみ転生
どこにでもいる、普通のOLだった。
会社と部屋を往復する毎日。趣味と言えば、十年以上続けているRPGオンラインゲーム。
ある日気が付くと、森の中だった。
誘拐?ちょっと待て、何この全身モフモフ!
自分の姿が、ゲームで使っていたアバター・・・二足歩行の巨大猫になっていた。
幸い、ゲームで培ったスキルや能力はそのまま。使っていたアイテムバッグも中身入り!
冒険者?そんな怖い事はしません!
目指せ、自給自足!
*小説家になろう様でも掲載中です
『収納』は異世界最強です 正直すまんかったと思ってる
農民ヤズ―
ファンタジー
「ようこそおいでくださいました。勇者さま」
そんな言葉から始まった異世界召喚。
呼び出された他の勇者は複数の<スキル>を持っているはずなのに俺は収納スキル一つだけ!?
そんなふざけた事になったうえ俺たちを呼び出した国はなんだか色々とヤバそう!
このままじゃ俺は殺されてしまう。そうなる前にこの国から逃げ出さないといけない。
勇者なら全員が使える収納スキルのみしか使うことのできない勇者の出来損ないと呼ばれた男が収納スキルで無双して世界を旅する物語(予定
私のメンタルは金魚掬いのポイと同じ脆さなので感想を送っていただける際は語調が強くないと嬉しく思います。
ただそれでも初心者故、度々間違えることがあるとは思いますので感想にて教えていただけるとありがたいです。
他にも今後の進展や投稿済みの箇所でこうしたほうがいいと思われた方がいらっしゃったら感想にて待ってます。
なお、書籍化に伴い内容の齟齬がありますがご了承ください。
天職はドロップ率300%の盗賊、錬金術師を騙る。
朱本来未
ファンタジー
魔術師の大家であるレッドグレイヴ家に生を受けたヒイロは、15歳を迎えて受けた成人の儀で盗賊の天職を授けられた。
天職が王家からの心象が悪い盗賊になってしまったヒイロは、廃嫡されてレッドグレイヴ領からの追放されることとなった。
ヒイロは以前から魔術師以外の天職に可能性を感じていたこともあり、追放処分を抵抗することなく受け入れ、レッドグレイヴ領から出奔するのだった。
30代社畜の私が1ヶ月後に異世界転生するらしい。
ひさまま
ファンタジー
前世で搾取されまくりだった私。
魂の休養のため、地球に転生したが、地球でも今世も搾取されまくりのため魂の消滅の危機らしい。
とある理由から元の世界に戻るように言われ、マジックバックを自称神様から頂いたよ。
これで地球で買ったものを持ち込めるとのこと。やっぱり夢ではないらしい。
取り敢えず、明日は退職届けを出そう。
目指せ、快適異世界生活。
ぽちぽち更新します。
作者、うっかりなのでこれも買わないと!というのがあれば教えて下さい。
脳内の空想を、つらつら書いているのでお目汚しな際はごめんなさい。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる