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七つの厄災【不安編】:不安は心配からくるらしいですよ

王城陥落

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 俺達は夜通し走り続け、二日かかった道のりを一日半で王都に到着した。
 馬車の中で聞いた話だと、エイレーネさんはこの距離を馬に乗ってきたらしい。俺は馬がどうなったのか気になって聞いてみると「置いてきた。なぁに、勝手に帰るだろう」だそうだ。

 門についた俺達の中にエイレーネさんの顔を見つけると、衛兵はチェックもなしに通してくれた。
 予想外にデルフィニアの妨害もなく、街に入った俺達はそのまま王城へと向かう。遠目に見える城の上空には、赤い稲妻をまとった黒雲が厚くかかり、城を覆い隠す様にのしかかっていた。
 街中で速度を落とした御者台に街の噂話が流れて来る。昨日の朝には城に雲がかかっていたとか、城に行った人が帰ってこないとか、もう城は魔物に乗っ取られたとか。

「青年、冒険者ギルドによってくれ」 

 御者をやっている俺に、エイレーネさんが声をかける。モイラさん救出の為、城に急ぎたい気持ちを抑えて、俺は指示通り冒険者ギルドの前に馬車を停める。モイラさんを一番心配しているのはエイレーネさんだと思うしな。
 エイレーネさんは馬車を飛び出し、急いでギルドの中に入っていく。馬車を放置したまま追いかける訳にもいかず、エウリュアに声を相談しようとしたところで、エイレーネさんが戻ってきた。手に拳大の四角い石鹸のような物を持っている。

「一つしかなかった。エウリュア、お前が使え」

「父さん。それは?」

「馬車で話そう。青年、このまま頼めるか?」 

「勿論」

 馬車に乗り込もうとしたエイレーネさんに、ギルドマスターのアエティオスが声をかける。

「エイレーネ殿、実はあの黒雲の――城の調査を頼んだシーマという冒険者が帰ってきていない。もし見かけたら――頼む」

「承知」

 モイラさんのことだけで手一杯のはずなのに、エイレーネさんはギルドマスターの目を見て即答する。そのたった一言がギルドマスターの顔から不安の色が消し、安堵の表情をつくる。一回死のうと、転生しようと、この人は変わらず、困った人に手を差し伸べ続けるんだろう。
 俺は英雄の凄さを思いながら、再度王城へ向かって馬車を走らせる。
 馬車の中ではエイレーネさんがエウリュアにさっきの石鹸のような物について説明していた。

「これは弓のスキル石。回転させて貫通力を増すスピニングアローのスキルが魔法で封印されている」 
 
 エイレーネさんがそう説明するとエウリュアに石を渡す。

「手に持ったまま、石に向かって『ラーニング』と言えばいい」

「俺には使えないのか?」

 エウリュアが弓スキルを持てば、デルフィニアに目を付けられる。危険な目に合うんじゃないかと、つい声をかけてしまった。

「残念だが落人で成功した例はない。試してみたくもあるが貴重な品で、今は一つしかない。時間もないし失敗できん以上、一番習得の可能性が高いエウリュアに頼むしかない」

 メディは不満そうな顔をしながも黙って聞いている。俺も弓より魔法の方が似合ってると思うな。

「大丈夫だよ、ノゾム。心配ありがとう。『ラーニング』」

 エウリュアの手の中でスキル石が光り、上の方から光の粒になって消えていく。最後にエウリュア自身が淡く光った。

「うまくいった――みたいだな」

 どうなったら成功で、失敗したらどうなるのかわからないが、エイレーネさんがうまくいったと教えてくれる。エウリュアも半信半疑のようだ。

「なぁ、自分のステータス情報とか見れないのか?」

 俺はふにゃけ顔の同級生を思い出しながら、何とは無しにエウリュア達に聞いてみた。たしか、異世界転移モノのお約束の一つだったはず。

「何それ? ステータス? あっ!」

「どうした? 何か合ったのか?」

 エウリュアが小さく声をあげる。俺はトラブルかと思い、辺りを見渡して見るが特に何もない。

「私の情報が一覧で見える……。スキルの欄にスピニングアローが載っている。これがステータス?」

「なんだと!? ステータス! おぉ! これは便利……だが、人に見せられるもんじゃないな……」

 エイレーネさんがステータスを開いて喜ぶが、同時に何かを見つけて小声になる。

「メディもみたい! ステータス! おぉ~、情報網の子達の名前が一覧で載ってる! あ、こっちは魅了した人達の名前だ!」

 メディは大喜びだ。俺も真似してステータスと言ってみるが、そんな画面は全く出てこない。落人は駄目ってことか。残念。
  
「青年、ステータスって一体何語なんだ? こんな言葉は聞いたことがない」

「落人の世界の言葉だ。ステータスが見れるなら、今までの落人から広まったりしてないのか?」

 エイレーネさんの質問に答える。存在してるのに広まらないのは、皆がステータスって言葉を知らないだけって――そんな事ありえるのか?

「わからん。わからんが、もしもこの情報を他人が盗み見る方法あるとすれば、秘匿する必要があったのかもしれん」

「個人の戦力丸わかりだもん。それこそ生死を分ける情報だよね。メディもちょっと、人には見せられないかな」

 エイレーネさんの仮説にメディが同意する。確かにステータスを見られていたら、状況によったら死ぬ事になるのかもしれない。

「王や一部の貴族には周知されているかもしれんがな。まさか――」

「城が見えてきた! エイレーネさん、何か様子がおかしい!」

 エイレーネさんが何か言いかけたが、それどころじゃない。城門の前に沢山の人だかりができていた。
 輝く甲冑に身を付けた動きは精彩を欠き、よく手入れされた剣を持つ手は力なくだらりと下がっている。隊列もなく一人一人が好き勝手に動き、とてもじゃないが訓練を積んだ兵士の動作じゃない。落ち窪んだ眼孔に見覚えのある真っ赤な光。あれは王都に来た時に襲ってきた奴隷死体ゾンビと同じ光りだ。

「王宮騎士全て殺して手駒にしたか! デルフィニア!」

 エイレーネさんの怒りの声を合図に、騎士ゾンビ達が怨嗟の声をあげ向かってくる。エイレーネさんが走っている馬車から飛び出し、空間を広げた袋から巨大な手斧を出してぶん投げる。ゾンビになった人達は魂をデルフィニアに縛られ苦しみ続け、苦しみから開放してあげるには倒す以外にない。

「ノゾム! 馬車を停めて!」

 エウリュアが声を上げた時には、すでに手綱を引き、馬に合図を出している。止まりかけた馬車からエウリュアとメディが飛び出し、御者台から飛び降りた俺は、馬をつなぐ鎖を太刀で斬って逃がす。刃こぼれは――無いようだ。

「待て! こっちだ!」

 俺達も参戦しようとした時声がかかった。声のした方を見ると女性が一人こっちに向かってくる。布のマスクで顔を隠しているが、冒険者ギルドで会ったシーマだろう。

「ギルドから増援はないと聞いていたが――坊やが来るとね。助かったよ」

 シーマも俺のことを覚えていたらしい。

「とりあえず黙って聞いておくれ。デルフィニアが謀反を起こした。あたいが侵入した時には、城の者は王を含めて殺されていた。生き残りは見ていない。奴はゾンビ共にモイラ殿を運ばせ、地下室に向かっていった。地下の入口は一つしかなく、追跡を諦めて戻ってきたところだ」

 シーマが簡潔に説明する。俺達は黙って先を促す。

「奴はモイラ殿に何かする気だ。あんたら英雄の娘だろ? おふくろさんを助けたいなら時間がない。厨房の窓を開けておいたから、そこから行きな」

 シーマはエウリュア達を知っていたらしく、モイラさんに危険が迫っていると教えてくれた。

「彼女は王宮騎士団長のエイレーネ様だね。彼女にはあたいが伝える。なんとか一旦退くよう進言してみるさ。あたいはギルドにも戻らなきゃいけないし――」

「シーマ! 話は全て聞かせてもらった! ここは私に任せろ! 速く行け!」

 ここから結構距離あるのに、ゾンビと戦っているエイレーネさんの声が響いてくる。ここの会話も聞こえているらしい。

「はっ、英雄の生まれ変わりは、耳まで特別製かい?」

 シーマが笑い、その内容に俺達は驚いく。エイレーネさんが英雄の生まれ変わりであることを、俺達以外に知ってる人が居るなんて。

「さあ、早くお行き、時間がないよ! あたいは英雄を信じてギルドから援軍を連れてくる!」

「ちょっと待って――肉体強化ブーストフィジカル速度増加スピードアップ。急いでね。おばさん」

「おばっ……ったく、自分が若いからって」

 シーマは俺達に厨房の方向を指差す。走り出そうとするシーマを引き止めて、メディが魔法をかけた。おばさんと言われてシーマが嫌そうに愚痴りながら、その場で飛び跳ね体の調子を確かめてる。

「なぁ、シーマ――あんた一体何者なんだ?」

「知ってるだろ? ――冒険者ギルドの新人いびりだよ」
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