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七つの厄災【不安編】:不安は心配からくるらしいですよ

魔人奔逸

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「母さんを――離しなさい!」

 エウリュアが弓を構え、矢をつがえるとデルフィニアを射る。デルフィニアは矢を防ぐため、魔力操作で手の平から風を起こすが、白く輝いた矢は風を無視して、その手に突き刺さる。手と矢、そしてエウリュアの弓を見て、目を細めて言った。

「それは、滅魔封神の弓と矢。まだ残っていたのか――忌々しい」

 エウリュアが次々と矢を射る。どうやら、この矢は魔法を無効にできるらしく、デルフィニアの魔法陣を砕き、障壁を貫いて刺さっていく。だが、――何か変だ。

「エウリュア! 何か様子がおかしい、気をつけろ!」

 魔法を無効にする矢があれだけ躰に刺さっても、デルフィニアは落ちてこない。さらに躰からは一滴の血も出ていない。壁画ではデルフィニアを封印まで追い込んだ弓と矢が、それほど効いていない。

「母さんを! 返せ!」

 エウリュアに声をかけるが、聞こえていないようでひたすら矢を射続けている。

「躰は取り返した。モイラ姉様は私の元に戻った。英雄はしぶとく生きている。英雄の子供達も生きている。滅魔封神の聖具を取られた――が、まだ正しい使い方を知らない」

 デルフィニアがブツブツと何かをつぶやいている。

「うふふ、うふうふ。今日のところはここまでの様ですね。ここで騒いで英雄に目覚められたりしたら厄介ですし、私も矢で射られたら痛い――退散することにしましょう」

 デルフィニアはそう言うと、モイラさんに近づいていく。――何故だ? どうして落ちてこない。

「返せ――母さんを――かえっ」

「駄目! お母さんに当たっちゃう」

 メディに抱きつかれエウリュアが手を止める。中途半端な力で放たれた矢は、それでも的を目掛けて飛んでいき、モイラさんの腕をかすめてデルフィニアに刺さる。
 モイラさんが傷の痛みからか目を覚ましたようで、矢衾やぶすまになったデルフィニアを見て大声で叫ぶ。

「エウリュア、スキルを使いなさい! 弓の使い方が間違ってる!」

 違和感の原因はスキルだった。地下室、なんのスキルも持たないメディが射ってあの威力だ。エウリュアが射てばさらに威力もあがっている。十分な威力だと思いこんでいた。だけどデルフィニアを倒すには全然威力が足りなかったんだ。思い返せば、壁画に描かれたていたのは訓練された兵士達。弓のスキルを持っていて当たり前だ。

 ガッ――と鈍い音が響きモイラさんがまた気を失う。デルフィニアが杖で殴ったからだ。モイラさんの頭から血が流れているのが見える。

「また、王宮でお待ちしております。英雄の御一族様」

 デルフィニアがモイラの体を抱きしめて一言。瞬間、姿が掻き消える。――モイラさんも一緒に。

「また、母さんを……助けられなかった」

 エウリュアがそう言って泣き崩れた。メディも泣きながらエウリュアに抱きつく。
 俺は何もできなかった。魔法に対して手も足もでない。何度もエウリュアとメディに助けられてるのに、デルフィニアに攻撃することすらできなかった。
 泣き続けるエウリュアをにかける言葉もなく、ただただ二人を見つめていた。

「まだだ。王宮に急ぐぞ三人共」

 声に振り向くと、エイレーネさんが立ち上がっていた。剣を杖にして立っているのもつらそうだ。

「メディ、私に回復魔法をかけてくれ」

 エイレーネさんが足を引きずりながら近づいてきて、メディに回復を頼む。メディが涙を堪えながら回復魔法をかける。回復してもまだ辛そうなエイレーネさんが俺に向かって言う。

「どうした青年――諦めるのか」

 俺は俯いたまま返事できないでいる。諦めたくはない。だけど何も出来なかった俺に何が出来る? 

「私の手斧に――障害に真っ直ぐぶつかって行くのが青年の本質だと思ったが、私の勘違いだったか」

「俺は――何も出来なかった。魔法に手も足も出ず、デルフィニアに攻撃することも出来なかった」

 エイレーネさん――英雄は少し考えると腕を組んで言う。

「動け! 考えても答えが出ないなら、とりあえず何かやってみろ。動いてこそ見えてくるものもある」

 エイレーネさんはそう言って、エウリュアのところへ行ってしまった。
 英雄だからって偉そうに――と思う反面、もしかしたらという気持ちが湧いてくる。どうせ時間が足りないんだ、やるだけやってみよう。
 立ち上がったエウリュアはやる気に満ちた表情に変わっていた。メディも泣き止んでいる。これが英雄の――父親の力なのかも知れない。信じて行動してみよう。
 
「まずは王都に急いで戻るぞ。行けるな三人共」

「あぁ!」「はい!」「うん!」

 俺達は顔見合わせて頷くと、馬車に向かって走り出した。馬車と馬にまた魔法を重ねがけして王都へ向かう。俺は馬車の中でじっとしていられず、御者台に座って馬を操る。エウリュアはエイレーネさんに弓スキルの説明をしてもらい、メディは少しでも魔力を回復させる為、椅子で横になって眠っている。

「魔法に対抗する為に――魔法無効の矢――」

 落人である俺じゃ、この世界のスキルは覚えられない。駄目だ、やっぱりいい案が浮かばない。仕方がない、今は王都に急いで向かうことだけ考えよう。
 途中、エイレーネさんと目を覚ましたメディに御者を変わってもらった。夜通し走り続ける馬車の中で、少しでも体力を回復させる為、座ったまま目をつぶる。――が、眠れそうもない。

「巻き込んじゃってごめんね」

 同じく疲れを取るために目をつぶったまま、エウリュアが申し訳そうに話しかけてきた。

「ノゾムは最初から私達、家族の為に頑張ってくれている。本当はもっと自由にしてるはずなのに――」

 冒険者ギルドの保護下に入っている俺は、ギルドから自由を保証されている。エウリュアは自分の家族のことで、俺の自由がなくなっていると思っているのだろう。

「迷惑か? 俺は今回何もできなかった。精々、スケルトンなど雑魚を相手にしただけだ」

 力になれなかったことを思い出し、つい口に出してしまう。

「そんなことないよ。ノゾムには感謝してる。居てくれるだけで、私から不安がなくなっていくのがわかる。ノゾムに会ったおかげで、妹も助かって、姿が変わったけど父さんにも会えた。母さんも絶対助けるって勇気が湧いてくるのがわかるの。だから――」

「だから? 今更、自由にしろって言われても困る」

 エウリュアは気持ちが先走って、まとまらないまま話し続ける。少しイライラして俺が聞き返す。

「俺は自分の意志でここにいる。この世界の厄災のことも、エウリュアの母さんことも、全部俺がやりたいことだ」

 俺も言いたいことがまとまらない。そして、言いながら自分で思い出す。この世界に来たのも最終的には自分が決めたこと。そうだったはずだ。

「だから、エウリュア達と一緒に来てる。一緒に居たい。たとえ、魔法に何も出来なくても、俺は一緒に居たいんだ」

 気持ちをそのまま言葉にした。何を諦めようとしていたんだろう。こんな大切な人を泣かせた奴は、一発本気で殴らないぶっ殺さないと気が済まない。

「だからつまんないことを気にするな、エウリュア」

 俺は目を開けてエウリュアを見た。エウリュアも俺を見つめていた。どちらからともなく手を握り合う。

「ふんっ。二人共さっさと寝ろ。ノゾム! エウリュアに手を出したら殺すからな!」

 エイレーネさん――お父さんに怒られて俺達は笑って目を閉じる。だけど、握った手は離さなかった。
 なんだか元気貰えたよ。ありがとう、エウリュア。
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