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RPG(1)

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「写真より、お綺麗ですね」
「なんか、言った?」
「奥さん、お綺麗ですね、って言いました」
 へえ……こいつ、女に興味あったんだ。
でもまあ、褒められて悪い気は、しない。真純は、ほんとに美人だから。
「ああ、なかなかの美人だろ?」
「所長と、お似合いです」
「どうしたの、お前」
「何がですか?」
「いや……別に……」

 山内は大学のゼミの二つ後輩で、俺と同じく、頭がいい。
会計士としては、悔しいけど、俺より優秀で、クライエントからの信頼も厚い。
正直、企業の会計顧問は、こいつでもってるといってもいい。
 独立してから、一番最初に声をかけたのが山内で、報酬に食いついて、あっさり俺の事務所へクライエントを連れて来た。
 そう。こいつは金で動く。だからこいつには、破額の報酬を出している。しっかり働いてもらわないとなあ。

「真純の写真なんか、見たことあったっけ?」
「Facebookで」
 ああ、そうか。お偉方のパーティの写真をアップしてたんだっけ。書いてるのは、藤木。俺はSNSなんてものには、全く興味ない。
 よく見ると、山内は結構なイケメンで、スーツや持ち物のセンスもいい。背も高いし、スタイルも悪くないか。
 この俺のかっこいいベンツを運転していても、違和感はまったくない。

「お前さ、女、いるの?」
「関係ないでしょう」
「三十八だろ? 結婚とか、興味ないのかよ」
「ありませんね」
 山内は神経質にメガネを触って、本気で鬱陶しそうな顔をした。
「でも、奥さんみたいな女性なら、考えてもいいかな」
「な、何言ってんだよ!」
「僕につり合う女性は、それくらいのレベルだってことです」
「お前、ナルシストだな」
「僕以上の女性がいないだけです」
 あー、俺が女なら、こんな男は絶対ムリ。
「真純は、お前以上なの?」
「そうですねえ。僕の好みの雰囲気ではあります」
ちょっと……こいつ、まさか、真純を狙ってんのか?
「安心してください。他人の所有物には興味ありませんから」
「し、心配なんかしてないし」
「わかりやすいですね、所長」
 山内は鼻で笑った。なんだよ、こいつ! こういうとこが嫌いなんだよ!
「でも、どうしたんですか?」
「何がだよ」
「今まで、顔すら出したことなかったのに、急に事務所に入るなんて」
「……営業面を強化したかったんだよ。タイミング良く、仕事辞めたから」
「なるほど。よほど優秀なんですね」
「まあな」
「楽しみだなぁ。優秀な人間と仕事するのは、自分の糧にもなりますからね」
「金のことはさっぱりだから、教えてやってくれよ。頭はいいから、すぐ覚えると思うし」
「ところで、所長の仕事内容はご存知なんですか?」
「まあ、だいたいはな」
「なら、いいですけど」
 俺の仕事……そんなこと、真純がわかってるはずない。
違法スレスレの仕事だからな……いつ、手が後ろに回ってもおかしくない。
「着きました」
「山内、お前に任せるから、しっかりやれよ」
「はい」

 新規のクライエントとの交渉も上手くいった。
やれやれ……このご時世だからな。新規のクライエントを掴むのも一苦労なんだよ。
「二時か……腹減ったな。なんか、食って行こうぜ」
 俺達は、通りすがりのファミレスに入った。

 真純、ちゃんと帰ったのかな。電話してみるか。明るくはしてたけど、やっぱり、落ち込んでるだろうし。

 コールはするけど、真純は出なかった。どうしたんだろう。何かあったんじゃないだろうな。
 もう一度かけようとした時、外で電話をしていた山内が、慌てた様子で入ってきた。
「所長、調査が入ります」
「え? どこに」
「神谷先生の……」
 マジかよ。危ないと思ってたんだよな……
「すぐ行くって言え」
「わかりました」
 俺達は注文をキャンセルして、店を出た。腹減ったなぁ。

 神谷の事務所につくと、かなり動揺した様子の秘書が俺を待っていた。
「佐倉先生、どうしましょう」
「落ち着いてください。我々に任せて。山内くん、帳簿」
「はい」
 山内は慣れた調子で帳簿データを出して、コピーし、次々に『修正』していく。
「調査はいつ入る予定ですか」
「たぶん……明日の朝一で……」
「なら大丈夫です。まだ時間はありますから」

 笑顔で言ったものの、正直不安。
 ここの資金繰りはかなりブラックで、ツッコミどころ満載だ。関わりたくはなかったけど、松永さんの知り合いとなれば、断れない。ああ、やっぱり断っときゃよかったなあ……
「所長、これで……」
「うん……いや、これだと不自然だな。三年前のデータ見せて」
 長丁場になりそうだ。夜までかかるな、これは……

 時間は三時。真純、どうしてるかな。無事帰ったよな。
 どうも真純が気になって集中しきれない。電話してみるかな……

 そう思ってる矢先、真純からの電話が鳴った。
「真純?」
「うん。電話、出れなくてごめんなさい」
「いや、ちゃんと帰ったかなって思って」
「うん。帰ったよ」
「どうやって帰ったの?」
「電車」
「え? 藤木に送ってもらえばよかったのに」
「いいの。藤木くんも、忙しそうだったし」
「そうか……ああ、今日、遅くなるんだ。十一時までには帰るから」
「ご飯は?」
「食べて帰る」
「わかった」
 なんか、いいことでもあったのかな? 声がなんとなく、弾んでいた。まあ、いいか。
落ち込んでるかと思ってたけど、明るくしてくれてるなら、別にいいよな。もう、退職のことはふっきれたのかもしれない。
来月から、新しい生活。俺達は、文字通り、二十四時間、三六五日一緒! ああ、楽しみだなあ。 
これで杉本も、田山も、あんなヤツラが入り込む隙はないってわけだ。

 さあ、これで集中できる。俺のクライエントに、調査なんて関係ないんだよ。

 時計は七時を指して、窓の外が薄暗くなりかけたころ、電話が鳴った。
え? 中村? なんだろう……
「久しぶりじゃん。珍しいな、お前から電話なんて」
「ああ、今ちょっといいか……あの……門田さんが……」
「真純? 真純がどうかしたのか?」
「ケガをな……」
「ケガ? ケガって、どういうことだよ!」
「うん……こ、転んで、その、手を切ったみたいで……」
「ひどいのか!」
「いや、ケガはそんなに……あのさ、迎えに来てくれないか」
「わ、わかった。どこだよ」
「俺の会社」
「中村の? わかった、すぐ行く!」

 その時の俺は、かなり動転していて、なぜ真純が中村の会社にいるのかとか、なぜ真純がそんなところでケガをしたのかとか、そんな単純なことすら考えられなかった。

「何かあったんですか」
「あ、ああ。真純がケガしたらしいんだよ。悪いけど、後頼んでいいか?」
「わかりました。もう少しですから」
「悪いな」
「大丈夫です。本来ならば、僕の担当ですし」
「何かあったら、電話くれ。ああ、車、乗って行っていいか?」
「ええ。僕は適当に帰ります」

 胸騒ぎがする。
 電話じゃ、あんなに明るかったのに……
 真純、何があったんだよ? 待ってろよ、すぐ行くからな!

***

 診察室で、真純はしきりに、転んだ、と繰り返していた。処置室で処置してもらってる間も、転んだ、と繰り返している。

「あの、ケガは……」
「傷自体は、深くはありますが、神経にも触ってませんし、縫う程でもないでしょう」
「そうですか。よかった……」
「ただ、ちょっと、精神的に動揺されてるようですね。転んだにしては、傷が不自然ですが……本当に転んだだけですか?」
 この病院は、松永さんの紹介で、ある程度の融通は利く。
「私は、その場にいなかったので……でも妻は、転んだだけだと」
「そうですか。ご本人がそうおっしゃるならね……精神安定剤を出しておきましょう。今夜は飲ませてあげてください」
 
 精神安定剤……
 正直に言うと、俺は、もうどうすればいいのか、わからなくなっていた。
 今日のことだって、普通の状態じゃなかったはずだ。正常な意識の中で、あんなこと、するわけがない。
 なんとなく、俺はずっと、真純の変化を感じていた。
あの夜から、真純は、急に泣いたり、急に笑ったり、急に怒ったり、急に不安な顔をしたり……
俺は俺なりに、真純を受けとめる努力をしてきたけど……俺じゃ、ムリなのかな……

「ご主人、大丈夫ですか」
 泣いてしまいそうだ。俺……限界かもしれない……
「何か、ご心配なことがありますか?」
「いえ……」
「奥様は、ずいぶん不安定な状態のようです。もし、よろしければ、心療内科か、精神科か、紹介状を出しますよ」
「精神科……妻は、病気なんですか。うつ病とか、そういう……」
「それを知るためにも、受診をおすすめします。一度、ご夫婦でゆっくり、話し合われてみては。それにご主人自身も、少しお疲れのようです」
「妻が、わからないんです……俺、どうしたらいいのか……」
「病名をつけることが、必ずしもいいことだとは思いません。しかし、周りの人までが、疲れてしまったら、奥様は誰を頼りしにしたらいいんでしょう。ご主人、あなたしか、いないのでは? 奥様が頼りにできる人は……適切な治療をすれば、奥様も、ご主人も、いい方向に進むはずです」
 
 俺しか、いないのか。
 真純には、もう、俺しか……俺が、すべて奪ったのか……

 待合室には左手を吊った真純が、震えながら座っていた。
 その真純は、いつもの美人で、イケてる真純じゃない。
弱々しくて、小さくて、まるでずぶ濡れの、汚れた捨て猫のような、哀しい……女。

 真純……俺……ごめん……もう……

 最低だ。

 俺は、真純に気づかれないよう、裏口から、病院を出た。
 震える真純に背中を向けて、俺は……

 駐車場で、ベンツのエンジンをかけた。
 助手席には、真純の少し湿ったハンドタオルが、涙のしみ込んだハンドタオルが、落ちていた。

「どうすればいいんだよ! 誰か教えてくれよ! もう限界だよ!」

 運転席で、俺は、叫んだ。
涙が止まらない。手が震える。息が苦しい。

「なんでなんだよ……なんで……なんで、俺じゃダメなんだよ……」

 携帯が鳴る。
 たぶん、病院からだ。
 俺を探している。支払いも、できないんだろう。どうしたらいい。逃げたい。逃げたいんだ。

「佐倉さんですか? すみません、奥様がお探しで……お会計ができないんです」
「……請求書を、送ってください。必ずお支払いします」
「佐倉さん? ちょっと、さくら……」

「知るかよ……もう知らねえよ……あんな面倒な女……もう知るかよ!」  
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