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12.夢のつづき

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 なんだか俺はもう、彼のなすがままだった。体を仰向けに反すと、水音がすぐさま俺の体を弄り、扱き始める。

 『まだやるのか?』

 根をあげそうになったが、彼を跳ね除けるほどの気力が戻ってきていなかった。

 「ちょっとまって……まだ…イった、ところだから…」

 俺が切れ切れに懇願すると、少しばかり手加減はしてくれたが、ほとんど強引に勃たせられてしまった。反応する俺も俺だ。体と気持ちががほとんどバラバラだった。足には思うように力が入らず、追撃を拒む気力もない。それなのに水音に触れられた部分は、火が着いたように熱くなり、熱は抜け場を求めて体中を駆けまわった。不思議とそれほどに苦痛ではなかった。水音は俺を興奮させたまま、自分で解すと、素早く俺の上に跨った。
 手際が良い。
ゆっくりと飲み込まれる感覚。内臓の温度と柔らかさ。根元まで咥え込むと、一気に絞り上げてきた。体はめまぐるしいほどに翻弄されているにも関わらず、頭の隅では割と暢気に、意外と激しいな、などと考えていた。

 「ぁっ…あっ、う、ん」

 抑えきれない喘ぎを漏らしながら、水音が俺の上で、リズミカルに腰を動かす。強く締め付けられ、捩られると自然と腰が浮いた。頭の中でいろんな色の光がフラッシュした。

 『ヤバイ。意識が眩む』

 体が俺のものじゃないみたいだった。意識の支配を離れて自由に動きたがっていた。紛らわせるために戯れに下から突き上げると、水音が体を弓なりに反らせる。かなり柔軟なようだ。腕を伸ばして彼を引き寄せ、体の位置を入れ替え、角度を変えて突き入れた。

 「あっ!」

 水音が不意を突かれたように不自然に体を捩る。当たったみたいだ。
真っ暗な中に俺を見上げる潤んだ大きな目玉が見えた。水音が感じている。俺は次第におもしろくなり始めていた。彼の攻め方は意外だったが、こうしている時の彼の反応は、俺が知っている、いつもの素直な水音らしいものに思えた。

 『俺が結構激しくされたってことは、俺も遠慮しなくていいんだよな?』

 何度か体を組み替え、赴くままに彼を貪った。湿った肉のぶつかる音。部屋に篭る荒い息遣いと押し殺した喘ぎ。汗に混じった雄の匂い。

 俺達は愛も、一言の睦言も交わすことなく、獣のように交わった。


◇ ◇ ◇


 それまで俺は、同居人としての水音をそれなりに気に入っていたし、それ以上に立ち入る必要を感じていなかった。彼はいずれ出て行く。それだけにシガラミを増やしたくなかった。『したくなかった』という程に、俺が彼のことを考えていたかというと、それも怪しい。

 邪魔にさえならなければいい。
この日までの俺は、否、それ以降も基本的に水音に対して、そういう見方をしていた。

 日頃から水音が俺の役に立とうとし、俺の機嫌を損ねまいと心を砕いていることは気付いていた。だがそれは、彼が居候であるが故の配慮であって、それ以上の他意のない、俺はそれを当然のものとして受け止めていた。

 故に、この日の水音は、何を考えていたのだろうと思う。なぜなら俺は、彼とはそういう関係を望んでいなかったから。俺は水音から少しも性的魅力を感じていなかった。水音は…、水音はどうだかわからない。

 ただ、男の性欲はどこかのタイミング処理しなければならないから、その延長だと俺は思っていた。謂うならば、助け合いの精神だ。

 水音とのセックスは、俺は経験人数が水音を含めて2人だから、相性がどうこうと言えるほどのものもないのだが、良い方だったと思う。水音は、どうだかわからない。俺の前に経験がないわけではなさそうだったが、それについて訊いたことはない。気にしたこともなかった。どちらかというと、最初の頃から俺は彼に引き摺られ気味だった。


 ― そう、この日が最初だったんだ ―


◇ ◇ ◇


 壁の体温が伝わっていない箇所を求めて、俺はまた体をずらした。さっき冷蔵庫から持ってきたミネラルウォーターはすでに空だった。一頻り終わった気だるさの中で、この前セックスしたのはいつだっただろう、いつ振りだったかな?とぼんやり考えていた。

 水音は、俺の隣でうつ伏せになって、顔だけこちらに向けていた。薄暗がりの中で上目遣いに俺を見る、彼の青味をおびた白目の部分だけが、妙にギラギラして見えた。何度か重たげに瞬きしては、また俺を繁々と見た。

 「僕、ここに来る前に一度、昌樹に遇ってるんだよ?」

 水音が小さくくぐもった声で言った。眠りに落ちる一歩手前のような、独り言のような、少し呂律の怪しい呟きだった。

 「昌樹、ずっと前に公園で、長いこと空、眺めてたよね?雨の日、覚えてる?…すごく悲しそうだった。

あの時、昌樹はなにを泣いていたの?」


 瞬間、背筋に冷たいものが走り、俺は飛び起きた。目を開けたのと同時に一気に汗が噴き出すのがわかった。自分の部屋のベッドの上だった。辺りを見回す。開け放ったドアの向こうで、クリームがキッチンに向かってのそのそと横切っていった。

 誰もいない。

 夢だった。


 いや、夢じゃない、俺が忘れていただけだ。これは本当に俺の記憶の中のものなのか?あまりにも生々しくて、まだ水音の重みが、感覚が、ほんの数分前に起こったことのように俺の体に残ってる。首や胸元を拭ってビショビショに濡れた掌を見返す。この汗は、本当に俺だけのものなのか?水音は?居ないのか?俺は自分の体と部屋を交互に見比べた。どれくらいそうしていたのかわからない。

 クリームがドアに体を擦り付けながら部屋に入って来た。ベッドの上の俺を見上げ、遠巻きに部屋を徘徊しながら、遠慮がちに『…にゃ』と鳴いた。まだ夜明け前だというのに蒸し暑かった。

 エアコンをつけ、キッチンに行き、クリームの水入れに新しい水を入れた。グラスを一つ出し、自分のために水を注ぐ。テーブルに寄りかかっていると、クリームが俺の脚に擦り寄ってきた。

 なぜ今頃思い出したのだろう?なぜ忘れていたのだろう?俺達の出会いは本当に単なる偶然だったんだろうか?違う。元々作為があったんだ。だけど、どこまでがそうだったのかはわからない。どこまでが現実で、どこまでが夢なのか、その境目が今の俺には判断がつかない。

 水音のことを、すべて夢か幻だったと思うことがあった。
だが、ここに残されたアイツの痕跡はどうだ?

退院した翌日、俺は水音がバイトしていた本屋に行った。水音が来ていないか尋ねると、店長らしき人が現れて、半月ほど前から休んでいる、と言った。電話をしても繋がらないからと、連絡手段を知らないかと逆に訊き返された。履歴書に書かれた連絡先は、住所も電話番号も俺のものだった。そういえば、俺はスマホの充電さえろくにしていなかった。
 水音が真実存在していたとするならば、あの海に行った日が夢か幻だったのか。では、今、ここに水音がいないのは何故なのか?

 あの日の後、俺が前後不覚だったこともあり、俺達に一体何が起こったのか聞ける相手が思い当たらない。誰か知る人がいないかと、何度かあの海岸に足を運んでみたが、俺達を見たという人も、それらしい事故も、俺以外にどこかの病院に運ばれた怪我人や病人、水音と思しき水死体も見つかりはしなかった。

 それと同時に、水音はまだどこかに隠れていて、どこからともなく、ひょっこり現れるのではないかと思っては、バイト先や、よく行っていたコーヒーショップに足を運んだ。
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