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5.慣性

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◇ ◇ ◇


 まるで水の中に沈んでいるようだ。すごく曖昧な気分だった。

 天井をぼんやりと眺めながら、俺は、シングルベッドに男2人の狭さにも慣れてきた、と考えていた。ベッドのなるべく上位、側面の壁に若干凭れかかるようにして俺が仰向けに横たわり、水音は、俺の頭2つ分くらい下に寝る。こうすれば、肩が当たらないし、腕も動かせる。このところは、週の半分はこの調子だった。

 「昌樹は地元どこ?」

 水音は腹這いになって、顔だけこちらに向けている。

 「荻って知ってる?」

 「本州の端っこの方の?」

 「そう。山口。よく知ってるね」

 「もうすぐ夏休みでしょ?帰省とかしないの?」

 「行かないよ。就活の年だし、卒論あるし。遠いし。親、離婚してるから。どっちも再婚してるし。親父は海外出張したままだし。実家に帰っても、親父の奥さんしか居ないし」

 「しゅうかつ?」

 「あ、俺はやんないけどね。公務員試験受けるから。今年は受験勉強の年」

 「じゃ…大変なんだ?」

 「そうかな?ま、決まったことしかやらないから」

 「余裕なんだ?」

 「うーん、そうでもない。五分五分ってとこ」

 「公務員って、何やるの?何か目指してるの?」

 「さあ、なんだろ?」

 「どっちにしろ、なれるものにしかならないから。なれるものになるよ。なれるんならね」

 「ふうーん」

 水音は、唇を尖らせながら、つまらなそうに頬杖をついた。彼には想像のつかない話だったのだろう。確かに聞いて面白い話でもない。顔をこちらに向けたまま、何度か重たげに瞬きをした。

 「小説家とか、目指せばいいのに…だって昌樹、本好きだし」

 俺は、目だけ動かして改めて水音を見た。奴は、大きな目をぐるりと上げて、俺をまじまじと見上げていた。どうも本気でそんなこと考えているようだ。年の差だけの話なのかもしれないが、水音の言動は、いつもどこか幼い。だが、他意がないだけに、これは愛すべき特徴なのだろうと思う。

 「俺は読むの専門。何か生み出すモチベーションとか持ってないから。それに本だって、時間つぶしに読んでるだけ。俺、本とか映画とか見ても、あんまりピンと来ないんだよね」

 そう言うと、水音はまた口を尖らせ、目を伏せた。

 「ふうん」

 そしてまた何か思いついたらしく、ぱっと目を上げると、

 「じゃあさ、カフェとか喫茶店のマスターとかやんないの?昌樹、コーヒー好きだし!だったら僕も手伝えるかも」

 「コーヒーも飲むの専門でいいよ」

 「まさかコーヒーも水代わりに飲んでるとか言わないよね?!今飲んでるの、100g1200円したんだけど?」

 水音は突然、体を起して座りなおした。怒ったように唇を尖らせる、こいつの取って付けたようなリアクションも見慣れてきた。

 「1200円?あれ、そんなにするの?」

 俺は今朝飲んだコーヒーの味を思い出そうとした。あの仄かにカビ臭い気がするアレが、驚きの1200円か。

 「あーあー?1200円…1200円か。贅沢だな」

 「不味かった?」

 「普通に美味しいよ?でも、その前のやつかな?アルカンテ?とかなんとかって書いてあった、アンティークっぽいカワイイピンクのラベルの、あっちの方が好きかも」

 俺がそういうと、水音は目に見えて肩を落とした。

 「商店街で買ったヤツだ。おじさんが一人でやってる小さいお店なんだ。100g500円」

 「え?もしかして、俺、ビンボー舌?」

 「ん、でも、僕もあっちの方が気に入ってた」

 ああ、だって今のはホコリっぽい匂いするもんな。

 「その時言ってくれなきゃ…昌樹、何も言わないんだもん」

 水音は拗ねたようにそう言ってから、ふと、真顔になってつぶやいた。

 「昌樹はさ、何っていうか、いつも”そこにないもの”のこと、考えてるよね?」

 俺には、水音が何のことを言っているのか、よくわからなかった。わからないから、疑問で返すより他になかった。

 「そうかな?」

 「…うん」

 言いながら、覆いかぶさってきた。

「…だから

今あるものも、きっと…」
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