57 / 78
52.サプライズってなんですか。
しおりを挟む正直に言ってしまうと面倒だった。なんとか辞退できないかとダイレクトに専務に伝えるも、『✨もう、ユッキーの誕生日は、ユッキーだけのものじゃないんだよ!!✨』という専務の謎の説得を受け、結局、俺の誕生日にかこつけたイベント『スウィート・トゥエンティ』は、専務の指揮のもと開催された。
「ごめんね。少しだけ付き合ってあげてね」
先輩にまで心底申し訳無さそうにフォロー入れられて断れるわけがない。
当日の俺はと言えば、慎重に先輩から遠ざけられて、いつもとは違う倉庫補助業務に振り分けられ、それがまたキツくはないが簡単に片付かず、それがようやく終わって課に戻った時には、就業時間は終わっており、営業開発課はもぬけの殻で、しかも俺はイベントが何処でやるのかさえ知らされておらず、予定通りの置いてけぼり。そこへ突如というかやっぱり予定通り現れた社長から、専務へのお遣いを頼まれ専務宅へ…などという、まどろっこしいストーリーを一通りやったところでの『サプラ~イズ!!』。
先輩の事前の根回しのおかげで、俺は比較的自然かつ大袈裟に驚くことが出来た。
専務宅は職場から徒歩圏内なんだが初見では判りにくい奥まったところに入り口がある。そうか。少し前に専務宅でカレーを食ったのは、この日のためだったのか。あの日見たブラックとオークを基調にしたクソゴージャスラグジュアリーな専務宅のリビングが、今日はキラッキラのラプンツェルカラーのバルーンが飛び交う夢の世界に。”スウィート・トゥエンティ”の意味がわかった。あれだ。スウィート・シックスティーン。これはまさに”16歳の女の子の誕生日”だ。なるほど。そういうテーマだったんですね。だからってティアラとか要りませんって。あーよく見たら、専務も半田さんも皆さん装着済みですか。あれですね、準備してる間に楽しくなっちゃったパターンですね。
俺は切り分けられたケーキを前にシャンパンで口を湿らせながら、なんともいえない気分に浸っていた。初めて飲むシャンパンは意外にも美味かった。アルコールはまったくの初めてというわけではなかったが、それまで俺がイメージしていたどの酒とも違った。
「グラス温くなってきたね。替えよう」
先輩が優雅な手付きで俺のグラスをさっと引いて、新しいグラスを置いた。
「あ、勿体ないんで。まだ残ってるの飲んじゃいます」
「なら、これは僕が戴くよ。今日はユキちゃんが主役なんだから、一番美味しいものを美味しい形で味わって欲しいんだ。新しいグラスをどうぞ」
俺は促されるままに新しいグラスを取った。
「先輩、俺の歓迎会の時のこと憶えてます?」
「えっと。なんだろう?」
先輩は俺の隣でボトルの水滴を取りながら、あざと可愛く肩をすくめて見せた。もうかれこれ30分前から、先輩は俺を客に見立てて“ホストクラブごっこ”を継続中だ。さすが元ホスト。これ以上ないくらいの至れり尽せり、俺はちょっとした王様気分だ。酒の席でこんな先輩を見るのは初めてだから、もしかしたら先輩は今の段階でかなり酔っているのかもしれない。
俺は今日、これまでのあの”地獄の飲み会”が実はほぼノンアルコールだったという驚愕の事実を知った。飲み会なのに飲み会じゃなかった。未成年の俺の手前、ほとんどの人が自粛していたのだという。あの狂宴がまさかの”ほぼ素面”だったとは。分別のついている筈の…否、この場合は分別があり過ぎたわけだが、いい歳の大人が素面であそこまで盛り上がれるもんなんだと逆に驚かされた。どうりで二次会でボーリングやらピンポントーナメントで大暴れ出来るわけだ。営業開発課の人達は、底抜けに良い人なのかもしれないが、やはりどこか常人離れ…何にせよハイパー陽キャであることは疑いない。そこまで皆に気遣わせておきながら、それに俺が全く気付いていなかったことにも我ながら呆れ驚いている。加えて過去のあのシーンや、このシーン、思い起こす度に湧き上がる照れ臭さと気恥ずかしさを俺は処理し倦ねていた。
「先輩、いままでの飲み会、何したか憶えてます?明らかに酔ってましたよね?ってか、あれ、酔った振りですか?”振り”であこまで出来るものですか?というより、振りする必要なくないですか?嫌がらせですか?俺、酔っぱらいだと思ってたから大目に見てきたんですよ。イヌイットの挨拶だとか、俺の頬っぺに噛み付いたりもしましたよね?どうやって噛めたんですか?全然肉ないのに。こんなの噛むとこ無いですよね?はっきり言ってセクハラですよね?あのカウベルは一体何処から持ってきたものだったんですか?俺のことからかってたんですね。素面であそこまで出来るなんて、俺は恐ろしいです。先輩が」
照れ臭さが、俺の恨み言に拍車をかけた。
「憶えてない~ふふふ♪」
先輩は蕩けたような笑み浮かべている。傍目に見る限りでは、もうフニャフニャだ。
「それも”振り”ですよね?俺はもう騙されませんよ」
「きっと、場の空気に酔っちゃったんだよ。すぐ調子に乗っちゃうの、僕の悪い癖だね」
先輩は笑顔のまま恥ずかしそうに肩を竦めた。
俺は、先輩の前に置かれたグラスを見た。今はそれほど飲んでいるようには見えないが、先輩は乾杯の後に専務と一緒に駆けつけ三杯よろしくテキーラショットをやっていた。さすがに今日は本当に酔ってるのかもしれない。いや、これで酔わないなら、それはそれでバケモノ、そう、ウワバミという名のバケモノだ。
会場は妙な熱気でグダグダだった。課の飲み会では年単位でのアルコール解禁。皆さん乗りに乗りまくっている。超元気。正に水を得た魚だった。
「ノンアルだと知ってたら、俺、参加しなかったのにな」
これまで課の人達に我慢させたてのかと思うと、申し訳なく思うと同時に、若干だが『俺も時間を無駄にした』という気がしていた。先輩に気取られないように俺は溜息を飲み込んだ。
「姫、何かつまめるものお持ちしますよ?何が好いかな?」
「姫はやめて下さい。なんか辛いのが…あ、やっぱ自分で取りに行きます」
「じゃ、見に行こうか」
立ち上がりざまに先輩が手を差し出して、俺はその手をとって立ち上がった。そのまま俺達は手を繋いで料理のテーブルまでの僅かな距離を移動した。シャンパンの所為か場の雰囲気の所為か、俺はちょっとばかり浮かれていた。
「なんか女の子みたいですね」
先輩が振り返って、不思議そうに俺を見た。喧騒に掻き消されて声がよく通らない。俺は、声を張り上げてもう一度言った。
「ほら、女の子同士って、よくこうやって何処でも手繋ぐでしょ?そんなカンジしません?」
「そう?」
先輩は、俺に顔を寄せて笑った。
「うん、そう。こんな感じです」
「そう?でもそこは、恋人同士…って言わなきゃ。ティアラ似合ってるよ」
「先輩はしないんですか?先輩の方が似合うのに」
「僕はいいよ。今日は従者に徹するよ。それに僕がやっても面白くないでしょ?」
「普通に似合い過ぎちゃいますねwwでも、コレ、付けるとテンション上がりますね。なんか凄い楽しいです」
「よかった」
先輩が差し出してくれた皿を取りながら、俺は何が食えるのか考えていた。テーブルの上には、ケータリングのなんだか小洒落た料理が所狭しと並んでいた。
「先輩、これ、なんだと思います?」
「なんだろう?うずら?かな?色々あるけど、これじゃあ、何がなんだかよくわかんないね。そっちのが美味しそう」
「この黒いのって、もしかしてキャビアですか?」
「どうだろう?これはキャロットシフォンだね。ユキちゃん人参好きでしょ?自然な甘さだったよ。打ち合わせの時いただいたんだ…コレは?」
先輩がカナッペのような何かをつまみ上げて、俺の口に放り込んだ。
口の中に、なんだかよくわからない香りや塩っ気、甘みが順を追って広がり、最後にモソモソとしたクラッカーが舌の先に残っていたシャンパンの香りを攫っていった。
「うん、なんかよくわかんないけど美味いです」
カナッペを頬張りながら、会場内を見渡した。営業開発課のメンバーの殆どがいた。
「こうやってみると凄いですね…この飾り付けって、皆さんで?」
「ん、ほぼ専務だね」
「専務がですか?これ全部一人で?」
「うん、一晩でやっちゃってた。専務って、イイカゲンそうに見えるけど、結構完璧主義なんだよね。人に指示する前に大概自分でやっちゃうんだ。僕が朝見た時は、もう殆どこんな感じだった」
「完璧主義なのは知ってます。いつも練習で…普通、素人バンドであそこまでやりせんよ」
「ふふふ、そうだね。ユキちゃんは知ってるよね」
「そうですよ。もう、身に沁みてます。…そうなんだ。じゃあ、お礼言いに行かなきゃですね…」
会場に目を移して専務を探した。専務はすぐに見つかった。あの人はいつも人集りの真ん中にいる。自然にそうなってしまうみたいだ。筋金入りのキングオブ陽キャ。それが専務という人だ。今は…お取り込み中みたいだ。落ち着いてからお礼に行こう。しばらく会場を見渡していると、全く見覚えのない人達がいるのに気付いた。
「?先輩、会社にあんな人居ましたっけ?」
「ああ、お隣さんだよ。ここの両隣。今日は騒がしくなりそうだから、お誘いしたんだ」
先輩は、とびきりの営業スマイルを浮かべて、お隣さん達にヒラヒラと手を振った。お隣さん達は、俺と目が合うと、グラスを上げて『おめでとう』と口パクしてくれた。まったくの初対面の人に誕生日を祝われてしまった。そうか、キングオブ陽キャの専務は、お隣さんも陽キャなんだ。感心しながら会釈で返すと、なんだか変なテンションでしばらく会釈とお手振りの応酬をする羽目になった。なんだか不思議な感じだ。夢の中にいるみたいだった。先輩が俺の顔を覗き込んだ。
「ユキちゃん大丈夫?」
どうやら俺はしばらく放心していたらしい。呼びかけられて我に返り、俺は気付いた。そうか、ここが専務の家ということは、先輩の住処でもあるということだ。…ってことは、この建物の中に、まだ見たことのない今の先輩の部屋があるってことだろう。
「先輩、先輩の部屋って…ここ?」
先輩は俺の皿と自分の更に交互に料理を取り分けながら、屈託なく『うん、ちょうどこの上だよ』と言った。
「見たいです」
「えっ?!」
先輩が驚いたように俺を振り返った。目の前にある先輩の顔は、照明のせいか、酒の所為だかわからないが、見たこともないくらい赤かった。
「先輩の部屋。駄目ですか?」
先輩は少し考えるような素振りを見せた。
「駄目じゃないけど…おもてなし出来るような部屋じゃないんだ」
「招待してください」
「…でも、何も面白くないよ?」
「いいです、先輩が俺ん家に来ない日は、どんな感じで過ごしてるのか知りたいです。あ、仮に散らかってたとしても全然気にならないですよ」
態と軽口を叩くと、先輩は呆れたように笑って『じゃ、行こう?』と言った。俺は皿を置いて先輩の後に続いた。奥の廊下に出て、突き当りの階段を上がっていく。階段に沿って付けられた長いスリット窓から、中庭に居る課の人達が見えた。正にお祭りって感じだ。楽しそうだ。
ただ先輩の部屋を見に行くだけ。それ以上の意味はないのはわかっていた。だけど人目を盗んでイチャつきにいく恋人同士なシチュに、俺はワクワクしていた。試しに先を行く先輩の掌を軽く握ってみると、先輩は俺を振り返り微笑んだ。手繋ぎ成功。2階に出て、幾つかあるドアの一つに辿り着くと、先輩は『本当に何もないよ?』と念を押してから俺を中へと招き入れた。
0
お気に入りに追加
26
あなたにおすすめの小説
小さなことから〜露出〜えみ〜
サイコロ
恋愛
私の露出…
毎日更新していこうと思います
よろしくおねがいします
感想等お待ちしております
取り入れて欲しい内容なども
書いてくださいね
よりみなさんにお近く
考えやすく
淫らな蜜に狂わされ
歌龍吟伶
恋愛
普段と変わらない日々は思わぬ形で終わりを迎える…突然の出会い、そして体も心も開かれた少女の人生録。
全体的に性的表現・性行為あり。
他所で知人限定公開していましたが、こちらに移しました。
全3話完結済みです。
イケメン彼氏は年上消防士!鍛え上げられた体は、夜の体力まで別物!?
すずなり。
恋愛
私が働く食堂にやってくる消防士さんたち。
翔馬「俺、チャーハン。」
宏斗「俺もー。」
航平「俺、から揚げつけてー。」
優弥「俺はスープ付き。」
みんなガタイがよく、男前。
ひなた「はーいっ。ちょっと待ってくださいねーっ。」
慌ただしい昼時を過ぎると、私の仕事は終わる。
終わった後、私は行かなきゃいけないところがある。
ひなた「すみませーん、子供のお迎えにきましたー。」
保育園に迎えに行かなきゃいけない子、『太陽』。
私は子供と一緒に・・・暮らしてる。
ーーーーーーーーーーーーーーーー
翔馬「おいおい嘘だろ?」
宏斗「子供・・・いたんだ・・。」
航平「いくつん時の子だよ・・・・。」
優弥「マジか・・・。」
消防署で開かれたお祭りに連れて行った太陽。
太陽の存在を知った一人の消防士さんが・・・私に言った。
「俺は太陽がいてもいい。・・・太陽の『パパ』になる。」
「俺はひなたが好きだ。・・・絶対振り向かせるから覚悟しとけよ?」
※お話に出てくる内容は、全て想像の世界です。現実世界とは何ら関係ありません。
※感想やコメントは受け付けることができません。
メンタルが薄氷なもので・・・すみません。
言葉も足りませんが読んでいただけたら幸いです。
楽しんでいただけたら嬉しく思います。
ヤンデレだらけの短編集
八
BL
ヤンデレだらけの1話(+おまけ)読切短編集です。
全8話。1日1話更新(20時)。
□ホオズキ:寡黙執着年上とノンケ平凡
□ゲッケイジュ:真面目サイコパスとただ可哀想な同級生
□アジサイ:不良の頭と臆病泣き虫
□ラベンダー:希死念慮不良とおバカ
□デルフィニウム:執着傲慢幼馴染と地味ぼっち
ムーンライトノベル様に別名義で投稿しています。
かなり昔に書いたもので、最近の作品と書き方やテーマが違うと思いますが、楽しんでいただければ嬉しいです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる