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47.とあるブッシツとハンブッシ2ーw
しおりを挟む「先輩…あ、えっと、何か?」
壁にへばり付いている皓季と、裸で両手にシャツとパンツを持った俺。なんとも言えない気不味い沈黙が流れた。真っ先に覚醒したのは先輩だった。先輩は俺達を交互に見て、ぱっと営業スマイルを浮かべた。
『皓季君!こんばんは』
皓季に向かって言い放つと、俺を見て更ににっこり微笑んだ。
「ユキちゃん、今からご飯の支度は大変だろうと思って…コンビニのなんだけど」
先輩は、沓脱ぎに立ったまま腕だけ伸ばして俺にコンビニの袋を差し出した。
「ぁあ、すみません。ありがとうございます」
俺は先輩に駆け寄り、恐縮しながら袋を受け取った。
「何が好いのかわからなくて、適当だけど」
「いえ、そんな、ありがとうございます」
袋の中を覗き込み、言うべき言葉を探していると、先輩が俺越しに皓季にさっと目をやって、また俺を見返した。
『お取り込み中?』
そんな感じのアイコンタクトだ。
『いえ、大丈夫です』
俺も目線で返した。通じたかどうだかはわからない。
「てか、エージさん。こんな時間になんっすか?」
俺たちの遣り取りを破るように、俺の背後で皓季の声がした。
「それを言うならお前だろ。さっさと帰れよ」
俺は皓季を振り返った。
だがなんと言ったところで皓季の重たいケツは簡単には上がらないんだろう。
「なんで?」
「なんでもいいだろうがよ」
凄んでみてもお構いなしだ。俺が何を言っても皓季に響くことはない。
「エージさん、今、鍵開けて入ってきたでしょ?」
皓季の不躾な物言いにも先輩はまったく動じてないようだった。にっこり笑って『そうだっけ?』と言った。そして不意に靴を脱ぎ、眩いばかりの営業スマイルを振りまきながら部屋に上がってきた。
「そうだ!デザート、多めに買ってきたんだ。一緒に食べよう?」
「一人暮らしだから、何かあった時のためにね、鍵を預かってるんだよ」
さり気なくフォローを挟むことも忘れない。さすがです、先輩。
俺は先輩から受け取ったコンビニ袋をテーブルの上においた。中にはプリンが一個と種類の違うアイスクリーム2個。ロールケーキ?みたいなのに弁当とサラダ、インスタントのスープが一つずつ入っていた。多分、俺一人分を見繕ってくれたんだろう。
『先輩、帰るつもりだったのにゴメンナサイ』
俺は申し訳ない気持ちになりながら、中身を出してテーブルに並べた。皓季がのろのろとケツをずらしてテーブルに付くと、先輩は部屋に散らかった物を遠慮がちに隅に押しやり、上着も脱がずにテーブルに着いた。
「おい。手を離せ」
おもむろに手にとった筈の弁当が引っ張られて俺は顔を上げた。皓季が弁当の反対側を掴んでいた。
「俺、腹減ってんだけど?」
「はあ?!だったらさっさと帰れよ。てか、こっちは仕事してんだよ。お前とじゃ腹の減り具合が違うんだよ。食いたきゃ自分で買ってこい」
だが皓季は、弁当をガッツリ掴んで離さない。どこまで図々しい野郎だ。
「…そぅだ!折角みんな揃ったんだし、どこか食べに行こうか!?」
先輩が俺達の間に入って言った。
「いえ、先輩、こんなヤツに気遣うことないです。甘やかさないで下さい。てか、皓季、なんでココに居ンだよ」
「でも、僕もお腹空いたし。ファミレスならすぐだし。今からでも行けるでしょ?そうしよう?」
先輩は、俺達の代わり映えのしない顔を交互に見ながら微笑んだ。
十五分後、俺はフライパンを奮っていた。刻んだ長ネギと、人参、生姜、ハムを手早く炒め、卵を落として、冷凍庫にあるだけの残り飯を全部放り込んだ。
「…ユキちゃん、ごめんね。何か手伝うよ?」
「いえ、先輩が謝ることじゃないです。すぐ出来ますンで、座っててください。お疲れのところをスミマセン」
「それよりも先輩、アッチで皓季を見張ってて下さい」
小声で先輩に返すと、先輩は、皓季をチラリと振り返った。
「その辺のモノとか、ヤツに勝手に触らせないでください」
俺が言うと、先輩は神妙な顔で頷いてキッチンを出ていった。
皓季は、こっちに背を向ける形でスマホで何やらヒマを潰している。そろそろと向かいに座った先輩に『優希、炒飯だけは旨いんすよ』なんて間抜けな台詞を吐いていた。
顆粒ダシと胡椒と醤油で軽く味付けして、仕上げにゴマと市販の天カスと青ネギ追加の炒飯と、豆腐とニラと卵のスープに、冷奴、コンビニの弁当をテーブルに広げて俺達三人で遅すぎる晩飯を食った。時刻は二十三時に差し掛かっていた。
「ユキちゃん、すごく美味しい。ありがとう」
「ありがとうゴザイマス^^」
「あれ、エージさんの布団ですか?」
食い始めるなり、皓季は先輩に言った。
「うん!そうだよ」
先輩がにっこりと…ぇ?『うん!』って…
「エージさん、ここに住んでるんですか?」
「住んでないよ」
「風呂場のシャンプーとか、あれもエージさんのっすよね?」
皓季の無遠慮な質問にも、先輩は持ち前の愛想を崩さない。
「時々お泊りに来てるんだ」
「たまにで布団まで置いちゃいます?」
『なんだ皓季…』
俺はムッとしながらも、飯を掻き込んだ。
「僕は無くても好いんだけど、それじゃあユキちゃんが困るよね?」
「はい、困ります」
俺は先輩に返して、皓季を見た。皓季の皿は、俺と先輩の五割増しだ。俺の『皓季を醜く太らせよう作戦』は、まだ水面下で動いている。そんなことも気付かずに、皓季はこんな夜中に間抜け面でカロリー爆弾をモリモリ頬張っていた。
「あのな、皓季に一応言っとくわ。俺な、年末年始にインフルエンザに掛かったのよ。で、その時、ここでぶっ倒れてた俺を見つけて看病してくれたのが先輩。ってワケでアパートの鍵を持って貰ってる。…という訳で、先輩は俺の命の恩人なので失礼のないように」
「マジ?倒れたってどんだけよ?」
「まあまあ死にかけたね」
「熱とか出た?」
「自慢じゃねーけど、四十一度マークしたわ」
「マジかよ。ヤベエな」
「おう」
それっきり、俺達は気不味い空気の中で黙々と飯を食った。
しばらくの間、小さく食器が合わさる音だけが室内に響いた。
「ああ、もう。ってか、…あのさ、言われる前に先に言っとくわ。俺さ、多分、種無し確定だわ」
「え?」「…!」
その瞬間、それまでの重かった部屋の空気が凍りついた。
『あれ?』
俺は二人を交互に見た。二人とも気付いてなかったのか?
だったらなんだったんだ。この重た不味い空気は。俺はまたぞろ先走りすぎたってワケか。
「…ユキちゃん?あの時…?そうだったの?!」
「ぁあ、はぃ。ま、多分です。…まあ、ちゃんと調べたってわけじゃないんですけどね」
「………マジかよ。きっつ」
皓季に至っては、自分のことのように青褪めていた。
「おう。だから、家督はお前に任せた」
「…僕がもっと早く気付いて来ていれば」
先輩がこの世の終わりみたいな顔で俺を見ているじゃないか。二人の視線が俺に突き刺さるww皓季は、不細工な顔で一頻り舐め回すように俺を見た後、何故だかギョロリと目を剥いて先輩に目線を移した。曲がりなりにも俺と同じ顔なんだから、先輩の前であんまり不細工な顔をしないで欲しい。
「あ、でも、先輩が気に病むことじゃないんで。俺的には痛くも痒くもないですし、ご心配には及びません」
「ってか、俺、なんか余計なこと言っちゃいましたね。この話は終わり。空気悪くなったんで、さっさと食って解散しましょう」
皿の上の炒飯は、まだ二口ばかり残っていた。なんとなく気恥ずかしくなって、スプーンで手前にかき寄せた時、急にピリッと先輩の声がして、俺は顔を上げた。
「皓季君、実はね、僕たち、お付き合いしてるんだ。そのっ!恋愛的な意味でね」
目の前の先輩は背筋をピンと伸ばして綺麗に正座して皓季に向き直っていた。
「え?今それ言います?」
考えるより先に声が出た。誤魔化すとか隠すとか以前に、このタイミングで何故それを?という気持ちが強かった。珍しく真剣な先輩の、相変わらずの整った顔からは何も読み取れなかったが、故に、先輩は酷く動揺しているんだという気がした。
「ユキちゃん、誤魔化しても仕様がないよ」
先輩は首だけ俺に向けて、意を決したようにキッパリと言った。
「本当はユキちゃんの意向を聞いてからと思ってたんだけどね。ここまで来て言わない方が不自然だよ。それに皓季君も、もう気付いてるよね?!」
先輩が言い終わらない内に皓季の絶叫がどどろいた。
「はあぁあ″ぁああ″?!マジかよ?!」
「声、デケェよ。夜中だぞ」
「っていうか、先輩、イキナリすぎですよ」
「だって、ユキちゃん、ユキちゃんがこの状況なら気付いてるよね?」
「いや、普通はそうですけど、皓季はこれで結構鈍いんですよ」
「優季、フザケンナ!」
雄叫びと共に、皓季が飛びかかってきた。胸倉を捕まれ、床に叩きつけられた。テーブルの上の食器が派手な音を立てた。俺も反射的に襟首を掴み返す。
「優季、この前、散々人のことホモホモ煽っといてソレかよ?!」
「ウルセェ!どっちにしたって事実じゃねぇか!!」
「二人ともっ!!落ち着いて!」
揉み合いになっている俺達の間に、先輩が割って入った。ああ、もうなんか嫌だ。傍から聞いたらホモの痴話喧嘩みたいになってる。途端、皓季が立ち上がり、ギラついた目で先輩を凝視し『はあぁああ″?!』と、叫んだ。
「はあ?はぁあ″あ?!はあぁあ″??あり得ねぇンだけどっ!!」
「優季が攻めとか、ゼッてぇ認めねえからなっ?!」
「アホかっ!受けの方があり得ねぇわっ!!」
「ウルセェッ!!ボケッ!!」
脚を払おうと咄嗟に皓季の足首を掴んだが、蹴り払われた。
「皓季君っ!!乱暴はダメだよ!!ユキちゃん、大丈夫?!」
俺が立ち上がった時には、皓季は既に玄関まで移動していた。俺を振り返り、憎たらしい顔で中指を立てると、部屋を飛び出して行った。
「ユキちゃん、大丈夫?」
「…えっと、はい、大丈夫です。すみません」
心配そうに俺を覗き込む先輩をすり抜け立ち上がり、玄関のドアチェーンを掛けた。またすぐに戻ってくるかも知れない。やっと追い出せたんだ。もう俺がこの部屋にいる内は、皓季を侵入させることはない。ふと、沓脱ぎを見ると、見慣れない色のスニーカーがあった。
「皓季、俺の靴履いて行きやがった」
チェーンをしたまま再びドアを開け、スニーカーを掴んで隙間から外へ放り出した。これで皓季が戻ってきても、ドアを開けずに済む。
「先輩は大丈夫ですか?」
「うん、僕は平気だけど…」
「なんか変なことに巻き込んでスミマセン」
「というより、発端は僕だよ。皓季君怒らせちゃったね。ごめんね」
先輩は、申し訳無さそうにテーブルの周りを片付け始めた。幸いにして、テーブルの上の食器は殆ど空。うまい具合にどれもひっくり返らずに済んでいた。
「…いや、まあ皓季は、訳わかんないヤツなんで」
「タイミング間違えたね。ユキちゃんにも…」
「…なんだか話してる最中に、急に『あれ?なんで僕は、僕達のこと隠してるんだろう?というか、隠す必要ないよね?っていうか、皓季君気付いてるよね?』って、思ってしまって、つい、本当にごめんね」
「ぁあ、まあ、何れバレることだと思えば、まあ、どのタイミングでもさっきと同じことになってたと思うんで、別にいいです」
テーブルの上の食器をまとめて、キッチンに運んだ。思いの外、大量の洗い物が出来てしまった。先輩は、部屋の中に散らばった物を、元に戻そうと右往左往している。
「先輩、もういいです。それはまた週末にでもやります」
そう言うも、先輩の手は止まらない。俺は終わらせるために、ざっと部屋の隅に押しやった。
「やっぱり、急すぎたかな?皓季君、よく聞き取れなかったんだけど…僕…」
「あ、いや、どうせくだらないことなんで、追求しない方がいいです」
「先輩、もう日付変わっちゃいますね。泊まっていきます?」
試しに言ってみた。なんとなく先輩の顔を見たら、家に帰すのが惜しくなった。先輩は俺を見て、少し困ったように笑って『そうしたいのは山々なんだけど』と言った。
「明日までに、きぃ坊の体育祭の創作ダンスで使うチームタグ縫っておかないといけないんだ」
「先輩、それもうオカンじゃないですか」
「そうなんだけど。きぃ坊がやっと、楽しく学校に通えるようになったんだから、出来るだけ応援してあげたいんだ」
そう言って、先輩は菩薩の笑みを浮かべ、颯爽と帰って行った。
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