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34.アンジーという名の男

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 フレームの中の画像には、今とあまり変わらないが、どことなく幼い感じのする眼鏡のない先輩と、ホスト仲間らしい何人かの男たちが映っていた。店の中で撮られたものなのか、皆よく似た水々しいスーツ姿で、パーティの最中という感じのスナップショットだった。先輩がカメラから一番遠い位置に立っていて、その先輩に覆いかぶさるような形で寄り添い、カメラに向かって手を上げている男。
黒い髪、よく見たことのある顔。
そこに映っているのは、まさに俺だった。否、気持ち悪いくらいに俺に似ている。皓季こうきか俺かと問われれば俺。俺そのものだった。ただ顔が似ているだけじゃない、醸し出す空気、人生に疲れきったたようななんとも言えない無気力で怠そうな目付き、俺が言うのもなんだが、どこか人を突き放すような希薄で曖昧な笑顔。人間そのものを焼き増しされたような気持ち悪さに、俺は狼狽えた。

 「…これ、マジで?」

 すぐには声が出てこなかった。俺はフレームを繰って他の写真を見た。殆どが店の中で撮られたものらしかった。他のホスト仲間たち、先輩と客らしい女の人が映っているものもあった。アンジーとのツーショットも幾つかあったが、どれも仲良さそうだった。アンジーという男はどの角度から見ても俺に似ていた。意外にもホスト姿が堂に入って見えた。

 「これって、六、七年前ですよね?生まれ変わりとかじゃないですよね?」

 驚きのあまり自分でも何を言っているのかわからなかった。
先輩もフレームを覗き込みながら『そうなんだ』と言った。

 「似てるでしょ?」

 「…あぁあぁぁ、これは似てるわ」

 思わず溜め息が漏れた。

 「これは間違いますゎ」

 なんとも言えない気味の悪さに俺は言葉を失った。

 「ドッペルゲンガーですよね?」

 「でもその頃って、ユキちゃんまだ中学生?」

 「ギリ小学生です。でも、今の俺そっくりじゃないですか?」

 ショックだった。ずっと自分の顔を特徴がない容貌だと思ってきたが、こんなに同じ顔の人間が身近に大量に存在するなんて。家族なら大体同じ血が流れてるんだから、まだある程度なら納得できる。だが、こんな赤の他人まで俺と同じ顔、それどころか醸し出す雰囲気まで似てるなんて殆ど反則だ。俺は“何処かの秘密の闇研究所”みたいな施設から脱走でもしたクローンなんじゃないのか?とさえ思えてきた。なんとも言えない恥ずかしさがこみ上げてきて、俺は唖然とした。

 「…先輩…」

 「でも、とユキちゃんじゃ、全然性格とか話し方とか違うから。大丈夫だよ?」

 先輩が慌ててフォローしようとしたが、できてなかった。推測でしかないがわかる。アンジーという男の、あの怠い曖昧な表情は内発的なものなんだってことを。彼のような、あるいは俺のような人間の、内面的な部分の発露があの顔なんだということを、俺は知っている。一卵性双生児ふたごの弟、同じDNAを持つ皓季こうきにすらないものを、アンジーという男は備えていた。そしてついでに言ってしまうと、恐らく声も似ていたんだろう。顔が似ているということは、骨格も似通っているということであり、骨格が似ていると自然と声も似てしまうものなのだ。

 「ぇえぇぇえぇ…気持ち悪い。いやぁ…気持ち悪い。。なんだこれ??先輩、大丈夫ですか?」

 「うん、僕は平気だけど…ごめんね。見せちゃマズかったかな?」

 「いや、いいんですけど……ああ、そうなんだ」

 何故だかわからないが、全身の力が抜けるような気がして、俺は手近なソファーに座った。

 「ユキちゃん、大丈夫?」

先輩が隣りに座って、俺の顔を覗き込んできた。

 「大丈夫ですけど。なんかこういうのって、アイデンティティがグラつくっていうんですか?ああ、なんかびっくりしました」

 「こんなに驚くとは思わなかったよ。ごめんね…」

 「今まで見た『同じ顔』の中で、一番似てますww」

 「でも、ユキちゃん七年前って小学生なんだ?僕は別の意味でショックだよ」

 「…ええ、一応そういうことになります」

 俺が言うと、先輩はぎこちなく笑った。俺はぼんやりと部屋を見渡した。何もかも揃った見晴らしの良い綺麗なマンション、高い天井、豪華な家具、夙川へ通勤するには不便だけど、ちょっとしたアクションでなんでも手に入る便利な立地。

 「先輩、なんでここに住んでないんですか?」

 ふと疑問に思った。
 先輩は困った様子で俺を見て、少しだけ顔を歪ませた。

 「ここではいろいろあったから…実は、僕はキャリアになってから一度しかここには来てないんだ」
「一度だけ…」

そう言って、部屋を見渡した。

 「が亡くなったのも、この部屋だったから…」

 「…………」

 「驚いた?」

 先輩は心配そうに俺を見た。

 「…ここで?」

 俺は懸命に記憶を巻き戻した。

 「確か『事故』って言ってませんでした?」

 「うん、事故だけど?」

 そういう先輩の顔は、ひどく強張っていた。

 「事故…」

 「ぅん、そぅ…」

 俺が何も言えないでいると、先輩は『何かお茶でも買ってくるよ』といって立ち上がった。

 「大丈夫だよ?昔のことだし、今はもう…何でもないから…」

そう言ってから、少しだけ笑って『まだ明るいから幽霊とかも出ないと思うよ?』と言った。

 「お留守番してもらってもいい?何なら一緒に行く?」

 「…、あ、否、別にどっちでもいいです」

 「そっか。じゃあ、待ってて。何か買ってくるよ」
「すぐ戻ってくるから、寛いでて?その辺適当に見てくれていいから…」

 先輩はそれだけ言うと、上着を取って部屋を出ていった。


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