12 / 78
11.勃っただけです、イッてません
しおりを挟む「楽しかった」
先輩は俺の向かいの席につくと、悪戯っぽく笑って言った。
「…はい」
「ユキちゃんは、いつもお行儀が良いよね」
「そうっすか?」
「うん、いつもそうやって、手を膝の上に置いてる」
改めて俺は自分の手の位置を確認した。そう言われればそうだが、別に行儀よく畏まっているわけじゃない。すると先輩がテーブルの上で俺に向かって手を伸ばした。俺が手を差し出すと、先輩は『ふふふ』と笑ってその手を取った。
「…そう、こうやってテーブルの上に手を置いてくれていたら、いつでも手を握れる…」
先輩がそこまで言ったところで、前菜が運ばれてきた。ここは全席個室の店だから他の客と顔を合わせることは、まず無いだろう。他人の目がないのは有り難いが、ウエイターが来ても先輩はまったく動じなかった。皿がサーブされ、料理の説明を受ける間も先輩は俺の手を握ったままだ。『ありがとう』なんて、とびきりの笑顔でウエイターに愛想を振るのも忘れない。傍から見たら俺達は立派なゲイカップルだ。
『俺は今、どんな顔をしているんだろう?』
俺はナプキンを取るために繋がれていた手を解いた。
「お腹、空いてる?」
「はい、」
目の前のやたらとデカイ皿には色鮮やかなテリーヌやパテ、グラスに入ったなんだかよくわからないジュレみたいなものが、チマチマと乗っていた。先輩は、それをちょっと眺めて、独り言のように『可愛いね』と呟いた。先輩の口癖だ。先輩は可愛いものが大好きだ。
「シアターで勃起しました」
俺は皿を突きながら言った。
途端、先輩は顔を上げて『あぁ、あるね!』と言って笑った。
どうせバレてる。先輩が離席している間にそういう結論に至った。
「先輩もあります?」
『…あるよ』と言って、少し間を置いて『男だからね』と付け足した。
「よくあることだよ」
「そうですか?」
「うん」
「弄ばれた気分です」
先輩はフォークを咥えたまま、急にだらしなく肘をついてニッと笑った。普段は人畜無害、菩薩のようなイケメン先輩が、急にちょっと傲慢な男の顔になる。偶に見せる“ 悪い男先輩 ”の顔だ。普段の先輩は割と紳士然としているのに、不意討ちで時々こういう顔をする。どっちが本物の先輩なのかと問えば、おそらくどっちもなのだろう。酔って悪ふざけをする時もこういう顔だ。
「楽しかった」
「俺もです」
「ユキちゃんがデートだなんて言うから」
「先輩が『付き合おう』なんて言うからです」
「同意の上だと思ってた」
「同意の上ですよ?」
「でも緊張してた」
「エレクトしたからです。でも勃っただけですよ」
「怒ってる?」
「怒ってません、驚いただけです」
そうだ、先輩はちょっとチョッカイを掛けただけだ。しかも触ったのは手だけ。俺の体が勝手に予想外の反応をしただけで。俺だって、まさか中学生じゃあるまいし、手を握られただけで反応するなんて思いもしなかった。
「真剣な顔してた」
「見てたんですか?」
アレを見られてたのか。ちょっと悔しい。
「少しね」
「先輩はゲイなんですか?」
俺がそう言った時、ウエイターが新しい皿を持ってきた。
男同士で付き合うだなんだって話をした後で、ゲイかどうかを訊くなんてマヌケ過ぎる。だが昨晩『清い関係』なんて事を、少女漫画の王子様役みたいなキラキラ顔で言っておきながらの今日のこの“おふざけ”モード。俺が狼狽えるのを楽しんでる。今の先輩は、端的に言えば別人だ。この瞬間の先輩は控えめに言っても、ダークサイドに片足を突っ込んで見えた。
こんな先輩を俺は前にも一度見たことがる。俺が入社したての頃、酔ぱらって俺を引っ張り回した挙げ句、俺の首に山羊の鈴をつけた人だ。勿論、その時のことを先輩は憶えていない。次の日にはいつもの先輩に戻っていた。酔った先輩が俺を『子山羊』と呼ぶのは、その時からだ。
先輩は水のグラスを弄びながら、ちょっと片眉を上げた。顔が” 悪い男”のままになっている。途端に俺はなんだか悪魔でも呼び出しているような気分になった。
前菜の皿が下げられ、入れ替わりの皿はリゾットだった。
ラーメンが入っていてもおかしくないデカイ器に、ほんのひと握りの甘鯛とリゾット乗っている。
美味い。俺はそれをチビチビ突きながら、これを丼いっぱい食いたいと思った。
「どう思う?」
先輩も皿に目を落としたまま訊いてきた。
「男と付き合ったことはあるんですか?」
「ないね」
即答だった。口調は予想していたよりも淡白だった。
「最初…会社に入りたての頃は、専務と付き合ってるのかと思ったこともあります」
「あっちゃん?」
専務の名前を出すと、先輩はカラカラと声を立てて笑った。
「ないない、四六時中あのテンションだよ?」
「誰かが同棲してるって言ってたんですよ、今は知ってますけど」
そう、先輩が俺のアパートに入り浸るようになった理由。それは先輩が専務兄弟と同居していることが元だった。
0
お気に入りに追加
26
あなたにおすすめの小説
乱交パーティー出禁の男
眠りん
BL
伊吹は大学生であり、ゲイ専用ラブホテル「ラブピーチ」の経営をしている。
ホテルでは緊縛ショー等のイベントを催しているが、中でも伊吹が力を入れているのは乱交パーティーだ。
参加する者には絶対遵守のルールがあり、何人たりともそのルールから反する事は許されない。
一つ目、ゴムを着ける事。
二つ目、無理矢理しない事。
三つ目、乱パの内容をネットに書き込み禁止。
四つ目、主催者である伊吹にプライベートで話しかけない事(止むを得ない事情の場合以外)
このルールを犯した者は出禁となり、厳しい罰を受けなければならない。
今まで誰一人この罰を受ける者はいなかったのだが、運営を始めてから二年、初めてこのルールを犯す者が現れた。
乱交パーティーに初参加した翠だ。
伊吹はSMショーで罰を与えた。初心者にとって厳しいプレイをするも、翠はまたルールを犯す。
二度目のSMショーでは、もう近寄る気も起こさせないつもりで罰を与えたが、翠は予想以上に痛みに耐えてみせた。
それなら定期的にSMショーを開催し、収益を得た方が良いだろうと考えた伊吹は、翠をキャストにする事に。
伊吹の幼馴染みの瑞希もキャストに巻き込み、三者とも良好な関係を築いていたつもりだったが──。
伊吹と瑞希が危険な状況に陥った時、翠が瑞希を先に助けた事から三人の関係は変わっていく。
健気攻めの翠×ドMリバの伊吹×ドS受け瑞希。
恋愛初心者達の三角関係ラブストーリー。
※題名で乱交パーティーと言いつつ、内容はSMものです。
※一部、人によって不快に思うシーンがあります。
※不定期投稿です。
表紙:右京 梓様
看守におもらし調教されるあたし…漏らしてイク女になりたくないっ!
歌留多レイラ
大衆娯楽
尿瓶におしっこするはずが、盛大にぶち撒けてしまい…。
治安の悪化から民間刑務所が設立された本国。
主人公の甘楽沙羅(かんら さら)は暴力事件がきっかけで逮捕され、刑務所で更生プログラムを受けることになる。
陰湿な看守による調教。
囚人同士の騙し合い。
なぜか優しくしてくる看守のトップ。
沙羅は閉ざされた民間刑務所から出られるのか?
この物語はフィクションです。
R18要素を含みます。
色地獄 〜会津藩士の美少年が男娼に身を落として〜 18禁 BL時代小説
丸井マロ
BL
十四歳の仙千代は、会津藩の大目付の次男で、衆道(男色)の契りを結んだ恋人がいた。
父は派閥争いに巻き込まれて切腹、家は没落し、貧しい暮らしの中で母は病死。
遺児となった仙千代は、江戸芳町の陰間茶屋『川上屋』に売られてしまう。
そこは、美形の少年たちが痛みに耐えながら体を売り、逃げれば凄惨な折檻が待ち受ける苦界だった──。
快楽責め、乳首責め、吊るし、山芋責め、水責めなど、ハードな虐待やSMまがいの痛い描写あり。
失禁、尿舐めの描写はありますが、大スカはありません。
江戸時代の男娼版遊郭を舞台にした、成人向けBL時代小説、約10万字の長編です。
上級武士の子として生まれ育った受けが転落、性奴隷に落ちぶれる話ですが、ハッピーエンドです。
某所で掲載していたものを、加筆修正した改訂版です。
感想など反応をいただけると励みになり、モチベ維持になります。
よろしくお願いします。
転生したら捨てられたが、拾われて楽しく生きています。
トロ猫
ファンタジー
2024.7月下旬5巻刊行予定
2024.6月下旬コミックス1巻刊行
2024.1月下旬4巻刊行
2023.12.19 コミカライズ連載スタート
2023.9月下旬三巻刊行
2023.3月30日二巻刊行
2022.11月30日一巻刊行
寺崎美里亜は転生するが、5ヶ月で教会の前に捨てられる。
しかも誰も通らないところに。
あー詰んだ
と思っていたら後に宿屋を営む夫婦に拾われ大好きなお菓子や食べ物のために奮闘する話。
コメント欄を解放しました。
誤字脱字のコメントも受け付けておりますが、必要箇所の修正後コメントは非表示とさせていただきます。また、ストーリーや今後の展開に迫る質問等は返信を控えさせていただきます。
書籍の誤字脱字につきましては近況ボードの『書籍の誤字脱字はここに』にてお願いいたします。
出版社との規約に触れる質問等も基本お答えできない内容が多いですので、ノーコメントまたは非表示にさせていただきます。
よろしくお願いいたします。
【欧米人名一覧・50音順】異世界恋愛、異世界ファンタジーの資料集
早奈恵
エッセイ・ノンフィクション
異世界小説を書く上で、色々集めた資料の保管庫です。
男女別、欧米人の人名一覧(50音順)を追加してます!
貴族の爵位、敬称、侍女とメイド、家令と執事と従僕、etc……。
瞳の色、髪の色、etc……。
自分用に集めた資料を公開して、皆さんにも役立ててもらおうかなと思っています。
コツコツと、まとめられたものから掲載するので段々増えていく予定です。
自分なりに調べた内容なので、もしかしたら間違いなどもあるかもしれませんが、よろしかったら活用してください。
*調べるにあたり、ウィキ様にも大分お世話になっております。ペコリ(o_ _)o))
異世界漫遊記 〜異世界に来たので仲間と楽しく、美味しく世界を旅します〜
カイ
ファンタジー
主人公の沖 紫惠琉(おき しえる)は会社からの帰り道、不思議な店を訪れる。
その店でいくつかの品を持たされ、自宅への帰り道、異世界への穴に落ちる。
落ちた先で紫惠琉はいろいろな仲間と穏やかながらも時々刺激的な旅へと旅立つのだった。
SMの世界
静華
BL
翔のバイト先はフェティッシュバー。そこで出会う人はいろいろと濃すぎる人ばかり。そして、ドSな有聖に気に入られたのが運の尽き。SMってなんだよ!
以前、他のサイトで掲載していた作品を加筆修正しながらアップしています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる