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11.勃っただけです、イッてません

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 「楽しかった」

 先輩は俺の向かいの席につくと、悪戯っぽく笑って言った。

 「…はい」

 「ユキちゃんは、いつもお行儀が良いよね」

 「そうっすか?」

 「うん、いつもそうやって、手を膝の上に置いてる」

 改めて俺は自分の手の位置を確認した。そう言われればそうだが、別に行儀よく畏まっているわけじゃない。すると先輩がテーブルの上で俺に向かって手を伸ばした。俺が手を差し出すと、先輩は『ふふふ』と笑ってその手を取った。

 「…そう、こうやってテーブルの上に手を置いてくれていたら、いつでも手を握れる…」

 先輩がそこまで言ったところで、前菜が運ばれてきた。ここは全席個室の店だから他の客と顔を合わせることは、まず無いだろう。他人の目がないのは有り難いが、ウエイターが来ても先輩はまったく動じなかった。皿がサーブされ、料理の説明を受ける間も先輩は俺の手を握ったままだ。『ありがとう』なんて、とびきりの笑顔でウエイターに愛想を振るのも忘れない。傍から見たら俺達は立派なゲイカップルだ。

 『俺は今、どんな顔をしているんだろう?』

 俺はナプキンを取るために繋がれていた手を解いた。

 「お腹、空いてる?」

 「はい、」

 目の前のやたらとデカイ皿には色鮮やかなテリーヌやパテ、グラスに入ったなんだかよくわからないジュレみたいなものが、チマチマと乗っていた。先輩は、それをちょっと眺めて、独り言のように『可愛いね』と呟いた。先輩の口癖だ。先輩は可愛いものが大好きだ。

 「シアターで勃起しました」

 俺は皿を突きながら言った。

 途端、先輩は顔を上げて『あぁ、あるね!』と言って笑った。

 どうせバレてる。先輩が離席している間にそういう結論に至った。

 「先輩もあります?」

 『…あるよ』と言って、少し間を置いて『男だからね』と付け足した。

 「よくあることだよ」

 「そうですか?」

 「うん」

 「弄ばれた気分です」

 先輩はフォークを咥えたまま、急にだらしなく肘をついてニッと笑った。普段は人畜無害、菩薩のようなイケメン先輩が、急にちょっと傲慢な男の顔になる。偶に見せる“ わる先輩 ”の顔だ。普段の先輩は割と紳士然としているのに、不意討ちで時々こういう顔をする。どっちが本物の先輩なのかと問えば、おそらくどっちもなのだろう。酔って悪ふざけをする時もこういう顔だ。

 「楽しかった」

 「俺もです」

 「ユキちゃんがデートだなんて言うから」

 「先輩が『付き合おう』なんて言うからです」

 「同意の上だと思ってた」

 「同意の上ですよ?」

 「でも緊張してた」

 「エレクトしたからです。でも勃っただけですよ」

 「怒ってる?」

 「怒ってません、驚いただけです」

 そうだ、先輩はちょっとチョッカイを掛けただけだ。しかも触ったのは手だけ。俺の体が勝手に予想外の反応をしただけで。俺だって、まさか中学生じゃあるまいし、手を握られただけで反応するなんて思いもしなかった。

 「真剣な顔してた」

 「見てたんですか?」

 アレを見られてたのか。ちょっと悔しい。

 「少しね」

 「先輩はゲイなんですか?」

 俺がそう言った時、ウエイターが新しい皿を持ってきた。

 男同士で付き合うだなんだって話をした後で、ゲイかどうかを訊くなんてマヌケ過ぎる。だが昨晩『清い関係』なんて事を、少女漫画の王子様役みたいなキラキラ顔で言っておきながらの今日のこの“おふざけ”モード。俺が狼狽えるのを楽しんでる。今の先輩は、端的に言えば別人だ。この瞬間の先輩は控えめに言っても、ダークサイドに片足を突っ込んで見えた。

 こんな先輩を俺は前にも一度見たことがる。俺が入社したての頃、酔ぱらって俺を引っ張り回した挙げ句、俺の首に山羊の鈴をつけた人だ。勿論、その時のことを先輩は憶えていない。次の日にはいつもの先輩に戻っていた。酔った先輩が俺を『子山羊』と呼ぶのは、その時からだ。

 先輩は水のグラスを弄びながら、ちょっと片眉を上げた。顔が” わる”のままになっている。途端に俺はなんだか悪魔でも呼び出しているような気分になった。

 前菜の皿が下げられ、入れ替わりの皿はリゾットだった。
ラーメンが入っていてもおかしくないデカイ器に、ほんのひと握りの甘鯛とリゾット乗っている。
 美味い。俺はそれをチビチビつつきながら、これを丼いっぱい食いたいと思った。

 「どう思う?」

 先輩も皿に目を落としたまま訊いてきた。

 「男と付き合ったことはあるんですか?」

 「ないね」

 即答だった。口調は予想していたよりも淡白だった。

 「最初…会社に入りたての頃は、専務と付き合ってるのかと思ったこともあります」

 「あっちゃん?」

 専務の名前を出すと、先輩はカラカラと声を立てて笑った。

 「ないない、四六時中あのテンションだよ?」

 「誰かが同棲してるって言ってたんですよ、今は知ってますけど」

 そう、先輩が俺のアパートに入り浸るようになった理由。それは先輩が専務兄弟と同居していることが元だった。


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