義務婚と牢獄

魔茶来

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アルバート

CASE:アンジェ①

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 アルは側室なんか連れて来ない。
 そう言い切るだけの自信が自分にはない。

 そんなことを考えているとイリアが見透かしたように心配そうに声を掛ける。
「心配なのね、でもアル君にはそんなことを聞いたら駄目よ」

「当たり前でしょ、聞けるわけないわ・・・『側室が欲しい?』なんて聞けるわけないわ」

「分かるわ!!、彼のことが心配なんでしょ?
 でもそんな話を大ぴらにされると私としては困るのよ」

「なんでイリアが困るのよ?」

「あなたがそんな話をしたと分かると、直ぐに原因究明が始まるのよ。
 そして私が側室の話をしたからだと分かって、私の家にクレームが入るという仕組みなのよ」

「えっ?
 なんでイリアにクレームが入るの」

「あなたが考えるほど婚約というのは簡単なことではないわよ。
 本人以上に家族や親族に取っては貴族社会の立場が変わるという意味で重要な意味を持つことなのよ。
 でもセシルって、ほんと何も知らされてなくてアル君と幸せだけを堪能できているのね。
 ホント羨ましいわ、上級貴族令嬢の特権というものかしら」

 私にはイリアの言っていることが分からなかった。
 なにも知らされてないってどういうことかしら?

「えっ、どういうことなのかしら?」

「ほらね、何にも知らないのね
 そうか、マルチネスさんね、マルチネスさんが全て取り仕切っているのね」

「えっ?マルチネスさん?
 教育係の?」

「教育係って言われているの?
 そうかそうね、表向きはそう言うことになっているのね
 彼女は婚姻請負人よ」

「婚姻請負人?」

「婚約から婚姻に至る貴族の家同士を結び付ける支援をする専門職。
 そういう仕事があるのよ。
 あのね、婚約をするということそれは両家にとっては大変なことなのよ。
 そして本当は当人同士の都合なんてどうでも良いのよ。
 結婚するのは貴族の家ということ。
 どちらの家の格が上であるかが問題で下流の貴族は上流貴族と婚姻するためならどんなこともするのよ。
 それはそうよね、家族や親族に取っては子息や令嬢の婚姻後の貴族社会の立場の変化は重要な意味を持つこと。
 それだけに専門職があるのよ。
 そうだ、私がこんな話をしたなんて秘密よ」

「イリアの所にもそういう人が居るの?」

「家はそんな人を常時雇うことは出来ないわよ。
 でも家と家のことなので婚姻請負人に案件(インシデント)単位で依頼するという形式は取っているわ。
 ほんと常時専門職を雇えるなんてできないからね。
 覚えておくと良いわ、セシルみたいに彼と幸せだけを堪能するなんて普通の人はできないのよ」

「そんなにお世話になっているという実感はないわ。
 確かに色々な婚姻迄のたしなみを教えて貰ってはいるけど?」

「ほんとお花畑ね。
 少しでも喧嘩するとか・・・
 例えば口喧嘩でもしようものなら、セシルの知らないところで物凄い人数の人が修復するために動いているのよ」

「えっ?なにそれ?」

「今の私たちの会話も、マルチネスが耳の良い人を雇って、どこかから聞いているかもしれなわよ」

 驚きすぎて声も出ない・・・
 自分の知らないところで婚姻に障害になることが全て処理されているなんて本当かしら?
 でもマルチネスさんがそんなことをするなんて信じられない。

「セシルの家って本当にセシルに優しいのね。
 私なんか婚約破棄になるようなことは絶対できないように言いつけられながら育ってきたのよ。
 でも今は違うけどね」

「そうね、イリアは何か自由だもんね」
 そう言えば昔の彼女に比べ、今の彼女は自由だった。

「貴族社会にとって婚姻するということは家同士の繋がりが出来るということ。
 そして、どちらの家が上か下かということで下流の家は大変な努力を強いられる」

「私の家はアル君の家より下だから努力しているのは私の家と言うこと?
 それでマルチネスさんに頼んで二人の仲を壊さないようにしているという訳?」

「そうね、でも仲を取り持つというのは二人の問題では無くて家と家の問題なのよ」

「家と家の問題?」

「そう家と家の問題。
 そうそうアンジェが数か月前に『婚約破棄』を言い渡されたのを覚えている?
 あれから学校に来ないでしょ」

「アンジェは失恋で落ち込んでいるのね、立ち直って早く来れるようになれば良いのに」

「もうアンジェは学校には来ないわよ」

「えっ?なんで?」

「もうアンジェの商品価値は残っていないからね・・・」

 なんかアンジェを商品のようにいうイリアに腹が立った。
「アンジェは商品じゃないわよ」

「ごめん、言い方が悪かったわ。
 でもサルカ君の家つまりアンドール家では婚約破棄はアンジェに原因があると言いふらしている
 でもサルカ君はそんなことを一言も言ってないでしょ。
 アンドール家が言っている」

「うそでしょ、だって婚約破棄の後すぐにサルカ君は別の人と婚約したのよ。
 サルカ君の心変わりか浮気が原因なんじゃないの?」

「サルカ君が直ぐに婚約したのが不思議なの?
 そんなの当たり前なのよ。
 婚約者は最初から請負人が数名準備しているのよ
 あなたにとって衝撃かも知れないけど、アル君の家だって同じ数人の婚約者が準備されているのよ」

「嘘よ、アル君はそんなことしない」

「アル君じゃなくて、アル君の家、つまりクリアティス家として準備しているのよ」

「そんなこと・・・その人たちって。私たちが婚姻したら無駄になるじゃない」

「残念でした婚約者候補は、婚姻後側室候補となるので無駄にはならない」

「えっ?
 側室候補?」

「あっ。
 この話はやめる。
 さっきも言ったけど私がセシルに変な知恵を与えたって分かったらクレームが来るからね」

「もう少し教えて・・・ちょっとで良いから」

「だめよ。
 それと覚えておくと良いわ。
 サルカ君はアンジェが嫌いになったわけではないのよ
 本当はまだ彼女のことが好きなのよ間違いないわ」

「そんなことって・・・」

「本人の意思なんて関係ない。
 だから私がいつも言ってるでしょ、貴族の結婚は『義務婚』なのよ」

 それ以上イリアはアンジェのこともアル君のことも教えてくれなかった。
 でも結局アンジェのことはすべてを知ることになった。

 数時間後、サルカ君が物凄い形相で涙を流しながら走って行った。
 その後を新しい婚約者モニカが追いかけていく。
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