17 / 18
誰にだってヒーローは傍にいる3
しおりを挟む
浅野さんに教えてもらった建物に入りドアの前に立つ。
チャイムを鳴らすと反応を待った。
でも、いつまで待っても無反応だった。
もう一度チャイムを鳴らす。
やはり同じで反応は無かったので、今度は声をかけてみた。
「和くん」
最初は小さな声で、やがて少しずつ大きな声で名前を呼んでみた。
やはり反応は無い。
どうしたんだろうと思い、ポストの穴からもう一度声をかけてみた。
ポストの穴からみた室内は静かであるが、たまに声が聞こえるような気がした。
「そうかまだ寝ているのね」
そう考えるとメモに「お弁当食べてね」と記載すると作ってもらった「まかぜナッツ(極)」をドアノブに下げて帰ることにした。
心の何かが欠けているような感じがする帰り道、スマホに着信がある。
何も考えずに着信を受けると「和くん!!」と話しかける。
「残念でした、彼氏ではないわよ、私よ、私」
その声は浅野さんだった。
「ごめんなさい。
ちょっと慌ててしまったみたい。
でも彼氏ではないわよ・・・」
「どうしたの?」
浅野さんのその声に、今までせき止めていたものが押し出されるように少し涙声になった。
「まだ和くんには会えていないんです。
本当にいつまで寝てるんだか・・・」
「そうなの!?」
浅野さんは驚いたような声を出した。
「本当に大変だったんでしょうね。
そんな大変だった人に何もしてあげられなかったなんて」
少し涙声で話をした。
「大丈夫よナナちゃん、貴方にできることをちゃんとしているから」
「そうでしょうか?」
「私に任せておきなさい」
浅野さんはそういうと電話を切った。
(任せておきなさい?)
どういう意味なんだろうか?そんなことを考えながら店まで帰った。
◆ ◆
浅野はすぐに出かける準備を始めて、テレビ局を後にしようとした。
「浅野先輩どちらに」
「ちょっとこの間の事件の取材に行ってくるわ」
そんな簡単な言葉を残してスタッフルームを出て行った。
「彼は相当危ない状況かもね」
そう呟くとビルの下にあるコンビニでゼリータイプのアイソトニック飲料や塩分補給の飲料を買った。
タクシーに乗り込んで直ぐに目的地に向かった。
目的地に着くとドアの前に立った。
チャイムを鳴らす。
ナナちゃんの言うように反応は無い。
ドアノブにはナナちゃんがぶら下げた弁当と和菓子があった。
その袋をドアノブから外し、ドアを強引に開けようとした。
もちろん鍵が掛かっている、ドアは鉄製のドアで簡単には開くわけがない。
なんと浅野はドアをこじ開けようと考えていた。
「鉄製か、厄介ね・・・」
浅野は最後通告のごとく、ドアを叩いた。
やはりこの時も反応はない。
「ふふふ、強硬手段しかないわね」
小さなバッグから簡易警棒を取り出し伸ばした。
警棒を伸ばし、ストッパーを掛けて縮まないようにした。
警棒をドアのカギに向けて真っすぐに構え、呼吸を整える浅野。
体制を決めるとピッタと数秒間動きを止める。
そして気を練り一気に吐き出すように動きを始める。
「はああああぁぁぁ~~ぁ」
簡易警棒がドアにカギ穴に一気に突き立てられる。
「ゴオ~~ン」
その音に何事かと近所の扉が開いた。
「すいません、ちょっとしたことで、大きな音が出てしまいました、気にしないでください」
浅野は笑いながら胡麻化していた。
さてドアなのだが、通常そんなことで鉄のドアが凹むはずがないのだが、気を練ったからなのか?
浅野の力が強いのか一気にドアは凹むどころか鍵の部分だけ穴が開いていた。
そのままドアの鍵を強引に外してしまう浅野。
ドアは鍵自体が無くなったことで開いた。
それだけの騒ぎでも部屋の住人は起きてこない。
「やっぱり・・・」
その住人は布団も引かず帰ってきたときの恰好そのままで、床に突っ伏して倒れていた。
「おい、しっかりしろ!!」
何度も声を掛ける浅野。
だが意識はないのだろう、彼は言葉を発することはない。
そして目は開いているが、空を見つめて虚だった。
「病院へ・・・」
そう思い電話をしようとしたとき小さな声で呟いた。
「俺は祥を助けられなかった・・・」
その言葉を聞いて一気に話しかける浅野。
「おい、しっかりしろ!!
気をしっかり持つんだ!!」
だが目は虚で意識が戻っているのかいないのかも分からないまま呟き続けた。
「良いんだ、俺は助けてもらうばかりで、翔を助けることが出来なかった俺は無能だ。
そうなんだ、もう少し俺が付き添えれば助かったかもしれないのに・・・」
浅野は焦った。
(だめだ、生きようとする意志を失っている。
このままだと病院に行っても同じだ。
生きようとしないとダメなんだ)
浅野は必死に体を揺する。
「しっかりしろ!!
お前は生きないといけないんだ!!
こらっ!!
お前のために、あんなに頑張ったナナちゃんはどうなるんだ。
お前はナナちゃんのために頑張って生きないといけないんだぞ!!」
その言葉に少し反応があった。
「ナナちゃん・・・」
「そうだ、お前はヒーローを失ったというが、ナナちゃんはお前をヒーローだと言っていたぞ。
お前はナナちゃんのヒーローなんだから生きないといけないんだ!!」
「違う、ヒーローはナナちゃんだ・・・・
店が存続していたのもナナちゃんのセンスがあってだ。
俺なんて・・・」
「それでもお前がナナちゃんのヒーローなんだぞ
それとな、お前の借金もナナちゃんが代わりに返したんだ。
分かるか、お前はナナちゃんにお金を返さないといけないんだぞ」
「借金?」
「そうだ、お前が祥とかいうヒーローを助けるためにした借金をナナちゃんが代わりに返したんだ。
だからお前は借金を返さないといけなんだ。
よく思い出せお前を助けるためにあんな危険な場所へ行ったナナちゃんのことを!!
危険を顧みずお前を助けようとしたナナちゃんのことを思い出せよ」
その言葉を聞くと和の目に光が徐々に戻り始めた。
少しすると焦点が定まったその目に見えたのは必至の形相の浅野の顔だった。
「気が付いたか・・・」
「ええ、悪い夢を見ていたようです」
疲れ切った顔で、弱々しい声で答えた。
そして先ほどの言葉を繰り返す。
「俺なんかヒーローじゃないです」
「違うわよ、おいしいお菓子を作る職人さんは、みんなナナちゃんにとってはヒーローなのよ。
彼女の大事なエネルギー源だからね。
和菓子を得た時のナナちゃんの力は貴方も知っているでしょ」
「そうだ。
本当にすごい子だ」
浅野は持ってきたゼリー飲料を和に飲ませた。
「病院へ行こうか?
症状自体は脱水症状のようだが、実際には『生きる意志の欠如』が生命すら危うくしていた。
精神的なものは外面から分からないからね。
ミナも迂闊だったな」
「すいません。
祥のことを考えると、今でもまた鬱な気持ちになるんです。
でも俺が倒れたら、助けてくれたナナちゃんに申し訳ないから・・・
俺もしっかりしないといけませんね。
そうだ、ナナちゃんに借金もあるし頑張ります。
結局、今も俺にとってはナナちゃんはヒーローなんだ。
病院は大丈夫です。
良いかな・・・少し休めば大丈夫です」
「ダメよ、病院へ行った方が良いわよ」
「その袋ナナちゃんが作ったお弁当でしょ、来てくれたんですよね」
「さっきお弁当を持って来ていたのよ。
会えなかったから、泣いていたわよ」
「えっ、そうなんですか。
あっ・・・」
自分の着ているものがあまりにも汚いので浅野に申し訳なさそうな顔をしていた。
「すいません洋服汚れちゃいましたね」
「気にするな。
こんなものどうってことないさ。
そうだ、これを渡しておくわ」
そう言うと浅野は財布から2万円を取り出して畳の上に置いた。
「このお金で、少し綺麗な格好をしてナナちゃんに会いに行ってあげなさい。
彼女はあなたを待っているわよ」
「ありがとうございます」
そういいながら立ち上げろうとするが、立ち上がれなかった。
それでも立ちあがろうとする。
その一生懸命さに浅野はなんか楽しそうにほほ笑むと、でも少し怖い顔になった。
「最後に一言言っておくが、ナナちゃんを泣かせたら私が許さないからね」
そういうとドアから出ていこうとした。
でもそのとき壊れたドアの様子を見て顔色が変わった。
「後で修理できる人間を派遣するからよろしく」
そう言って浅野は帰っていった。
和は必死に立とうとしていた。
立ち上ろうとしたとき、手のひらを見て。
「ささくれ立ってしまった手だな、おまけに汚い、とても職人の手ではないよな
職人はみんなヒーローか・・・」
浅野が置いて行ったアイソトニック飲料を飲みながら少しずつ立ち上がる練習をする。
やがて立ち上がると最初に手を洗った。
「相当長い間だったからな、落ちないや」
部屋の中を見渡すと無いもないことを確認した。
「取られるものは無いからこのまま行こう」
部屋を出ると小さなスーパーがあった。
そこで上下の洋服と下着、靴下を買い、軽石、ハンドクリームや手をケアできそうなもの薄い手袋も買った。
そして来る途中で見つけておいた風呂屋へ直行した。
「ははは、さすがにお腹が空いてきた。
これはナナちゃんのお弁当が相当なごちそうになるな」
体や頭をを念入りに洗う。
簡易なシャワーしか浴びることができなかったから驚くほど汚れていた。
そして手は念入りに軽石でささくれを取った、ただし無理をしたのか少し赤くなった。
その手に風呂上がりにハンドクリームを塗って手袋で保護した。
「職人の腕は仕事道具だからな、そんな簡単なことも気にする暇もなかった」
最後に散髪屋に寄った。
「髪は短い目にしてくれ」
整髪や髭を剃ると鏡の中に昔の自分が現れてきた。
「後は感覚を取り戻さないと」
散髪屋を出ると和菓子の材料を少し買って帰った。
ところが帰ってみると建物の前にパトカーが待っていた。
「えっ?」
部屋の前に行くと部屋のドアを見たことがある警察官らしき人が直していた。
「やっと、帰ってきたのね」
掛けられた声とその顔には覚えがあった、調書を取られた人たちだ。
「あっ、近藤さんでしたっけ?」
「ごめんなさいね、こんなことになっているなんて思わなかったから、連絡もしないで・・・
浅野にこっぴどく怒られたわ」
「いえ、そんなことはありません。
でもなんで警察官がドアを直しているんですか?」
「気にしないで須藤は、ああいうの得意だから」
そう言いながらドアを修理している刑事さんの方を見た。
「ああいうの?」
すると、修理をしていた須藤という刑事が笑いながら答える。
「ははは、始末書書かなくて済むなら頑張りますよ」
「ねっ、大丈夫でしょ?」
大丈夫な感じはしなかったが納得しておくことにした。
「すいません、私のために、さっきの人は私にお金までくれて・・・」
「気にしないでいいわよ。
浅野はナナちゃんのためになることをしているのよ」
「ナナちゃんのため?」
「そうね、ナナちゃんを浅野の亡くなった妹に重ねているのかもね。
妹さんは洋菓子職人になるとか言っていたからね。
ほんとに、良く似ているわ」
「そうなんですね。
だからあんなことを最後に言い残したのか・・・」
「あんなこと?」
「いえ、何でもないです」
「それより、浅野に言われて飛んで来たけど、お腹空いたわね。
あっ、それ何?」
「お菓子です。
『まかぜナッツ』極?、極みって?」
「少しもらっても良い?」
「たくさん入っているから、よかったら食べてください」
「わ~い、須藤お茶しよ!!」
「主任、もう少しなのでちょっとおまちください」
「分かったわ、お茶買ってこよ」
近藤さんがそういうのを聞くと待ってくれと手を挙げて
「いや、お茶なら俺が・・・」
「お茶くらい私に奢らせてね」
そう言うと近藤さんは出て行った。
須藤さんが作業を終わって床の上に座った。
「すいませんね。
僕たちもまさか、あなたがそんな状況になっているなんて思いもよりませんでした。
本当にごめんなさい」
「いや、俺が精神的に弱かっただけですよ。
でも、あなたも人使いが荒そうな上司で大変ですね」
「違いますよ。
あの人は人一倍、人のことが分かる人だ。
彼女に助けられた者は多いです。
それが証拠に私たちやこの町の巡査は近藤さんの味方ですよ。
本当ならもっと偉い人になっているはずなんですがね。
でも『偉くなったら町のことが分からなくなるだろう』とか言っていつまでも主任のままなんですよ。
あの人は本当にこの町が好きなんだと思います」
お茶を買いに行っていた近藤が帰って来た。
「ほれ、須藤いくぞ!!」
そういうとペットボトルのお茶を須藤に投げた。
そんなやりとりを見て本当に仲の良い上司と部下なんだと思った。
「「「では頂きます」」」
「えっ、これが『まかぜナッツ(極)』・・・」
その和菓子の味に驚いた、と同時に作ることに参加できていなことに悔しさが沸き起こって来た。
近藤がそれに気が付く。
「なんだ、君は、泣いているか?」
「ええ、こんなおいしいお菓子を作る現場にいられなかったんですよ」
「変わっているな、でももっとおいしいお菓子を作れば良いじゃないか」
お菓子を食べ終わると二人は帰っていった。
この数日起こったことを振り返っていた。
「そうか、誰にだってヒーローは傍にいるんだ。
俺にだって、ナナちゃんにだって。
そしてみんなにも・・・
だから俺も誰かのヒーローになれる。
そうさ俺も頑張らないとね」
部屋にはナナちゃんが持ってきたお弁当が残っていた。
お弁当を開けると懐かしいナナちゃんお手製の「だし巻き卵」がおいしそうだった。
そのお弁当を見て涙が出てくるのを抑えられず、お弁当を食べながら泣いていた。
その後和菓子を作る感覚を取り戻すために、原材料を使ってこねたり伸ばしたりと基本を何度も繰り返した。
何時間も、何時間も・・・そして朝が来るまで続けた。
チャイムを鳴らすと反応を待った。
でも、いつまで待っても無反応だった。
もう一度チャイムを鳴らす。
やはり同じで反応は無かったので、今度は声をかけてみた。
「和くん」
最初は小さな声で、やがて少しずつ大きな声で名前を呼んでみた。
やはり反応は無い。
どうしたんだろうと思い、ポストの穴からもう一度声をかけてみた。
ポストの穴からみた室内は静かであるが、たまに声が聞こえるような気がした。
「そうかまだ寝ているのね」
そう考えるとメモに「お弁当食べてね」と記載すると作ってもらった「まかぜナッツ(極)」をドアノブに下げて帰ることにした。
心の何かが欠けているような感じがする帰り道、スマホに着信がある。
何も考えずに着信を受けると「和くん!!」と話しかける。
「残念でした、彼氏ではないわよ、私よ、私」
その声は浅野さんだった。
「ごめんなさい。
ちょっと慌ててしまったみたい。
でも彼氏ではないわよ・・・」
「どうしたの?」
浅野さんのその声に、今までせき止めていたものが押し出されるように少し涙声になった。
「まだ和くんには会えていないんです。
本当にいつまで寝てるんだか・・・」
「そうなの!?」
浅野さんは驚いたような声を出した。
「本当に大変だったんでしょうね。
そんな大変だった人に何もしてあげられなかったなんて」
少し涙声で話をした。
「大丈夫よナナちゃん、貴方にできることをちゃんとしているから」
「そうでしょうか?」
「私に任せておきなさい」
浅野さんはそういうと電話を切った。
(任せておきなさい?)
どういう意味なんだろうか?そんなことを考えながら店まで帰った。
◆ ◆
浅野はすぐに出かける準備を始めて、テレビ局を後にしようとした。
「浅野先輩どちらに」
「ちょっとこの間の事件の取材に行ってくるわ」
そんな簡単な言葉を残してスタッフルームを出て行った。
「彼は相当危ない状況かもね」
そう呟くとビルの下にあるコンビニでゼリータイプのアイソトニック飲料や塩分補給の飲料を買った。
タクシーに乗り込んで直ぐに目的地に向かった。
目的地に着くとドアの前に立った。
チャイムを鳴らす。
ナナちゃんの言うように反応は無い。
ドアノブにはナナちゃんがぶら下げた弁当と和菓子があった。
その袋をドアノブから外し、ドアを強引に開けようとした。
もちろん鍵が掛かっている、ドアは鉄製のドアで簡単には開くわけがない。
なんと浅野はドアをこじ開けようと考えていた。
「鉄製か、厄介ね・・・」
浅野は最後通告のごとく、ドアを叩いた。
やはりこの時も反応はない。
「ふふふ、強硬手段しかないわね」
小さなバッグから簡易警棒を取り出し伸ばした。
警棒を伸ばし、ストッパーを掛けて縮まないようにした。
警棒をドアのカギに向けて真っすぐに構え、呼吸を整える浅野。
体制を決めるとピッタと数秒間動きを止める。
そして気を練り一気に吐き出すように動きを始める。
「はああああぁぁぁ~~ぁ」
簡易警棒がドアにカギ穴に一気に突き立てられる。
「ゴオ~~ン」
その音に何事かと近所の扉が開いた。
「すいません、ちょっとしたことで、大きな音が出てしまいました、気にしないでください」
浅野は笑いながら胡麻化していた。
さてドアなのだが、通常そんなことで鉄のドアが凹むはずがないのだが、気を練ったからなのか?
浅野の力が強いのか一気にドアは凹むどころか鍵の部分だけ穴が開いていた。
そのままドアの鍵を強引に外してしまう浅野。
ドアは鍵自体が無くなったことで開いた。
それだけの騒ぎでも部屋の住人は起きてこない。
「やっぱり・・・」
その住人は布団も引かず帰ってきたときの恰好そのままで、床に突っ伏して倒れていた。
「おい、しっかりしろ!!」
何度も声を掛ける浅野。
だが意識はないのだろう、彼は言葉を発することはない。
そして目は開いているが、空を見つめて虚だった。
「病院へ・・・」
そう思い電話をしようとしたとき小さな声で呟いた。
「俺は祥を助けられなかった・・・」
その言葉を聞いて一気に話しかける浅野。
「おい、しっかりしろ!!
気をしっかり持つんだ!!」
だが目は虚で意識が戻っているのかいないのかも分からないまま呟き続けた。
「良いんだ、俺は助けてもらうばかりで、翔を助けることが出来なかった俺は無能だ。
そうなんだ、もう少し俺が付き添えれば助かったかもしれないのに・・・」
浅野は焦った。
(だめだ、生きようとする意志を失っている。
このままだと病院に行っても同じだ。
生きようとしないとダメなんだ)
浅野は必死に体を揺する。
「しっかりしろ!!
お前は生きないといけないんだ!!
こらっ!!
お前のために、あんなに頑張ったナナちゃんはどうなるんだ。
お前はナナちゃんのために頑張って生きないといけないんだぞ!!」
その言葉に少し反応があった。
「ナナちゃん・・・」
「そうだ、お前はヒーローを失ったというが、ナナちゃんはお前をヒーローだと言っていたぞ。
お前はナナちゃんのヒーローなんだから生きないといけないんだ!!」
「違う、ヒーローはナナちゃんだ・・・・
店が存続していたのもナナちゃんのセンスがあってだ。
俺なんて・・・」
「それでもお前がナナちゃんのヒーローなんだぞ
それとな、お前の借金もナナちゃんが代わりに返したんだ。
分かるか、お前はナナちゃんにお金を返さないといけないんだぞ」
「借金?」
「そうだ、お前が祥とかいうヒーローを助けるためにした借金をナナちゃんが代わりに返したんだ。
だからお前は借金を返さないといけなんだ。
よく思い出せお前を助けるためにあんな危険な場所へ行ったナナちゃんのことを!!
危険を顧みずお前を助けようとしたナナちゃんのことを思い出せよ」
その言葉を聞くと和の目に光が徐々に戻り始めた。
少しすると焦点が定まったその目に見えたのは必至の形相の浅野の顔だった。
「気が付いたか・・・」
「ええ、悪い夢を見ていたようです」
疲れ切った顔で、弱々しい声で答えた。
そして先ほどの言葉を繰り返す。
「俺なんかヒーローじゃないです」
「違うわよ、おいしいお菓子を作る職人さんは、みんなナナちゃんにとってはヒーローなのよ。
彼女の大事なエネルギー源だからね。
和菓子を得た時のナナちゃんの力は貴方も知っているでしょ」
「そうだ。
本当にすごい子だ」
浅野は持ってきたゼリー飲料を和に飲ませた。
「病院へ行こうか?
症状自体は脱水症状のようだが、実際には『生きる意志の欠如』が生命すら危うくしていた。
精神的なものは外面から分からないからね。
ミナも迂闊だったな」
「すいません。
祥のことを考えると、今でもまた鬱な気持ちになるんです。
でも俺が倒れたら、助けてくれたナナちゃんに申し訳ないから・・・
俺もしっかりしないといけませんね。
そうだ、ナナちゃんに借金もあるし頑張ります。
結局、今も俺にとってはナナちゃんはヒーローなんだ。
病院は大丈夫です。
良いかな・・・少し休めば大丈夫です」
「ダメよ、病院へ行った方が良いわよ」
「その袋ナナちゃんが作ったお弁当でしょ、来てくれたんですよね」
「さっきお弁当を持って来ていたのよ。
会えなかったから、泣いていたわよ」
「えっ、そうなんですか。
あっ・・・」
自分の着ているものがあまりにも汚いので浅野に申し訳なさそうな顔をしていた。
「すいません洋服汚れちゃいましたね」
「気にするな。
こんなものどうってことないさ。
そうだ、これを渡しておくわ」
そう言うと浅野は財布から2万円を取り出して畳の上に置いた。
「このお金で、少し綺麗な格好をしてナナちゃんに会いに行ってあげなさい。
彼女はあなたを待っているわよ」
「ありがとうございます」
そういいながら立ち上げろうとするが、立ち上がれなかった。
それでも立ちあがろうとする。
その一生懸命さに浅野はなんか楽しそうにほほ笑むと、でも少し怖い顔になった。
「最後に一言言っておくが、ナナちゃんを泣かせたら私が許さないからね」
そういうとドアから出ていこうとした。
でもそのとき壊れたドアの様子を見て顔色が変わった。
「後で修理できる人間を派遣するからよろしく」
そう言って浅野は帰っていった。
和は必死に立とうとしていた。
立ち上ろうとしたとき、手のひらを見て。
「ささくれ立ってしまった手だな、おまけに汚い、とても職人の手ではないよな
職人はみんなヒーローか・・・」
浅野が置いて行ったアイソトニック飲料を飲みながら少しずつ立ち上がる練習をする。
やがて立ち上がると最初に手を洗った。
「相当長い間だったからな、落ちないや」
部屋の中を見渡すと無いもないことを確認した。
「取られるものは無いからこのまま行こう」
部屋を出ると小さなスーパーがあった。
そこで上下の洋服と下着、靴下を買い、軽石、ハンドクリームや手をケアできそうなもの薄い手袋も買った。
そして来る途中で見つけておいた風呂屋へ直行した。
「ははは、さすがにお腹が空いてきた。
これはナナちゃんのお弁当が相当なごちそうになるな」
体や頭をを念入りに洗う。
簡易なシャワーしか浴びることができなかったから驚くほど汚れていた。
そして手は念入りに軽石でささくれを取った、ただし無理をしたのか少し赤くなった。
その手に風呂上がりにハンドクリームを塗って手袋で保護した。
「職人の腕は仕事道具だからな、そんな簡単なことも気にする暇もなかった」
最後に散髪屋に寄った。
「髪は短い目にしてくれ」
整髪や髭を剃ると鏡の中に昔の自分が現れてきた。
「後は感覚を取り戻さないと」
散髪屋を出ると和菓子の材料を少し買って帰った。
ところが帰ってみると建物の前にパトカーが待っていた。
「えっ?」
部屋の前に行くと部屋のドアを見たことがある警察官らしき人が直していた。
「やっと、帰ってきたのね」
掛けられた声とその顔には覚えがあった、調書を取られた人たちだ。
「あっ、近藤さんでしたっけ?」
「ごめんなさいね、こんなことになっているなんて思わなかったから、連絡もしないで・・・
浅野にこっぴどく怒られたわ」
「いえ、そんなことはありません。
でもなんで警察官がドアを直しているんですか?」
「気にしないで須藤は、ああいうの得意だから」
そう言いながらドアを修理している刑事さんの方を見た。
「ああいうの?」
すると、修理をしていた須藤という刑事が笑いながら答える。
「ははは、始末書書かなくて済むなら頑張りますよ」
「ねっ、大丈夫でしょ?」
大丈夫な感じはしなかったが納得しておくことにした。
「すいません、私のために、さっきの人は私にお金までくれて・・・」
「気にしないでいいわよ。
浅野はナナちゃんのためになることをしているのよ」
「ナナちゃんのため?」
「そうね、ナナちゃんを浅野の亡くなった妹に重ねているのかもね。
妹さんは洋菓子職人になるとか言っていたからね。
ほんとに、良く似ているわ」
「そうなんですね。
だからあんなことを最後に言い残したのか・・・」
「あんなこと?」
「いえ、何でもないです」
「それより、浅野に言われて飛んで来たけど、お腹空いたわね。
あっ、それ何?」
「お菓子です。
『まかぜナッツ』極?、極みって?」
「少しもらっても良い?」
「たくさん入っているから、よかったら食べてください」
「わ~い、須藤お茶しよ!!」
「主任、もう少しなのでちょっとおまちください」
「分かったわ、お茶買ってこよ」
近藤さんがそういうのを聞くと待ってくれと手を挙げて
「いや、お茶なら俺が・・・」
「お茶くらい私に奢らせてね」
そう言うと近藤さんは出て行った。
須藤さんが作業を終わって床の上に座った。
「すいませんね。
僕たちもまさか、あなたがそんな状況になっているなんて思いもよりませんでした。
本当にごめんなさい」
「いや、俺が精神的に弱かっただけですよ。
でも、あなたも人使いが荒そうな上司で大変ですね」
「違いますよ。
あの人は人一倍、人のことが分かる人だ。
彼女に助けられた者は多いです。
それが証拠に私たちやこの町の巡査は近藤さんの味方ですよ。
本当ならもっと偉い人になっているはずなんですがね。
でも『偉くなったら町のことが分からなくなるだろう』とか言っていつまでも主任のままなんですよ。
あの人は本当にこの町が好きなんだと思います」
お茶を買いに行っていた近藤が帰って来た。
「ほれ、須藤いくぞ!!」
そういうとペットボトルのお茶を須藤に投げた。
そんなやりとりを見て本当に仲の良い上司と部下なんだと思った。
「「「では頂きます」」」
「えっ、これが『まかぜナッツ(極)』・・・」
その和菓子の味に驚いた、と同時に作ることに参加できていなことに悔しさが沸き起こって来た。
近藤がそれに気が付く。
「なんだ、君は、泣いているか?」
「ええ、こんなおいしいお菓子を作る現場にいられなかったんですよ」
「変わっているな、でももっとおいしいお菓子を作れば良いじゃないか」
お菓子を食べ終わると二人は帰っていった。
この数日起こったことを振り返っていた。
「そうか、誰にだってヒーローは傍にいるんだ。
俺にだって、ナナちゃんにだって。
そしてみんなにも・・・
だから俺も誰かのヒーローになれる。
そうさ俺も頑張らないとね」
部屋にはナナちゃんが持ってきたお弁当が残っていた。
お弁当を開けると懐かしいナナちゃんお手製の「だし巻き卵」がおいしそうだった。
そのお弁当を見て涙が出てくるのを抑えられず、お弁当を食べながら泣いていた。
その後和菓子を作る感覚を取り戻すために、原材料を使ってこねたり伸ばしたりと基本を何度も繰り返した。
何時間も、何時間も・・・そして朝が来るまで続けた。
0
お気に入りに追加
17
あなたにおすすめの小説
サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。
ちょっと大人な体験談はこちらです
神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な体験談です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。
【完結】もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?
冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。
オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・
「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」
「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」
極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~
恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」
そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。
私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。
葵は私のことを本当はどう思ってるの?
私は葵のことをどう思ってるの?
意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。
こうなったら確かめなくちゃ!
葵の気持ちも、自分の気持ちも!
だけど甘い誘惑が多すぎて――
ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。
男性向け(女声)シチュエーションボイス台本
しましまのしっぽ
恋愛
男性向け(女声)シチュエーションボイス台本です。
関西弁彼女の台本を標準語に変えたものもあります。ご了承ください
ご自由にお使いください。
イラストはノーコピーライトガールさんからお借りしました
小さなことから〜露出〜えみ〜
サイコロ
恋愛
私の露出…
毎日更新していこうと思います
よろしくおねがいします
感想等お待ちしております
取り入れて欲しい内容なども
書いてくださいね
よりみなさんにお近く
考えやすく
イケメン彼氏は年上消防士!鍛え上げられた体は、夜の体力まで別物!?
すずなり。
恋愛
私が働く食堂にやってくる消防士さんたち。
翔馬「俺、チャーハン。」
宏斗「俺もー。」
航平「俺、から揚げつけてー。」
優弥「俺はスープ付き。」
みんなガタイがよく、男前。
ひなた「はーいっ。ちょっと待ってくださいねーっ。」
慌ただしい昼時を過ぎると、私の仕事は終わる。
終わった後、私は行かなきゃいけないところがある。
ひなた「すみませーん、子供のお迎えにきましたー。」
保育園に迎えに行かなきゃいけない子、『太陽』。
私は子供と一緒に・・・暮らしてる。
ーーーーーーーーーーーーーーーー
翔馬「おいおい嘘だろ?」
宏斗「子供・・・いたんだ・・。」
航平「いくつん時の子だよ・・・・。」
優弥「マジか・・・。」
消防署で開かれたお祭りに連れて行った太陽。
太陽の存在を知った一人の消防士さんが・・・私に言った。
「俺は太陽がいてもいい。・・・太陽の『パパ』になる。」
「俺はひなたが好きだ。・・・絶対振り向かせるから覚悟しとけよ?」
※お話に出てくる内容は、全て想像の世界です。現実世界とは何ら関係ありません。
※感想やコメントは受け付けることができません。
メンタルが薄氷なもので・・・すみません。
言葉も足りませんが読んでいただけたら幸いです。
楽しんでいただけたら嬉しく思います。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる