上 下
56 / 60
第4章「希望の勇者」

第56話「魔王の歌声」

しおりを挟む
 ぐっと足に力を込め、屋根を押してみるとわずかにぎいぎいと音が鳴る。まあ、このくらいなら大丈夫だろう。

「アラン、下ろしてくれないの?」

「いや、今下ろすよ」

 僕はライラをそっと屋根の上に下ろした。彼女は屋根の上を音を鳴らしながら歩く。その内ズボッと真下に落っこちそうで怖い。

「ライラ、ここで大丈夫そうか?」

「うん。これだけ高さがあれば、みんなに届くと思うし」

「なあ、どのくらいで準備できそうなんだ?」

「うーん、一日もあれば、軍と言えるくらいには集められるよ」

 たった一日で? ライラが魔王として特別優秀なのか、そもそも魔王がすごいのか。そもそも、この森にそんなに魔物がいるのだろうか。

「驚いた? 私は魔王なんだから、それくらいできるよ」

「いや、なんというか。よく――いや、なんでもない」

「んー? ならいいけど」

 本当によくアーサー達は三人がかりとはいえ、ライラの魔法を封印することが出来たな。一体どうやったんだろうか。僕がアーサーにするように奇襲でもしたのかもしれない。

「でも、ずっと歌わなきゃならないから、結構喉が痛くなるんだよね。まあ、魔法ですぐに治せるんだけど」

「結構で済むのがすごいと思うけどな」

「そうー?」

「ああ」

 ライラが僕の隣にやって来て、手を掴んだ。

「ねえ、歌っている時、手繋いでいてもいい?」

「どうしたんだ急に。いつも、俺に断りなんか入れないだろ」

「だって、断られたくないから」

「……別に断るわけないだろ。嫌なわけないんだから」

「やった」

 ライラはにこっと笑って、森の方へ体を向けた。深紅の髪が風に揺れている。紫色の瞳は、森を睥睨していた。

 アランが眼下をちらっと見ると、ジェナが飼っていた、というより従わせていた魔物たちはまだ生きているようだった。ここには誰も来てないのだろうか。ジェナが死んだとなれば、ナンシーあたりは確かめに来そうなものだけど。ここは、何も変わっていない。

「アラン、歌うね。ちょっと強力だから、アランは気を付けてね」

「僕にも歌の効果があるのか?」

「うーん、人間なら本当はないんだけどね。リリーか聞いたんだけど、アランは精霊寄りらしいから。もしかしたら、効き目があるかもしれないと思って」

 いつの間にそんな話をしていたんだ。

〈リリー、そんなこと言ったなんて聞いてないんだけど〉

〈ライラちゃんが不思議に思ってたから、答えてあげただけよ〉

 勝手に色々と話されると余計なことまで言われていそうで、怖い。

「リリーちゃんにも気を付けるようにいっておいて。多分、大丈夫だと思うんだけど……。念の為ね」

「分かった」

〈だとよ、リリー〉

〈はーい〉

 本当に大丈夫だろうか。リリーは呑気に感じられるほど、軽い返事だった。まあ、本当にダメだったら、ライラの歌を止めればいいか。

 ライラが大きく息を吸った。彼女の唇が開き、歌声が漏れ出す。以前聞いた歌とはまた違うものだった。前のが優しい子守歌だとするならば、今回のは清らかで力強いものだ。彼女の全身が目の瞳と同様に紫色の光に包まれ――溢れ出すように森に向かって光の帯を広げていく。それは目に見えない旋律が見えているようだった。風の影響も受けず、歌声が森に向かって流れていく。紫色の光の帯はどこまでも続き、森の奥へ奥へと進んでいく。

 綺麗な歌声だ。聞いていると、不思議と高揚してくる。以前は穏やかで眠くなりそうだったのに。この声を聞いていると、彼女に惹き付けられる――

〈アラン、言われたそばから影響受けないでよ〉

 リリーの言葉に僕はハッ、とする。危ない。完全にライラの歌声に意識を持ってかれていた。

〈……影響なんか受けてない〉

〈ふーん、どうだか。うっとりした顔でライラちゃんを見てたんじゃないの?〉

〈そんな顔してないっ〉

 してないよな、と不安に思ってライラを見る。すると、彼女は僕のことを横目でちらっと見て微笑んでいた。まさか、本当に? 僕は羞恥心で顔が熱くなった。恥ずかしいにも程がある。

〈アランー、そのくらいにしてねー。こっちにも伝わってきて、恥ずかしくなってくるから〉

 僕は何も言えなかった。

 本当はライラの歌声をずっと聞いていたかったけど、意識的に集中しないようにする。僕は代わりに周りの様子に集中した。

「おお、すごいな……」

 ライラが歌い始めてそんなに時間が経っていないというのに、効果が出てきていた。大樹の根元にいた、ジェナが従わせた魔物たちがより大樹に集まってきている。森の方を見れば、空を飛ぶ魔物がこちらに向かっており、地面では大樹を囲っている柵を壊したり、乗り越えたりして魔物が集まりつつあった。

 少し歌っただけで、これなら――一日歌ったあとには、すごいことになる。想像もつかない規模になりそうなことだけが、今の僕に分かることだった。



「魔王軍襲撃」の襲撃予告日――僕は王都の中にいた。屋根裏部屋のある家の屋根上で、姿を変えている僕は街を見下ろす。

 王都は数日前までの騒がしさが嘘のように静まり返っていた。まったく人がいない。パーティーハウスにはすでにアーサーはいない。昨日の夜から国境沿いの城壁で、魔王軍を待っている。

 一度、夜中にこっそりと様子を見に行ったが、アーサーだけがピリピリしていて、他はのんびりしたものだった。そのことにまた、アーサーが苛立っているのが見て取れた。最も、さすがに外での振る舞いは気を付けているのか、あからさまにはしていなかった。ただ、言動の端々に横暴さが見え隠れし、完全に己の姿を隠しきれてなかった。

 見ていて愉快なものだったけど、その相手に正面からなるのがライラだと思うと同時に不安も抱いた。

 まあ、彼女が用意した魔物――あれだけいればそんな簡単にやられるとは思えないけど。今更死んで欲しいとは思わない。……お婿さんは、いらないけど。

「大丈夫かな……」

〈なに、まだ心配してるの?〉

「そんなんじゃない」

〈素直じゃないねー。……まあ、完全に大丈夫かと言われれば不安なのも分かるけどね。相手は仮にも勇者なのだから。でも、ライラちゃんも魔王なんだから、少しくらい信用してあげたら?〉

「別に信用してないわけじゃない。……ただ、どうやっても危険だから怖いだけだ。上手くいかなかったら、僕まで失敗するかもしれない」

〈ふーん。まあ、アランが本当にそう思っているなら、それでもいいけど。でも、アランが頑張ってアーサーをさっさと殺せば済む問題でしょ? それですべて終わりなんだから〉

「分かってる。さっさと終わらせる」

 僕は足に力を込め、ジャンプした。この家に住んでいる老夫婦には申し訳ないけど、これで最後だ。もう、ここには戻ってこない。

 屋根をぶち壊し、空高く飛ぶ。勢いがなくなり、僕は羽を操作し空を滑る。眼下に広がる王都の街並み。普段なら人が散見するだろうけど、今はいない。大体は逃げたのだろう。残っているようなものは今の所見られない。

 城壁の先を見ると、なにかがひしめき合っているのが見えた。この距離からでも見えるのか。改めて見ると凄い数だな。

 黒い固まりにも見えるそれは、国境の外――森林から草原に出て、こちらに向かってきていた。ライラが率いる魔王軍だ。彼女の話では、後ろの方に控えるから死ぬ心配はないと言っていたが……、これ以上考えても仕方がないか。

 すでに魔王軍としてのライラが集めた魔物の群れは王都に向かっている。王都の中にいる僕にも見えるほどに近付いてきている。

 僕は勇者のいるであろう、城壁に向かった。
しおりを挟む
毎日更新中!


【感想、お気に入りに追加】、エール、お願いいたします!m(__)m


作者が泣いて喜びます。

【Twitter】(更新報告など)
@tuzita_en(https://twitter.com/tuzita_en

【主要作品リスト・最新情報】
lit.link(https://lit.link/tuzitaen
感想 0

あなたにおすすめの小説

スライム10,000体討伐から始まるハーレム生活

昼寝部
ファンタジー
 この世界は12歳になったら神からスキルを授かることができ、俺も12歳になった時にスキルを授かった。  しかし、俺のスキルは【@&¥#%】と正しく表記されず、役に立たないスキルということが判明した。  そんな中、両親を亡くした俺は妹に不自由のない生活を送ってもらうため、冒険者として活動を始める。  しかし、【@&¥#%】というスキルでは強いモンスターを討伐することができず、3年間冒険者をしてもスライムしか倒せなかった。  そんなある日、俺がスライムを10,000体討伐した瞬間、スキル【@&¥#%】がチートスキルへと変化して……。  これは、ある日突然、最強の冒険者となった主人公が、今まで『スライムしか倒せないゴミ』とバカにしてきた奴らに“ざまぁ”し、美少女たちと幸せな日々を過ごす物語。

大器晩成エンチャンター~Sランク冒険者パーティから追放されてしまったが、追放後の成長度合いが凄くて世界最強になる

遠野紫
ファンタジー
「な、なんでだよ……今まで一緒に頑張って来たろ……?」 「頑張って来たのは俺たちだよ……お前はお荷物だ。サザン、お前にはパーティから抜けてもらう」 S級冒険者パーティのエンチャンターであるサザンは或る時、パーティリーダーから追放を言い渡されてしまう。 村の仲良し四人で結成したパーティだったが、サザンだけはなぜか実力が伸びなかったのだ。他のメンバーに追いつくために日々努力を重ねたサザンだったが結局報われることは無く追放されてしまった。 しかしサザンはレアスキル『大器晩成』を持っていたため、ある時突然その強さが解放されたのだった。 とてつもない成長率を手にしたサザンの最強エンチャンターへの道が今始まる。

勇者、追放される ~仲間がクズばかりだったので、魔王とお茶してのんびり過ごす。戻ってこいと言われても断固拒否。~

秋鷺 照
ファンタジー
 強すぎて勇者になってしまったレッグは、パーティーを追放され、一人で魔王城へ行く。美味しいと噂の、魔族領の茶を飲むために!(ちゃんと人類も守る)

最強魔族の俺が最弱の女勇者を鍛えるワケ ~魔王軍二番手の冥王は人間界でもSランク冒険者のようです~

八神 凪
ファンタジー
――広大な世界‟ロスワール”  そこは人間の他にエルフやドワーフといった種族や魔族が住み、地上には魔物が徘徊する危険な世界で、住む者は剣や魔法といった技能を駆使して毎日を強く生きていた。  そんな中、魔族のトップである大魔王メギストスは人間達の領地を狙う武を力の象徴とした先代を倒し、長く続いた人間との争いを止めて魔族側から人間に手を出さないように決めた。  だが、六人いる大魔王の配下である【王】の一人、魔王軍のNo.2である冥王ザガムはそれを良しとせず、魔族のために領地を拡大したい彼は大魔王メギストスへ侵略を進言するもあっさり棄却される。  どうしても人間達を支配して領地を拡大したいなら自分を倒し、お前がトップになれと返されるのだった。  そして999回目の敗北を喫した時、勇者が覚醒したとの話を聞いたザガムは勇者に大魔王を倒させ、油断した勇者を自分が倒せばいいのではないか? そう考え勇者を探すべく魔族領を出奔。  ――かくして、冥王ザガムは邂逅する。    ため息を吐きたくなるような弱さの女勇者、ギャンブル好きの聖女見習い、魔族よりも陰湿な魔法使い達と――  しかし勇者の力は本物であることを目にし、鍛えればあるいはとザガムは考えるようになる。  果たして彼は勇者と共に大魔王を倒すことができるだろうか……?  かくして真面目で女性が苦手な冥王と、歴代最弱勇者の冒険が始まる。

スキル間違いの『双剣士』~一族の恥だと追放されたが、追放先でスキルが覚醒。気が付いたら最強双剣士に~

きょろ
ファンタジー
この世界では5歳になる全ての者に『スキル』が与えられる――。 洗礼の儀によってスキル『片手剣』を手にしたグリム・レオハートは、王国で最も有名な名家の長男。 レオハート家は代々、女神様より剣の才能を与えられる事が多い剣聖一族であり、グリムの父は王国最強と謳われる程の剣聖であった。 しかし、そんなレオハート家の長男にも関わらずグリムは全く剣の才能が伸びなかった。 スキルを手にしてから早5年――。 「貴様は一族の恥だ。最早息子でも何でもない」 突如そう父に告げられたグリムは、家族からも王国からも追放され、人が寄り付かない辺境の森へと飛ばされてしまった。 森のモンスターに襲われ絶対絶命の危機に陥ったグリム。ふと辺りを見ると、そこには過去に辺境の森に飛ばされたであろう者達の骨が沢山散らばっていた。 それを見つけたグリムは全てを諦め、最後に潔く己の墓を建てたのだった。 「どうせならこの森で1番派手にしようか――」 そこから更に8年――。 18歳になったグリムは何故か辺境の森で最強の『双剣士』となっていた。 「やべ、また力込め過ぎた……。双剣じゃやっぱ強すぎるな。こりゃ1本は飾りで十分だ」 最強となったグリムの所へ、ある日1体の珍しいモンスターが現れた。 そして、このモンスターとの出会いがグレイの運命を大きく動かす事となる――。

アイテムボックス無双 ~何でも収納! 奥義・首狩りアイテムボックス!~

明治サブ🍆スニーカー大賞【金賞】受賞作家
ファンタジー
※大・大・大どんでん返し回まで投稿済です!! 『第1回 次世代ファンタジーカップ ~最強「進化系ざまぁ」決定戦!』投稿作品。  無限収納機能を持つ『マジックバッグ』が巷にあふれる街で、収納魔法【アイテムボックス】しか使えない主人公・クリスは冒険者たちから無能扱いされ続け、ついに100パーティー目から追放されてしまう。  破れかぶれになって単騎で魔物討伐に向かい、あわや死にかけたところに謎の美しき旅の魔女が現れ、クリスに告げる。 「【アイテムボックス】は最強の魔法なんだよ。儂が使い方を教えてやろう」 【アイテムボックス】で魔物の首を、家屋を、オークの集落を丸ごと収納!? 【アイテムボックス】で道を作り、川を作り、街を作る!? ただの収納魔法と侮るなかれ。知覚できるものなら疫病だろうが敵の軍勢だろうが何だって除去する超能力! 主人公・クリスの成り上がりと「進化系ざまぁ」展開、そして最後に待ち受ける極上のどんでん返しを、とくとご覧あれ! 随所に散りばめられた大小さまざまな伏線を、あなたは見抜けるか!?

S級パーティを追放された無能扱いの魔法戦士は気ままにギルド職員としてスローライフを送る

神谷ミコト
ファンタジー
【祝!4/6HOTランキング2位獲得】 元貴族の魔法剣士カイン=ポーンは、「誰よりも強くなる。」その決意から最上階と言われる100Fを目指していた。 ついにパーティ「イグニスの槍」は全人未達の90階に迫ろうとしていたが、 理不尽なパーティ追放を機に、思いがけずギルドの職員としての生活を送ることに。 今までのS級パーティとして牽引していた経験を活かし、ギルド業務。ダンジョン攻略。新人育成。そして、学園の臨時講師までそつなくこなす。 様々な経験を糧にカインはどう成長するのか。彼にとっての最強とはなんなのか。 カインが無自覚にモテながら冒険者ギルド職員としてスローライフを送るである。 ハーレム要素多め。 ※隔日更新予定です。10話前後での完結予定で構成していましたが、多くの方に見られているため10話以降も製作中です。 よければ、良いね。評価、コメントお願いします。励みになりますorz 他メディアでも掲載中。他サイトにて開始一週間でジャンル別ランキング15位。HOTランキング4位達成。応援ありがとうございます。 たくさんの誤字脱字報告ありがとうございます。すべて適応させていただきます。 物語を楽しむ邪魔をしてしまい申し訳ないですorz 今後とも応援よろしくお願い致します。

王宮で汚職を告発したら逆に指名手配されて殺されかけたけど、たまたま出会ったメイドロボに転生者の技術力を借りて反撃します

有賀冬馬
ファンタジー
王国貴族ヘンリー・レンは大臣と宰相の汚職を告発したが、逆に濡れ衣を着せられてしまい、追われる身になってしまう。 妻は宰相側に寝返り、ヘンリーは女性不信になってしまう。 さらに差し向けられた追手によって左腕切断、毒、呪い状態という満身創痍で、命からがら雪山に逃げ込む。 そこで力尽き、倒れたヘンリーを助けたのは、奇妙なメイド型アンドロイドだった。 そのアンドロイドは、かつて大賢者と呼ばれた転生者の技術で作られたメイドロボだったのだ。 現代知識チートと魔法の融合技術で作られた義手を与えられたヘンリーが、独立勢力となって王国の悪を蹴散らしていく!

処理中です...