上 下
50 / 60
第3章「正義のシスター」

第50話「灰色の子供たち」

しおりを挟む
「まだ、生きてるの?」

「分からない」

〈いや、死んでいるはずよ。さすがに胸を貫かれて生きているとは思えないわ〉

「私はアランちゃんのせいで死んでいるわよー、ちゃんと」

 僕たちを嘲笑うかのように、声はまだ続く。なんなんだ、一体。二つあった石のベッド、階段のある通路の方から声がしていた。リリーもこの声自身も死んでいると言ってはいるが、油断はならない。なにしろ、相手は王国最強の魔法使いとも言われているナンシーだ。何があるのか分からない。さすがに死んでもなお、とは思わなかった。

「まだ、見つけられないの?」

「いや、見つけた」

 ナンシーの頭は階段から続く通路の先に転がっていた。首がちょうど床につき、顔は僕たちを見ている――いたって穏やかで優しい顔で。

 それが口を開き喋っている。一体、何の冗談だ。僕は顔が強張るのを避けられなかった。

「やっぱりアランちゃんね。ふふっ、お久しぶり」

 ライラが僕の腕を組む力をぐっと強くする。狂いそうな光景と空間の中で、彼女の温もりが僕を安心させた。

「さっさと死ねよ」

「あら、随分な言い草。私ならとっくに死んでるわ。念の為と思って準備してたのが、まさか本当に役に立つ日がくるなんてねー」

〈アラン、気を付けて。何か企んでる〉

〈分かってる〉

 顔だけのくせに、ナンシーの調子はいつもよりも上機嫌に見えた。一体何がそんなに彼女を喜ばせているのか。むしろ泣き叫ぶ……、のは想像できないまでも、僕たちを責めるくらいのことは言ってきてもおかしくない。

 なのに、ナンシーは上機嫌で随分と余裕がある。まさか、ここから復活とかしないよな。そんなことになったらさすがに化け物すぎるぞ。

「なんで死んでない。早く死んでくれないか」

「口を開けば死ね死ねって。失礼ねー。私はちゃんと死んでいるわよ。アランちゃんのお望み通りに、ね。これは生前私が仕掛けといた魔法のおかげで話せているだけで長くは持たないわ。楽しみを見せてもらうまでは、いくらでもお喋りするわよ」

 いつもより、やたらと喋るな。さっさと死んで欲しいのに。

「楽しみって何だよ」

「ふふっ、教えるわけないでしょう? それにすぐに分かるわ。ああ、ほら時間ね。後ろを見てご覧なさい」

 素直に後ろを振り向くのは嫌だったが、死に際の彼女が何をしようとしているのか気になった。

〈リリー、ナンシー見といて〉

〈分かったわ〉

 ナンシーの見張りをリリーに任せ、後方を振り返る。ところが、真っ暗な部屋の中、暗がりがどこまでも広がっているだけだった。さっきと何も変わらない。文句の一つでも言おうと思っていると――奇妙な音が聞こえ始めた。

 それは悲鳴だった。最初は一人だけ。泣き叫ぶような悲痛な女の子の声。それがまるで伝播するように、今度は男の子の痛みを叫ぶような声が聞こえてくる。二人、三人――数えきれないほどに増えていく。聞こえてくる声は大人ではない。全部子供だ。なにを嘆いているのか、ひたすらに何かを恐れている。

 僕がいる部屋はたちまち大量の声で埋まった。それに、暗がりの向こうから明らかに足音がしてくる。かなりゆっくりと、だが確かに何かが大量に来ている。

「アラン……」

「大丈夫だ」

 口休めにもほどがあるが、言わずにはいられなかった。不気味な状況に怯えているライラや自分自身のためにも。

〈リリー、これ何だか分かる?〉

〈はっきりとはしないけど――見当はつくわ〉

〈なんだよ? 言ってくれ〉

〈死体人形よ。……村の時にも見たでしょ。あれよ〉

 村の中を徘徊する、灰色の人間たち。燃え盛る炎――

「アラン? アランっ!」

「――あらあら、大丈夫かしら?」

 ライラの揺さぶりで、僕はハッと我に返る。しっかりしろ、ここはあの村じゃない。炎なんかない。腕を組んでいるライラに触れる。支えがないと、倒れてしまいそうだった。ナンシーの方を睨む。

「お前、何をしたんだ」

「お前なんて、酷いわねぇ。……ただの余興よ。二人は観客――いや、演者かしらね? 死体人形は結構強いのよねぇ。だから私が死んだあとに制御を切るようにしてたのよ。ふふっ、楽しいわよ。人でなくなった人間って、なんでああも怪力なのかしらね? それに、あの子らは他の人間を噛むと勝手に増殖していくのよ。すごいでしょ。今までは魔王軍討伐の振りをするためにだけ使ってたけど、街に溢れるのが楽しみだわ。惜しむらくは、私が直接見れないことかしらねぇ」

 ナンシーは笑いを堪えきれないようだった。早口で話しだしたと思ったら、今度は苛つきしか感じない笑いをし始める。

「お前――」

 僕は苛立ちとともに、ナンシーを殴ろうとすると笑いが枯れるようになくなっていった。一歩踏み出した足は止まり、思わず地面を蹴りつけた。地面が凹み、罅が入る。

 ナンシーは微笑したまま、目を瞑り物言わぬ首になっていた。ぴくりとも動かない。

〈死んだわね〉

「最後までふざけた奴だな」

「死んだの?」

「ああ、今度こそ完全に死んだはずだ」

 ライラはじっとナンシーの首を見て、後ろを振り返った。

「ねえ、あれまずいよね」

「当たり前だ。ナンシーがさっき言っていた通りだったら、街に出たらあっという間にこの国は終わるかもな」

 実際には騎士団だの、勇者であるアーサーだのと彼らがどうにかしてしまうだろうが、それまでは甚大な被害が出るだろう。どうやら、増殖する性質も持っているようだし、厄介なことこの上ない。

 しかし、ナンシーの思い通りに被害を出すのは腹が立つ。やっと殺せたのに、その後までなんで苦しめられなければならない。関係ない人間まで巻き込むのも気に入らない。

 ライラが僕からすっと離れる。

 彼女の向かう先では暗がりから徐々に、ナンシーが死体人形だというその正体が姿を現わし始めていた。

 ――子供だった。灰色の子供。わらわら、部屋の横一面を彼らが埋め尽くしている。何体いるのか数えるのもアホらしくなる数。この数だけ、彼女は子供の死体を集めたのか。もしくは殺して調達したのかもしれない。

「ライラ、何をする気だ」

「今日はアランに助けられたから。その恩返し。これくらいなら、私だけでも、どうにでもできる」

 これくらいって、このめちゃくちゃな数を一人で……?

 ライラの前には暗がりから見えただけでも相当数の死体人形がいた。とても一人でどうにか出来る数には見えない。

 僕は慌てて彼女の横に並んだ。呻く声がより近くなり、目に入るものは生々しくなる。

「おい、さすがに一人では危ないだろ」

「本当に大丈夫だよ? 私は魔王だからね」
しおりを挟む
毎日更新中!


【感想、お気に入りに追加】、エール、お願いいたします!m(__)m


作者が泣いて喜びます。

【Twitter】(更新報告など)
@tuzita_en(https://twitter.com/tuzita_en

【主要作品リスト・最新情報】
lit.link(https://lit.link/tuzitaen
感想 0

あなたにおすすめの小説

ZOID・of the・DUNGEON〜外れ者の楽園〜

黒木箱 末宝
ファンタジー
これは、はみ出し者の物語。 現代の地球のとある県のある市に、社会に適合できず、その力と才能を腐らせた男が居た。 彼の名は山城 大器(やましろ たいき)。 今年でニート四年目の、見てくれだけは立派な二七歳の男である。 そんな社会からはみ出た大器が、現代に突如出現した上位存在の侵略施設である迷宮回廊──ダンジョンで自身の存在意義を見出だし、荒ぶり、溺れて染まるまでの物語。

転生先はご近所さん?

フロイライン
ファンタジー
大学受験に失敗し、カノジョにフラれた俺は、ある事故に巻き込まれて死んでしまうが… そんな俺に同情した神様が俺を転生させ、やり直すチャンスをくれた。 でも、並行世界で人々を救うつもりだった俺が転生した先は、近所に住む新婚の伊藤さんだった。

スライム10,000体討伐から始まるハーレム生活

昼寝部
ファンタジー
 この世界は12歳になったら神からスキルを授かることができ、俺も12歳になった時にスキルを授かった。  しかし、俺のスキルは【@&¥#%】と正しく表記されず、役に立たないスキルということが判明した。  そんな中、両親を亡くした俺は妹に不自由のない生活を送ってもらうため、冒険者として活動を始める。  しかし、【@&¥#%】というスキルでは強いモンスターを討伐することができず、3年間冒険者をしてもスライムしか倒せなかった。  そんなある日、俺がスライムを10,000体討伐した瞬間、スキル【@&¥#%】がチートスキルへと変化して……。  これは、ある日突然、最強の冒険者となった主人公が、今まで『スライムしか倒せないゴミ』とバカにしてきた奴らに“ざまぁ”し、美少女たちと幸せな日々を過ごす物語。

大器晩成エンチャンター~Sランク冒険者パーティから追放されてしまったが、追放後の成長度合いが凄くて世界最強になる

遠野紫
ファンタジー
「な、なんでだよ……今まで一緒に頑張って来たろ……?」 「頑張って来たのは俺たちだよ……お前はお荷物だ。サザン、お前にはパーティから抜けてもらう」 S級冒険者パーティのエンチャンターであるサザンは或る時、パーティリーダーから追放を言い渡されてしまう。 村の仲良し四人で結成したパーティだったが、サザンだけはなぜか実力が伸びなかったのだ。他のメンバーに追いつくために日々努力を重ねたサザンだったが結局報われることは無く追放されてしまった。 しかしサザンはレアスキル『大器晩成』を持っていたため、ある時突然その強さが解放されたのだった。 とてつもない成長率を手にしたサザンの最強エンチャンターへの道が今始まる。

勇者、追放される ~仲間がクズばかりだったので、魔王とお茶してのんびり過ごす。戻ってこいと言われても断固拒否。~

秋鷺 照
ファンタジー
 強すぎて勇者になってしまったレッグは、パーティーを追放され、一人で魔王城へ行く。美味しいと噂の、魔族領の茶を飲むために!(ちゃんと人類も守る)

異世界転移で無双したいっ!

朝食ダンゴ
ファンタジー
交通事故で命を落とした高校生・伊勢海人は、気が付くと一面が灰色の世界に立っていた。 目の前には絶世の美少女の女神。 異世界転生のテンプレ展開を喜ぶカイトであったが、転生時の特典・チートについて尋ねるカイトに対して、女神は「そんなものはない」と冷たく言い放つのだった。 気が付くと、人間と兵士と魔獣が入り乱れ、矢と魔法が飛び交う戦場のど真ん中にいた。 呆然と立ち尽くすカイトだったが、ひどい息苦しさを覚えてその場に倒れこんでしまう。 チート能力が無いのみならず、異世界の魔力の根源である「マナ」への耐性が全く持たないことから、空気すらカイトにとっては猛毒だったのだ。 かろうじて人間軍に助けられ、「マナ」を中和してくれる「耐魔のタリスマン」を渡されるカイトであったが、その素性の怪しさから投獄されてしまう。 当初は楽観的なカイトであったが、現実を知るにつれて徐々に絶望に染まっていくのだった。 果たしてカイトはこの世界を生き延び、そして何かを成し遂げることができるのだろうか。 異世界チート無双へのアンチテーゼ。 異世界に甘えるな。 自己を変革せよ。 チートなし。テンプレなし。 異世界転移の常識を覆す問題作。 ――この世界で生きる意味を、手に入れることができるか。 ※この作品は「ノベルアップ+」で先行配信しています。 ※あらすじは「かぴばーれ!」さまのレビューから拝借いたしました。

スキル間違いの『双剣士』~一族の恥だと追放されたが、追放先でスキルが覚醒。気が付いたら最強双剣士に~

きょろ
ファンタジー
この世界では5歳になる全ての者に『スキル』が与えられる――。 洗礼の儀によってスキル『片手剣』を手にしたグリム・レオハートは、王国で最も有名な名家の長男。 レオハート家は代々、女神様より剣の才能を与えられる事が多い剣聖一族であり、グリムの父は王国最強と謳われる程の剣聖であった。 しかし、そんなレオハート家の長男にも関わらずグリムは全く剣の才能が伸びなかった。 スキルを手にしてから早5年――。 「貴様は一族の恥だ。最早息子でも何でもない」 突如そう父に告げられたグリムは、家族からも王国からも追放され、人が寄り付かない辺境の森へと飛ばされてしまった。 森のモンスターに襲われ絶対絶命の危機に陥ったグリム。ふと辺りを見ると、そこには過去に辺境の森に飛ばされたであろう者達の骨が沢山散らばっていた。 それを見つけたグリムは全てを諦め、最後に潔く己の墓を建てたのだった。 「どうせならこの森で1番派手にしようか――」 そこから更に8年――。 18歳になったグリムは何故か辺境の森で最強の『双剣士』となっていた。 「やべ、また力込め過ぎた……。双剣じゃやっぱ強すぎるな。こりゃ1本は飾りで十分だ」 最強となったグリムの所へ、ある日1体の珍しいモンスターが現れた。 そして、このモンスターとの出会いがグレイの運命を大きく動かす事となる――。

貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。

黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。 この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。

処理中です...