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第2章「勇敢な戦士」
第24話「水迷路(1)」
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僕は再びゆらゆらと揺れてる水面に触れる。今度は何も感じない。精霊たちの助けがあるとはいえ、あまりに長い間潜っているのは無理だ。その前に魔力不足で倒れる。ジェナならもっと早く足りなくなるだろう。あとは中がどういう構造なのか。僕は興味に惹かれながら、光の玉を伴って中に入っていく。
水の中は以前ナンシーに連れられて行った勇者教会のようだった。真正面にあった大きく太い柱に近付く。その柱の両サイドは真っ直ぐに壁が高い天井まで伸び、あちこちに穴が空いている。あれも通路だろうな。屈んで柱や床に触れる。僕の魔法で水が跳ねられ、本来の柱と床の姿が見える。やっぱり似ている。太く真っ白な柱と床、雑に開けられた通路。無駄に厳めしく造られていることも含めてそっくりだ。きっと通路は複雑に入り組んでいるのだろう。
隣ではイリルがふよふよと浮いていた。さすがダンジョンの精霊というか、自分の造った罠――水の毒はいっさい効かないらしい。
「イリル、これ、勇者教会の大聖堂を真似たの?」
「おお、すごい。当たり」
やっぱり。イリルは再びにっこりと笑う。それにしても、水を通しているせいか、すごく籠って聞こえる。まあ、しょうがないか。
〈勇者教会……、懐かしいわねー〉
「うん、ナンシーに連れられて行ったのを思い出す」
〈ああ、アランもあるんだね〉
ん? どういう意味だろう。僕がそう思っていると、突然耳に刺すような音が聞こえてきた。
「なんだこれ」
〈うるさいわねー。これ、あれね。歌う人魚。……アラン、来るわよ〉
リリーが言う歌う人魚が何を指しているのかは分からなかった。人魚は知っている。美しく、魚のヒレと人間の上半身を持つ女性。本当にいるのかは知らないけど。
あまりにうるさいというか痛みを感じる音に、耳を閉じていたが、ふっと急に音圧がなくなる。隣りのイリルがまた僕の衣服を引っ張った。
「アラン、お楽しみ」
「イリル?」
くぐもったイリルの声。彼女は通路の先――光の玉では届かない先を指差していた。僕はなんだかとてつもなく嫌な予感がした。あの時と似ている。
真っ白な壁、どこまでも左右に続く通路、ぎゃあぎゃあと鳴く魔物音、迫りくる黒い壁――
〈アランっ!〉
リリーの声にハッと我に返ると、イリルの指差した先から何かが来ていた。水の動きでそう感じる。
「くっ」
音だ。また、つんざくような音が耳に刺さる。
〈アラン、逃げるわよ。イリルのことだから止めてなんかくれないわ〉
ちらっとイリルを見ると楽しそうな顔をしていた。彼女にとってはこの異常としか思えない状況もただの遊びなのか。
僕はイリルの指差していた先を睨みながら、反対側に走り出した。不穏さ感じる不快な音は、段々と迫ってきているようだった。明らかにこっちに向かって何かが来ている。
きりきりと鳴っている音を背後に水の通路を走り出す。入って来た入口を見たがいつの間にか黒い壁で埋まっていた。
走っている右側の壁には沢山の穴が空いている。僕はそこに入って行くべきか迷った。このまま進んでも水の中では、飛ぶこともできない。早く走ることも出来なくないけど、どこまで通路があるのかも謎だった。行き止まりの可能性もある。
勇者教会を真似ているのなら、入口も出口も一つずつしかないはずだ。すなわち入口の反対側。なら、この沢山空いている穴に入るしかない。後ろから来ているのなんなのか分からないけど、ろくなものでは無いのは間違いない。というか、その方がいい。これをジェナも体験することになるのだから。
僕は手直で一番低い位置にある穴に入った。どれも人が入れない穴ではないけど少し狭い。穴の中を進んでいく。ここも左右に沢山の穴が出来ていた。おそらく他の穴の通路と繋がっているはずだけど――
「ねえ、リリー」
〈気付いた? 私達、多分囲まれてるわ〉
背後から聞こえていたキリキリ声が、今は四方八方から聞こえるようになっていた。背後はもちろん、左右の穴も、今進んでいる前方からも。かといって止まるわけにはいかない。背後からの声は、変わらず僕たち追ってきているようだった。
「倒すしかないよなー」
どうやってか、僕に並走しているイリルを見ながら言うが、意図は伝わっていないようだった。むしろわくわくしている。この子一人だけが実に楽しそうだ。これから相対するであろう魔物? が弱くあってほしいような、強くあってほしいような。複雑な気分になる。
〈アラン、大丈夫。骨は拾うわ〉
「全然、大丈夫じゃないよ……」
自信満々に言われてもまったく安心できない。こうなってしまっては、どこの通路を通ろうが、この声の主にぶつかるのは間違ない。なら、最短距離であるはずの真っ直ぐ伸びているこの通路を進むしかない。
真っ暗な水の闇が広がっている。行けども行けども、ほとんど同じ景色。ぼこぼこと空いている横合いの穴と通路。僕の魔法の光の玉が照らしている以外は、真っ暗な通路先。まるで夢の中にいるようだった。周囲から聞こえてくる気味の悪い不快な声が絶えずくぐもって聞こえてくるだけあって、悪夢そのものだ。走っているのか、眠っているのか。次の瞬間には、今の現実がすべて夢で両親のいる村の家の中で目を覚ます――そんな有り得ない妄想が頭を巡らす。鼻がつんとした。
〈アラン、大丈夫?〉
「うん。大丈夫」
リリーに心配そうに訊かれ、ふっと現実に戻る。僕は勇者パーティーを殺す復讐者。もう過去には戻れない。
軽く息を吐き、足に力を込める。この空間はダメだ。でも、ジェナも同じように彼女にとっての何かを――弱らせる過去を思い出すきっかけになるなら、いいだろう。もっとも僕だけかもしれないけど。
ぐんっと進む速さを上げる。下手に止まると囲まれる可能性が高い。このまま通り一閃、どんな魔物だろうと通り抜けるか、一瞬で殺すしたほうがいい。
「あははっ。アラン、早いっ」
イリルは変わらず付いてくる。それにしても随分広い空間だ。終わりが見えない。
〈イリルの空間魔法は異常だからね。いくらでも場所は造れるんだよ〉
「じゃあ、実際のダンジョンの見た目よりもずっと広いってこと」
〈そうなるね〉
無邪気に隣で笑っているイリルからは想像できない話だった。もっとも、これまで見た罠を見れば十分に納得のいく話でもあった。
〈アラン、近い〉
「うん。一気に行くよ」
水の中は以前ナンシーに連れられて行った勇者教会のようだった。真正面にあった大きく太い柱に近付く。その柱の両サイドは真っ直ぐに壁が高い天井まで伸び、あちこちに穴が空いている。あれも通路だろうな。屈んで柱や床に触れる。僕の魔法で水が跳ねられ、本来の柱と床の姿が見える。やっぱり似ている。太く真っ白な柱と床、雑に開けられた通路。無駄に厳めしく造られていることも含めてそっくりだ。きっと通路は複雑に入り組んでいるのだろう。
隣ではイリルがふよふよと浮いていた。さすがダンジョンの精霊というか、自分の造った罠――水の毒はいっさい効かないらしい。
「イリル、これ、勇者教会の大聖堂を真似たの?」
「おお、すごい。当たり」
やっぱり。イリルは再びにっこりと笑う。それにしても、水を通しているせいか、すごく籠って聞こえる。まあ、しょうがないか。
〈勇者教会……、懐かしいわねー〉
「うん、ナンシーに連れられて行ったのを思い出す」
〈ああ、アランもあるんだね〉
ん? どういう意味だろう。僕がそう思っていると、突然耳に刺すような音が聞こえてきた。
「なんだこれ」
〈うるさいわねー。これ、あれね。歌う人魚。……アラン、来るわよ〉
リリーが言う歌う人魚が何を指しているのかは分からなかった。人魚は知っている。美しく、魚のヒレと人間の上半身を持つ女性。本当にいるのかは知らないけど。
あまりにうるさいというか痛みを感じる音に、耳を閉じていたが、ふっと急に音圧がなくなる。隣りのイリルがまた僕の衣服を引っ張った。
「アラン、お楽しみ」
「イリル?」
くぐもったイリルの声。彼女は通路の先――光の玉では届かない先を指差していた。僕はなんだかとてつもなく嫌な予感がした。あの時と似ている。
真っ白な壁、どこまでも左右に続く通路、ぎゃあぎゃあと鳴く魔物音、迫りくる黒い壁――
〈アランっ!〉
リリーの声にハッと我に返ると、イリルの指差した先から何かが来ていた。水の動きでそう感じる。
「くっ」
音だ。また、つんざくような音が耳に刺さる。
〈アラン、逃げるわよ。イリルのことだから止めてなんかくれないわ〉
ちらっとイリルを見ると楽しそうな顔をしていた。彼女にとってはこの異常としか思えない状況もただの遊びなのか。
僕はイリルの指差していた先を睨みながら、反対側に走り出した。不穏さ感じる不快な音は、段々と迫ってきているようだった。明らかにこっちに向かって何かが来ている。
きりきりと鳴っている音を背後に水の通路を走り出す。入って来た入口を見たがいつの間にか黒い壁で埋まっていた。
走っている右側の壁には沢山の穴が空いている。僕はそこに入って行くべきか迷った。このまま進んでも水の中では、飛ぶこともできない。早く走ることも出来なくないけど、どこまで通路があるのかも謎だった。行き止まりの可能性もある。
勇者教会を真似ているのなら、入口も出口も一つずつしかないはずだ。すなわち入口の反対側。なら、この沢山空いている穴に入るしかない。後ろから来ているのなんなのか分からないけど、ろくなものでは無いのは間違いない。というか、その方がいい。これをジェナも体験することになるのだから。
僕は手直で一番低い位置にある穴に入った。どれも人が入れない穴ではないけど少し狭い。穴の中を進んでいく。ここも左右に沢山の穴が出来ていた。おそらく他の穴の通路と繋がっているはずだけど――
「ねえ、リリー」
〈気付いた? 私達、多分囲まれてるわ〉
背後から聞こえていたキリキリ声が、今は四方八方から聞こえるようになっていた。背後はもちろん、左右の穴も、今進んでいる前方からも。かといって止まるわけにはいかない。背後からの声は、変わらず僕たち追ってきているようだった。
「倒すしかないよなー」
どうやってか、僕に並走しているイリルを見ながら言うが、意図は伝わっていないようだった。むしろわくわくしている。この子一人だけが実に楽しそうだ。これから相対するであろう魔物? が弱くあってほしいような、強くあってほしいような。複雑な気分になる。
〈アラン、大丈夫。骨は拾うわ〉
「全然、大丈夫じゃないよ……」
自信満々に言われてもまったく安心できない。こうなってしまっては、どこの通路を通ろうが、この声の主にぶつかるのは間違ない。なら、最短距離であるはずの真っ直ぐ伸びているこの通路を進むしかない。
真っ暗な水の闇が広がっている。行けども行けども、ほとんど同じ景色。ぼこぼこと空いている横合いの穴と通路。僕の魔法の光の玉が照らしている以外は、真っ暗な通路先。まるで夢の中にいるようだった。周囲から聞こえてくる気味の悪い不快な声が絶えずくぐもって聞こえてくるだけあって、悪夢そのものだ。走っているのか、眠っているのか。次の瞬間には、今の現実がすべて夢で両親のいる村の家の中で目を覚ます――そんな有り得ない妄想が頭を巡らす。鼻がつんとした。
〈アラン、大丈夫?〉
「うん。大丈夫」
リリーに心配そうに訊かれ、ふっと現実に戻る。僕は勇者パーティーを殺す復讐者。もう過去には戻れない。
軽く息を吐き、足に力を込める。この空間はダメだ。でも、ジェナも同じように彼女にとっての何かを――弱らせる過去を思い出すきっかけになるなら、いいだろう。もっとも僕だけかもしれないけど。
ぐんっと進む速さを上げる。下手に止まると囲まれる可能性が高い。このまま通り一閃、どんな魔物だろうと通り抜けるか、一瞬で殺すしたほうがいい。
「あははっ。アラン、早いっ」
イリルは変わらず付いてくる。それにしても随分広い空間だ。終わりが見えない。
〈イリルの空間魔法は異常だからね。いくらでも場所は造れるんだよ〉
「じゃあ、実際のダンジョンの見た目よりもずっと広いってこと」
〈そうなるね〉
無邪気に隣で笑っているイリルからは想像できない話だった。もっとも、これまで見た罠を見れば十分に納得のいく話でもあった。
〈アラン、近い〉
「うん。一気に行くよ」
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