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第2章「勇敢な戦士」

第22話「焼けるゼリー」

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「なんだか見覚えのある光景……、アラン大丈夫?」

 心配そうな顔でリリーが僕の顔を窺う。正直言えば怖い。まだ、あの魔物のぎゃあぎゃあという声は頭に残っている。だが、怯えるほどじゃない。今はリリーがいる。

「うん、大丈夫。……ねえ、イリル。これ魔物がいっぱい出てきて襲われる、って感じ?」

「なんでわかった?」

 イリルが不思議そうな顔で僕を見る。なんでって言うか、似たような部屋で僕死んだし……。

 そう思っていると、壁のあちこちからぬるっと、大量の魔物が現れだす。その姿は大きく、明らかに人間サイズはある、うねうねとしたもの。半透明の真っ黒な物体。あれ、魔物でいいんだよな? 一度も見たことない。のっぺりとしたそれは人間の形をしていた。顔はなく、姿だけが似ている。両脚と両腕、丸い頭。見た目だけで言えば、ものすごく弱そうだ。ジェナなんか一発のパンチで木っ端微塵にしてしまうような気がする。

「リリー、聞いた。ジェナ、魔法苦手」

「そうね。ジェナはそれが弱点とも言えるわ。もっとも普通の人間くらいは使えるようだけど」

「うん……」

 リリーがそこまでジェナのことを知っていることに内心驚く。でも、僕の中にいる間のことも知っているなら、分かるか。

 ジェナの弱点。彼女は物理的な攻撃や防御においては最強だけど、魔法に関してはからっきし。だけど弱点とはいっても、竜人の能力、特質を最大限に生かすのが得意で突出しているだけであって、魔法がまったく出来ないわけではない。一部があまりにも強すぎて他が目立ってないだけだ。

「それで、結局これはなに?」

 出てくる、出てくる。三人で話している間にもわんさかと集まってきた、魔物らしき黒い物体。それが僕らを囲んでいく。

「ぷるんちゃん」

「は?」

「ぷるんちゃん」

「あー、イリルは魔物に変な名前つけるのよね。アラン、考えるだけ無駄だわ」

「あ、そうなんだ」

 まあ、見た目は確かにぷるぷるしているけど。やっぱり弱そうだ。本当に大丈夫なんだろうか。

「実験、大事」

 リリーの姿をしたままのイリルが僕の脇で、目の前のぷるぷる震えている魔物を指差す。自分で確かめろってことだろうか。……ジェナなら、こいつらに遭遇したらどうなるだろうか? ……やっぱり、殴るよな。

「リリー」

「んー? あー、はいはい」

 こういう時、心が常時繋がっているというのは便利だな。イメージすれば、向こうに伝わる。精霊は基本的にどこにでもいる。むしろ勇者パーティーの前で彼らの力を借りれなかったのがおかしかった。まあ、リリーの存在がバレないためなんだろうけど。でも、今は関係ない。

 リリーが伝えたのか、周りの精霊たちが動き出し、僕の身体に集まってくる。かっかと熱くなった身体は、すぐに〝鳥〟になった。黒い羽に、鋭い鉤爪の手と足。ジェナの家に行く前よりも身体が変化するのが早くなっている。僕も精霊たちも互いにこの行為に慣れてきているのかもしれない。このまま早くなっていけば、とっさの時にすぐ姿を変えられる。力を出せる。僕はほのかに強くなった自分を感じ、興奮した。

「アラン、実験」

「分かってるよ、イリル」

 自分の身体の変化の早さに期待していると、イリルが急かしてきた。なんとなく自分が作ったものを早く見せたがり自慢したがった、昔の自分を想い出した。

 さて、と。目の前にはうじゃうじゃと湧き出た、半透明の黒い魔物たち。イリルがいるからなのか、僕が攻撃していないからなのか、こいつらは何もしてこない。ただ数を増やし、部屋を埋め尽くそうとしている。

 ジェナなら真っ先にこうするだろう。僕は全身に力を込め、周りを囲んでいる魔物たちを薙ぎ払った。鉤爪は魔物たちを切り払い、ぼとぼととその残骸を床に落としていく。

「なんか柔らかい……?」

 まるで手応えのない感触。なにかを切ったというよりは、すり抜けたという方が近かった。とはいえ、目の間の魔物たちは、僕が切ったところだけ綺麗にいなくなっていた。それでも僕が切らなかったやつは襲ってこない……、痛っ。

 痛みを感じて、手を見ると、僕の黒い鉤爪が溶けていた。どろどろと焼け爛れている。中からはピンク色の肉が見えた。

〈わー、これは中々悪いなー〉

 僕が驚いている間、リリーが呟いたのが聞こえると、焼け爛れた部分が緑色の煙を上げ、治っていく。痛みもすぐに治まる。

「リリーこれ……」

〈治癒魔法。ナンシーに散々掛けられていたでしょ。君がいくら怪我をしても、周囲の精霊や私が助けるから怪我のことは気にしなくて大丈夫。私が君の中にいる限りは確実にね。大丈夫、元々は私の魔法だから、ナンシーより上手いよ〉

 ナンシーより? しかも、元々はリリーの魔法ってどういう――

「アラン、本番」

 イリルの声にハッと周りを見ると、切られ、分散していた魔物の残骸たちがぷるぷると震えていた。小さいものから大きいものまで一つの例外もない。やがて、一つ一つが形を成し、元の人型のような姿に戻る。僕が攻撃する前よりも数が増えている。

「ジェナ、攻撃する。アラン、攻撃しない」

〈ジェナにはこいつらも攻撃するんだってさ〉

「なんで、今の単語だけで分かるの? 僕、ちょっと意味不明だったんだけど」

〈そりゃ、付き合いも長いしねー〉

 そういう問題なのだろうか。

「魔物、触れる、焼ける」

「ああ、そうだね。でも、ジェナに通用するかな? あいつ、竜化すると、竜の鱗になるじゃん」

「問題ない、確認済み。しっかり、溶ける、焼ける」

「そうなんだ。それなら良かった……、どうやって確認したの?」

 竜の鱗を持っているやつなんて、竜人か竜そのものしかいない。それをどう確認したんだろう?

「ここ、ダンジョン。私、精霊」

「あはは……」

 リリーの姿で不器用な笑みをイリルが作る。確かにダンジョンだけど、そんなものまで用意できるんだ。

〈ダンジョンは何でも出来るのが強みだからねー。その分この場所から動けないけど。誰も入って来なかったら、餌不足でこの子死んじゃうし〉

 ああ、なるほど。何でもかんでも思い通りではないんだ。制限はあるのか。

 ジェナがここをくぐり抜けることはあるのだろうか。普通の人間ならオーバーキルもいいところだけど、ジェナにとってはどうだろう。完全にここで殺害、もしくは致命傷を負わせるのはなんとなく難しい気がした。僕の想像できない方法で突破してきそうだ。それとも、この直感は僕が彼女をまだ恐れてるせいなのだろうか。

〈罠はここだけじゃないんじゃない?〉

「そうなの? イリル、他にも罠があるの?」

〈ある。行く?〉

「うん。行きたい。だけど――」

 床に穴を空けて移動するのはやめたい、そう言おうと思ったけど遅かった。僕の足元が真っ黒な穴を空け、僕は落ちていった。
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