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37、そんなもの上書きしてやる
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「美味しかったー!ごちそうさま」
山に囲まれた場所だからか、夕食のメニューはジビエの肉を使った料理が多かった。鹿に猪、熊といった食べたことのない肉ばかりで最初は驚いたけれど、どれも美味しくさっぱりしたものばかりだった。その料理の数々に、大人たちはお酒が合ったのだろう、地酒をこれでもかと堪能していた。
ただ晴兄だけはお酒を飲む前からずっとふわふわしていて、さらにそこに度数の高いお酒が入ったせいで、ちゃんと楽しめたか定かではなかった。
「陽介、私たちまたお風呂入ってくるから。あなたたちの部屋は奥ね。さっき女将さんが奥の部屋だけ布団敷いたって言ってたから、眠そうだったら晴陽くん寝かせてあげて」
「分かった、ありがとう」
母さんはそう言うと父さんと腕を組んで楽しそうに出て行ってしまった。それもそのはずだ、俺が久々の旅行なら母さんたちだってそうなんだ。俺のせいで我慢させてた自覚もあるから、母さんたちには気にせず楽しんでもらいたい。
そう思っていたけれど、結局さっき迷惑をかけた自分が今になって急に恥ずかしくなった。
「晴兄、大丈夫?」
「え、なにが?」
「心ここに在らずだよ?見られたの、そんなに恥ずかしかった?」
「みっ…見られてた…よな…うわー」
夕食前の出来事を再認識して、晴兄は今でも真っ赤な顔をさらに赤くした。茹蛸のようなその赤さが、晴兄の羞恥心が今最高潮なんだと表しているようで、少しだけ面白かった。
「父さんにしてるところ見られた時より?」
「あれも恥ずかしくて死ぬかと思った。あのあと聖司さんとうまく話せなくなっちゃったし…今回も一緒…俺から抱きついて、何思われたんだろう…」
「俺からしてるのは見られて平気なのに?」
「だっていい大人が年下に甘えてるなんて、恥ずかしいことだろ」
晴兄の恥ずかしがるポイントはたまにズレていると思う。今回もそうだ。年齢とか関係なくパートナーで恋人なのだから、体面とか気にしなくていいと思うのに、大人なのだからと晴兄は人の目に縛られている。
「気にしすぎだよ。それとも誰かに言われたの?」
「それは…」
晴兄は何かを思い出し口を噤むと、俺から目を逸らした。その反応はもう『誰かに言われた』と白状しているに等しかった。
その瞬間、恥ずかしがって赤くなる愛しい晴兄が、一気に憎くてたまらないものになった。
今までの表情を作り出しているのが、どこの誰か分からないのが、悔しくてたまらない。
「俺たちはパートナーで恋人だよね」
「う、うん」
「だったら他人の言ったことに縛られないで。俺の声だけに耳を傾けて」
「え…」
「これはお願いとかじゃないよ、命令」
「めい、れい…」
「そうだよ、命令。聞くよね?」
「あ…う、うん…聞く…」
これは俺のエゴでしかない。他人の言葉が晴兄を縛ることが許せないだけ。解き放ってあげたいとかではなく、上書きして俺が縛り付けたい。ただそれでしかない。
それを感じ取ったからきっと晴兄は一瞬迷ったんだ。それも分かっている。分かっていて俺は今からは俺は晴兄に命令した。
「人目なんて気にしないで、自分の気持ちに素直になれ」
「は、はい…」
「誰の言葉にも耳を傾けるな、俺の声だけ、俺の言葉だけ聞いていればいい」
「はい…」
「俺だけを見て、俺のことだけを考えて、俺だけを信じてればいい」
「…はい」
最後だけは流石に抵抗があったのか、一瞬言い淀んでいた。それもそうだ。「俺だけを信じていればいい」なんて、俺が間違ったことをした時、何も言えなくなる。それは果たして対等な関係なのか、自分でも疑問に思う。
だけど今のやりとりに、俺は何故だか支配欲が満たされていく感じがした。それが怖くてたまらない。
これが子供みたいな可愛い独占欲ならそれでいい。でもそうじゃなかった時は?
俺はその先を考えるのをやめた。気付いてしまったらそれに囚われる。そう確信があったからだ。
俺はその考えを振り払うように晴兄を強く抱きしめた。ドクンドクンと聞こえる優しい音が心地良い。晴兄が今俺の腕の中にいることを実感させてくれる音だ。俺のことを落ち着かせてくれる音だ。
「ねぇ、湯浴み着があるって知ってた?」
「何、それ」
「お風呂入る時に着るものだよ」
俺の急な話に、俺が言いたいことに気付いたのだろう。晴兄は「ふぅ」と溜め息を漏らした。
往生際が悪いと晴兄は思ったのだろうか。そこまでしてでも一緒に入りたいのかと。
もちろんそこまでしてでも一緒に入りたい。今は余計にそう思っている。
「湯浴み着なら晴兄の傷痕も隠せる。だから…」
「一緒に入りたい…」
「え…」
「俺も、一緒に入りたい」
聞くことはないと思っていたその言葉に、俺の思考は一瞬止まった。今の言葉は俺が言ったことなのか、晴兄が言ってくれたことなのか、分からなくなり俺は戸惑ってしまった。
「今俺が言った?」
「俺が言った」
「えっと…自分から提案しておいてあれなんだけど、本当に良いの?」
「自分の気持ちに素直にって…」
晴兄は言い慣れないことに恥ずかしがって赤くなっていた。この表情をつくったのは紛れもなく俺だ。そう感じるだけで俺は顔が緩んだ。
それに早速俺の言ったことを従順に聞く晴兄が愛おしくてたまらない。
俺はそれを表現するかのように、晴兄の身体に口付けした。何度も何度も、嬉しかった数の分だけ、優しく唇を触れさせた。
「いい加減やめろ」
「ふふん、嫌じゃないくせに。でも嫌ならいつもみたいに逃げていいよ」
本当に嫌なら晴兄は俺を蹴ってでも逃げる。だけどそれをしないのは本当は嫌じゃないってことだ。観察すればするほど、意外と晴兄はわかりやすくて単純だと言うことがわかった。
面白いほどに表情に出て、愛おしいほどに身体が反応する。
「プリン…チーズケーキ…カステラ…」
夢中になって晴兄にキスをしていたら、晴兄は頬を膨らませて急にさっき買ってきた食べ物を呟き始めた。
「おまんじゅう…アイス…ジュース…」
「あはは、食べたいんだね」
「露天風呂入るのは…陽さんと聖司さんが寝た後、ゆっくり入ろ」
「いいね、アイスと炭酸持って行こう。そうと決まったら準備しなくちゃね」
俺は晴兄を抱きながら、女性用の湯浴み着を持ってきてもらうために母さんに連絡した。今父さんと満喫中だろうから返信はこないだろうけど、出たら見てくれるだろう。それよりも今は晴兄とのスイーツタイムだ。
俺は冷蔵庫と袋から買ってきた全てのお菓子を並べ、母さんたちが帰ってくるまで晴兄と堪能した。
山に囲まれた場所だからか、夕食のメニューはジビエの肉を使った料理が多かった。鹿に猪、熊といった食べたことのない肉ばかりで最初は驚いたけれど、どれも美味しくさっぱりしたものばかりだった。その料理の数々に、大人たちはお酒が合ったのだろう、地酒をこれでもかと堪能していた。
ただ晴兄だけはお酒を飲む前からずっとふわふわしていて、さらにそこに度数の高いお酒が入ったせいで、ちゃんと楽しめたか定かではなかった。
「陽介、私たちまたお風呂入ってくるから。あなたたちの部屋は奥ね。さっき女将さんが奥の部屋だけ布団敷いたって言ってたから、眠そうだったら晴陽くん寝かせてあげて」
「分かった、ありがとう」
母さんはそう言うと父さんと腕を組んで楽しそうに出て行ってしまった。それもそのはずだ、俺が久々の旅行なら母さんたちだってそうなんだ。俺のせいで我慢させてた自覚もあるから、母さんたちには気にせず楽しんでもらいたい。
そう思っていたけれど、結局さっき迷惑をかけた自分が今になって急に恥ずかしくなった。
「晴兄、大丈夫?」
「え、なにが?」
「心ここに在らずだよ?見られたの、そんなに恥ずかしかった?」
「みっ…見られてた…よな…うわー」
夕食前の出来事を再認識して、晴兄は今でも真っ赤な顔をさらに赤くした。茹蛸のようなその赤さが、晴兄の羞恥心が今最高潮なんだと表しているようで、少しだけ面白かった。
「父さんにしてるところ見られた時より?」
「あれも恥ずかしくて死ぬかと思った。あのあと聖司さんとうまく話せなくなっちゃったし…今回も一緒…俺から抱きついて、何思われたんだろう…」
「俺からしてるのは見られて平気なのに?」
「だっていい大人が年下に甘えてるなんて、恥ずかしいことだろ」
晴兄の恥ずかしがるポイントはたまにズレていると思う。今回もそうだ。年齢とか関係なくパートナーで恋人なのだから、体面とか気にしなくていいと思うのに、大人なのだからと晴兄は人の目に縛られている。
「気にしすぎだよ。それとも誰かに言われたの?」
「それは…」
晴兄は何かを思い出し口を噤むと、俺から目を逸らした。その反応はもう『誰かに言われた』と白状しているに等しかった。
その瞬間、恥ずかしがって赤くなる愛しい晴兄が、一気に憎くてたまらないものになった。
今までの表情を作り出しているのが、どこの誰か分からないのが、悔しくてたまらない。
「俺たちはパートナーで恋人だよね」
「う、うん」
「だったら他人の言ったことに縛られないで。俺の声だけに耳を傾けて」
「え…」
「これはお願いとかじゃないよ、命令」
「めい、れい…」
「そうだよ、命令。聞くよね?」
「あ…う、うん…聞く…」
これは俺のエゴでしかない。他人の言葉が晴兄を縛ることが許せないだけ。解き放ってあげたいとかではなく、上書きして俺が縛り付けたい。ただそれでしかない。
それを感じ取ったからきっと晴兄は一瞬迷ったんだ。それも分かっている。分かっていて俺は今からは俺は晴兄に命令した。
「人目なんて気にしないで、自分の気持ちに素直になれ」
「は、はい…」
「誰の言葉にも耳を傾けるな、俺の声だけ、俺の言葉だけ聞いていればいい」
「はい…」
「俺だけを見て、俺のことだけを考えて、俺だけを信じてればいい」
「…はい」
最後だけは流石に抵抗があったのか、一瞬言い淀んでいた。それもそうだ。「俺だけを信じていればいい」なんて、俺が間違ったことをした時、何も言えなくなる。それは果たして対等な関係なのか、自分でも疑問に思う。
だけど今のやりとりに、俺は何故だか支配欲が満たされていく感じがした。それが怖くてたまらない。
これが子供みたいな可愛い独占欲ならそれでいい。でもそうじゃなかった時は?
俺はその先を考えるのをやめた。気付いてしまったらそれに囚われる。そう確信があったからだ。
俺はその考えを振り払うように晴兄を強く抱きしめた。ドクンドクンと聞こえる優しい音が心地良い。晴兄が今俺の腕の中にいることを実感させてくれる音だ。俺のことを落ち着かせてくれる音だ。
「ねぇ、湯浴み着があるって知ってた?」
「何、それ」
「お風呂入る時に着るものだよ」
俺の急な話に、俺が言いたいことに気付いたのだろう。晴兄は「ふぅ」と溜め息を漏らした。
往生際が悪いと晴兄は思ったのだろうか。そこまでしてでも一緒に入りたいのかと。
もちろんそこまでしてでも一緒に入りたい。今は余計にそう思っている。
「湯浴み着なら晴兄の傷痕も隠せる。だから…」
「一緒に入りたい…」
「え…」
「俺も、一緒に入りたい」
聞くことはないと思っていたその言葉に、俺の思考は一瞬止まった。今の言葉は俺が言ったことなのか、晴兄が言ってくれたことなのか、分からなくなり俺は戸惑ってしまった。
「今俺が言った?」
「俺が言った」
「えっと…自分から提案しておいてあれなんだけど、本当に良いの?」
「自分の気持ちに素直にって…」
晴兄は言い慣れないことに恥ずかしがって赤くなっていた。この表情をつくったのは紛れもなく俺だ。そう感じるだけで俺は顔が緩んだ。
それに早速俺の言ったことを従順に聞く晴兄が愛おしくてたまらない。
俺はそれを表現するかのように、晴兄の身体に口付けした。何度も何度も、嬉しかった数の分だけ、優しく唇を触れさせた。
「いい加減やめろ」
「ふふん、嫌じゃないくせに。でも嫌ならいつもみたいに逃げていいよ」
本当に嫌なら晴兄は俺を蹴ってでも逃げる。だけどそれをしないのは本当は嫌じゃないってことだ。観察すればするほど、意外と晴兄はわかりやすくて単純だと言うことがわかった。
面白いほどに表情に出て、愛おしいほどに身体が反応する。
「プリン…チーズケーキ…カステラ…」
夢中になって晴兄にキスをしていたら、晴兄は頬を膨らませて急にさっき買ってきた食べ物を呟き始めた。
「おまんじゅう…アイス…ジュース…」
「あはは、食べたいんだね」
「露天風呂入るのは…陽さんと聖司さんが寝た後、ゆっくり入ろ」
「いいね、アイスと炭酸持って行こう。そうと決まったら準備しなくちゃね」
俺は晴兄を抱きながら、女性用の湯浴み着を持ってきてもらうために母さんに連絡した。今父さんと満喫中だろうから返信はこないだろうけど、出たら見てくれるだろう。それよりも今は晴兄とのスイーツタイムだ。
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