番持ちのオメガは恋ができない

雨宮里玖

文字の大きさ
上 下
26 / 42

26. Intention(意図)

しおりを挟む
「つまり、俺は意図的に勇大と番になった。オメガにとって取り返しのつかないものを俺は勇大から奪ったんだ」
「意図的って、嘘だろ……」

 勇大としては、あのとき本能のせいで事故みたいに番ってしまったものだと思っていた。でも北沢の話を聞くとそうじゃなかった。北沢はあの場から逃れることができたのに、勇大を番にした。

 勇大の胸がドクンと跳ねた。
 つまり、北沢は勇大を最初から望んでくれていた……?


「バーで隣に座ってた勇大は、急に俺に馴れ馴れしく話しかけてきただろう? すごく楽しかったんだ。久しぶりに童心に返ったというか、自分を思い出したというか、心地よかった」

 北沢は目の前にあるコーヒーカップにゆっくりとした所作で口付けた。そのあと「勇大も何か飲まないか?」とメニューを勇大の目の前にスッと置いた。
 勇大は気が気じゃない。さっきからの北沢の告白のひとつひとつが恐ろしくもあるのに、一方の北沢は余裕があるようだ。

「ずいぶん昔の初恋を思い出した。それで、勇大が欲しくなった」
「初恋……」

 そうだ。北沢は以前言っていた。勇大が「好きな人は誰か」としつこく聞いたら「初恋の人に似ていたんだ」と答えてきた。
 それは、つまり。

「やっと気がついたか? 俺が好きなのは勇大、お前だよ」

 北沢は視線を逸らさない。
 勇大の大好きな優しい瞳が、真っ直ぐにこちらを見つめてくる。

「番ったときも好きだと思ったが、勇大を知れば知るほど好きになった。笑われるかもしれないが、俺はお前に会って初めてまともに恋をした。楽しくて仕方がないんだ。勇大と一緒にいるときもそうだし、離れてても勇大のことを考えるだけで楽しかった」

 北沢は微笑む。その笑顔がどこか寂しげで、どこかへ消えてしまいそうで、勇大は思わず北沢の手を掴んだ。
 勇大が触れると北沢はぴくりと反応したが、勇大の手を握り返してくることはしなかった。


「番解除の方法なんだが、ここ、すごくいい病院なんだ」

 北沢はテーブルの端に伏せて置いてあったA4の白い用紙を勇大の目の前に置いた。
 オメガ専用の病院のホームページを印刷したもので、『最先端の番解除~オメガの未来を守るために~』という文字が書いてある。

「費用は意図的に番った俺が出す。治療の際にアルファの遺伝子型が必要になるらしいんたが、それももちろん協力させてもらう。ここで番解除の治療をすれば、うまくいけばもう一度アルファと番えるかもしれないんだ。な、勇大、やるだけやってみよう。お前はまだ若いんだ。絶対にこの方法がいい」

 熱心に病院での番解除を勧めてくる北沢に、だんだんとイライラしてきた。
 北沢は勇大の覚悟を何もわかっていない。

「お前、さっきからひとりでうるさいんだよっ」

 勇大は席を立ち、北沢にぐっと顔を近づけて睨みを利かす。
 北沢も負けじと鋭い視線を返してきた。北沢は勇大に病院での番解除をさせたいのだろう。北沢は意外に頑固な男だ。

「誰が、番解除なんてするかよ」

 勇大はグッと距離を近づけ、北沢の唇に唇を重ねる。
 三秒ほどのキスだった。
 誰が見ていたって構わない。このわからずやのアルファの減らず口を止めてやりたかった。

「勇大……?」

 北沢は呆然としている。何が起こったのか理解が追いつかない様子だ。

「お、俺の気持ち。お前アルファだろ? 頭いいならそのくらい気づけよ」

 勇大は席に戻り、北沢から視線を外す。
 自分からキスをしたくせに、急に恥ずかしくなってきた。
 勢いでやってしまったが、冷静になればなるほど居た堪れない気持ちになってくる。
 人に見られていただろうし、キスとかじゃなくてもっと他に気持ちの伝え方はある。今になって、何もあそこまでしなくても、普通に言葉で「好きだ」と伝えればよかったのにと後悔が怒涛のように押し寄せてきた。

「勇大、本気か……!?」

 北沢はありえないほど驚いている。
 でも、勇大からしたら驚くことなんかじゃない。北沢ほどの男に出会って好きにならないわけがないだろとツッコミを入れたくなる。

「だってお前、あんなに俺から逃げて……。番ったあと、俺は必死で行方を探したんだ。番になったのにアルファから逃げるなんて思いもしなかったんだよ。逃げたら損するのはオメガのほうだろう?」
「だ、だって、訴えられるかと思ったから……」
「訴える!? 俺が、お前を!?」
「ひ、ヒートトラップ仕掛けただろって……」
「くっ……」

 堪えきれないといった様子で北沢が笑った。

「なんだその斜め上すぎる思考は! そんなことが理由で逃げたのか!?」
「なんだよ、笑うな。俺なりに必死だったのに……」

 あのときは本当に訴えられると不安だった。そんなことになったら人生終わると本気で思った。

「俺はてっきり嫌われたのかと思ったよ」
「嫌いになるわけないだろ……」

 勇大は、好きになりすぎて困っていただけだ。勇大も、こんなに誰かを強く求めたことは初めての経験だった。

「勇大」
「わっ……」 

 北沢がガバッと勇大に横から抱きついてきた。勇大の首に両腕を回しているから、必然、北沢の顔がすぐ近くにある。

「やめろって、おいっ……こんなところで……!」
「勇大、今、すごくいい匂いがする……」
「こら……!」

 北沢が鼻をうなじに近づけてくるから、恥ずかしくなって勇大は北沢をぐいっと押しやる。

「場所を変えようか、勇大」

 北沢に囁かれた言葉の意味を察して、勇大の顔が一気に熱くなる。

 この状況、素面シラフじゃ耐えられない。
 こんなことになるなら、さっさとビールでも頼んでおけばよかったと勇大は後悔した。
しおりを挟む
感想 48

あなたにおすすめの小説

【完結・BL】俺をフッた初恋相手が、転勤して上司になったんだが?【先輩×後輩】

彩華
BL
『俺、そんな目でお前のこと見れない』 高校一年の冬。俺の初恋は、見事に玉砕した。 その後、俺は見事にDTのまま。あっという間に25になり。何の変化もないまま、ごくごくありふれたサラリーマンになった俺。 そんな俺の前に、運命の悪戯か。再び初恋相手は現れて────!?

【完結】ぎゅって抱っこして

かずえ
BL
幼児教育学科の短大に通う村瀬一太。訳あって普通の高校に通えなかったため、働いて貯めたお金で二年間だけでもと大学に入学してみたが、学費と生活費を稼ぎつつ学校に通うのは、考えていたよりも厳しい……。 でも、頼れる者は誰もいない。 自分で頑張らなきゃ。 本気なら何でもできるはず。 でも、ある日、金持ちの坊っちゃんと心の中で呼んでいた松島晃に苦手なピアノの課題で助けてもらってから、どうにも自分の心がコントロールできなくなって……。

日本一のイケメン俳優に惚れられてしまったんですが

五右衛門
BL
 月井晴彦は過去のトラウマから自信を失い、人と距離を置きながら高校生活を送っていた。ある日、帰り道で少女が複数の男子からナンパされている場面に遭遇する。普段は関わりを避ける晴彦だが、僅かばかりの勇気を出して、手が震えながらも必死に少女を助けた。  しかし、その少女は実は美男子俳優の白銀玲央だった。彼は日本一有名な高校生俳優で、高い演技力と美しすぎる美貌も相まって多くの賞を受賞している天才である。玲央は何かお礼がしたいと言うも、晴彦は動揺してしまい逃げるように立ち去る。しかし数日後、体育館に集まった全校生徒の前で現れたのは、あの時の青年だった──

【完結】君のことなんてもう知らない

ぽぽ
BL
早乙女琥珀は幼馴染の佐伯慶也に毎日のように告白しては振られてしまう。 告白をOKする素振りも見せず、軽く琥珀をあしらう慶也に憤りを覚えていた。 だがある日、琥珀は記憶喪失になってしまい、慶也の記憶を失ってしまう。 今まで自分のことをあしらってきた慶也のことを忘れて、新たな恋を始めようとするが… ※カクヨムにも投稿始めました!アルファポリスとカクヨムで別々のエンドにしようかなとも考え中です!  カクヨム登録されている方、読んで頂けたら嬉しいです!! 番外編は時々追加で投稿しようかなと思っています!

【完結】選ばれない僕の生きる道

谷絵 ちぐり
BL
三度、婚約解消された僕。 選ばれない僕が幸せを選ぶ話。 ※地名などは架空(と作者が思ってる)のものです ※設定は独自のものです

【完結】幼馴染から離れたい。

June
BL
隣に立つのは運命の番なんだ。 βの谷口優希にはαである幼馴染の伊賀崎朔がいる。だが、ある日の出来事をきっかけに、幼馴染以上に大切な存在だったのだと気づいてしまう。 番外編 伊賀崎朔視点もあります。 (12月:改正版) 読んでくださった読者の皆様、たくさんの❤️ありがとうございます😭 1/27 1000❤️ありがとうございます😭 3/6 2000❤️ありがとうございます😭

消えない思い

樹木緑
BL
オメガバース:僕には忘れられない夏がある。彼が好きだった。ただ、ただ、彼が好きだった。 高校3年生 矢野浩二 α 高校3年生 佐々木裕也 α 高校1年生 赤城要 Ω 赤城要は運命の番である両親に憧れ、両親が出会った高校に入学します。 自分も両親の様に運命の番が欲しいと思っています。 そして高校の入学式で出会った矢野浩二に、淡い感情を抱き始めるようになります。 でもあるきっかけを基に、佐々木裕也と出会います。 彼こそが要の探し続けた運命の番だったのです。 そして3人の運命が絡み合って、それぞれが、それぞれの選択をしていくと言うお話です。

別れようと彼氏に言ったら泣いて懇願された挙げ句めっちゃ尽くされた

翡翠飾
BL
「い、いやだ、いや……。捨てないでっ、お願いぃ……。な、何でも!何でもするっ!金なら出すしっ、えっと、あ、ぱ、パシリになるから!」 そう言って涙を流しながら足元にすがり付くαである彼氏、霜月慧弥。ノリで告白されノリで了承したこの付き合いに、βである榊原伊織は頃合いかと別れを切り出したが、慧弥は何故か未練があるらしい。 チャライケメンα(尽くし体質)×物静かβ(尽くされ体質)の話。

処理中です...