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その先へ

2.

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 ——四年後。


「母上~!」

 ユリスめがけて男の子が駆けてきた。ユリスの息子のイブだ。

 イブは三歳にしてかなり優秀だ。
 同じ歳の子供と比べて、身長も読み書きも運動もかなり秀でている。
 その能力の高さから周囲にイブのバース性はアルファに違いないと言われることが多い。

「母上、疲れた!」

 散々走り回って疲れたと、イブは座って見守っていたユリスの膝の上に乗っかってきた。
 これは母親に甘えたくなったのだろう。まだまだ可愛いものだとユリスはイブを抱き締める。

「こら、イブ! 離れろ!」

 わずか三歳の子供になんて厳しいことを言うんだとユリスが振り返ると、そこには双子の子供を両腕にひとりずつ抱えたカイルが立っていた。
 イブの弟のアーリーとザイルだ。もちろんユリスとカイルの間にできた子供だ。

 顔がそっくりな男児の双子で、もうすぐ二歳になる。このふたりも成長が早いため、やはり周囲からアルファに違いないと言われている。

「お前の大切な母上のお腹の中には赤ちゃんがいるんだ。そんなにぎゅっとしては駄目だ。赤ちゃんが苦しくなるかもしれないだろ?」
「僕はぎゅっとキツくなんてしてないよ! 父上のほうがいつも母上にぎゅってしてる! なのにどうして僕は駄目なの?!」
「いいか? お前の父上と母上は結婚して番になったんだ。番になったらぎゅっとしてもいいという決まりなのだ」
「そんなのおかしいよ。だったら僕も母上と番になりたい!」
「駄目だ。番えるのはたったひとりだけ。ユリスの番は俺だからお前は引っ込んでろ」
「やだ!」

 イブはユリスに抱きついてきた。最近のカイルは子供につられてどんどん幼くなってしまったのだろうか。三歳の息子と言い合いの喧嘩をするなんて。

「カイル様、いいではありませんか? イブはまだ三歳で甘えさせてやるべきです。早くから帝王学を学ばされて大変なのですから」

 ユリスがイブを庇うとカイルは明らかに不機嫌になった。

「ユリスは甘すぎる。これからの人生を渡っていくためには多少の厳しさも必要なのだぞ!」

 カイルは何を言う。人にめちゃくちゃ甘いのはカイルだ。いつもユリスを溺愛しているくせに。

「わかりました。では、今はイブを可愛がる時間にします。そのあとは子供たちを従者に預けて、カイル様とふたりきりで過ごす時間にします。それでよろしいですか?」

 カイルのことはほぼお見通しだ。子供に嫉妬しているだけ。一時間でもふたりきりの時間を作るとあっという間に機嫌を直す。

「——わかった。それならいい」

 やはりそうだ。何でもない顔をしているが、口元が緩んでいる。

 これではイブじゃなくてカイルが大きい長男みたいだなと思ったら、おかしくなった。

 ユリスがにやけるとカイルが「やけに嬉しそうだな。俺とのデートが楽しみなのか?」と的はずれなことを言うので、まさか「カイル様は大きい長男みたいです」とは言えず、ユリスは「そうですよ」と笑った。




 子供たちを従者に任せて、ふたりは城を出て街に来た。
 こんなことはしたことがないのでカイルの身に何かあったらどうしようかとユリスはレイピアと短剣など武器を携えた。それを全身を覆うマントの下に隠していたらカイルに見つかり怒られた。

「ユリス。あり得ない。重身の身体で武器を振るつもりだったのか?」
「はい。カイル様に護衛がいません。いざとなれば私がカイル様をお守りせねばなりません」
 カイルは呆れ顔だ。首を横に振り、溜め息をついた。
「反対だ。いざとなったら俺がユリスとお腹の子を守る。ユリスは俺の剣術を見たことがないからわからないだろうが、この国一番の腕前だ。アルファがオメガに守られるなどおかしいだろう?」
「おかしくないです。そのような世の中を目指しているのは他でもないカイル様なのでしょう?」

 カイルは「うっ……」と言葉を詰まらせた。

「だが身重のオメガは駄目だ。俺は階段だってユリスの強敵に見える。いつもユリスが転びはしないかと戦々恐々としているのだ」

 カイルは相変わらずの心配性だ。ユリスにらこんなに甘いのに、どうして息子には厳しく接するのだろう。



 ふたりが身分を隠して庶民の店で食事をしているとさまざまな街の噂話が耳に入ってくる。
 カイルはごくたまに姿を偽って街に出ることもあると言う。なんて危険なことをするんだと話を聞いていてユリスは怖くなった。

「妃陛下はまたご懐妊されたんですって!」

 隣の席にいる男女から不意に自分の噂話が始まったので、ユリスはそっと聞き耳を立てた。

「四人目か……王太子殿下も、第二、第三王子様もみんなアルファなんだよなぁ……」

 三人の息子たちはまだバース性は決まっていない。だがユリスから見てもあの容姿と能力の高さは到底オメガとは思えないからきっと三人揃ってアルファなのだろう。

「今度はオメガが生まれるといいわね」
「そうだな。今度こそオメガの王子様を見てみたいな」

 イブが生まれる前は皆こぞってアルファアルファと言っていたくせに、既に三人もアルファがいると、こうも気持ちが変わるものなのだろうか。

「王家でオメガなんてケレンディアの歴史で今までいらっしゃらないんじゃないかしら? だって王家にはアルファしか存在しなかったんだから」
「そうだな!」

 よかった。王家にオメガが生まれてもこれなら皆に愛してもらえそうだ。


 つわりのせいで、食事はたくさんは食べられなかったが、カイルとふたりで食べる食事はいつも美味しく感じる。なによりカイルがユリスだけを見てくれるこの時間が好きだ。



「なぁ、あの噂は本当なのか?! お忍びで陛下が王太子殿下を連れてアウレカの町を歩いていたって!」
「私も聞いたことがある。見たいわ、おふたりの姿! またいらっしゃるのかしら……」

 その話はユリスはまったく聞いたことがない。どう言うことかとカイルの顔をじっと見ると、カイルは目を逸らした。

「王太子殿下が、大きな声で『父上ー!』と何度も呼んでいたからわかったそうだ。陛下と思われる方はフードを目深にしていてわからなかったらしいが、王太子殿下は元気に走り回っていて、眩しいくらいの美形らしい」
「うちの姪っ子が三歳なの。今までは庶民が王家に嫁ぐなんてあり得ないと思っていたけど、今の世の中なら可能性あるわよね? 城で働くようになって、王太子殿下に見初められたりしたら……!」

 イブは将来誰を伴侶に選ぶのかなんて未来に思いを馳せて穏やかな気持ちになったが、あとでこの件はカイルを追及せねばならない。
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