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1.二股

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 捨てられた。見事にバッサリだ。

「俺が好きなのはお前じゃない。さっきまでここにいた藍羅あいらだよ」

 神乃かみのはずっと仁井にいの事を自分の恋人だと思っていた。だが仁井にとってはなんでもない、ただの都合の良い相手でしかなかったのか。

「嘘だろ……。俺、お前のこと、信じてたのに……」

 神乃は三年前から仁井の家に転がり込むような形で同棲していた。神乃にとって仁井は大切なパートナーだった。

「マジで?! 俺の中ではお前は二番だ。でも藍羅は俺に二番がいても良いって言ってくれたから、お前さえ良ければこのまま俺の家に居ていいぞ。お前どうせ俺から離れられないんだろ? お前便利だし」

 お互い仕事はしており家賃は折半、家事は主に神乃が担当し、いつも甲斐甲斐しく仁井の為に身の回りの世話を焼いていた。それが神乃の幸せでもあった。

 だがそれを「便利」呼ばわりだ。神乃に愛情はないが、家政婦代わりとしてなら置いておいてやる、とでも言っているのだろうか。

「バ、バカにするのもいい加減にしろよっ。ふざけんな!」

 一夫多妻制、側室の時代じゃあるまいし、どこの誰が二番でいいなんて思うのだろうか。
 一番目の恋人とバカな男のために掃除洗濯ベッドメイキングまでする生活なんて耐えられるわけがない。

「あっそ。じゃあ別れようぜ。お前なんて要らねぇ。今すぐ出てけ」

 仁井の冷ややかな目。そこに神乃に対する愛情なんて微塵も感じない。

「言われなくても出ていくに決まってるだろ! この浮気野郎!」

 神乃は怒りに任せてクローゼットの扉を乱暴に開け、そこからスーツケースを取り出し、洋服や自らの身の回りのものを乱雑に詰め込んでいく。
 仁井が許せない。一刻も早くここから立ち去りたい。

「浮気じゃなくて俺は藍羅に本気なんだよ」
「だったらちゃんと俺と別れてから付き合えよ!」

 何が「浮気じゃない」だ。完全なる二股だろ! 仁井、お前はさっき三ヶ月前から藍羅と付き合い始めたって言ってただろ。その間、俺とも夜の関係あったじゃないか。
 俺にバレるまで何も言わずに「ただいま。今日のメシ何?」とか今まで通りを装いやがって! と、神乃の怒りのボルテージは仁井が何か言う度にメラメラと上昇していく。

「えー。だってお前と別れたら俺が家事やらないといけなくなるじゃん。そういうの面倒くせぇんだよ」

 悪びれた様子もない仁井を見て、神乃はこいつ何様だと睨みつけチッと舌打ちした。もうこんなクソ野郎とは話したくもない。黙々と咄嗟の荷造りをする。仁井とのペアのマグカップを手にした時に一瞬迷ったが、置いて行ってこれを藍羅に使われたら腹が立つと思い、持って行くことにした。

「じゃあな! 仁井!」

 三年も暮らした部屋。
 終わりはこんなにも突然訪れるものなのか。

「いつでも帰って来いよ、神乃。俺はここで待ってる。さっさと諦めて二番として俺に尽くせよ」
「誰が戻るかよ!! クソ野郎!」

 神乃はドアが壊れるんじゃないかというくらいの勢いでバンッと思い切り閉めてやった。




 神乃には行く当てなどない。とりあえず冷静になれと、スーツケースを引き、近くのファミレスに入って心を落ち着かせようとする。

 今日は人生最悪の日だ——。

 神乃は今日明日と大阪出張のはずだった。だが、明日の仕事の予定が変更となり、急遽大阪での宿泊をキャンセルして19時新大阪発の新幹線で東京に戻った。
 そして仁井と暮らすマンションに帰る。ドアを開けると玄関に見知らぬadidasのスタンスミスがあった。仁井の友達でも来てるのかなと気にもしなかった。

「仁井、ただいまー。仕事ドタキャンされてさぁ——」

 1LDK。ダイニングとひと繋がりのリビングに仁井の姿がなかったため、仁井の姿を探してベッドルームのドアを開けた。
 そこには信じられない光景があった。仁井と藍羅はベッドの上で全裸。行為の真っ最中だった。

 二人は当然神乃に気がついた。
 浮気現場を見られて「浮気してごめん」と慌てふためくのかとばかり思っていた。

「えー、誰ー?」

 仁井に組み敷かれている藍羅が気怠そうに言った。

「ごめん、俺の家政婦だ」

 仁井からの信じられない言葉。
 呆然と立ち尽くす神乃の手はワナワナと震え出した。これは怒りだろうか。

 涙が溢れる。恋人に裏切られた悲しみの涙……? いや、こんなにも非情な人間を恋人だと思い込んでいた自分に対する同情の涙かもしれない。

 そこからの修羅場。ベッドにいた藍羅は悪びれた様子もなく渋々服を着て、仁井に「今日は帰れ」と言われ去っていった。仁井は「バレたらしょうがねぇな」と言い、「俺、実はお前より藍羅が好きなんだよ。でも神乃の事も嫌いじゃない。お前は俺の二番目の恋人って事でもいいか?」とまたもや信じられない言葉を口にした。

 何が二番だよ! 何が家政婦だ! バカにしやがって!

 仁井は神乃のことをそんな風にしか思っていなかったのだ。その事に今まで気が付かなかった自分にも呆れる。

 俺、バカみたいだ……。
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