上 下
43 / 69
一月 親衛隊隊長には『推し』が誰かの親衛隊に加入したとき通知がくるルール

2.

しおりを挟む
「やっぱ浴衣ってエロいよな」

 夏祭りからの帰り道、迅は突然バカを言い出した。

「出たな。迅、お前の性癖が」

 しょうがない奴だ。目の前を歩く、髪を結い上げた可愛い浴衣姿の女の子を見て羨ましくなったんだろう。

「それがなんだよ、浴衣好きのどこが悪い?」
「開き直るなよ」
「だって可愛い。マジでそそられる」
「迅。大丈夫か?!」

 こいつはイケメンのくせに欲求不満なのか?!

「ずっと隣で見てて、実は俺、結構ヤバかった」
「嘘だろ?!」
「いやマジ」

 迅は本当に何を考えてるかわからない。浴衣女子に興味のある素振りなんて微塵もなかったのに、そんなことを考えていたのか。


「じゃあ声、かけてみれば良かったんじゃねぇの? 迅はかっこいいから上手くいくかもな」

 迅は身長183センチ。モデル並みのスタイルと恐ろしく整った顔面で、性格だって明るい。

 迅みたいな男から声をかけられたら、フリーの女の子なら嫌な気はしないんじゃないだろうか。



「は? 違うし」

 え……? 何が違うんだよ。

「さすがの俺でも同意なしに襲ったりはしねぇから。ただ、琉平。お前ちょっとはだけ過ぎてる。そういうのは理性が吹っ飛びそうになるから自重してくれないか?」
「は?」

 そんなにはだけてるか?! 涼しくていいなくらいにしか思ってなかったのに……。


 時々、迅の言動は吉良の納得がいかないことがある。


 ◆◆◆


 一月一日。年明けの瞬間を実家で迅や家族と分かち合ったあと、数時間寝た。
 そしてまだ外が暗いうちに布団から這い出て、夜明け前に迅とふたりで家を出た。

「やっぱ寒いな……」

 初日の出を待つ間、少しでも自分自身を温めようと、迅はジャンプをしたり無駄に身体を動かしている。
 ここは家の近所の高台の公園だ。山や高層ビルなどの有名な初日の出スポットではないので二人の他には誰もいない。

「だから言っただろ? なんでこんなクソ寒いのに初日の出なんか……」
「うっるせぇな! 俺は琉平とふたりでどうしても初日の出が見たかったの!」
「……子供かよ」

 十八にもなって駄々をこねる迅に、呆れた顔をしてみせる。

「あー! 寒い!」

 迅は背後から吉良を抱き締めてきた。
 まったく……。寒いからって人をカイロ代わりにしないでほしい。

「うわっ! 冷てっ!」

 吉良の服の隙間からするすると迅が冷えた手を滑り込ませてくるものだから、その冷たさに吉良は身をよじらせた。

「琉平あったけぇ……」
「離れろよっ!」

 あー、クソ。なんでこいつの手や身体をあっためてやらなきゃならないんだ。

「サイッコー。琉平、神」
「やめろって!」

 調子に乗った迅は、もう片方の手も侵入させてきて、両手で吉良の身体を触り始めた。



「お。日の出じゃん」

 迅の視線の方角に、眩まばゆい光が見えた。山の稜線からゆっくりと顔を出すその光は、神秘的で、心にじんときた。

「キレイだな」

 吉良がぽつり感想を呟くと、「だろ?」と得意げな迅の声がすぐ耳のそばで聞こえた。

「俺、これからも毎年、琉平と正月を迎えたいな」

 迅は吉良の服の中にある両手に力をこめ、吉良の身体を抱き締めた。

「まぁ。お前とはこれからも正月くらいは会うことになるだろうな」

 年に一度、元旦には集まれる親族だけが祖父母の家に集まる慣例がある。吉良家もできる限りは祖父母の家に顔を出しているし、その集まりに迅も毎年参加しているのだから。

「俺ダメだ。相当冷えた。初日の出見終わったらサウナ行こうぜ。いつもの華の湯でいいからさ」
「だから言ったろ? もっと着込んでこいよ」
「悪い。完全に油断してたわ」

 こいつホントに賢いのか?! よくこんなダメダメで、T大の推薦もらえたよな……。


 ◆◆◆
 

「なぁ、琉平、俺と少し話をしないか?」

 吉良の家に迅の部屋はないので、迅が寝る場所は吉良の部屋だ。
 なんの変哲もない吉良の部屋に、二つの布団を並べて敷いて寝る。それが幼い頃からずっと変わらず続いている。

「いいけど、何?」

 二人ともそれぞれの布団に寝ながら、互いの顔を寄せた。

「あの学校はさ、親衛隊とかいうすげぇ面倒くせぇルールがあるじゃん?」
「ああ」
「俺さ、まさか琉平があの学校に入学してくるなんて思いもしなかったからさ」
「それ。俺も自分でそう思ってるから」

 あんな選ばれた者しか入れない高校に入学できることになるなんて吉良自身も思いもよらないことだった。

 最初こそ不安だったが、いざ入学してみると皆いい奴らばかりで平凡だからと揶揄されるようなこともない。吉良は特段不満もなく楽しく学校生活を送れている。

「だから三年間、卒業するまで想いを伝えることができなくなった」
「えっ! お前、まさか誰かの親衛隊なのか?!」

 吉良は驚いて聞き返したのに、「今の話の流れで気づけよ」と迅に謎の文句を言われた。



「そうだよ。しかも隊長」
「隊長?!」
「ああ。だから誰が隊員なのかもわかってる。俺の『推し』の親衛隊は学校一のそうそうたるメンバーが揃ってる」
「すごいな……」
「親衛隊たちには俺が隊長だってことは知られているから、そいつらの相談にのったり、いざこざがあったときはなだめたりしてるんだ」
「へぇ。隊長には仕事があるんだな」
「ああ。みんなちょっとは自分に自信があるような奴らばかりだから、『選ばれ』たくてしょうがねぇの」

 迅の話によれば、迅の『推し』の親衛隊は優秀な奴ばかりのようだから、今までの人生でもなんでも自分が選ばれ続けてきたのだろう。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

告白ゲームの攻略対象にされたので面倒くさい奴になって嫌われることにした

雨宮里玖
BL
《あらすじ》 昼休みに乃木は、イケメン三人の話に聞き耳を立てていた。そこで「それぞれが最初にぶつかった奴を口説いて告白する。それで一番早く告白オッケーもらえた奴が勝ち」という告白ゲームをする話を聞いた。 その直後、乃木は三人のうちで一番のモテ男・早坂とぶつかってしまった。 その日の放課後から早坂は乃木にぐいぐい近づいてきて——。 早坂(18)モッテモテのイケメン帰国子女。勉強運動なんでもできる。物静か。 乃木(18)普通の高校三年生。 波田野(17)早坂の友人。 蓑島(17)早坂の友人。 石井(18)乃木の友人。

俺の親友のことが好きだったんじゃなかったのかよ

雨宮里玖
BL
《あらすじ》放課後、三倉は浅宮に呼び出された。浅宮は三倉の親友・有栖のことを訊ねてくる。三倉はまたこのパターンかとすぐに合点がいく。きっと浅宮も有栖のことが好きで、三倉から有栖の情報を聞き出そうとしているんだなと思い、浅宮の恋を応援すべく協力を申し出る。 浅宮は三倉に「協力して欲しい。だからデートの練習に付き合ってくれ」と言い——。 攻め:浅宮(16) 高校二年生。ビジュアル最強男。 どんな口実でもいいから三倉と一緒にいたいと思っている。 受け:三倉(16) 高校二年生。平凡。 自分じゃなくて俺の親友のことが好きなんだと勘違いしている。

悪役なので大人しく断罪を受け入れたら何故か主人公に公開プロポーズされた。

柴傘
BL
侯爵令息であるシエル・クリステアは第二王子の婚約者。然し彼は、前世の記憶を持つ転生者だった。 シエルは王立学園の卒業パーティーで自身が断罪される事を知っていた。今生きるこの世界は、前世でプレイしていたBLゲームの世界と瓜二つだったから。 幼い頃からシナリオに足掻き続けていたものの、大した成果は得られない。 然しある日、婚約者である第二王子が主人公へ告白している現場を見てしまった。 その日からシナリオに背く事をやめ、屋敷へと引き篭もる。もうどうにでもなれ、やり投げになりながら。 「シエル・クリステア、貴様との婚約を破棄する!」 そう高らかに告げた第二王子に、シエルは恭しく礼をして婚約破棄を受け入れた。 「じゃあ、俺がシエル様を貰ってもいいですよね」 そう言いだしたのは、この物語の主人公であるノヴァ・サスティア侯爵令息で…。 主人公×悪役令息、腹黒溺愛攻め×無気力不憫受け。 誰でも妊娠できる世界。頭よわよわハピエン。

転生貧乏貴族は王子様のお気に入り!実はフリだったってわかったのでもう放してください!

音無野ウサギ
BL
ある日僕は前世を思い出した。下級貴族とはいえ王子様のお気に入りとして毎日楽しく過ごしてたのに。前世の記憶が僕のことを駄目だしする。わがまま駄目貴族だなんて気づきたくなかった。王子様が優しくしてくれてたのも実は裏があったなんて気づきたくなかった。品行方正になるぞって思ったのに! え?王子様なんでそんなに優しくしてくるんですか?ちょっとパーソナルスペース!! 調子に乗ってた貧乏貴族の主人公が慎ましくても確実な幸せを手に入れようとジタバタするお話です。

乙女ゲームのモブに転生したようですが、何故かBLの世界になってます~逆ハーなんて狙ってないのに攻略対象達が僕を溺愛してきます

syouki
BL
学校の階段から落ちていく瞬間、走馬灯のように僕の知らない記憶が流れ込んできた。そして、ここが乙女ゲーム「ハイスクールメモリー~あなたと過ごすスクールライフ」通称「ハイメモ」の世界だということに気が付いた。前世の僕は、色々なゲームの攻略を紹介する会社に勤めていてこの「ハイメモ」を攻略中だったが、帰宅途中で事故に遇い、はやりの異世界転生をしてしまったようだ。と言っても、僕は攻略対象でもなければ、対象者とは何の接点も無い一般人。いわゆるモブキャラだ。なので、ヒロインと攻略対象の恋愛を見届けようとしていたのだが、何故か攻略対象が僕に絡んでくる。待って!ここって乙女ゲームの世界ですよね??? ※設定はゆるゆるです。 ※主人公は流されやすいです。 ※R15は念のため ※不定期更新です。 ※BL小説大賞エントリーしてます。よろしくお願いしますm(_ _)m

BLゲームの脇役に転生した筈なのに

れい
BL
腐男子である牧野ひろはある日、コンビニに寄った際に不慮の事故で命を落としてしまう。 その朝、目を覚ますとなんと彼が生前ハマっていた学園物BLゲームの脇役に転生!? 脇役なのになんで攻略者達に口説かれてんの!? なんで主人公攻略対象者じゃなくて俺を攻略してこうとすんの!? 彼の運命や如何に。 脇役くんの総受け作品になっております。 地雷の方は回れ右、お願い致します(* . .)’’ 随時更新中。

多分前世から続いているふたりの追いかけっこ

雨宮里玖
BL
執着ヤバめの美形攻め×絆されノンケ受け 《あらすじ》 高校に入って初日から桐野がやたらと蒼井に迫ってくる。うわ、こいつヤバい奴だ。関わってはいけないと蒼井は逃げる——。 桐野柊(17)高校三年生。風紀委員。芸能人。 蒼井(15)高校一年生。あだ名『アオ』。

【完結】薄幸文官志望は嘘をつく

七咲陸
BL
サシャ=ジルヴァールは伯爵家の長男として産まれるが、紫の瞳のせいで両親に疎まれ、弟からも蔑まれる日々を送っていた。 忌々しい紫眼と言う両親に幼い頃からサシャに魔道具の眼鏡を強要する。認識阻害がかかったメガネをかけている間は、サシャの顔や瞳、髪色までまるで別人だった。 学園に入学しても、サシャはあらぬ噂をされてどこにも居場所がない毎日。そんな中でもサシャのことを好きだと言ってくれたクラークと言う茶色の瞳を持つ騎士学生に惹かれ、お付き合いをする事に。 しかし、クラークにキスをせがまれ恥ずかしくて逃げ出したサシャは、アーヴィン=イブリックという翠眼を持つ騎士学生にぶつかってしまい、メガネが外れてしまったーーー… 認識阻害魔道具メガネのせいで2人の騎士の間で別人を演じることになった文官学生の恋の話。 全17話 2/28 番外編を更新しました

処理中です...