上 下
41 / 69
十二月 親衛隊は『推し』が卒業したら解散するルール

4.

しおりを挟む
「上杉先輩っ!!」

 ミーティングルームのドアを開けて、飛び込んできたのは宇佐美だ。

「先輩っ! 何してるんですか!」

 入ってくるなり、宇佐美は吉良から上杉の身体を引き離す。その隙に吉良も身体を起こすことができた。
 宇佐美が現れたことで、上杉もハッとした顔になる。
 


「俺、なんてことを……。吉良先輩、ごめんなさい……」

 さっきまでの勢いは消え、上杉はしおらしく謝ってきた。

「宇佐美。俺を止めてくれてありがとな……。俺はバカだ。いくら可愛いからって許されることじゃない……。頭、冷やしてきます……」

 力なく立ち上がった上杉は、ひとりミーティングルームを出て行った。




「吉良先輩っ、大丈夫ですか?!」

 宇佐美が立ち上がるための手を差し伸べてきた。

「ああ……。驚いたけど、大丈夫だ。なぁ、上杉は急にどうしたんだ……?」

 さっきまでの豹変ぶりは恐ろしいくらいだった。

「上杉先輩はリミッター外れるとヤバいタイプなんです。サッカーのプレーでも、ゾーンにはいるって言うんでしょうか。急に神がかったプレーをするときがあるんです。今も吉良先輩と初めてふたりきりになったから、頭ぶっ壊れたんだと思います」
「そうか……」

 上杉は、実はかなりヤベェ奴なんだな……。あんな奴に愛されたらたまったもんじゃないだろう。

「俺としては想定内です。吉良先輩と上杉先輩がふたりきりでミーティングルームに入っていったところから見てました。それで、何かあったら吉良先輩を助けようと思ってました」
「宇佐美……」

 もし宇佐美が現れなければ、あのまま上杉に強引にされるところだった。まだ吉良の心臓はバクバクしている。

 でも、さっきまでの必死な上杉の姿も、我に返ってしょげ返る上杉の姿も、そこまで嫌悪感はないのはなぜだろう。



 吉良は宇佐美の手を借りて立ち上がる。

「宇佐美、すまん」
「いいえ」

 もう立ち上がったのだから、手を離してくれてもいいのに、宇佐美はまだ吉良の手を握ったままだ。

「宇佐美……?」

 吉良が宇佐美を見上げると、デカい図体のくせに、頬を赤らめ照れている。

 え?! こいつどうした?!



「吉良先輩。俺が思っていた以上でした……」
「な、何がだ……?」
「俺、最初はあの上杉先輩をあんなに夢中にさせるのはどんな人なんだろうってくらいの興味本位だったんです」
「あ、ああ……」

 なんでこいつ手を離さないんだよ……。

「それが、俺まで一緒になって吉良先輩を目で追うようになって……」

 嘘だろ。全然気がつかなかった……。

 そうだ。こいつも後夜祭の時に炭酸水を渡してきた奴のうちのひとりだ。あの時は、誰だろうと思っていたけれど。

 だとすると宇佐美も親衛隊なのか……?



「先輩。俺、いま初めて先輩に触れることができて、ヤバいドキドキしてます」
「え……?」
「先輩。キス、してもいいですか?」
「はぁ?! ダメに決まってんだろ!!」

 宇佐美。なんで上杉から守ったのに、お前が襲いかかろうとするんだ?! ミイラとりがミイラになるなよ!
 

 ◆◆◆


「今度の生徒会会長は、上杉に決まったらしいぞ」

 寮の部屋でベッドに転がりながらスマホをいじっていた吉良のもとに、生徒会立候補者の、投票結果の速報が上杉から送られてきた。

「おー! あいつ、やるな!」

 楯山も勉強の手を休めて、デスクの椅子から立ち上がった。

「俺も上杉に一票入れた。吉良、お前もだろ? 推薦人やってるくらいだもんな」
「ああ。でも、対抗馬の宝城ほうじょうはお前のバスケ部の後輩じゃなかったか?」

「そうだけど、吉良が推薦人やるなら、上杉に投票するよ。バスケ部では言えないけどな」
「おい……」

 部活の後輩を推してやればいいのに、推薦人ごときで票を決めるなよ。



「なぁ、吉良。もう二学期も終わりだな」

 楯山は吉良の寝転ぶベッドの端に座り、しみじみと言った。

 三年の三学期になると、登校日はかなり少なくなる。皆、大学受験を控えた者が多く、寮から退出することもあるほどだ。

「そうだな……」

 楯山と同室で過ごした三年間も、もうすぐ終わりだ。寝るときも、朝起きたときも、当たり前のようにそばにいた楯山の存在がやけに愛おしく思えてきた。



「吉良は、冬休みはまた家に帰るのか?」
「ああ」

 吉良は補講がない間、夏休みや冬休みなどの長期休みは実家に戻っている。そのまま寮にいることも可能だが、部活動などもないため、寮にとどまる理由はない。それに——。


「お! なんの動画観てたんだ?!」

 楯山が寝込んでいる吉良のすぐ横に並び、一緒にスマホの画面を覗き込んできた。

「ん? あーこれ? NBAスーパープレー?」
「だよな! おい、吉良! お前もバスケに目覚めたか?! 俺も観ていい?」
「うん」

 楯山と二人でバスケのプレー動画を見る。バスケ好きの楯山は「うわっ、マジ?!」とか「すっげぇ!」とか夢中になっている。

 そんな楯山の横顔をチラッと覗きみる。バスケ動画に夢中になっている楯山は、どこかキラキラした少年っぽくていい。

 ——楯山も、俺にペットボトルをくれたよな……。

 その意味を素直に受け取れば、楯山も吉良の親衛隊、ということになるのだろうか。

 いつも隣でなんでもない顔をしていた男が、実は吉良のことを想っている……?

 吉良の視線に気がついたのか、楯山がこっちを振り返った。

「どうした? 吉良?」

 いつものように目が合うとにっこり微笑みかけてくれる楯山。



『楯山とはもうシたのか?』

 後夜祭のときに玄野に訊かれてドキッとした。まさかとは思うが、吉良さえ望めば楯山は、そういうことまで受け入れてくれるのか……。

 ——やっべぇ! 楯山の顔をまともに見れねぇ!

 妙に意識してしまい「なんでもない」と楯山から目をそらすことしかできない。

「えっ……? 吉良、お前っ……なんでそんなに……」
「……だからっ、なんでもねぇから……」

 ヤバい。楯山との距離が近すぎる。二人でひとつのシングルベッドに寝転んでるなんて、ちょっと……。



 ドンドンッ!

 吉良と楯山の部屋のドアをノックする音が聞こえた。

 吉良はこのなんとも気恥ずかしい状況から逃げ出したくて、サッと起き上がり、ドアへと向かう。

「入るぞ!」

 向こう側から声がすると同時に、ドアが開けられた。


「琉平!」

 いつもどおりの爽やかな笑顔で吉良の名を呼ぶ男——。

じん!」

 幼い頃からもう何度、この名前を呼んだことだろう。

「琉平。冬休みは家に帰るよな?」

 神埜迅《かみのじん》は、吉良と同じ歳のいとこだ。
 吉良とは違い、実力でこの学校に入学した優秀な男で、その上めちゃくちゃ見た目がいい。親族とは思えないくらいに迅は顔もスタイルも完璧だ。



「ああ。そうするつもりだよ」

 吉良の返事を聞いて、迅は満足そうに口角を上げた。

「そっか。じゃあ一緒に帰ろうな」
「うん」

 迅は中学から家庭の事情で吉良の家に居候している。だから帰る家は同じだ。


「俺、すごく楽しみだ!」

 迅がたまらないといった様子で、ほんの一瞬だが吉良を抱き締めた。昔から迅はこれくらいの距離感で吉良に接してくる。

「琉平、冬休みは二人で初日の出、見に行こうか」
「えぇ……寒いから嫌だ」
「そんなこと言うなよ」
「……仕方ねぇなぁ……」

 迅は割としつこい性格だから、付き合ってやるか。まぁ、年末年始くらいは勉強を休みにしてもいいかもしれない。


「じゃあ。また。終業式の日に迎えにくるよ」

 迅は用件だけ言って、すぐに去っていった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】浮薄な文官は嘘をつく

七咲陸
BL
『薄幸文官志望は嘘をつく』 続編。 イヴ=スタームは王立騎士団の経理部の文官であった。 父に「スターム家再興のため、カシミール=グランティーノに近づき、篭絡し、金を引き出せ」と命令を受ける。 イヴはスターム家特有の治癒の力を使って、頭痛に悩んでいたカシミールに近づくことに成功してしまう。 カシミールに、「どうして俺の治癒をするのか教えてくれ」と言われ、焦ったイヴは『カシミールを好きだから』と嘘をついてしまった。 そう、これは─── 浮薄で、浅はかな文官が、嘘をついたせいで全てを失った物語。 □『薄幸文官志望は嘘をつく』を読まなくても出来る限り大丈夫なようにしています。 □全17話

俺の親友のことが好きだったんじゃなかったのかよ

雨宮里玖
BL
《あらすじ》放課後、三倉は浅宮に呼び出された。浅宮は三倉の親友・有栖のことを訊ねてくる。三倉はまたこのパターンかとすぐに合点がいく。きっと浅宮も有栖のことが好きで、三倉から有栖の情報を聞き出そうとしているんだなと思い、浅宮の恋を応援すべく協力を申し出る。 浅宮は三倉に「協力して欲しい。だからデートの練習に付き合ってくれ」と言い——。 攻め:浅宮(16) 高校二年生。ビジュアル最強男。 どんな口実でもいいから三倉と一緒にいたいと思っている。 受け:三倉(16) 高校二年生。平凡。 自分じゃなくて俺の親友のことが好きなんだと勘違いしている。

多分前世から続いているふたりの追いかけっこ

雨宮里玖
BL
執着ヤバめの美形攻め×絆されノンケ受け 《あらすじ》 高校に入って初日から桐野がやたらと蒼井に迫ってくる。うわ、こいつヤバい奴だ。関わってはいけないと蒼井は逃げる——。 桐野柊(17)高校三年生。風紀委員。芸能人。 蒼井(15)高校一年生。あだ名『アオ』。

身の程なら死ぬ程弁えてますのでどうぞご心配なく

かかし
BL
イジメが原因で卑屈になり過ぎて逆に失礼な平凡顔男子が、そんな平凡顔男子を好き過ぎて溺愛している美形とイチャイチャしたり、幼馴染の執着美形にストーカー(見守り)されたりしながら前向きになっていく話 ※イジメや暴力の描写があります ※主人公の性格が、人によっては不快に思われるかもしれません ※少しでも嫌だなと思われましたら直ぐに画面をもどり見なかったことにしてください pixivにて連載し完結した作品です 2022/08/20よりBOOTHにて加筆修正したものをDL販売行います。 お気に入りや感想、本当にありがとうございます! 感謝してもし尽くせません………!

夢では溺愛騎士、現実ではただのクラスメイト

春音優月
BL
真面目でおとなしい性格の藤村歩夢は、武士と呼ばれているクラスメイトの大谷虎太郎に密かに片想いしている。 クラスではほとんど会話も交わさないのに、なぜか毎晩歩夢の夢に出てくる虎太郎。しかも夢の中での虎太郎は、歩夢を守る騎士で恋人だった。 夢では溺愛騎士、現実ではただのクラスメイト。夢と現実が交錯する片想いの行方は――。 2024.02.23〜02.27 イラスト:かもねさま

突然現れたアイドルを家に匿うことになりました

雨宮里玖
BL
《あらすじ》 「俺を匿ってくれ」と平凡な日向の前に突然現れた人気アイドル凪沢優貴。そこから凪沢と二人で日向のマンションに暮らすことになる。凪沢は日向に好意を抱いているようで——。 凪沢優貴(20)人気アイドル。 日向影虎(20)平凡。工場作業員。 高埜(21)日向の同僚。 久遠(22)凪沢主演の映画の共演者。

薫る薔薇に盲目の愛を

不来方しい
BL
代々医師の家系で育った宮野蓮は、受験と親からのプレッシャーに耐えられず、ストレスから目の機能が低下し見えなくなってしまう。 目には包帯を巻かれ、外を遮断された世界にいた蓮の前に現れたのは「かずと先生」だった。 爽やかな声と暖かな気持ちで接してくれる彼に惹かれていく。勇気を出して告白した蓮だが、彼と気持ちが通じ合うことはなかった。 彼が残してくれたものを胸に秘め、蓮は大学生になった。偶然にも駅前でかずとらしき声を聞き、蓮は追いかけていく。かずとは蓮の顔を見るや驚き、目が見える人との差を突きつけられた。 うまく話せない蓮は帰り道、かずとへ文化祭の誘いをする。「必ず行くよ」とあの頃と変わらない優しさを向けるかずとに、振られた過去を引きずりながら想いを募らせていく。  色のある世界で紡いでいく、小さな暖かい恋──。

風紀委員長様は王道転校生がお嫌い

八(八月八)
BL
※11/12 10話後半を加筆しました。  11/21 登場人物まとめを追加しました。 【第7回BL小説大賞エントリー中】 山奥にある全寮制の名門男子校鶯実学園。 この学園では、各委員会の委員長副委員長と、生徒会執行部が『役付』と呼ばれる特権を持っていた。 東海林幹春は、そんな鶯実学園の風紀委員長。 風紀委員長の名に恥じぬ様、真面目実直に、髪は七三、黒縁メガネも掛けて職務に当たっていた。 しかしある日、突如として彼の生活を脅かす転入生が現われる。 ボサボサ頭に大きなメガネ、ブカブカの制服に身を包んだ転校生は、元はシングルマザーの田舎育ち。母の再婚により理事長の親戚となり、この学園に編入してきたものの、学園の特殊な環境に慣れず、あくまでも庶民感覚で突き進もうとする。 おまけにその転校生に、生徒会執行部の面々はメロメロに!? そんな転校生がとにかく気に入らない幹春。 何を隠そう、彼こそが、中学まで、転校生を凌ぐ超極貧ド田舎生活をしてきていたから! ※11/12に10話加筆しています。

処理中です...