上 下
38 / 69
十二月 親衛隊は『推し』が卒業したら解散するルール

1.

しおりを挟む
上杉一成(16)攻。高校二年。サッカー部。生徒会長立候補者。
武田(18)攻。元サッカー部。吉良クラスメイト。
宇佐美(15)攻。高校一年。サッカー部。
神埜迅(18)攻。高校三年。吉良の従兄弟。



「吉良先輩っ、お願いします!」

 吉良はさっきからずっと上杉一成うえすぎいっせいに頭を下げられ困惑している。
 放課後になってすぐ、上杉は吉良の教室まで「頼みがあります!」とやってきた。今はふたり廊下で押し問答を繰り返している。

「だから、俺なんかにはつとまらねぇし、上杉の役には立てないよ」
「そんなことないです。そんなことないです。そんなことないですっ! いてくれるだけでもいいです、いてくれるだけでもいいです、いてくれるだけでいいからっ!」

 上杉の執念は大したものだ。吉良からはハァーと溜め息が漏れる。


 12月は次期生徒会を決める選挙が行われる。その応援に加わってほしいと上杉に頼まれているのだが、通常ならば現生徒会のメンバーなどに頼むところを、なぜか上杉は吉良を頼ってきた。

「朝日に、俺から訊いてみようか? ちょうど同じクラスなんだ」

 現生徒会会長の朝日とは同じクラスの友人だ。熱心な立候補者がいることを話してみてもいいなと思いついた。朝日の推薦があれば当選確実だろう。

「無理です。朝日先輩は、誰の推薦もしないと公言してますから……」
「そうなのか……」

 まぁ、朝日は四方八方に気を遣ってしまうような優しい奴だ。だからこそ誰も推さないという選択肢を選んだのかもしれない。

「朝日先輩がダメならもう吉良先輩しかいないんですっ!」
「はぁ?」

 意味がわからない。会長の朝日が無理で、副会長の木瀬に話がいくならわかる。なんで俺なんだよ……。



「上杉先輩、何やってんすか?」

 廊下を通りかかった生徒が上杉に声をかけた。吉良は面識のない生徒だが、二年生の上杉を先輩と呼ぶのなら、一年生なんだろうか。

宇佐美うさみ! お前からも頼んでくれよっ」
「え、何をっすか?」
「吉良先輩に、俺の推薦者になってもらえるようにだよ!」

 上杉と宇佐美は親しい間柄のようだ。吉良の様子に気がついた上杉が「吉良先輩。俺のサッカー部の後輩の宇佐美です」と紹介してくれた。

「一年の宇佐美です」
「俺は吉良だ」

 名乗りながら宇佐美を見上げることになる。宇佐美はデカい。一年生で180センチをゆうに超えている。吉良のほうが先輩なのだが、宇佐美の存在はなんとも言えない威圧感がある。

「吉良先輩のこと、俺はよく知ってます。サッカー部で先輩のこと知らない奴はいないと思います」
「は?」

 どういうことだ……? サッカー部に縁もゆかりもないのに。

「上杉先輩はいつも試合前のルーティンがあるんです。それが吉良先輩の写真——」
「バカっ! 言うな!」

 上杉がやけに必死に宇佐美の言葉をかき消した。



「吉良先輩。明日の午後時間ありませんか?」

 明日は土曜日。学校はないが、今の時期の三年は大学受験に向けて主に勉強する奴が多い。吉良も時間さえあれば寮の机に向かい、受験勉強をしている。明日も当然勉強するつもりだったが。

「宇佐美っ!」

 宇佐美を制する上杉の言葉を遮り「頼みがあるんです」と宇佐美は言葉を続けた。

「明日、サッカー部の練習試合があるんです。練習試合といっても相手は俺たちと同じく選手権にも出場する強豪校なんです。少しでも構いません、うちの高校のグラウンドでやるんで観にきてくれませんか?」
「練習試合か……」

 うちの高校のサッカー部は全国大会常連校でかなりの最強チームだ。この冬の高校サッカーにも出場予定だと聞いた。
 だから練習試合といってもかなりのレベルなのだろう。

「おい、宇佐美! 吉良先輩っ、こいつの言うことは気にしないでください。先輩忙しいのに——」
「吉良先輩。そこで俺たちが勝ったら、上杉先輩の願いを叶えてもらえませんか?!」

 上杉の言葉を再び遮り、宇佐美が喋り続ける。

「お願いします! 吉良先輩っ! 上杉先輩にチャンスをくださいっ!」

 気がつくとサッカー部の奴らが集まっていて、上杉と宇佐美の事情を察し、「俺からもお願いしますっ!」と何人もに頭を下げられる。

 明らかに異常な雰囲気に、周りもなんだなんだとざわついている。

 うわ……ヤバいだろ、これ。断りにくい……。

「わかった。明日の試合、観にいくよ」

 吉良の言葉にサッカー部員からワアッと声が上がる。
 やめてくれ。あんまり騒ぐなよ。

「勝ったら上杉の推薦人も引き受けてやる。どうせあんまり力になってやれないけどな」

 吉良ごときが推薦人になったところでなんの影響もないだろうが、上杉がそこまで望むなら引き受けてやろう、と思った。

「マジですか! おい! 宇佐美! お前って奴は……」

 上杉がめっちゃ喜んでいる。約束を取り付けたのは宇佐美の手柄だと「お前ガチでありがとな!」と宇佐美の背中をバンバン叩いている。

「明日の試合、俺死ぬほど頑張ります! 吉良先輩にみてもらえるだけでも最高なのに、俺らが勝ったら推薦人になってくれるんですよね?! 足が折れても走ります!」

 いやダメだろ。上杉、お前は将来プロサッカー選手になるほどの男だろうが。

「上杉の熱意に負けた。約束は守るから、明日の試合、頑張れよ!」

 そう励ましてやると、上杉は「死ぬ気で勝ちますっ!」と並々ならぬ気迫をみせた。


 ◆◆◆


 次の日の午後。吉良は約束どおりに学校のサッカーグラウンドに来た。この学校にはサッカー専用のグラウンド設備がある。体育のサッカーは普通の運動場で行い、サッカー部のみ、この専用の芝生のグラウンドを使用することを許されている。さすが実績のある部だ。

 ——うわ、スカウトマンか?!

 ただの練習試合なのに、物々しい雰囲気だ。
 明らかに選手たちを見定めるような目で眺めている人が何人もいる。雑誌の編集者らしき人もみかける。選手権前の注目チーム同士の練習試合、だからだろうか。

 そして、高校サッカーファンなのだろうか。キャーキャーと女性ファンらしき人たちまで観戦しにきている。



「吉良っ!!」

 スタンド席の中央で、吉良の名前を呼び、手を振っているのは武田たけだだ。武田は元サッカー部。インターハイ終了後、部活を引退した吉良と同クラスの三年だ。

「吉良、どうしたんだよ! 吉良が試合を観にくるなんて初めてだよなぁ!」

 武田は吉良を見かけて駆け寄ってきた。吉良が上杉たちと約束した経緯を話すと「それなら俺と一緒に観よう!」と誘われた。 

「すごいな。練習試合だから観客はいないと思ってた」

 吉良は武田と並んで座りながら、率直な感想を述べた。

「ここまで来るのは上杉の熱心なファンだけど、上杉はヤバい。プロでもないのに非公式にファンクラブがあるんだ」
「ファンクラブ?!」
「あいつ、サッカーも上手いけど、顔もいいからな。天は二物を上杉に与えたな」

 たしかに。上杉はすごく整った顔をしている。爽やかで、チャラさはなく、スポーツと勉学に全力ですっ! というような雰囲気だ。

「あいつの父親はサッカーコーチ。母親は元グラビアだぜ? そんで本人はすげぇクソ真面目野郎。おっもしれぇよなぁ?」
「俺、上杉のことよく知らねぇけど、真面目そうだよな」

 少し話をしただけでも、上杉の真面目な人柄は見てとれた。いま、隣にいる元サッカー部の武田とはまるでタイプが違う。

「うん。真面目ちゃんなんだよ。真っ直ぐすぎて、他によそ見ができないタイプっつーの? 一途なんだよな……」
「そっか。サッカーがそんなに好きなんだな……」

 すごいな。羨ましいくらいだ。人生でそんなにも夢中になれるものがあって、強豪校の部長を務めるくらいの実力まであって。

「お。上杉だ。あいつわざわざこっち来るぞ」

 武田の視線の先、サッカーグラウンドの端から背番号10がこちらに向かって走ってくる。それに伴い、周りが「上杉だ」「上杉どうしたんだ?」とざわざわし始めた。

 上杉は大きく手を振り、こちらを見ている。そのあと、二度大きく膝を曲げてジャンプし、ダッシュしたあと三度目には前転をしてみせた。そのまま自分のポジションへと走って戻っていく。

「上杉絶好調だな」

 周りのスカウトマンらしき人が呟いた。

「ファンサービスかなっ!」
「幸せすぎる!」

 上杉のファンらしき女の子たちがキャーキャーしている。

 高校二年にして、この注目度。サッカー部の部員たちからも慕われているようだし、こいつなら生徒会長に立候補して会長に選ばれる可能性は大いにあるだろうな、なんて思った。

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

落ちこぼれ元錬金術師の禁忌

かかし
BL
小さな町の町役場のしがない役人をしているシングルファザーのミリには、幾つかの秘密があった。 それはかつて錬金術師と呼ばれる存在だったこと、しかし手先が不器用で落ちこぼれ以下の存在だったこと。 たった一つの錬金術だけを成功させていたが、その成功させた錬金術のこと。 そして、連れている息子の正体。 これらはミリにとって重罪そのものであり、それでいて、ミリの人生の総てであった。 腹黒いエリート美形ゴリマッチョ騎士×不器用不憫そばかすガリ平凡 ほんのり脇CP(付き合ってない)の要素ありますので苦手な方はご注意を。 Xで呟いたものが元ネタなのですが、書けば書く程コレジャナイ感。 男性妊娠は無いです。 2024/9/15 完結しました!♡やエール、ブクマにコメント本当にありがとうございました!

所詮は他人事と言われたので他人になります!婚約者も親友も見捨てることにした私は好きに生きます!

ユウ
恋愛
辺境伯爵令嬢のリーゼロッテは幼馴染と婚約者に悩まされてきた。 幼馴染で親友であるアグネスは侯爵令嬢であり王太子殿下の婚約者ということもあり幼少期から王命によりサポートを頼まれていた。 婚約者である伯爵家の令息は従妹であるアグネスを大事にするあまり、婚約者であるサリオンも優先するのはアグネスだった。 王太子妃になるアグネスを優先することを了承ていたし、大事な友人と婚約者を愛していたし、尊敬もしていた。 しかしその関係に亀裂が生じたのは一人の女子生徒によるものだった。 貴族でもない平民の少女が特待生としてに入り王太子殿下と懇意だったことでアグネスはきつく当たり、婚約者も同調したのだが、相手は平民の少女。 遠回しに二人を注意するも‥ 「所詮あなたは他人だもの!」 「部外者がしゃしゃりでるな!」 十年以上も尽くしてきた二人の心のない言葉に愛想を尽かしたのだ。 「所詮私は他人でしかないので本当の赤の他人になりましょう」 関係を断ったリーゼロッテは国を出て隣国で生きていくことを決めたのだが… 一方リーゼロッテが学園から姿を消したことで二人は王家からも責められ、孤立してしまうのだった。 なんとか学園に連れ戻そうと試みるのだが…

Q.親友のブラコン兄弟から敵意を向けられています。どうすれば助かりますか?

書鈴 夏(ショベルカー)
BL
平々凡々な高校生、茂部正人«もぶまさと»にはひとつの悩みがある。 それは、親友である八乙女楓真«やおとめふうま»の兄と弟から、尋常でない敵意を向けられることであった。ブラコンである彼らは、大切な彼と仲良くしている茂部を警戒しているのだ──そう考える茂部は悩みつつも、楓真と仲を深めていく。 友達関係を続けるため、たまに折れそうにもなるけど圧には負けない!!頑張れ、茂部!! なお、兄弟は三人とも好意を茂部に向けているものとする。 7/28 一度完結しました。小ネタなど書けたら追加していきたいと思います。

前世で処刑された聖女、今は黒薬師と呼ばれています

矢野りと
恋愛
旧題:前世で処刑された聖女はひっそりと生きていくと決めました〜今世では黒き薬師と呼ばれています〜 ――『偽聖女を処刑しろっ!』 民衆がそう叫ぶなか、私の目の前で大切な人達の命が奪われていく。必死で神に祈ったけれど奇跡は起きなかった。……聖女ではない私は無力だった。 何がいけなかったのだろうか。ただ困っている人達を救いたい一心だっただけなのに……。 人々の歓声に包まれながら私は処刑された。 そして、私は前世の記憶を持ったまま、親の顔も知らない孤児として生まれ変わった。周囲から見れば恵まれているとは言い難いその境遇に私はほっとした。大切なものを持つことがなによりも怖かったから。 ――持たなければ、失うこともない。 だから森の奥深くでひっそりと暮らしていたのに、ある日二人の騎士が訪ねてきて……。 『黒き薬師と呼ばれている薬師はあなたでしょうか?』 基本はほのぼのですが、シリアスと切なさありのお話です。 ※この作品の設定は架空のものです。 ※一話目だけ残酷な描写がありますので苦手な方はご自衛くださいませ。 ※感想欄のネタバレ配慮はありません(._.)

茶番には付き合っていられません

わらびもち
恋愛
私の婚約者の隣には何故かいつも同じ女性がいる。 婚約者の交流茶会にも彼女を同席させ仲睦まじく過ごす。 これではまるで私の方が邪魔者だ。 苦言を呈しようものなら彼は目を吊り上げて罵倒する。 どうして婚約者同士の交流にわざわざ部外者を連れてくるのか。 彼が何をしたいのかさっぱり分からない。 もうこんな茶番に付き合っていられない。 そんなにその女性を傍に置きたいのなら好きにすればいいわ。

兄がいるので悪役令嬢にはなりません〜苦労人外交官は鉄壁シスコンガードを突破したい〜

藤也いらいち
恋愛
無能王子の婚約者のラクシフォリア伯爵家令嬢、シャーロット。王子は典型的な無能ムーブの果てにシャーロットにあるはずのない罪を並べ立て婚約破棄を迫る。 __婚約破棄、大歓迎だ。 そこへ、視線で人手も殺せそうな眼をしながらも満面の笑顔のシャーロットの兄が王子を迎え撃った! 勝負は一瞬!王子は場外へ! シスコン兄と無自覚ブラコン妹。 そして、シャーロットに思いを寄せつつ兄に邪魔をされ続ける外交官。妹が好きすぎる侯爵令嬢や商家の才女。 周りを巻き込み、巻き込まれ、果たして、彼らは恋愛と家族愛の違いを理解することができるのか!? 短編 兄がいるので悪役令嬢にはなりません を大幅加筆と修正して連載しています カクヨム、小説家になろうにも掲載しています。

番を解除してくれと頼んだらとんでもないことになった話

雷尾
BL
(タイミングと仕様的に)浮気ではないのですが、それっぽい感じになってますね。

私は私で勝手に生きていきますから、どうぞご自由にお捨てになってください。

木山楽斗
恋愛
伯爵令嬢であるアルティリアは、婚約者からある日突然婚約破棄を告げられた。 彼はアルティリアが上から目線だと批判して、自らの妻として相応しくないと判断したのだ。 それに対して不満を述べたアルティリアだったが、婚約者の意思は固かった。こうして彼女は、理不尽に婚約を破棄されてしまったのである。 そのことに関して、アルティリアは実の父親から責められることになった。 公にはなっていないが、彼女は妾の子であり、家での扱いも悪かったのだ。 そのような環境で父親から責められたアルティリアの我慢は限界であった。伯爵家に必要ない。そう言われたアルティリアは父親に告げた。 「私は私で勝手に生きていきますから、どうぞご自由にお捨てになってください。私はそれで構いません」 こうしてアルティリアは、新たなる人生を送ることになった。 彼女は伯爵家のしがらみから解放されて、自由な人生を送ることになったのである。 同時に彼女を虐げていた者達は、その報いを受けることになった。彼らはアルティリアだけではなく様々な人から恨みを買っており、その立場というものは盤石なものではなかったのだ。

処理中です...