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十一月 親衛隊は諦めたくても脱退できずに本心に従うルール

6.

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 それから後夜祭が終わるまでにみんなからやたらと声をかけられなぜかコーラ、炭酸水、カルピスソーダなどを渡された。もらうのはひとり一本でもさすがに寮に持ち帰れないくらいの本数になり「もう要らない」と断っても「帰りは一緒に持って帰ってやるから」と半ば強引に押しつけられる。



「なんなんだよ、クソっ!」

 寮に帰る時間となり、荷物をまとめるが大量のペットボトルが邪魔で仕方ない。
 そこへ、誰かがやってきて、ペットボトルを持参した袋に詰めだした。ぱっと横をみると鳴宮だ。

「おい、鳴宮、いつの間に?!」

 後夜祭にいなかった奴がなんでここにいる?!

「こうなったのは俺が流した噂のせいだから、責任もって吉良のこと手伝いにきたんだよ」
「どういうことだよ……」

 確かに鳴宮はこうなることを予測していたかのように空からの黒リュックや手提げ袋を持っている。

 荷物まとめの途中、みんなも「手伝うよ吉良、一緒に帰ろう」と声をかけてくれたが、それらすべてを鳴宮が「大丈夫。俺のせいだから。俺が持つから」と全てきっぱり断った。


「おおー。しっかしすごい数だな。俺の想像以上だよ……」

 とてつもなく重そうなリュックを背負いながら、鳴宮が感嘆の声をもらす。

「でもごめん、吉良。俺からも吉良にプレゼント。これ、受け取ってくれないかな?」
「は? お前もか?!」

 鳴宮が差し出してきたのは振ってから飲むタイプのゼリードリンクだった。

「もういらねぇって」
「まぁそう言わずに。俺が他の全部持つから、どうか受け取ってよ」
「はぁ、もう、意味わかんねぇ」

 と溜め息がついて出る。断る元気もなく、鳴宮からのゼリードリンクを受け取った。

「さ、帰ろう。理由は帰り道に話すよ」

 リュックや手提げの大量のペットボトルの重さをものともせずに、鳴宮は軽快に歩き出した。意外にも逞しい奴だ。




「吉良は誰からペットボトルをもらったか、憶えてる?」

 学校から寮への短い帰り道、鳴宮に訊かれた。

「んー。まぁ、大体は」

 ものすごい人数だったが、基本同じ学校の奴らだからほぼ顔見知りだ。中には、はじめまして級の奴もいたけど。

「そ。良かった。これは、俺が流した噂のせいなんだ。『後夜祭に吉良に想いを伝えることができる』って噂」
「なんだそれ……」

 吉良は怪訝な表情になる。まるで意味がわからない。

「この学校は、誰かを好きになるとその人の親衛隊に加入する。親衛隊になると想いを伝えられない。それって結構、辛いんだ。胸が張り裂けそうになるから、つい相手に自分の気持ちをわかってもらいたくなっちゃう」
「そっか……」

 そんなに強く人を好きになることってあるんだな……。

「なのに、吉良は超がつく鈍感だ」
「そんなことない!」

 絶対に違う。自分ではちゃんと人の気持ちを汲んで行動してるつもりだ。

「だから、炭酸水」
「は?」
「これは、『振らないで』くれっていう意味だよ。炭酸って、振ったらダメでしょ?」
「ふ、振らないで……?」

 まぁ、コーラは振ったら飲む時ひどい目に遭うから振らないけど……。

「みんな、吉良に『振らないで』ほしいって思ってるんだね。まぁ、そうだよね」
「なんだよ、なぞなぞか?!」
「さ、ヒントはここまで。吉良は幸せになれるといいね。俺はそう願ってるよ。吉良は俺に幸せをくれたから」

 鳴宮は笑う。そういえば鳴宮はどんな時も笑ってるな。だからつかみどころがなくて、こいつの感情がわからないんだ。悲しいときも、怒ってるときも笑うから。

「これ、重いなーっ! 肩が痛ってぇ!」

 鳴宮は文句を言いながらもまた笑っている。「俺が責任持つから」と吉良の倍以上の量を鳴宮は運んでいるから、重いにきまっている。

「この数のペットボトルを見たら、楯山が戦々恐々とするんだろうね。その時の楯山の顔を見てみたいよ」
「まぁ、こんなに部屋にあっても邪魔だよな」

 確かに楯山にペットボトルの山を見られたら「なんだよこれ!」と呆れられるだろう。




 くだらない話をしているうちに寮に着いた。鳴宮は吉良の部屋までペットボトルを運び入れてくれた。

「ありがとな、鳴宮」

 吉良が礼を言うと「ううん」と鳴宮が答える。そのまま鳴宮が視線を逸らさずじっとこちらを見ている。

「吉良、今日はありがとう。俺の歌を聴きにきてくれて。俺、わかったよ、吉良が入ってきた瞬間からすぐにわかった」
「冗談だろ? 体育館の後ろのほうだぜ?」
「それでもわかったよ。嬉しかった。約束を守ってくれたんだって」
「俺も楽しかった。ありがとな、誘ってくれて」

 そう言うと、鳴宮は満足そうな笑みを浮かべた。

「吉良。みんな吉良に気づいてもらいたくて、こんな噂もバカみたいに信じて、必死で可愛いよね」

 鳴宮は大量のペットボトルの前にしゃがみ込み、それらを眺めながら呟くように言う。

「でもこれでわかった? 吉良の親衛隊が誰なのか」

 ンンッ?! どういう意味だ……?



「さてとっ! 吉良。俺はこれでさよならだ」

 鳴宮は腰を上げ、吉良に振り返る。

「じゃあねバイバイ」

 鳴宮は笑顔で手を振り、ドアから部屋を出ていった。




 吉良は大量のペットボトルと共にひとり部屋に残される。
 なぜか鳴宮からもらったゼリードリンクが目につき、ふと手にとる。

「なんで鳴宮だけ……」

 他の奴は炭酸で、鳴宮だけは違う。手にしているゼリードリンクには『振ってね!』のポップな文字。

 そのとき楯山が部屋に戻ってきた。
 部屋に入るなり「なぁ、吉良。鳴宮となんかあったのか……?」と心配そうな顔をしている。

「いや、なにも。普通に話して鳴宮は笑顔で帰ってったけど」

 鳴宮は変わりなかったと思う。マイペースで人生どこか楽しそうで、いつもどおり笑顔で。

「笑顔……? 俺が鳴宮と部屋の前ですれ違ったときはあいつ——」

 いや、鳴宮は何の気なしに笑ってバイバイって……。

「泣いてたよーな……」

 嘘だろ。
 鳴宮がなんで泣くんだよ!

 吉良は楯山の横をすり抜け、ばっとドアを開け、廊下に鳴宮の姿を探す。
 辺りを見回しても鳴宮の姿はない。

「鳴宮のことだから、また突然ふらっと現れるんじゃねぇかな。大丈夫だよ吉良」

 楯山がぽんと吉良の肩を叩く。

「うん……」

 鳴宮の考えていることは本当にわからない。

「あ、そうだ! 吉良、これを受け取ってくれないか?」

 不意に楯山が差し出してきたのはカルピスソーダ。普段の楯山の選ぶものとはかけ離れたチョイスだ。

「あ、ああ……」

 なんとなく受け取ったあと、鳴宮の言葉を思い出す。

「『振らないで』……。楯山は俺に『振らないで』って……」

 言いかけて、ハッと意味に気がついた。

 まてよ、まさか。
 楯山は、俺のこと——。

 楯山本人に、「なぁ、楯山。これって俺のことが好きって告白の意味か? 振らないでくれって、恋愛のそれとかけてるのか?」と訊きたいが、とてもじゃないが無理だ。
 ただの勘違いだったら恥ずかしすぎて、まともに楯山の顔を見られなくなってしまう。同室なのにそれじゃ地獄だ。
 しかも楯山だけじゃない。部屋には大量のペットボトル。

 吉良は部屋に戻って、急いでスマホを取り出し親衛隊サイトにログインする。



 
 吉良 琉平   親衛隊 29人



 こんな奇跡みたいなことありえないと思う。でもこの数字。もしかしたら本当のことなのかもしれない……。
 だとしたら、俺は——。
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