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十月 親衛隊は心変わりしたらすぐに推しが変更されるルール

1.

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鳴宮翔(17)攻。プロミュージシャン。破天荒。
音喜多(18)攻。寡黙。ミュージシャン志望。
隠岐(17)攻。安居院の幼馴染。




 いつも通りの日常。変わらない風景、馴染みのあるクラスメイト。
 優秀なこの学校の生徒たちに置いていかれないように、やるべきことを必死でこなしていく毎日。



「おはよう」

 吉良は、いつも一緒にいるクラスメイトの小田切、岩野、紙屋に声をかける。

「あ、吉良。おはよ」

 と岩野。いつもなら朝からハイテンションで「吉良ぁ! 今日もお前に会えて幸せだ!」と肩をバンバン叩いてくるはずの岩野を想像していたから普通の挨拶が少し素気なく感じる。

 紙屋も小田切も挨拶はしてくれたものの、三人はさっきまで話していた話題に夢中になっている。



 教室に水李葉レイの姿を見つけた。窓際の席で水李葉はひとり静かに読書をしている。
 そうだ。水李葉に教えてもらいたい数学の単元があったんだと思い出し、水李葉のもとへ駆け寄った。

「水李葉っ。今、少しだけ時間あるか?」

 数学の教科書のページを広げながら声をかける。

「何?」

 水李葉は吉良を一瞥したのみだ。いつもなら「吉良の方から話しかけてくれるなんて!」と盛大に感激するようなオーバーリアクションの奴なのに。

「ここだけ、少し教えてもらいたいんけど……」

 水李葉は仕方ないなというような様子で読んでいた本を閉じ、「これはね——」とどこか気怠そうにしながらも教えてくれた。
 本に夢中になってる時に声をかけたから、いつもより機嫌が悪いのかもしれない。
 


 もうすぐ授業が始まるので皆、席につく。吉良の後ろの席の佐々木賢治は朝から既に机に突っ伏して寝ているので「おい、そろそろ起きろ!」と肩を揺すって起こしてやる。いつもなら「吉良の声で起こされるとすごく目覚めがいいんだ」などと寝ぼけたことを言うのに、今日は「……うるせぇな」と小声で唸りながらなんとか頭を上げただけだ。相当眠たかったのかもしれない。


 賢治を起こしたあと、不意に安居院と目が合った。いつも少し笑い合う二人だが、今日は安居院からすぐに目を逸らされた。
 9月の一件以来、なんとなく安居院を意識してしまう。でも、安居院は別の誰かの親衛隊で、吉良に興味はないのは明白だ。あれは安居院にとってはただの恋人ごっこだったのだから。


 放課後、生徒たちは学園祭の準備や部活動などで三々五々。
 吉良も今日は学園祭の準備がある。寮の安居院&雪村の部屋に集合することになっているので、帰り支度をして寮に戻らなければ。

 帰り道、通りかかった体育館から、音楽が聴こえてくる。
 すごくノリが良くて、励まされる、元気になるような曲だ。
 もう少し聴いていたいと思わず足を体育館の方へと向けてしまっていた。
 中を覗いてみると、学園祭に向けてのリハーサルが行われているようだ。

 舞台の中央で歌うのは鳴宮翔なるみやしょうだ。鳴宮は、鳴宮ショウという名でプロミュージシャンとして十六歳から芸能活動している。

 中学生の頃から自らの曲を動画サイトにアップしたり、サブスク楽曲配信。同時にレコード会社に曲を持ち込み猛アピール。その音楽性と根性を見込まれ芸能プロダクションに入ったあとも、積極的に仕事をこなし、今では十七歳という年齢ですっかりメジャーデビューも果たしたミュージシャンだ。

 仕事が忙しく学校を休みがちだが、同学年なので何度も見かけたことはある。


 すごいな。鳴宮が学園祭で歌ってくれるんだ。

 学園祭実行委員会の誰かが口説き落としたのだろうか。一年の時も二年の時も鳴宮は学園祭には出なかった。

 吉良の横をすり抜けて、体育館に生徒達が集まってくる。リハーサルでも鳴宮ショウの歌が聴けるならと人だかりが出来ている。
 吉良もその人の波にのって、体育館の中へと入る。


「もう一度信じたい——」

 と歌う鳴宮の伸びのよいハイトーンボイスは切なく心に響く。
 ああ。来て良かった。最近疲れていたから、鳴宮の歌で心が癒されるな。
 やがて曲が終わり、舞台の上の鳴宮は「お客さんがたくさん来てくれたので、もう一曲歌いたいと思います!」と叫んだ。
 その言葉に生徒たちはわっと騒ぎ出し、音響係りの生徒たちが「聞いてねぇよ!」と反撃の言葉を鳴宮にぶつけながらも、鳴宮と手早く打ち合わせをして準備を開始する。

 次の曲はラブソングだった。手の届かない相手に憧れて、好きになって、そばにいたいと願うのにそれすら叶わず。それならば君の力になりたいと僕はあれこれ手を尽くす。だが君には別の想い人がいる。だから僕のしたことはかえって君を苦しめることになり、僕はそれに気がついて、君のもとから去ることを決意する。でも、忘れられない。君が好きだと歌っている。切ない失恋片想いソング。

「ありがとうございました!」

 鳴宮の声で、はっと気持ちを切り替える。つい聞き惚れてしまっていた。

「なんかしんみりしてしまったので、もう一曲! ノリのイイやつをやりたいと思います!!」

 会場が再び沸くが、ツッコミのように「これ以上は無理だ! 先に言え!!」と係りの生徒が鳴宮に向かって叫ぶ。

「えー!」

 とごねる鳴宮と音響係の生徒のやりとりがコントみたいになってきて、観客の生徒たちが笑い出した。
 鳴宮のお陰で、少し気持ちが晴れたな。


「鳴宮はやっぱすげぇな」

 吉良がぽつり呟いた感想を聞いていたのか、すぐ隣にいた音喜多おときたがキッと睨みつけるような視線をこちらに向けてきた。

「吉良は鳴宮のことが好きなのか?」
「へっ……?」

 なんだよいきなり。好きってなんだ? 鳴宮のファンなのかどうかを問われてるのか。

「まぁ、同級生だし、応援してるよ」

 吉良が答えると、音喜多はフンと鼻を鳴らす。
 音喜多は黒いギターケースを背負っている。そうだ。こいつも音楽をやってるんだったとギターケースを見て思い出した。両親は俳優業なのに、息子の音喜多は俳優ではなく音楽の道に進みたいらしい。たしかに音喜多はギターだけでなくピアノにサックスなどさまざまな楽器をこなせる。
 両親に似たのか恵まれた容姿もあるし、親の力もあればデビューなどあっという間なんじゃないだろうかと思うが、本人は純粋に音楽で勝負したいという矜持を貫いている。


 音喜多とは寮の部屋は隣同士だ。だからしょっちゅう顔を合わせるものの、音喜多は寡黙な奴なので笑顔で挨拶をしてもいつも不機嫌そうな挨拶しか返ってこない。まぁそういう奴なんだと思って特段気にせず吉良から話しかけている。

 だから音喜多の素っ気ない態度はいつも通り。特に気にもならない。


「俺はあの歌が誰に向けられた歌か知ってる」
「え?!」

 どういうことだ? 鳴宮には片想いのまま失恋した相手がいるのか。

「あいつ、こっちを見てる……」

 音喜多の視線の先は、舞台上の鳴宮。吉良もつられて舞台の方に目をやると確かに鳴宮はこちらを見ているようにも思える。

「吉良っ!」

 音喜多は急に吉良の肩に腕を回して肩を組んできた。そして吉良をぐっと抱き寄せる。

「おい! びっくりするだろっ」

 と抗議するが、音喜多は吉良など見ちゃいない。視線は遠くの鳴宮を捉えたままだ。

 舞台の上の鳴宮と、睨み合うかのような音喜多。

「あいつ、全然吹っ切れてないな……。未練タラタラで情けねぇの」

 音喜多はそう吐き捨てると、吉良から腕を離してそのまま立ち去ってしまった。

 一体なんだったんだよ、今のは……。

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