上 下
1 / 69
四月 親衛隊は推しに選ばれるまでは想いを伝えてはいけないルール

1.

しおりを挟む
吉良琉平(17)受。ニブい。
楯山(17)攻。吉良と同室。文武両道。
川上(17)攻。モデル。インフルエンサー。
倉木(17)攻。優男。頭脳明晰。医者志望。
神宮寺(17)攻。寮長。



 やっぱ住む世界が違うんだよな……。

 高校三年生になった 吉良きらは三階の教室の窓から階下を眺めながらそう思った。

 4月。桜の花びらが風に舞い、そっと吉良の頬を撫でていく。

 桜の木の下。今、まさに目の前でカップルが誕生しようとしているようだ。

 状況から察するに、告白しているのは川上かわかみ。実家はかなりの資産家、嘘みたいに完璧なスタイルと超絶整った顔をした美男子で、高校生モデルとして有名だ。事務所に言われて始めたらしいSNSではかなりのインフルエンサー。本人はそんな気はないようだが、川上の着る服、行く店、全部流行る。そして男女問わずにものすごくモテる。

 告白されているのは楯山たてやまだ。楯山の家も川上と負けず劣らずの名家で、代々優秀な一族のようだが、楯山も例外ではない。成績は常に上位。運動神経抜群、背が高いのでバスケ部でSG(シューティングガード)として活躍し、主将を務めている。


 全寮制のこの学校はそもそも金持ちエリートが集まる傾向にある。学費も寮費も他の私立高校より群を抜いて高いからだ。
 日本の高校卒業資格だけでなくカナダの高校の卒業資格まで取れる。理系文系共に洗練されたカリキュラム。世界を見据え、授業の半分はオールイングリッシュ。ディベートや経営、大学並みの科学を学べる環境まで整っている。卒業生は皆、国内外問わずトップクラスの大学に進学し、将来は起業したり、士業や医者などエリート街道まっしぐらだ。
 そんな高校に平凡な家庭出身の吉良が入学できたのは奇跡だ。吉良は母親がダメ元で応募したこの学校の「生まれながらの教育格差を無くそうプロジェクト」に見事当選し、学費寮費ともに一切負担なし、奨学金で通っている。
 つまりは周りは皆選りすぐりの人間ばかりで、吉良だけが平凡なのだ。



 楯山は吉良の学生寮での同室者だ。
 楯山は最初から吉良に愛想良く話しかけてくれ、吉良が困っているとすぐに手を差し伸べてくれたし、毎晩二人でたくさんのことを話した。くだらない話から、真面目な相談まで。

「吉良が同室でマジで良かったよ。お前といると俺、すごく楽しいよ」

 楯山はことある毎にそう言ってくれた。
 楯山のことは何でも話せる仲だと思っていたが、今日初めて知った。楯山は川上の事が好きだったのか。

 あ。楯山が頷いている。一方の川上も照れている様子だ。

 連絡先でも聞いているのか、二人はスマホを取り出して、やり取りしている。

 やがて二人は距離を縮める。肩を寄せ合って、二人視線を合わせてはお互いデレている様子に見える。

 川上がスマホを大切そうに胸に抱えながら、楯山に「ありがとう」を伝えている。楯山と連絡先が交換出来たことがとても嬉しい様子だ。楯山の表情も、満更ではなさそうだ。

 川上の告白が上手くいったんだろうな……。
 楯山と川上、ハイスペック同士お似合いだ。

 俺、この学校入ったの間違いだったのかな……。

 周りが凄すぎていつもものすごい劣等感だ。場違いだと思われてるんじゃないかと自信が無くなってきた……。


 ◆◆◆


 寮の部屋に戻り、吉良はすぐさま自分のベットに倒れ込んだ。何かをする気力など湧いてこない。ただ横になってぼんやりと部屋を眺めている。

 この部屋は入って中央にロータイプのシェルフがあり、それによって部屋が二つにエリア分けされている。ドアから見て右側が吉良、左側が楯山の使用するエリアだ。それぞれあるのはシングルベッドと、勉強机。収納は小さなクローゼットと中央に置かれたシェルフ程度。

 学生寮なのだから不便で狭いと思うのだろうが、吉良はこの部屋が大好きだった。なぜならいつも隣には楯山がいたからだ。

 これからも卒業までは楯山と一緒だ。でもこれからはノロケ話や恋愛相談にも乗ってやらなければならなくなるのだろうか。

「吉良! いたいた!」

 勢いよく部屋のドアを開け、部屋に入ってくるなり楯山が嬉々として話しかけてきた。なんとなくだるいが、このままふて寝しているのも「どうした」と楯山に突っ込まれそうなので無理して起きて「おー、楯山じゃん」と平静を装う。

「吉良、お前の好きな肉まんと、コンビニチキン買ってきたから一緒に食おうぜ。珍しく俺の奢りってことで」

 笑顔の楯山の顔を見ているだけで辛い。

「お前の奢りなんて気持ち悪りぃな。なんかいいことでもあったのか?」

 知ってて聞いてやる。きっと楯山は話したいだろうから。

「え? 特に何も……ただ、なんとなく?」

 惚けた顔をしている楯山を見て、ああ。と吉良の中で合点がいく。

 ——楯山は川上との交際は隠したいんだな。

 学内カップルの噂なんてあっという間に広がってしまう。そのため同室の吉良にすら隠し通すつもりなのだろう。

 確かに川上と付き合ってるなんてなったら、学校中から嫉妬の嵐。川上親衛隊に恨まれ、学校生活に支障が出るかもしれない。そもそも楯山にも親衛隊がいるのだから、楯山に恋人が出来たなんて知れたら大ごとになりそうだ。

「そっか……。なんか楯山が嬉しそうだからそう思っただけだ」
「俺が嬉しくなるのは吉良が笑ってくれた時だけだよ。吉良。お前こそなんかあったのか? いつもより暗い顔してさ」

 楯山に顔を覗き込まれそうになり、思わず「何もない」と顔を背ける。

 まさか交際を隠したがっている様子の楯山に向かって「お前が川上と付き合うことになってなんか寂しくて」だなんて言えそうにない。

「つ、追試だよ。英単語の追試が毎回でちょっとヘコんでるだけだ」

 気にしてもいない、英語の授業の毎にある英単語の小テストのせいにする。

「あー、そうなんだ。英単語も覚え方ってのがある。俺が教えてやるよ。10分もあれば全部覚えられる方法だ。吉良さえ良ければこれからテストの度に毎回付き合うぜ」

 やめろ。そんなこと言うな。

 いつもなら嬉しいはずの楯山の優しさ。だが楯山には川上がいると思うと妙に距離を取ってしまう。

「いいよ。別に。俺一人で大丈夫だから」
「遠慮すんなって! えっと明日の範囲は——」

 楯山は英単語帳を手にして遠慮なく吉良の隣に座ってくる。膝同士がくっつくくらいの距離だ。

 おい、距離感気をつけろよ。

「吉良、どうした……? 具合でも悪いのか……?」

 楯山は心配そうな顔で手を吉良の額に当ててきた。

「熱は無さそうだけど……」

 楯山は天然たらしだったのか……? 好きでもない俺にもこんな風に優しくして、スキンシップを取って……。

「やめろ!」

 耐えられなくて楯山の手を振り払う。突然の吉良の拒絶に、楯山は「え……?」と驚いている。

「ごめん……。ちょっと頭冷やしてくる……」

 ダメだ。全然ダメだ。今まで通りにだなんて振る舞えそうにない。

 吉良はいたたまれずに部屋を出た。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

俺の親友のことが好きだったんじゃなかったのかよ

雨宮里玖
BL
《あらすじ》放課後、三倉は浅宮に呼び出された。浅宮は三倉の親友・有栖のことを訊ねてくる。三倉はまたこのパターンかとすぐに合点がいく。きっと浅宮も有栖のことが好きで、三倉から有栖の情報を聞き出そうとしているんだなと思い、浅宮の恋を応援すべく協力を申し出る。 浅宮は三倉に「協力して欲しい。だからデートの練習に付き合ってくれ」と言い——。 攻め:浅宮(16) 高校二年生。ビジュアル最強男。 どんな口実でもいいから三倉と一緒にいたいと思っている。 受け:三倉(16) 高校二年生。平凡。 自分じゃなくて俺の親友のことが好きなんだと勘違いしている。

多分前世から続いているふたりの追いかけっこ

雨宮里玖
BL
執着ヤバめの美形攻め×絆されノンケ受け 《あらすじ》 高校に入って初日から桐野がやたらと蒼井に迫ってくる。うわ、こいつヤバい奴だ。関わってはいけないと蒼井は逃げる——。 桐野柊(17)高校三年生。風紀委員。芸能人。 蒼井(15)高校一年生。あだ名『アオ』。

身の程なら死ぬ程弁えてますのでどうぞご心配なく

かかし
BL
イジメが原因で卑屈になり過ぎて逆に失礼な平凡顔男子が、そんな平凡顔男子を好き過ぎて溺愛している美形とイチャイチャしたり、幼馴染の執着美形にストーカー(見守り)されたりしながら前向きになっていく話 ※イジメや暴力の描写があります ※主人公の性格が、人によっては不快に思われるかもしれません ※少しでも嫌だなと思われましたら直ぐに画面をもどり見なかったことにしてください pixivにて連載し完結した作品です 2022/08/20よりBOOTHにて加筆修正したものをDL販売行います。 お気に入りや感想、本当にありがとうございます! 感謝してもし尽くせません………!

夢では溺愛騎士、現実ではただのクラスメイト

春音優月
BL
真面目でおとなしい性格の藤村歩夢は、武士と呼ばれているクラスメイトの大谷虎太郎に密かに片想いしている。 クラスではほとんど会話も交わさないのに、なぜか毎晩歩夢の夢に出てくる虎太郎。しかも夢の中での虎太郎は、歩夢を守る騎士で恋人だった。 夢では溺愛騎士、現実ではただのクラスメイト。夢と現実が交錯する片想いの行方は――。 2024.02.23〜02.27 イラスト:かもねさま

突然現れたアイドルを家に匿うことになりました

雨宮里玖
BL
《あらすじ》 「俺を匿ってくれ」と平凡な日向の前に突然現れた人気アイドル凪沢優貴。そこから凪沢と二人で日向のマンションに暮らすことになる。凪沢は日向に好意を抱いているようで——。 凪沢優貴(20)人気アイドル。 日向影虎(20)平凡。工場作業員。 高埜(21)日向の同僚。 久遠(22)凪沢主演の映画の共演者。

薫る薔薇に盲目の愛を

不来方しい
BL
代々医師の家系で育った宮野蓮は、受験と親からのプレッシャーに耐えられず、ストレスから目の機能が低下し見えなくなってしまう。 目には包帯を巻かれ、外を遮断された世界にいた蓮の前に現れたのは「かずと先生」だった。 爽やかな声と暖かな気持ちで接してくれる彼に惹かれていく。勇気を出して告白した蓮だが、彼と気持ちが通じ合うことはなかった。 彼が残してくれたものを胸に秘め、蓮は大学生になった。偶然にも駅前でかずとらしき声を聞き、蓮は追いかけていく。かずとは蓮の顔を見るや驚き、目が見える人との差を突きつけられた。 うまく話せない蓮は帰り道、かずとへ文化祭の誘いをする。「必ず行くよ」とあの頃と変わらない優しさを向けるかずとに、振られた過去を引きずりながら想いを募らせていく。  色のある世界で紡いでいく、小さな暖かい恋──。

風紀委員長様は王道転校生がお嫌い

八(八月八)
BL
※11/12 10話後半を加筆しました。  11/21 登場人物まとめを追加しました。 【第7回BL小説大賞エントリー中】 山奥にある全寮制の名門男子校鶯実学園。 この学園では、各委員会の委員長副委員長と、生徒会執行部が『役付』と呼ばれる特権を持っていた。 東海林幹春は、そんな鶯実学園の風紀委員長。 風紀委員長の名に恥じぬ様、真面目実直に、髪は七三、黒縁メガネも掛けて職務に当たっていた。 しかしある日、突如として彼の生活を脅かす転入生が現われる。 ボサボサ頭に大きなメガネ、ブカブカの制服に身を包んだ転校生は、元はシングルマザーの田舎育ち。母の再婚により理事長の親戚となり、この学園に編入してきたものの、学園の特殊な環境に慣れず、あくまでも庶民感覚で突き進もうとする。 おまけにその転校生に、生徒会執行部の面々はメロメロに!? そんな転校生がとにかく気に入らない幹春。 何を隠そう、彼こそが、中学まで、転校生を凌ぐ超極貧ド田舎生活をしてきていたから! ※11/12に10話加筆しています。

恋愛モラトリアムを始めよう!

藤宮りつか
BL
 家が隣り同士で、生まれた時からの幼馴染みである篠宮御影と早乙女結月は、自他共に認める仲良し幼馴染み⁉ 結月とはあまり仲がいいと思っておらず、いつも結月の我儘に振り回されてばかりいる御影だけれど、少しずつ変化していく環境、変わっていく友人、知らなかった世界を知っていくことで、御影の結月に対する考え方にも変化が起こり始める。  噛み合っていない高校生幼馴染みが繰り広げる、ちょっぴりバイオレンスでサスペンスなラブコメタッチの恋愛ストーリー。

処理中です...