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番外編『You're the only one I love 』〜佐原side〜

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「もういい! お前なんか知るか!」

 尚紘は席を立ち上がり、テーブルに置いてあった店のアクリル板に挟まれたメニューを腹いせに佐原に投げつけてきた。アクリル板は佐原の頬に命中し、少しの痛みを感じた。

 物を投げるなんて子どもか! とイラっとした。

「お前に話したのが間違いだった。真は関係ない。これは俺と理人だけの問題だから」

 尚紘はそのまま店を出て行こうとする。

「なんだよその態度、ふざけやがって……!」

 佐原は黙っていられない。気がついたときには尚紘にグレアを向けていた。
 怒りから来るグレアで、尚紘を吹き飛ばしていた。

「痛って!」

 尚紘は佐原のグレアの勢いでよろめき、無理に身体を支えようとして右手をついたときに手首をひねったようだ。

「真! 何すんだ!」

 尚紘はすぐに体勢を整え、諦めずに掴みかかってくる。佐原はそれを軽く腕で払う。

「うるさい、黙れ」

 尚紘と争ったことで、周囲の注目を浴びてしまい、とても店にはいられない。佐原はさっさとひとりで店を出る。

「は? 人にグレアぶつけといてその態度はないだろ?」
「お前が先に手を出してきたんじゃないか」

 店を出たあとも路上で尚紘との言い争いは続く。

 お互い、悲しいくらいに傷つくような言葉をぶつけ合っていた。



「パートナーのいない奴には俺の気持ちなんてわかんないんだよっ」

 尚紘の言葉にカチンときた。一番気にしていることを言われて黙っていられない。

「うるせぇ! お前なんかさっさと振られろよ。学生なのにクレイムなんて嫌に決まってんだろ。パートナーに断られて、落ち込んで来いよ」

 それは禁句だった。

 わかっていたのに、怒りに任せて言葉をぶつけてしまった。

 今ならわかる。

 あのときの自分は、ずっと本音を隠していた。『さっさと振られろ』は、佐原が心の奥底に隠していた忌まわしい本当の気持ちだ。

 火のないところに煙は立たない。政治家だって思ってもみなければ、失言することはない。

 心のどこかで、そう思っていたのだ。
 自分すらも騙して、隠していたのに。  


「……もういい」

 さっきまで威勢よく食ってかかってきた尚紘が急に大人しくなった。

「お前とはもう話したくない」

 尚紘は、その言葉を捨てセリフにして、踵を返して立ち去っていった。

 その背中をみて、やってしまったと後悔したが、一度放ってしまった言葉を取り消すことはできない。

 あとで謝ろうと思った。

 幼い頃から尚紘とは数え切れないくらいケンカをしてきた。そのたびにお互い謝り合って、ここまで仲良くやってきた。

 今夜、メールをしよう。それから電話で話をしよう。

 クレイムはうまくいったのか、そのとき相手はどんな様子だったのか話を聞いてやろう。尚紘のクレイムは、きっと成功するだろうから。

 夜になれば、少し時間をおけば、自分も冷静な気持ちになれる。



 そう思っていたのに、結局佐原に謝罪の機会は訪れなかった。

 そのわずか一時間後、尚紘が運転ミスで事故を起こしたからだ。
 病院に運ばれたときには心肺停止状態でそのまま助からなかったという連絡を受け、佐原は愕然とした。

 佐原が大人げないことを言い、怒らせたせいで、尚紘の精神状態は普通ではなかった。そのせいで事故を起こしたのだろう。それに気がついた途端、サーっと血の気が引いた。



 ——俺が尚紘を殺したんだ。


 くだらない嫉妬心をぶつけて尚紘を怒らせた。イライラしたまま車の運転をしていた尚紘は、気もそぞろになり、いつもではありえないミスをした。そして帰らぬ人となった。

 取り返しのつかないことをした。あのとき素直に祝福してやればよかった。「お前ならきっとクレイムも受け入れてもらえるよ」と励ましてやればよかった。

 後悔してもしきれない。
 今さら償いたくても何もできない。



 葬式会場の隅で、佐原は泣いている和泉の姿を見つけた。
 何度も様子を確認しに行ったが、和泉は顔を伏せ、ずっと泣き続けていた。

 よほど尚紘のことを愛していたのだろう。最愛のパートナーを失って、その辛さを誰に話すこともできずにひとりで泣いていた。ふたりはパートナーでいることを隠していたから。



 和泉に話しかけようとしてやめた。和泉にとって佐原は最愛のDomを死に追いやった張本人だ。きっと和泉は佐原を殺したいくらいに憎んでいることだろう。

 あの綺麗な顔で、「尚紘を返せ!」と睨まれたら居た堪れない。
 無論、返す言葉などない。いくら罵られても反撃をすることは許されない。

 俺が殺したんだと和泉に謝りたかった。だが謝っても尚紘は帰って来ないし、和泉の神経を逆撫でするだけだ。



 佐原にできたのは、通りががりを装って、雨で濡れている和泉に傘を差し出すことだけだった。
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