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善と悪 〜ヒカルside〜

2.

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 それからヒカルが高校三年の秋のことだ。

 ヒカルは夜遅くまで家のリビングで文化祭のための脚本作成の作業をしていた。
 そこへ徐に兄の一真が近づいてきた。

「なぁ、ヒカル、お前の高校の文化祭に行ってもいい?」

「勝手にしろ」

 以前から、一真はやたらとヒカルの高校の行事に顔を出したがるな、とは思っていた。

 別に兄弟仲は悪くはないが、すごく良いわけでもない。だからヒカルのやることに興味があるわけではない。ただのお祭り好きな奴なのかと思っていた。

「やった! じゃあ遊びに行くな! これでまた弦に会えるよ。今年は弦と一緒に文化祭回りたいなぁ」

 何気ない一真の言葉がヒカルの胸に突き刺さる。

 どういう意味だ……? 一真は弦に会いたいがために高校に来てるのか。

 ヒカルの驚いた様子に気がついて、一真は「あのな」と言葉を付け足す。

「俺、実は弦のこと忘れられないんだよ。弦が好きなんだ」

 それを聞いて、ヒカルの心の中にある感情が頭をもたげてきた。
 ヒカル自身、自分でも認めたくないと思っていた感情だ。

「二十歳の誕生日に、俺が後継者に選ばれたら、弦に告白しようと思ってる」

 照れながら話す一真。
 その顔を見て、妙にイライラする。
 こいつに弦を取られたくないと、そう思った。

「もし後継者がヒカルだったら、弦が高校卒業してから告白しようかな」

 なんだ。遅かれ早かれ、結局は弦に想いを伝えようと思っているのか。ウザい奴だな。

 ヒカルは一真を疎ましく思った。


「弦って、付き合ってる奴とかいないよな? そのへん、ヒカルは知らないの?」

 おそらく弦には恋人はいない。だからこそ一真の告白を受け入れてしまうのではないかと恐ろしくなった。
 相手は一真だ。ヒカルと同じく帝王学を学び、大学ではそこそこの成果を上げている。
 腑抜けてはいるものの世間からは甘いマスクをしているともてはやされているし、性格は、やたら愛想がいい。

 一真と弦が付き合う……?

 あり得ないだろ、よりによって平凡男の弦のことを……。

 

「知らない。でも、もしかしたらいるかもな」
「え! そしたら俺、諦めなきゃじゃん。どうしよう……」

 一真は困惑している。
 そうだ。もっと困れ! 大人しく弦を諦めろ。

「きちんと弦に確認しなくちゃ……。付き合ってなくても弦に好きな人がいたら……」

 一真はぶつぶつと独り言を言っている。



 この時既にヒカルは決めていた。

 一真よりも先に弦に告白してしまおうと。なんとかして弦を口説き落として恋人同士になってしまえば、一真は弦に手出しができなくなるだろう。


 まさかとは思ったが、自分は弦に惹かれているらしい。
 どうしてこんなに完璧な自分が、あんな平凡男に惹かれてしまったのかと自分でも信じられないくらいだが、一真が弦に告白すると聞いた時に、その気持ちに気がついてしまった。

 もっとハイスペックな女を好きになれたら出世の役にも立ったのにと思う。

 でも、この気持ちは間違いなく恋心だ。

 弦を他の誰にも渡したくない。弦を自分のものにして、抱き締めて、キスをして、その先まで求めている——。


 俺、マジかよ……。

 ヒカルは自分で自分に辟易する。

 信じらんねぇ……。俺、弦のこと好きじゃん……。

 この感情に抗う方法は、きっとない。



 

 ヒカルは早速行動に移した。

 放課後に理科準備室に弦を呼び出して告白し、弦と恋人同士になることができた。「他の奴から告白されても断れ」と弦に釘をさしておいたし、これでもう一真に弦を取られることはないだろうと安堵した。

 でも完璧な自分が、弦のような平凡な男を好きになっただなんて誰にも知られたくなかった。
 そのため「男同士だから秘密にしよう」と弦に言い、秘密裏の恋人同士になった。そのことについては「俺もそうしたい」と弦も同意してくれていた。

 付き合っているはずなのに教室で弦に話しかけることすらできない状況は、ヒカルが想定した以上に寂しかった。
 それでも、ちょっとデレたLINEを弦に送ったり、図書室で弦に会えるほんの少しの時間を楽しみにして過ごしていた。

 そうだ。今度思い切って弦をデートに誘おうか。学校から離れた場所なら、誰にも見つからずに二人きりで過ごせるかもしれない。
 弦の好きなところに連れていって、少し雰囲気のある店で美味しいものを食べて。手を繋げなくてもいい。ただ一緒にいつもよりも長い時間を弦と過ごせるだけでいい。
 後夜祭の終わったあとにでも弦を誘ってみようか。
 そんなふわふわした妄想ばかりの幸せな毎日だった。
 



 ヒカルとしてはうまく隠し通しているつもりではいたが、ある日、奏多にバレた。

「ヒカル、図書室で弦に抱きついてたろ。あれ、何?」

 と、放課後の教室で聞かれてしまった。ヒカルは、抑えきれなかった下心と弦の可愛い反応が楽しくて図書室でしょっちゅう弦に抱きついていたことを後悔したが、それこそ先に立たずだ。

「まさかヒカルって——」
「あー、俺さ、弦をからかってんだ」

 奏多の言葉を遮って、咄嗟についた嘘。

 まさか、弦に本気だなんてプライドが邪魔をして奏多に言えなかった。そんなことを言ったら奏多に笑われるに決まっている。しかも男同士。こんなことがバレたら、学校におけるヒカルの地位は地に落ちるだろう。
 ヒカルの恋人は、誰もが羨むような人でなければならない。周りにもそうであろうと思われているから。

「だよな! 納得! あー、びっくりしたわ。まさかヒカルが弦を好きになるなんてことないよな!」

 奏多はほっとしたような様子だった。

「あんな奴、好きなわけないじゃん」

 そして、ヒカルは心にもない言葉を重ねていった。

 本当は、本気で弦のことが好きなのに。
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