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浴衣と花火3
しおりを挟む花火が終わり、下駄の音を立てながら夏の夜道を歩いていく。
今日は風があってよかった。煙が飛んでいくから花火もよく見えたし、涼しく感じる。
「久我さん、お誘いありがとうございます。花火よかったですね、すごく迫力があって綺麗でした」
隣を歩く久我に笑顔を向けると「冬麻が楽しんでくれてよかった」と久我も笑顔を返してくれる。
「こうして久我さんとデートできるの、なんだか嘘みたいですね」
久我と恋人になるまでには紆余曲折があった。最初の久我の印象は「なんかめっちゃ怪しい人」だったし、一度付き合って別れたこともあった。本当に奇跡みたいだ。
「なんでそんなことを突然言うの?」
「えっ? いや、なんとなく……思っただけで……」
「冬麻と別れるのは嫌だ」
久我は冬麻の浴衣の袖を慌てて掴んでくる。
「えっ!」
「これが嘘だったらと思うだけで怖い。そんなことはないよね……?」
「ええっ!?」
信じられない。これだけ恋人らしいことをしているのに、何が不安になる!?
「そんなつもりで言ったんじゃ、あのっ、信じられないなっていう意味で……」
「信じられない!?」
「あ、違っ……久我さんが俺の恋人だなんて、俺にはもったいないくらいで、それなのに一緒にいられるなんて、幸せだなって思っただけで……」
「幸せ……?」
「そうです、そうです! だってそうでしょう? 好きな人と一緒にいられるんだからっ」
必死になって弁明していると、久我が急に迫ってきた。
冬麻は川沿いの公園の木の陰に追い詰められる。
「えっ? なんで……っ!?」
こんなに一生懸命に誤解を解こうとしてるのに、なぜ責められるのかがわからない。
「冬麻」
久我がドンと木の幹に手をつき、壁ドンならぬ木ドンをしてくる。いつも穏やかな顔をしているのに、急に真顔で迫られると怖い。いつかのヤンデレ感を思い出してしまう。
「は、はい……」
「俺が心底、冬麻に惚れてることは知ってると思うけど」
「え、あ、はいっ?」
「ごめん、さっきから冬麻は可愛すぎる……」
「へっ? 可愛い……?」
「俺のこと、大事に想ってくれてるのがわかった。俺が不安をぶつけたら、そうじゃないって必死で気持ちを伝えてくれる。俺が好きで、今が幸せだって冬麻に言われたら、たまらなく嬉しい……」
「あ……」
よかった。ちゃんと気持ちは伝わっていた。
一度目に恋人になったときは、久我の計略で半ば無理矢理好きにさせられたみたいなところがあったから、今でもふたりの関係はグラグラと不安定なところがあると思っていた。
でも、もう大丈夫かもしれない。
「冬麻、胸元が乱れてるのはわざと? 俺を誘ってるの?」
「はい!?」
久我に言われて気がついた。あまり気にしていなかったが、少し浴衣が着崩れているかもしれない。
動画で勉強しただけの素人着つけだ。ある程度は仕方ない。
「それとも他の男に見せつけてるの?」
「そっ、そんなわけ……!」
「冬麻はもっと気をつけたほうがいい。今日は俺が睨みを効かせたから声をかけられなかったかもしれないけど、こんな可愛い子がひとりで歩いてたら声をかけられるに決まってる」
「な……! そんなことないですっ、危ないのは久我さんでしょ!? 久我さんのこと、さっきから女の子が二度見してますっ」
久我の隣を歩いていると、冬麻は気が気じゃない。すごい視線の量を感じるのだ。
整った容姿をしている人は、これだけの視線を浴びながら常に生活しているのかと驚くくらいの注目のされかただ。
その人たちからすれば、冬麻なんて背景の一部くらいにしか見えていないのだろう。「この人は俺の恋人ですっ。だから狙っても無駄ですからね!」と久我に注がれる視線を追っ払ってしまいたい。
相手が美人じゃなくても不安だ。冬麻の容姿はごくごく普通だ。平凡な自分を好きになってくれたように、久我が突然他の誰かに心を奪われてしまったらどうなる?
久我は一直線なタイプだから、あっという間に捨てられてしまうに違いない。お気に入りのオモチャで遊んでいた子どもが、ある日突然飽きて、他のオモチャで遊び出すように。
「俺は冬麻以外の人は好きにならない。他には一切興味はない」
「えっ?」
心を見透かされたような返答にドキッとする。
「冬麻がいなくなったら、世界の果てまで探しに行く。冬麻と過ごす日々こそ、俺が生きる意味だから」
「あ。あは、あはは……」
乾いた笑いしか出てこない。冗談みたいなことを言っているのに、久我の目があまりにも真剣だったからだ。
でも本当だったらいい。
久我に愛され続けている限りは、こうして隣にいられるから。
「可愛い」
久我は間合いを詰めてきた。覆い被さる寸前の距離まで迫られ、冬麻は手で久我の身体を押し返す。
「だっ、だめ……っ、久我さんこんなところで……!」
こんなところで久我に襲われたら大変だ。木の陰で暗闇とはいえ、人が見ている。絶対に絶対にダメだ。
「冬麻、好き……」
「だあぁーっ、もうっ! この続きは家でっ、家でやりましょうっ」
「家に帰ったら襲ってもいいの?」
「あっ……」
さわさわと際どいところを撫でられ、冬麻は妙な気持ちになってくる。
「冬麻、早く家に帰ろう。冬麻と浴衣プレイがしたい」
「ゆ、浴衣プレイ……っ?」
「男が好きな相手に服をプレゼントする理由は知ってるよね?」
「はぁっ?」
この人は浴衣をなんだと思ってプレゼントしてきたのだろう。浴衣は元来そういうアイテムじゃない。
「お願い、冬麻。その帯、俺に取らせて」
しょーもない願いを叶えてほしくて、大型ワンコみたいな目で見つめられても困る。
「深く考えずに、俺に流されてみようか」
久我が冬麻の浴衣の裾を割るようにして膝をねじ込んできた。そのまま久我は冬麻の両手を持ってがっつりホールドしようとしてくる。
「な、流されるって……」
「大丈夫。悪いことはしないから」
「ま、待って待って!」
久我が当たり前のように冬麻に顔を近づけてくるので、逃れようとするのに両手を塞がれ抵抗できない。
「冬麻。愛してる」
「えっ? 今!?」
こんなところでキスなんてできないと頭ではわかっている。それなのに、許してしまいそうになる。
だって好きだ。久我にだったら何をされてもいいって思うくらいに好きだ。
冬麻は覚悟を決めてぎゅっと目を閉じた。
「ダメだ。冬麻は可愛すぎるんだよ……」
久我の手が緩んだので、どうしたんだろうと冬麻はそっと薄目を開ける。
「外でされるのは嫌なくせに、俺を受け入れちゃダメだよ……」
久我はしょうがないなという表情だ。冬麻に呆れているのかもしれない。
「するつもり、なかったんですかっ?」
キスされると思って、目を閉じて待ってた自分がめちゃくちゃ恥ずかしい。
でもそうだ。さすがの久我も最低限の倫理観は備わっている。
「か、帰りましょ!」
居た堪れなくなって、冬麻はサッとその場から逃げる。
何されてもいいなんて思った自分がいけない。帰ってからゆっくりふたりで過ごせばいいだけのことだ。
「待って冬麻っ」
その声に振り返った瞬間、唇を奪われた。
触れるだけの短いキス。でも、唇同士を重ねた、正真正銘のキスだ。
「久我さん……」
久我とのキスは慣れているはずなのに、妙にドキドキする。
花火を観たあとで、この祭りの雰囲気に呑まれて気持ちが高揚しているのかもしれない。
「冬麻、早く帰ろう。冬麻の色気がやばい。冬麻を押し倒したくてたまらない。俺の理性が限界だ」
「えっ!?」
まさか本気で浴衣プレイをするつもりなのだろうか。
「悪代官×町娘バージョンと、殿様×見初められた侍女バージョンとどっちがいい?」
「はぁぁっ!?」
まさかのシチュエーション付き浴衣プレイ!?
ダメだ。この人にはやっぱり敵わない。
——番外編『浴衣と花火』完。
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えええーーー!!
ありがとうございます😭ありがとうございます😭
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嬉しい感想ありがとうございます!
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お付き合いくださりありがとうございます。