上 下
114 / 124

    冬麻ハッピーラッキーLOVE作戦編6

しおりを挟む
 本当はデートなのに、こんなに長く一緒にいるのに、いまだに秘密の恋人だ。久我は「冬麻さえよければ公にしたい」と付き合う当初から言ってくれているが、悪いことが起こりそうで冬麻はその決心がつかない。
 そしてダラダラとここまで来てしまった。

「このままの関係じゃダメ、だよな……」
「……冬麻?」
「へっ?」

 久我に顔を覗き込まれて、咄嗟に変な返事をする。

「どうしたの? 暗い顔して……」
「いっ、いえ、なんでもないですっ」

 危なかった。未来の不安はあっても今日くらいはそんなことも忘れて楽しく過ごしたいのに。

「久我さん、次行きましょう! そうだペンギン! ペンギン見たいです!」

 冬麻がぐいっと久我の腕を引いて腕を組むようにして歩き出すと、久我が驚いた様子を見せる。外では冬麻が久我に手繋ぎや腕組み禁止令を出しているからだろう。

「……今だけ、っていうのはずるいですか?」

 冬麻が腕を離さずに久我に上目遣いで訴えると、「喜んで」と久我が微笑む。

「冬麻からされるのはすごく嬉しいよ」

 まただ。また、久我があの作りものの笑顔を向けてきた。その笑顔を見て冬麻の気持ちに影が落ちる。どうして楽しいデートに来ているのに、久我の中に不満があるのだろう。
 何かいけないことをしたのかと考えてみるものの、心当たりがない。

 冬麻は絡ませた久我の腕を、縋りつくように抱きしめる。
 急に不安になったからだ。このまま何も言わずにいなくなられたらどうしよう。魔法が解けたみたいに、夢から醒めるみたいに、久我の気持ちが冷めてしまって「別れてくれるかな」とあのよそ行きの笑顔で冷たく言い放たれたら。

 もっと頑張らなきゃ。
 ずっと好きでいてもらえるように、努力しなくちゃいけない。
 これからのこと。ふたりのルール。今夜聞けたら久我に聞いてみよう。話し合って、もっと良くしていこう。
 大切な人を失ってからでは遅いから。


 ◆◆◆


「楽しかったですね」

 水族館を出てから、外の冷たい風吹かれながら冬麻は髪をかき上げる。

「そうだね」

 ふたりですっかり暗くなった展望デッキ前の道を歩く。冬麻の横を歩く久我の髪も風で揺れている。

「ねぇ、冬麻、そろそろ話してくれてもいいんじゃないかな」

 久我がぴたと動きを止めたので、つられて冬麻も足を止めた。

「なんの話ですか?」

 別に隠し事をしたつもりはない。いったいなんのことだろうか。



「冬麻は、俺とこのままの関係じゃいられないんでしょ?」

 さっき呟いたことを久我はしっかり聞いていたのだ。結構距離があったのに。
 久我はいつも本当にこちらをよく見ているし、聞いていないようで、めちゃくちゃ聞いているのだ。

「最近の冬麻はおかしい。俺に優しすぎるんだ。そんなに俺のご機嫌取りをして、いったい何を誤魔化そうとしてるの?」
「えっ?」
「恋人が急に優しくなる理由はひとつ。浮気してることを隠すためでしょ?」
「ちょっ……! 考えすぎですって!」
「冬麻は俺のことを嫌いになったわけじゃないから、こうやってそばにいて、取り繕うために優しくしてくれてるんだよね? 二番としてキープしておきたいの? それとも金払いがいいから? 冬麻も知ってのとおり、俺は冬麻のためならなんでもする。金なんかで一緒にいてくれるならいくらでも払うし、冬麻が望むなら浮気相手とのホテル代を俺が払ったっていい」
「久我さん何を……!」
「冬麻が俺に飽きて他の男とも関係を持ちたくなる気持ちも理解できる。でもそれは一時的な気の迷いだって信じてる。いつかは俺の元に帰ってきてくれるよね?」

 久我に本気の目で懇願されても、冬麻にはどうしようもない。
 だって浮気なんてしていないし、これっぽっちも考えてないのだから。


「久我さん、どうしてそんな考えになっちゃったんですか?」

 久我の思考は相変わらずぶっ飛んでいる。被害妄想もいいところだ。

「久我さん、酷いです。俺が簡単に他に行くわけないです。それに、久我さんのこと二番だなんてそんな扱いはしません。俺をどれだけ信用してないんですか? 俺だって、俺なりに頑張ろうって思っただけなのに……」

 気持ちが全然伝わってないことが悔しくて、ジャケットの裾をぎゅっと掴む。

「こんなに一緒にいたのに、まだ信用できませんか? 俺のこと簡単に浮気する奴だって思ってるってことですよね? 普段は恥ずかしくて久我さんみたいに好き好きたくさん言えませんけど、俺なりに伝えてるつもりです。それが、こんな……」

 涙が滲んできた。裏切られた気持ちだった。こっちはこれからも一緒にいたいから、一生懸命に頑張ったつもりなのに、なにが「冬麻が望むなら浮気相手とのホテル代を出してもいい」だ。そんなことありえない。

 浮気を疑われただけでも辛いのに、それを容認するようなことまで言うとは。「浮気しないで俺だけを見て」と言ってくれたらまだよかったのに。

「冬麻、ごめん。俺が言い過ぎた。俺、冬麻がいないと生きていけないから、何かあるたび不安になるんだ」

 久我が慌てて冬麻の顔を覗き込むようにして訴えてきた。久我が病的に不安症なのは知っているが、最近は落ち着いていると思っていたのに。

「浮気なんてしてませんよ」

 ここは外だし、通行人がいるのもわかっている。周りに視線をやれば、さっき水槽の場所を譲ったときの母子の姿もあった。

 それでも構わない、と思った。

 冬麻は目の前にある久我の唇に、唇を寄せ、素早くキスをする。

「俺の気持ち、わかりました?」

 冬麻が久我の反応を確認すると、久我は驚き固まっている。人前でこんなことをしたことがないから、予想外だったのかもしれない。

 もういい、周りなんて見えなくなってきて、冬麻は久我に抱きついた。勢いよく抱きついてしまったのに、久我はそれをしっかりと受け止めてくれた。

「好きです」

 気持ちがどうしても抑えられなかった。こんなところを知り合いに見られたら大変だと思っているのに、久我にくっつきたくて仕方がなかった。

「俺のこと、信用してください……」
「冬麻……」

 寒空の下、久我の優しい腕が冬麻の身体を包み込む。

「疑ってごめん。俺が間違ってた。こんなダメな男なのに冬麻は……」

 久我は愛おしそうに冬麻の背中を撫でる。

「好きだよ、好き。冬麻が好き。心から愛してる……」

 久我と抱き合ったまではいいものの、それも束の間。女の子の「あれもお仕事ー?」のひと声で、さすがに恥ずかしくなってどちらともなく身体を離すこととなった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

隠れヤンデレは自制しながら、鈍感幼なじみを溺愛する

知世
BL
大輝は悩んでいた。 完璧な幼なじみ―聖にとって、自分の存在は負担なんじゃないか。 自分に優しい…むしろ甘い聖は、俺のせいで、色んなことを我慢しているのでは? 自分は聖の邪魔なのでは? ネガティブな思考に陥った大輝は、ある日、決断する。 幼なじみ離れをしよう、と。 一方で、聖もまた、悩んでいた。 彼は狂おしいまでの愛情を抑え込み、大輝の隣にいる。 自制しがたい恋情を、暴走してしまいそうな心身を、理性でひたすら耐えていた。 心から愛する人を、大切にしたい、慈しみたい、その一心で。 大輝が望むなら、ずっと親友でいるよ。頼りになって、甘えられる、そんな幼なじみのままでいい。 だから、せめて、隣にいたい。一生。死ぬまで共にいよう、大輝。 それが叶わないなら、俺は…。俺は、大輝の望む、幼なじみで親友の聖、ではいられなくなるかもしれない。 小説未満、小ネタ以上、な短編です(スランプの時、思い付いたので書きました) 受けと攻め、交互に視点が変わります。 受けは現在、攻めは過去から現在の話です。 拙い文章ですが、少しでも楽しんで頂けたら幸いです。 宜しくお願い致します。

多分前世から続いているふたりの追いかけっこ

雨宮里玖
BL
執着ヤバめの美形攻め×絆されノンケ受け 《あらすじ》 高校に入って初日から桐野がやたらと蒼井に迫ってくる。うわ、こいつヤバい奴だ。関わってはいけないと蒼井は逃げる——。 桐野柊(17)高校三年生。風紀委員。芸能人。 蒼井(15)高校一年生。あだ名『アオ』。

え?なんでオレが犯されてるの!?

四季
BL
目が覚めたら、超絶イケメンに犯されてる。 なぜ? 俺なんかしたっけ? ってか、俺男ですけど?

告白ゲームの攻略対象にされたので面倒くさい奴になって嫌われることにした

雨宮里玖
BL
《あらすじ》 昼休みに乃木は、イケメン三人の話に聞き耳を立てていた。そこで「それぞれが最初にぶつかった奴を口説いて告白する。それで一番早く告白オッケーもらえた奴が勝ち」という告白ゲームをする話を聞いた。 その直後、乃木は三人のうちで一番のモテ男・早坂とぶつかってしまった。 その日の放課後から早坂は乃木にぐいぐい近づいてきて——。 早坂(18)モッテモテのイケメン帰国子女。勉強運動なんでもできる。物静か。 乃木(18)普通の高校三年生。 波田野(17)早坂の友人。 蓑島(17)早坂の友人。 石井(18)乃木の友人。

初心者オメガは執着アルファの腕のなか

深嶋
BL
自分がベータであることを信じて疑わずに生きてきた圭人は、見知らぬアルファに声をかけられたことがきっかけとなり、二次性の再検査をすることに。その結果、自身が本当はオメガであったと知り、愕然とする。 オメガだと判明したことで否応なく変化していく日常に圭人は戸惑い、悩み、葛藤する日々。そんな圭人の前に、「運命の番」を自称するアルファの男が再び現れて……。 オメガとして未成熟な大学生の圭人と、圭人を番にしたい社会人アルファの男が、ゆっくりと愛を深めていきます。 穏やかさに滲む執着愛。望まぬ幸運に恵まれた主人公が、悩みながらも運命の出会いに向き合っていくお話です。本編、攻め編ともに完結済。

ウケ狙いのつもりだったのに気づいたら襲われてた

よしゆき
BL
仕事で疲れている親友を笑わせて元気付けようと裸エプロンで出迎えたら襲われてめちゃくちゃセックスされた話。

僕のために、忘れていて

ことわ子
BL
男子高校生のリュージは事故に遭い、最近の記憶を無くしてしまった。しかし、無くしたのは最近の記憶で家族や友人のことは覚えており、別段困ることは無いと思っていた。ある一点、全く記憶にない人物、黒咲アキが自分の恋人だと訪ねてくるまでは────

(無自覚)妖精に転生した僕は、騎士の溺愛に気づかない。

キノア9g
BL
完結済。騎士エリオット視点を含め全10話(エリオット視点2話と主人公視点8話構成) エロなし。騎士×妖精 ※主人公が傷つけられるシーンがありますので、苦手な方はご注意ください。 気がつくと、僕は見知らぬ不思議な森にいた。 木や草花どれもやけに大きく見えるし、自分の体も妙に華奢だった。 色々疑問に思いながらも、1人は寂しくて人間に会うために森をさまよい歩く。 ようやく出会えた初めての人間に思わず話しかけたものの、言葉は通じず、なぜか捕らえられてしまい、無残な目に遭うことに。 捨てられ、意識が薄れる中、僕を助けてくれたのは、優しい騎士だった。 彼の献身的な看病に心が癒される僕だけれど、彼がどんな思いで僕を守っているのかは、まだ気づかないまま。 少しずつ深まっていくこの絆が、僕にどんな運命をもたらすのか──? いいねありがとうございます!励みになります。

処理中です...