105 / 124
番外編 七夕の願い1
しおりを挟む
「冬麻、何書いてるの?」
リビングにはいないと思っていたのに、ソファーに座って作業をしていたところへ突然背後から久我に話しかけられた。
「なっ、なんでもないです!」
冬麻は慌てて書いていたものを手で覆い隠した。
「へぇ」
それでも久我がしつこく覗き込もうとしてくるので、冬麻は慌てて「仕事です!」と反論する。
「お店に季節に合わせた飾りつけをしているんですが、今回は七夕にちなんだ飾りをするんです。その一環で、職場レクリエーションとしてみんなの願いを書こうってことになって……」
「で、冬麻は何を願ったの?」
「大したことじゃないですよ、えーっと、日々成長したいですって書いておきました」
「見せて」
「嫌ですよ! 久我さんは気にしないでくださいっ」
冬麻は短冊を隠したまま、久我から逃げるために部屋に逃げ込んだ。
——はぁ、危なかった。こんなの見られたら笑われる……。
こんな危険なものは、さっさと職場に持っていってしまおうと冬麻は考えた。
7月7日。外苑前にあるレストランで、普段と変わらず勤務をしていたときだった。
昼のピークが落ち着いたころ、急に周りがざわついて、支配人(ディレクトール)が入り口の方角へ急ぎ出した。冬麻もつられて入り口のほうへと視線をやって驚く。
突然、久我が店に現れたのだ。
「しゃ、社長! どうしたんですか?!」
ディレクトールが慌てて久我の突然の来訪に対応する。
「悪いね。大事な用があって、寄らせてもらった」
「な、何のために、ですか……?」
ディレクトールの質問もそぞろに、久我は迷わず冬麻のもとへと歩いてくる。
「二ノ坂くん。今日、これからの時間を俺にくれないか?」
「へっ……? あ……、ええっ?!」
こんな人前でいきなり何を言い出すんだこの人は!
案の定、周囲が変な目でふたりを見ている。
社長が冬麻めがけていきなりやってきたらおかしい。明らかに不自然だ。ふたりの関係は秘密裏にしているのに。
「突然で申し訳ない。驚いたと思うけど、君じゃなきゃダメなんだ。これは社長命令で、背くことは許されない」
あまりのことに絶句する冬麻の横で、ディレクトールも「しゃ、社長?!」と目を丸くしている。
「支配人、悪いね。この子を借りるから。今日の商談に一緒に連れて行く。社員名簿の写真を見て、彼が商談相手の息子さんに最もよく似ているんだよ」
「そ、そのような事情だったのですか……」
「ああ。すまないね、人員をひとり欠くことになって」
久我は冬麻のほうに向き直る。
「二ノ坂くん、君はただ俺の隣で、愛想よく笑ってくれればいい。できるね?」
「は、はい……」
「じゃあすぐに着替えて出かける準備をしてくれ」
「わ、かりました……」
何がなんだかわからないが、久我に従うしかない。雇い主の社長にここまで言われて断れる平社員がいるはずがない。
直属上司のディレクトールにも「早くしなさいっ、社長はお忙しいんだ、できるだけ待たせるな!」とお叱りを受ける始末だ。
皆の好奇の目に耐えながらも、冬麻は「お先に失礼しますっ」と頭を下げてロッカールームへと向かっていった。
ふたりで神宮外苑駐車場まで歩いてきたとき、人気がないのをいいことに突然久我に柱の影に連れ込まれた。
「冬麻……っ!」
久我は冬麻の身体を抱き寄せる。
「ちょっと! 久我さんってば! 離れてっ」
「やだ。冬麻からキスしてくれなきゃ離れない」
「さっきまでの社長らしい振る舞いはどこに飛んでっちゃったんですか!」
「とりあえずキスしたい。話はそれからでもいい?」
「だっ…だめ、人に見られる……んうっ……!」
久我にいきなり唇を奪われ、舌を絡めとられて冬麻は困惑する。周囲に今は人がいないようだが、真っ昼間の都内だ。誰が見ているとも限らないのに。
「ごめん、俺、冬麻のこと大好きだから」
「知ってますよ……」
「冬麻は? 俺のこと好き?」
久我はことあるごとに、冬麻の気持ちを確認したがる。すっかり恋人同士になって、冬麻親公認の仲で、一緒に暮らしているのにまだ不安なのだろうか。
「す、好きですよ、俺だってちゃんと久我さんのこと好きだと思ってますから。こういうこと何度も言わせないでください……」
もう何度目の好きを伝えているかもわからないくらいなのに、言うたびに恥ずかしくなるのはどうしてだろう。
「よかった。冬麻に嫌われたら俺は生きていけないから」
「またそんなこと言って……」
久我は、あれだけの人数の社員を先導すべき立場だ。冬麻がいなくても生きていってもらわなければ、社員のみんなが路頭に迷うことになる。
冬麻は久我の唇にちゅ、とわざと音を立ててキスをする。
「冬麻?!」
久我はわかりやすく嬉しそうな顔をするから、なんだかこっちが恥ずかしい気持ちになる。
「ほら、もう離してくださいよ。さっき言ってたじゃないですか、俺からキスしたら離してくれるって」
「言った。言ったけど、あと五秒だけ」
久我の言葉にあと少しなら、と冬麻も抵抗はしない。ここが外でなければいくらだって触れられても構わないと思ってる。
けれど、もしもこの関係がバレたら困るのは冬麻より久我のほうではないかと思うから、控えなければと思っているだけのことだ。
——しょうがない人だな……。
昨日の夜だって抱き合って眠って、今朝だって玄関でキスをしたのに、まだ足りないらしい。
けれども、冬麻も久我の腕に抱かれるのは好きだ。ここにいれば何が起きても大丈夫だと安心できる。
冬麻も少しだけ久我に身を預ける。
久我の愛はとんでもなく重いが、居心地は悪くない。
かなり長めの五秒間のあと、冬麻はやっと身体を離してもらえた。
リビングにはいないと思っていたのに、ソファーに座って作業をしていたところへ突然背後から久我に話しかけられた。
「なっ、なんでもないです!」
冬麻は慌てて書いていたものを手で覆い隠した。
「へぇ」
それでも久我がしつこく覗き込もうとしてくるので、冬麻は慌てて「仕事です!」と反論する。
「お店に季節に合わせた飾りつけをしているんですが、今回は七夕にちなんだ飾りをするんです。その一環で、職場レクリエーションとしてみんなの願いを書こうってことになって……」
「で、冬麻は何を願ったの?」
「大したことじゃないですよ、えーっと、日々成長したいですって書いておきました」
「見せて」
「嫌ですよ! 久我さんは気にしないでくださいっ」
冬麻は短冊を隠したまま、久我から逃げるために部屋に逃げ込んだ。
——はぁ、危なかった。こんなの見られたら笑われる……。
こんな危険なものは、さっさと職場に持っていってしまおうと冬麻は考えた。
7月7日。外苑前にあるレストランで、普段と変わらず勤務をしていたときだった。
昼のピークが落ち着いたころ、急に周りがざわついて、支配人(ディレクトール)が入り口の方角へ急ぎ出した。冬麻もつられて入り口のほうへと視線をやって驚く。
突然、久我が店に現れたのだ。
「しゃ、社長! どうしたんですか?!」
ディレクトールが慌てて久我の突然の来訪に対応する。
「悪いね。大事な用があって、寄らせてもらった」
「な、何のために、ですか……?」
ディレクトールの質問もそぞろに、久我は迷わず冬麻のもとへと歩いてくる。
「二ノ坂くん。今日、これからの時間を俺にくれないか?」
「へっ……? あ……、ええっ?!」
こんな人前でいきなり何を言い出すんだこの人は!
案の定、周囲が変な目でふたりを見ている。
社長が冬麻めがけていきなりやってきたらおかしい。明らかに不自然だ。ふたりの関係は秘密裏にしているのに。
「突然で申し訳ない。驚いたと思うけど、君じゃなきゃダメなんだ。これは社長命令で、背くことは許されない」
あまりのことに絶句する冬麻の横で、ディレクトールも「しゃ、社長?!」と目を丸くしている。
「支配人、悪いね。この子を借りるから。今日の商談に一緒に連れて行く。社員名簿の写真を見て、彼が商談相手の息子さんに最もよく似ているんだよ」
「そ、そのような事情だったのですか……」
「ああ。すまないね、人員をひとり欠くことになって」
久我は冬麻のほうに向き直る。
「二ノ坂くん、君はただ俺の隣で、愛想よく笑ってくれればいい。できるね?」
「は、はい……」
「じゃあすぐに着替えて出かける準備をしてくれ」
「わ、かりました……」
何がなんだかわからないが、久我に従うしかない。雇い主の社長にここまで言われて断れる平社員がいるはずがない。
直属上司のディレクトールにも「早くしなさいっ、社長はお忙しいんだ、できるだけ待たせるな!」とお叱りを受ける始末だ。
皆の好奇の目に耐えながらも、冬麻は「お先に失礼しますっ」と頭を下げてロッカールームへと向かっていった。
ふたりで神宮外苑駐車場まで歩いてきたとき、人気がないのをいいことに突然久我に柱の影に連れ込まれた。
「冬麻……っ!」
久我は冬麻の身体を抱き寄せる。
「ちょっと! 久我さんってば! 離れてっ」
「やだ。冬麻からキスしてくれなきゃ離れない」
「さっきまでの社長らしい振る舞いはどこに飛んでっちゃったんですか!」
「とりあえずキスしたい。話はそれからでもいい?」
「だっ…だめ、人に見られる……んうっ……!」
久我にいきなり唇を奪われ、舌を絡めとられて冬麻は困惑する。周囲に今は人がいないようだが、真っ昼間の都内だ。誰が見ているとも限らないのに。
「ごめん、俺、冬麻のこと大好きだから」
「知ってますよ……」
「冬麻は? 俺のこと好き?」
久我はことあるごとに、冬麻の気持ちを確認したがる。すっかり恋人同士になって、冬麻親公認の仲で、一緒に暮らしているのにまだ不安なのだろうか。
「す、好きですよ、俺だってちゃんと久我さんのこと好きだと思ってますから。こういうこと何度も言わせないでください……」
もう何度目の好きを伝えているかもわからないくらいなのに、言うたびに恥ずかしくなるのはどうしてだろう。
「よかった。冬麻に嫌われたら俺は生きていけないから」
「またそんなこと言って……」
久我は、あれだけの人数の社員を先導すべき立場だ。冬麻がいなくても生きていってもらわなければ、社員のみんなが路頭に迷うことになる。
冬麻は久我の唇にちゅ、とわざと音を立ててキスをする。
「冬麻?!」
久我はわかりやすく嬉しそうな顔をするから、なんだかこっちが恥ずかしい気持ちになる。
「ほら、もう離してくださいよ。さっき言ってたじゃないですか、俺からキスしたら離してくれるって」
「言った。言ったけど、あと五秒だけ」
久我の言葉にあと少しなら、と冬麻も抵抗はしない。ここが外でなければいくらだって触れられても構わないと思ってる。
けれど、もしもこの関係がバレたら困るのは冬麻より久我のほうではないかと思うから、控えなければと思っているだけのことだ。
——しょうがない人だな……。
昨日の夜だって抱き合って眠って、今朝だって玄関でキスをしたのに、まだ足りないらしい。
けれども、冬麻も久我の腕に抱かれるのは好きだ。ここにいれば何が起きても大丈夫だと安心できる。
冬麻も少しだけ久我に身を預ける。
久我の愛はとんでもなく重いが、居心地は悪くない。
かなり長めの五秒間のあと、冬麻はやっと身体を離してもらえた。
60
お気に入りに追加
1,031
あなたにおすすめの小説
隠れヤンデレは自制しながら、鈍感幼なじみを溺愛する
知世
BL
大輝は悩んでいた。
完璧な幼なじみ―聖にとって、自分の存在は負担なんじゃないか。
自分に優しい…むしろ甘い聖は、俺のせいで、色んなことを我慢しているのでは?
自分は聖の邪魔なのでは?
ネガティブな思考に陥った大輝は、ある日、決断する。
幼なじみ離れをしよう、と。
一方で、聖もまた、悩んでいた。
彼は狂おしいまでの愛情を抑え込み、大輝の隣にいる。
自制しがたい恋情を、暴走してしまいそうな心身を、理性でひたすら耐えていた。
心から愛する人を、大切にしたい、慈しみたい、その一心で。
大輝が望むなら、ずっと親友でいるよ。頼りになって、甘えられる、そんな幼なじみのままでいい。
だから、せめて、隣にいたい。一生。死ぬまで共にいよう、大輝。
それが叶わないなら、俺は…。俺は、大輝の望む、幼なじみで親友の聖、ではいられなくなるかもしれない。
小説未満、小ネタ以上、な短編です(スランプの時、思い付いたので書きました)
受けと攻め、交互に視点が変わります。
受けは現在、攻めは過去から現在の話です。
拙い文章ですが、少しでも楽しんで頂けたら幸いです。
宜しくお願い致します。
多分前世から続いているふたりの追いかけっこ
雨宮里玖
BL
執着ヤバめの美形攻め×絆されノンケ受け
《あらすじ》
高校に入って初日から桐野がやたらと蒼井に迫ってくる。うわ、こいつヤバい奴だ。関わってはいけないと蒼井は逃げる——。
桐野柊(17)高校三年生。風紀委員。芸能人。
蒼井(15)高校一年生。あだ名『アオ』。
初心者オメガは執着アルファの腕のなか
深嶋
BL
自分がベータであることを信じて疑わずに生きてきた圭人は、見知らぬアルファに声をかけられたことがきっかけとなり、二次性の再検査をすることに。その結果、自身が本当はオメガであったと知り、愕然とする。
オメガだと判明したことで否応なく変化していく日常に圭人は戸惑い、悩み、葛藤する日々。そんな圭人の前に、「運命の番」を自称するアルファの男が再び現れて……。
オメガとして未成熟な大学生の圭人と、圭人を番にしたい社会人アルファの男が、ゆっくりと愛を深めていきます。
穏やかさに滲む執着愛。望まぬ幸運に恵まれた主人公が、悩みながらも運命の出会いに向き合っていくお話です。本編、攻め編ともに完結済。
告白ゲームの攻略対象にされたので面倒くさい奴になって嫌われることにした
雨宮里玖
BL
《あらすじ》
昼休みに乃木は、イケメン三人の話に聞き耳を立てていた。そこで「それぞれが最初にぶつかった奴を口説いて告白する。それで一番早く告白オッケーもらえた奴が勝ち」という告白ゲームをする話を聞いた。
その直後、乃木は三人のうちで一番のモテ男・早坂とぶつかってしまった。
その日の放課後から早坂は乃木にぐいぐい近づいてきて——。
早坂(18)モッテモテのイケメン帰国子女。勉強運動なんでもできる。物静か。
乃木(18)普通の高校三年生。
波田野(17)早坂の友人。
蓑島(17)早坂の友人。
石井(18)乃木の友人。
久々に幼なじみの家に遊びに行ったら、寝ている間に…
しゅうじつ
BL
俺の隣の家に住んでいる有沢は幼なじみだ。
高校に入ってからは、学校で話したり遊んだりするくらいの仲だったが、今日数人の友達と彼の家に遊びに行くことになった。
数年ぶりの幼なじみの家を懐かしんでいる中、いつの間にか友人たちは帰っており、幼なじみと2人きりに。
そこで俺は彼の部屋であるものを見つけてしまい、部屋に来た有沢に咄嗟に寝たフリをするが…
親友だと思ってた完璧幼馴染に執着されて監禁される平凡男子俺
toki
BL
エリート執着美形×平凡リーマン(幼馴染)
※監禁、無理矢理の要素があります。また、軽度ですが性的描写があります。
pixivでも同タイトルで投稿しています。
https://www.pixiv.net/users/3179376
もしよろしければ感想などいただけましたら大変励みになります✿
感想(匿名)➡ https://odaibako.net/u/toki_doki_
Twitter➡ https://twitter.com/toki_doki109
素敵な表紙お借りしました!
https://www.pixiv.net/artworks/98346398
僕のために、忘れていて
ことわ子
BL
男子高校生のリュージは事故に遭い、最近の記憶を無くしてしまった。しかし、無くしたのは最近の記憶で家族や友人のことは覚えており、別段困ることは無いと思っていた。ある一点、全く記憶にない人物、黒咲アキが自分の恋人だと訪ねてくるまでは────
変なαとΩに両脇を包囲されたβが、色々奪われながら頑張る話
ベポ田
BL
ヒトの性別が、雄と雌、さらにα、β、Ωの三種類のバース性に分類される世界。総人口の僅か5%しか存在しないαとΩは、フェロモンの分泌器官・受容体の発達度合いで、さらにI型、II型、Ⅲ型に分類される。
βである主人公・九条博人の通う私立帝高校高校は、αやΩ、さらにI型、II型が多く所属する伝統ある名門校だった。
そんな魔境のなかで、変なI型αとII型Ωに理不尽に執着されては、色々な物を奪われ、手に入れながら頑張る不憫なβの話。
イベントにて頒布予定の合同誌サンプルです。
3部構成のうち、1部まで公開予定です。
イラストは、漫画・イラスト担当のいぽいぽさんが描いたものです。
最新はTwitterに掲載しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる