上 下
92 / 124

80.可愛い恋人

しおりを挟む
 次の日の昼間、久我とふたりでレストランを訪ねた。

「このレストランはなかなか気合の入ってるシェフがいて、次の審査で星を獲得するんじゃないかなって俺は思ってる」

 この店は、久我が最近目をつけているレストランらしい。

「堅苦しさがない。気取ったところがないのに料理はハイレベル。面白い店なんだ」

 白を貴重とした店のインテリアも、カトラリーやグラスのセンス、そういったものは素晴らしい。そして出てくる料理も絶品なのに、高級レストラン特有の『見張られてる感』がないのだ。

 必要以上にギャルソンが近寄らないから……? でも、ギャルソン経験者の冬麻としては客の様子を見ていないとタイミングのいいサービスはできないのではとも思う。

「ノウハウを盗んで帰ろう。できれば責任者と話がしたい」

 久我は自分がいいと思ったものに対してあくなき追求をするタイプだ。そこから、他にはないレストランづくりのアイデアを得ているらしい。

 久我は有言実行。食事のあとこのレストランの責任者と話をすることに成功し、なにやら難しそうなことをフランス語と英語を交えて楽しそうに話している。

 冬麻は何もわからず久我についていくだけだ。キッチン内部を案内されキョロキョロするばかり。

 話の最後に責任者と目が合いウィンクされ、何やらフランス語で声をかけられたが、冬麻は愛想笑いを浮かべるしかなかった。




「冬麻は彼に気に入られたんだね」

 レストランを出たあと久我から信じられないことを言われたので冬麻は「なんのことですか?!」と思わず聞き返した。

「さっきウィンクされて『可愛い』って言われたじゃない」
「え! いや俺なんて言われたかもわかんなかったし、正直久我さんたちが話していることもなんにもわからなかったです……」

「だよね。そんな顔してた。Mon lapin《ウサギちゃん》って言ってたよ。冬麻のこと」
「ウサギ……」

 それは喜ぶべきことではないんじゃないのか……。

「だから俺も言い返しておいた。『世界一可愛い秘書を連れてきたんだ』って」

 おいおい、楽しそうに何を話しているかと思っていたがまさかそんなことを言われていただなんて……。

「そしたら」
「そしたら?!」

 うわ、なんて返されたんだよ。

「社長の恋人ですかって聞かれた」
「え!!」

 ちょっと待て。一応男なんですけど……。

「それで久我さんはなんて言ったんですか?!」
「それ、聞きたい?」

 久我はニマニマと怪しい笑みを浮かべている。

「はい! なんですか……?」

 怖いな……。その場にいたのに何も知らなかった自分が情けない。



「『今ここで彼にキスしてみせましょうか?』って答えたよ」

 はぁ、もうこの社長は……。
 よかったあの場でキスされなくて……。急にそんなことされたら対応できない。みっともない顔をしてしまっただろうから。




 ルーブルとオルセー美術館のふたつを巡ったあと、「冬麻の鞄を買い直そう」とハイブランド店でなんとも高そうな鞄を贈られた。そして今は「冬麻とお揃いのものが欲しい」と言われ、ルイヴィトン本店にやってきて、あれこれ品物を眺めている。

「このブランドならみんな持ってるから『たまたま同じものを使ってる』で通ると思うよ」

 久我はどうしてもお揃いのものが欲しいらしい。

「わかりました。じゃあ久我さんが選んでください。それと同じものを俺も使えばいいんですよね?」

 冬麻としては、いま特に持っているもので不足はない。久我が欲しいものを選んでくれればいいなと思った。

「冬麻も俺と同じもの、使ってくれるの?」

 キラキラと目を輝かせて、こんなときだけ子供みたいな顔をする。

「はい。そうします」

 この旅行のお土産に、ひとつくらい久我とお揃いの物があってもいいかな。なんて考えた。
 店内をしばらく眺めていた久我が、「決めた」と言うので「何にしましたか?」と訊ねた。

「とりあえず今買いたいのは、マフラーと手袋に、グレーのブルゾン。トラベルバッグは色違いで欲しい。あとは財布。冬麻は二つ折りだから、俺も今日から二つ折りを使うことにする。ついでにパスポートカバーもどう?」

 ん……? ひとつじゃなかったのか……?

「どうかな? 財布は俺はこだわりはないから冬麻の使いやすいデザインにしたら?」
「あの……」

 やばい。回答が斜め上すぎてなんて返事をすればいいのかわからないぞ。

「どれが気になる? 見せてもらったらいいよ」

 はぁ……。ブルゾン一着の値段だけで40万円超えだ。そんな服を着てどこに散歩に行けと言うのだろう。

 


 
 結局、久我を説得し、財布と手袋だけにしてもらった。今後も他の店でお揃いのものを買いたがるだろうから警戒しておかねばならない。

 夕食後、川沿いを歩くとテレビ等で見たことのあるものが目に飛び込んできた。

「あー。これは知ってます」

 エッフェル塔なら冬麻にもわかる。その周辺のセーヌ川にかかるイエナ橋付近からライトアップされたエッフェル塔を眺めてみる。

「パリって感じしますね」

 冬麻が川沿いの塀に寄りかかるようにしていると、「そうだね」と背中から久我が優しく抱き締めてきた。
 身体に回された久我の腕を、さっき買ってもらったばかりの手袋をした手で撫でると、久我が冬麻を抱き締める手に少し力を入れ、冬麻の首筋に頬を寄せてきた。


「俺、冬麻が大好きだ」

 好きな人に好きと言われて冬麻はつい顔が綻んでしまう。

「俺も大好きです」

 この人なしに、どう生きていけばいいのかわからないくらいに大好きだ。

「幸せ過ぎて怖いくらいだ」

 久我は冬麻の首筋に軽く口づけする。

「怖くないですよ。ただ幸せなだけです」

 なんでも持ってるハイスペックな恋人はとても心配性だ。だから安心させてあげないといけないんだということは、久我との付き合いでわかったことのひとつだ。

「冬麻。もうどこにも行かないで」

 こんなにそばにいるのにまだ心配なのか。
 最初は借金で冬麻を縛りつけ、そこからは久我のすべての力を使って冬麻を縛りつけようとした。
 今ではすっかり身も心もすべて久我に委ねたいと冬麻は思っているのに、不安は尽きないらしい。

「どこにも行きませんよ」

 冬麻は久我の腕の中、身をよじる。
 久我の首の後ろに左手を添え、そのまま久我の唇を奪った。
 久我は驚いて固まっているので、冬麻は隙ありとばかりにもう一度久我の唇にキスをする。

「冬麻……俺やばい。今すぐ冬麻を抱きたい……」
「えっ……?」
「ホテルに帰ろう。冬麻」
「いや、せっかく夜景がキレイなのに……」
「冬麻を見てるほうが何倍も楽しい」

 呆れた人だ。もっと景色を楽しめばいいのに、さっきから冬麻しか見てない。

「いいですよ。帰りましょう」

 冬麻も開放的な気持ちになっているのか、人前で久我とイチャついてばかりだ。これは危険だ。どんどんエスカレートしてしまいそうだ。

「ありがと冬麻」

 久我は冬麻にキスをしてから身体を離し、スマホでタクシーを呼び出した。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

隠れヤンデレは自制しながら、鈍感幼なじみを溺愛する

知世
BL
大輝は悩んでいた。 完璧な幼なじみ―聖にとって、自分の存在は負担なんじゃないか。 自分に優しい…むしろ甘い聖は、俺のせいで、色んなことを我慢しているのでは? 自分は聖の邪魔なのでは? ネガティブな思考に陥った大輝は、ある日、決断する。 幼なじみ離れをしよう、と。 一方で、聖もまた、悩んでいた。 彼は狂おしいまでの愛情を抑え込み、大輝の隣にいる。 自制しがたい恋情を、暴走してしまいそうな心身を、理性でひたすら耐えていた。 心から愛する人を、大切にしたい、慈しみたい、その一心で。 大輝が望むなら、ずっと親友でいるよ。頼りになって、甘えられる、そんな幼なじみのままでいい。 だから、せめて、隣にいたい。一生。死ぬまで共にいよう、大輝。 それが叶わないなら、俺は…。俺は、大輝の望む、幼なじみで親友の聖、ではいられなくなるかもしれない。 小説未満、小ネタ以上、な短編です(スランプの時、思い付いたので書きました) 受けと攻め、交互に視点が変わります。 受けは現在、攻めは過去から現在の話です。 拙い文章ですが、少しでも楽しんで頂けたら幸いです。 宜しくお願い致します。

多分前世から続いているふたりの追いかけっこ

雨宮里玖
BL
執着ヤバめの美形攻め×絆されノンケ受け 《あらすじ》 高校に入って初日から桐野がやたらと蒼井に迫ってくる。うわ、こいつヤバい奴だ。関わってはいけないと蒼井は逃げる——。 桐野柊(17)高校三年生。風紀委員。芸能人。 蒼井(15)高校一年生。あだ名『アオ』。

え?なんでオレが犯されてるの!?

四季
BL
目が覚めたら、超絶イケメンに犯されてる。 なぜ? 俺なんかしたっけ? ってか、俺男ですけど?

告白ゲームの攻略対象にされたので面倒くさい奴になって嫌われることにした

雨宮里玖
BL
《あらすじ》 昼休みに乃木は、イケメン三人の話に聞き耳を立てていた。そこで「それぞれが最初にぶつかった奴を口説いて告白する。それで一番早く告白オッケーもらえた奴が勝ち」という告白ゲームをする話を聞いた。 その直後、乃木は三人のうちで一番のモテ男・早坂とぶつかってしまった。 その日の放課後から早坂は乃木にぐいぐい近づいてきて——。 早坂(18)モッテモテのイケメン帰国子女。勉強運動なんでもできる。物静か。 乃木(18)普通の高校三年生。 波田野(17)早坂の友人。 蓑島(17)早坂の友人。 石井(18)乃木の友人。

ウケ狙いのつもりだったのに気づいたら襲われてた

よしゆき
BL
仕事で疲れている親友を笑わせて元気付けようと裸エプロンで出迎えたら襲われてめちゃくちゃセックスされた話。

初心者オメガは執着アルファの腕のなか

深嶋
BL
自分がベータであることを信じて疑わずに生きてきた圭人は、見知らぬアルファに声をかけられたことがきっかけとなり、二次性の再検査をすることに。その結果、自身が本当はオメガであったと知り、愕然とする。 オメガだと判明したことで否応なく変化していく日常に圭人は戸惑い、悩み、葛藤する日々。そんな圭人の前に、「運命の番」を自称するアルファの男が再び現れて……。 オメガとして未成熟な大学生の圭人と、圭人を番にしたい社会人アルファの男が、ゆっくりと愛を深めていきます。 穏やかさに滲む執着愛。望まぬ幸運に恵まれた主人公が、悩みながらも運命の出会いに向き合っていくお話です。本編、攻め編ともに完結済。

僕のために、忘れていて

ことわ子
BL
男子高校生のリュージは事故に遭い、最近の記憶を無くしてしまった。しかし、無くしたのは最近の記憶で家族や友人のことは覚えており、別段困ることは無いと思っていた。ある一点、全く記憶にない人物、黒咲アキが自分の恋人だと訪ねてくるまでは────

親友だと思ってた完璧幼馴染に執着されて監禁される平凡男子俺

toki
BL
エリート執着美形×平凡リーマン(幼馴染) ※監禁、無理矢理の要素があります。また、軽度ですが性的描写があります。 pixivでも同タイトルで投稿しています。 https://www.pixiv.net/users/3179376 もしよろしければ感想などいただけましたら大変励みになります✿ 感想(匿名)➡ https://odaibako.net/u/toki_doki_ Twitter➡ https://twitter.com/toki_doki109 素敵な表紙お借りしました! https://www.pixiv.net/artworks/98346398

処理中です...