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80.可愛い恋人
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次の日の昼間、久我とふたりでレストランを訪ねた。
「このレストランはなかなか気合の入ってるシェフがいて、次の審査で星を獲得するんじゃないかなって俺は思ってる」
この店は、久我が最近目をつけているレストランらしい。
「堅苦しさがない。気取ったところがないのに料理はハイレベル。面白い店なんだ」
白を貴重とした店のインテリアも、カトラリーやグラスのセンス、そういったものは素晴らしい。そして出てくる料理も絶品なのに、高級レストラン特有の『見張られてる感』がないのだ。
必要以上にギャルソンが近寄らないから……? でも、ギャルソン経験者の冬麻としては客の様子を見ていないとタイミングのいいサービスはできないのではとも思う。
「ノウハウを盗んで帰ろう。できれば責任者と話がしたい」
久我は自分がいいと思ったものに対してあくなき追求をするタイプだ。そこから、他にはないレストランづくりのアイデアを得ているらしい。
久我は有言実行。食事のあとこのレストランの責任者と話をすることに成功し、なにやら難しそうなことをフランス語と英語を交えて楽しそうに話している。
冬麻は何もわからず久我についていくだけだ。キッチン内部を案内されキョロキョロするばかり。
話の最後に責任者と目が合いウィンクされ、何やらフランス語で声をかけられたが、冬麻は愛想笑いを浮かべるしかなかった。
「冬麻は彼に気に入られたんだね」
レストランを出たあと久我から信じられないことを言われたので冬麻は「なんのことですか?!」と思わず聞き返した。
「さっきウィンクされて『可愛い』って言われたじゃない」
「え! いや俺なんて言われたかもわかんなかったし、正直久我さんたちが話していることもなんにもわからなかったです……」
「だよね。そんな顔してた。Mon lapin《ウサギちゃん》って言ってたよ。冬麻のこと」
「ウサギ……」
それは喜ぶべきことではないんじゃないのか……。
「だから俺も言い返しておいた。『世界一可愛い秘書を連れてきたんだ』って」
おいおい、楽しそうに何を話しているかと思っていたがまさかそんなことを言われていただなんて……。
「そしたら」
「そしたら?!」
うわ、なんて返されたんだよ。
「社長の恋人ですかって聞かれた」
「え!!」
ちょっと待て。一応男なんですけど……。
「それで久我さんはなんて言ったんですか?!」
「それ、聞きたい?」
久我はニマニマと怪しい笑みを浮かべている。
「はい! なんですか……?」
怖いな……。その場にいたのに何も知らなかった自分が情けない。
「『今ここで彼にキスしてみせましょうか?』って答えたよ」
はぁ、もうこの社長は……。
よかったあの場でキスされなくて……。急にそんなことされたら対応できない。みっともない顔をしてしまっただろうから。
ルーブルとオルセー美術館のふたつを巡ったあと、「冬麻の鞄を買い直そう」とハイブランド店でなんとも高そうな鞄を贈られた。そして今は「冬麻とお揃いのものが欲しい」と言われ、ルイヴィトン本店にやってきて、あれこれ品物を眺めている。
「このブランドならみんな持ってるから『たまたま同じものを使ってる』で通ると思うよ」
久我はどうしてもお揃いのものが欲しいらしい。
「わかりました。じゃあ久我さんが選んでください。それと同じものを俺も使えばいいんですよね?」
冬麻としては、いま特に持っているもので不足はない。久我が欲しいものを選んでくれればいいなと思った。
「冬麻も俺と同じもの、使ってくれるの?」
キラキラと目を輝かせて、こんなときだけ子供みたいな顔をする。
「はい。そうします」
この旅行のお土産に、ひとつくらい久我とお揃いの物があってもいいかな。なんて考えた。
店内をしばらく眺めていた久我が、「決めた」と言うので「何にしましたか?」と訊ねた。
「とりあえず今買いたいのは、マフラーと手袋に、グレーのブルゾン。トラベルバッグは色違いで欲しい。あとは財布。冬麻は二つ折りだから、俺も今日から二つ折りを使うことにする。ついでにパスポートカバーもどう?」
ん……? ひとつじゃなかったのか……?
「どうかな? 財布は俺はこだわりはないから冬麻の使いやすいデザインにしたら?」
「あの……」
やばい。回答が斜め上すぎてなんて返事をすればいいのかわからないぞ。
「どれが気になる? 見せてもらったらいいよ」
はぁ……。ブルゾン一着の値段だけで40万円超えだ。そんな服を着てどこに散歩に行けと言うのだろう。
結局、久我を説得し、財布と手袋だけにしてもらった。今後も他の店でお揃いのものを買いたがるだろうから警戒しておかねばならない。
夕食後、川沿いを歩くとテレビ等で見たことのあるものが目に飛び込んできた。
「あー。これは知ってます」
エッフェル塔なら冬麻にもわかる。その周辺のセーヌ川にかかるイエナ橋付近からライトアップされたエッフェル塔を眺めてみる。
「パリって感じしますね」
冬麻が川沿いの塀に寄りかかるようにしていると、「そうだね」と背中から久我が優しく抱き締めてきた。
身体に回された久我の腕を、さっき買ってもらったばかりの手袋をした手で撫でると、久我が冬麻を抱き締める手に少し力を入れ、冬麻の首筋に頬を寄せてきた。
「俺、冬麻が大好きだ」
好きな人に好きと言われて冬麻はつい顔が綻んでしまう。
「俺も大好きです」
この人なしに、どう生きていけばいいのかわからないくらいに大好きだ。
「幸せ過ぎて怖いくらいだ」
久我は冬麻の首筋に軽く口づけする。
「怖くないですよ。ただ幸せなだけです」
なんでも持ってるハイスペックな恋人はとても心配性だ。だから安心させてあげないといけないんだということは、久我との付き合いでわかったことのひとつだ。
「冬麻。もうどこにも行かないで」
こんなにそばにいるのにまだ心配なのか。
最初は借金で冬麻を縛りつけ、そこからは久我のすべての力を使って冬麻を縛りつけようとした。
今ではすっかり身も心もすべて久我に委ねたいと冬麻は思っているのに、不安は尽きないらしい。
「どこにも行きませんよ」
冬麻は久我の腕の中、身をよじる。
久我の首の後ろに左手を添え、そのまま久我の唇を奪った。
久我は驚いて固まっているので、冬麻は隙ありとばかりにもう一度久我の唇にキスをする。
「冬麻……俺やばい。今すぐ冬麻を抱きたい……」
「えっ……?」
「ホテルに帰ろう。冬麻」
「いや、せっかく夜景がキレイなのに……」
「冬麻を見てるほうが何倍も楽しい」
呆れた人だ。もっと景色を楽しめばいいのに、さっきから冬麻しか見てない。
「いいですよ。帰りましょう」
冬麻も開放的な気持ちになっているのか、人前で久我とイチャついてばかりだ。これは危険だ。どんどんエスカレートしてしまいそうだ。
「ありがと冬麻」
久我は冬麻にキスをしてから身体を離し、スマホでタクシーを呼び出した。
「このレストランはなかなか気合の入ってるシェフがいて、次の審査で星を獲得するんじゃないかなって俺は思ってる」
この店は、久我が最近目をつけているレストランらしい。
「堅苦しさがない。気取ったところがないのに料理はハイレベル。面白い店なんだ」
白を貴重とした店のインテリアも、カトラリーやグラスのセンス、そういったものは素晴らしい。そして出てくる料理も絶品なのに、高級レストラン特有の『見張られてる感』がないのだ。
必要以上にギャルソンが近寄らないから……? でも、ギャルソン経験者の冬麻としては客の様子を見ていないとタイミングのいいサービスはできないのではとも思う。
「ノウハウを盗んで帰ろう。できれば責任者と話がしたい」
久我は自分がいいと思ったものに対してあくなき追求をするタイプだ。そこから、他にはないレストランづくりのアイデアを得ているらしい。
久我は有言実行。食事のあとこのレストランの責任者と話をすることに成功し、なにやら難しそうなことをフランス語と英語を交えて楽しそうに話している。
冬麻は何もわからず久我についていくだけだ。キッチン内部を案内されキョロキョロするばかり。
話の最後に責任者と目が合いウィンクされ、何やらフランス語で声をかけられたが、冬麻は愛想笑いを浮かべるしかなかった。
「冬麻は彼に気に入られたんだね」
レストランを出たあと久我から信じられないことを言われたので冬麻は「なんのことですか?!」と思わず聞き返した。
「さっきウィンクされて『可愛い』って言われたじゃない」
「え! いや俺なんて言われたかもわかんなかったし、正直久我さんたちが話していることもなんにもわからなかったです……」
「だよね。そんな顔してた。Mon lapin《ウサギちゃん》って言ってたよ。冬麻のこと」
「ウサギ……」
それは喜ぶべきことではないんじゃないのか……。
「だから俺も言い返しておいた。『世界一可愛い秘書を連れてきたんだ』って」
おいおい、楽しそうに何を話しているかと思っていたがまさかそんなことを言われていただなんて……。
「そしたら」
「そしたら?!」
うわ、なんて返されたんだよ。
「社長の恋人ですかって聞かれた」
「え!!」
ちょっと待て。一応男なんですけど……。
「それで久我さんはなんて言ったんですか?!」
「それ、聞きたい?」
久我はニマニマと怪しい笑みを浮かべている。
「はい! なんですか……?」
怖いな……。その場にいたのに何も知らなかった自分が情けない。
「『今ここで彼にキスしてみせましょうか?』って答えたよ」
はぁ、もうこの社長は……。
よかったあの場でキスされなくて……。急にそんなことされたら対応できない。みっともない顔をしてしまっただろうから。
ルーブルとオルセー美術館のふたつを巡ったあと、「冬麻の鞄を買い直そう」とハイブランド店でなんとも高そうな鞄を贈られた。そして今は「冬麻とお揃いのものが欲しい」と言われ、ルイヴィトン本店にやってきて、あれこれ品物を眺めている。
「このブランドならみんな持ってるから『たまたま同じものを使ってる』で通ると思うよ」
久我はどうしてもお揃いのものが欲しいらしい。
「わかりました。じゃあ久我さんが選んでください。それと同じものを俺も使えばいいんですよね?」
冬麻としては、いま特に持っているもので不足はない。久我が欲しいものを選んでくれればいいなと思った。
「冬麻も俺と同じもの、使ってくれるの?」
キラキラと目を輝かせて、こんなときだけ子供みたいな顔をする。
「はい。そうします」
この旅行のお土産に、ひとつくらい久我とお揃いの物があってもいいかな。なんて考えた。
店内をしばらく眺めていた久我が、「決めた」と言うので「何にしましたか?」と訊ねた。
「とりあえず今買いたいのは、マフラーと手袋に、グレーのブルゾン。トラベルバッグは色違いで欲しい。あとは財布。冬麻は二つ折りだから、俺も今日から二つ折りを使うことにする。ついでにパスポートカバーもどう?」
ん……? ひとつじゃなかったのか……?
「どうかな? 財布は俺はこだわりはないから冬麻の使いやすいデザインにしたら?」
「あの……」
やばい。回答が斜め上すぎてなんて返事をすればいいのかわからないぞ。
「どれが気になる? 見せてもらったらいいよ」
はぁ……。ブルゾン一着の値段だけで40万円超えだ。そんな服を着てどこに散歩に行けと言うのだろう。
結局、久我を説得し、財布と手袋だけにしてもらった。今後も他の店でお揃いのものを買いたがるだろうから警戒しておかねばならない。
夕食後、川沿いを歩くとテレビ等で見たことのあるものが目に飛び込んできた。
「あー。これは知ってます」
エッフェル塔なら冬麻にもわかる。その周辺のセーヌ川にかかるイエナ橋付近からライトアップされたエッフェル塔を眺めてみる。
「パリって感じしますね」
冬麻が川沿いの塀に寄りかかるようにしていると、「そうだね」と背中から久我が優しく抱き締めてきた。
身体に回された久我の腕を、さっき買ってもらったばかりの手袋をした手で撫でると、久我が冬麻を抱き締める手に少し力を入れ、冬麻の首筋に頬を寄せてきた。
「俺、冬麻が大好きだ」
好きな人に好きと言われて冬麻はつい顔が綻んでしまう。
「俺も大好きです」
この人なしに、どう生きていけばいいのかわからないくらいに大好きだ。
「幸せ過ぎて怖いくらいだ」
久我は冬麻の首筋に軽く口づけする。
「怖くないですよ。ただ幸せなだけです」
なんでも持ってるハイスペックな恋人はとても心配性だ。だから安心させてあげないといけないんだということは、久我との付き合いでわかったことのひとつだ。
「冬麻。もうどこにも行かないで」
こんなにそばにいるのにまだ心配なのか。
最初は借金で冬麻を縛りつけ、そこからは久我のすべての力を使って冬麻を縛りつけようとした。
今ではすっかり身も心もすべて久我に委ねたいと冬麻は思っているのに、不安は尽きないらしい。
「どこにも行きませんよ」
冬麻は久我の腕の中、身をよじる。
久我の首の後ろに左手を添え、そのまま久我の唇を奪った。
久我は驚いて固まっているので、冬麻は隙ありとばかりにもう一度久我の唇にキスをする。
「冬麻……俺やばい。今すぐ冬麻を抱きたい……」
「えっ……?」
「ホテルに帰ろう。冬麻」
「いや、せっかく夜景がキレイなのに……」
「冬麻を見てるほうが何倍も楽しい」
呆れた人だ。もっと景色を楽しめばいいのに、さっきから冬麻しか見てない。
「いいですよ。帰りましょう」
冬麻も開放的な気持ちになっているのか、人前で久我とイチャついてばかりだ。これは危険だ。どんどんエスカレートしてしまいそうだ。
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