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67.離れたくない

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 久我の腕の中でひとしきり泣いていたら、だんだんと気持ちが落ち着いてきた。

 あれからふたりでソファに座り直したが、久我と離れたくなくて冬麻はさっきから久我の左腕に、それを抱き締めるようにして、ガッシリしがみついている。



「久我さん。どうして俺を助けに来てくれたんですか? 俺は久我さんに全部隠してたのにどうやって気がついたんですか?」

 冬麻としてはずっと久我にはなにも告げずにいたのに、なぜあの場に久我が現れたのかが疑問だった。

「最初、俺は冬麻に好きな人ができたと思ってた」
「まさか! あり得ないですよそんなこと!」
「……だって冬麻の様子がいつもと違ってた。ボーッと考え事をしているときが増えたし、冬麻がスマホで誰かとやり取りしている姿を頻繁に目にするようになった。軽井沢のホテルのとき、俺は冬麻が俺の仕事が終わるのを待っていてくれてるとばかり思ってたんだ。なのに急いで部屋に戻ったら、冬麻はキスだのなんだの、誰かとの話に夢中で俺のことなんて見ちゃいない。はっきり言うけどショックだった。こうやって恋人の心が少しずつ離れていくんだなって、すごくさみしかった」
「あれは、梶ヶ谷さんが久我さんの話をするからつい気になって……俺が夢中になったのは俺の知らない久我さんの話だったからです……」

 冬麻の言葉を聞いて久我は「そうだったの?!」とひどく驚いた。



「冬麻を無理矢理休ませた日にさ、俺は冬麻をランチに誘ったけど断られて、それでも冬麻のことが心配で、昼間家に帰ったんだ」
「……っ! それって……」

 梶ヶ谷と久我のふたりに誘われて、冬麻は梶ヶ谷と会うことを選んだ日のことだ。

「家に帰っても、冬麻はいなかった。しばらく待ってても冬麻は帰って来なくて、俺はまた仕事に戻ったんだけど、あの日の夜、冬麻は『どこにも出掛けてない』って俺に嘘をついたよね?」
「はい……」
「俺は冬麻との関係は終わったと思った。別にランチを断られるのはいい。一番辛かったのは冬麻に嘘をつかれたことだ。夕食の前から冬麻は何か真剣に思い悩んでいる様子だった。これは間違いなく、俺という恋人がいながら他の誰かを好きになってしまって、どうやって俺と別れようかと苦しんでるんだと思った」
「そんな……」
「俺は冬麻を少しでも繋ぎ止めたくて、12月3日の約束を無理に決めさせたんだ。心が狭いとわかってるけど、その日までは俺と一緒に過ごして欲しかった。それに、冬麻と別れる覚悟を決める時間が欲しかったんだ」
「だからあんなことを……」

 久我は、「少なくともその日までは冬麻と一緒にいられる……」と呟いていた。あれは皆神にプロポーズするためではなく、冬麻に振られると思い込んでいたためだったようだ。




「俺、久我さんに嘘をつくつもりなんてなかったんです。でも、梶ヶ谷さんと会ったことを久我さんに言えませんでした……」
「次の日の朝、わかったよ」
「どうやって?!」
「ゴミ箱から雇用契約書を見つけたんだ。それで、あいつの存在に気がついたんだよ」
「ゴミ箱……」

 シュレッダーなどせずにそのままゴミ箱に放り込んだが、まさか久我がゴミをあさるとは思いもしなかった。



「俺ね、冬麻が俺じゃない誰かを好きになったら、笑顔で別れるって心に決めてたんだ。冬麻を二度と束縛しないために。でも、あいつの名前を見た途端に気が変わった。あいつはクソ野郎だってわかっていたから、梶ヶ谷の恋人になったら絶対に冬麻は後悔する。いくら冬麻が梶ヶ谷のことが好きでも、あいつには冬麻を渡せない、冬麻はあいつの正体に気がついていないだけだと思って、梶ヶ谷を叩きのめすための準備を始めたんだ」

 久我は冬麻に対して優しすぎる。自分のもとを去っていこうとする恋人の行く末まで気にするなんてあり得ない。普通は「俺を捨ててあいつを選んで後悔しろ!」と恨むものなんじゃないのか。



「それで久我さんはあんなに忙しくなっちゃったんですか?」
「うん。すごく急いだ。取り返しのつかないことになる前にあいつをなんとかしたかったから」

 普段から忙しいのに、さらに梶ヶ谷のことを調べるために久我は無理をしたのだ。毎日毎日、早朝から深夜まで。

「久我さん……俺、久我さんに会えなくてさみしかったです」
「冬麻が?! だって俺に仕事を優先しろしろ言ってたのに……?」
「はい。実際に久我さんが家に帰って来なくなったら、すごく嫌でした……」
「本当に?!」
「なんででしょうね。久我さんに出会うまでは、ひとりでいることをなんとも思ってなかったんです。でも今はもう無理です。久我さんに放っておかれると俺、さみしくてどうにかなりそうです……」

 冬麻は久我の身体に頬を寄せ、さらにぎゅっと強く久我の腕にしがみついた。



「ごめん。でももう、梶ヶ谷の件は半分以上片付いたし、冬麻をひとりにしないようにするから」
「まだ何か残ってるんですか?!」
「あと少し。グラビティの件もね。そうだ、冬麻に協力してもらおうかな。俺の秘書としてね」
「いいんですか? 俺、なんでもやりますっ!」

 冬麻にも久我の仕事を手伝うことができるらしい。よかった。これを機に秘書を辞めさせられるのではと心配だった。

「ほら、冬麻はそこが良くない」
「えっ……?」
「俺のためになんでもするっていう発想が駄目だ。俺に言われたとしても、冬麻が嫌なことはしない。ちゃんと断ってよ? 俺は冬麻に断られても、冬麻のこと嫌ったりしない。冬麻になら、何をされてもいい。例え殺されても俺は幸せなんだから」
「話が極端すぎますよ……」

 さすがにそれはないだろうと冬麻は思うが、とにかく久我に愛されてることだけは事実みたいだ。

「本気なんだけどな。ところで、さっきから冬麻が俺にべったりくっついてくれるから俺としては嬉しいんだけど、少し心配だ。冬麻、大丈夫……?」

 久我の腕にしがみつく冬麻を見て、久我は不安気な顔をした。

「だって……怖かったから……。今日だけは許してください。俺、久我さんと離れたくない……」

 ひとりきりになって、さっきまでの悪夢のような出来事を思い出したらとても耐えられそうにない。それが恐ろしくて久我から離れる気にならない。

「冬麻……」

 久我が覆いかぶさるようにして、冬麻の身体を抱き締めてきた。

「昼間、冬麻の様子がおかしかったんだから、俺がずっとそばにいればよかったんだよ……」

 久我に言われて冬麻はふるふると首を横に振る。

「久我さんが来てくれて本当によかったです。来てくれなかったら俺、今ごろ……」

 もし久我が来なかったら、きっと梶ヶ谷に身体をいいようにされて、実はそれを撮影されていて……。



「久我さん。どうして俺がホテルにいるってわかったんですか?」
「えっ……」

 一瞬久我の表情が固まった。だが小さく溜め息をついたあと、「わかった。正直に話す」と覚悟を決めた様子で冬麻に向き直った。

「ごめん。冬麻をストーキングした。冬麻のスマホにGPS追跡アプリを入れて監視した」

 久我のストーキングもアプリを入れられていたことにも冬麻は全く気がつかなった。久我のストーカーレベルは最強だと思う。

「冬麻をストーカーしたら、三日間、お触りなしだったよね……」

 久我が冬麻から抱き締めていた手を離そうとするので、「待って!」と冬麻は慌てて久我を腕を掴んで引き戻した。

「そのルールは今回だけなしにしたいです……。今、久我さんと離れるの、絶対無理……ひとりは嫌だ……」

 冬麻が久我の腕にしがみつくと、「よかった。そうしよう」と久我が冬麻の背中を優しく撫でた。
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