上 下
78 / 124

66.許されない行為

しおりを挟む
 久我の運転するランボルギーニの車内は、しんと静まり返っている。
 久我に聞きたいことも、話したいこともある。だが、いったい何からどう切りだしたらいいのかわからず、冬麻は助手席に座り、うつむいたままだ。

 久我も何も話しかけてこない。梶ヶ谷にも激怒していたが、きっと冬麻にも怒っているに違いない。
 あんな男のバカな策略におめおめと引っかかって、自らを危険に晒すような真似をして、久我はほとほと呆れているだろう。

 梶ヶ谷にも冬麻は隙だらけだと言われた。冬麻自身も自分が駄目な奴だとわかっている。頭も良くないし、嘘をつくのも苦手だ。
 久我みたいに冷静で完璧にできたらいいのにと思うが、冬麻には無理だ。
 きっとこれからも久我に迷惑をかけて、久我の足を引っ張り続けることになる。

 梶ヶ谷から奪った、久我のワイロの件についての証拠が入っているはずの茶封筒の中身はすべて白紙だった。
 梶ヶ谷はずっとハッタリを言っていて、久我について何も情報を掴んでいなかったのかもしれない。


 冬麻が、久我は悪いことなどしていないと信じられれば梶ヶ谷と会う必要などそもそもなかったのだ。

 なのに冬麻は心のどこかでそういうことをするかもしれないと久我を疑って、信じきれなかった。「俺のことを信じないで梶ヶ谷の言葉を信じたのか?!」と久我に責められても仕方のない状況だ。

 自分のことを信じてくれない恋人なんて嫌だろう。これは捨てられても文句は言えない。





 車はものの数分で久我のマンションに到着した。

 冬麻はマンションの部屋に入り、いつもの風景を見た途端、なぜか涙が溢れてきた。

 ソファに腰を下ろし、静かに泣いた。冬麻は自分がなぜ泣いているのかもわからない。
 安堵の涙なのか、自分が情けなくて泣いているのか、久我に嫌われたのではないかと怯えて泣いているのか。


「冬麻……」

 久我が冬麻のすぐそばにきて、膝を折り、じっとこちらを見つめている。その愛しい恋人の顔を見たら、胸がキューッと苦しくなった。

「久我さん、俺っ……本当は怖くて、あんな奴大嫌いで……久我さんが来てくれたとき、助かったって思って……」

 しゃくりながら、久我に訴える。久我は優しい目で冬麻の話をじっと聞いてくれている。

「久我さん、ごめんなさい。あの……久我さんは悪い人じゃないって信じてるんです。信じてはいるんですが、ワイロの証拠があるとか言われて、久我さんが逮捕されちゃったら嫌だし……。それで、あの、別に久我さんより、あいつを信用してるってわけじゃなくて、俺はバカだし、脅されるとすぐに怖くなっちゃって……とにかく謝ります。反省してますから……あの……俺のこと、き、嫌いにならないで……」
「俺が冬麻を嫌いになるわけない。悪いのは俺だよ。こんなことになったのは全部俺のせいだ……」
「えっ……?」

 冬麻には意味がわからない。むしろ久我は梶ヶ谷の手から冬麻を助けてくれたのに。



「梶ヶ谷とは昔から仲が悪かった。あいつは俺に嫌がらせをするために冬麻を狙ったんだ。俺に対する攻撃だけならいい。でもそれが冬麻に向けられる可能性もあると俺は想定できていたんだから、冬麻をそばに置くなら、全力で冬麻を守らなきゃいけなかったんだ。なのに俺はこのザマだ。冬麻を泣かせるなんて絶対にしちゃいけないことなのに……」

 久我はうなだれている。冬麻からみたら、久我が悪いことなどないのに、なにもかもを自分のせいにして、きっと胸を痛めている。

「冬麻はあいつに脅されてたんだね?」
「はい……」

 冬麻はコクンと頷いた。

「俺と寝ないと久我さんの悪事を全部バラすって……」
「あいつ最悪だな。冬麻を誘惑するだけじゃなくそんなことまで……俺がもっと早く気付いてあげられたらよかった。それで、冬麻は脅されて、俺のためにって、あいつに抱かれようとしたの?」
「はい……ごめんなさい……っ」

 久我には梶ヶ谷とホテルにいるところまで見られてしまった。今さら言い訳などできない。

「謝ることじゃない。でもこんなこと、二度としちゃ駄目だ。例え俺が目の前で殺されても冬麻は自分を守るんだよ。性的に乱暴されることは死ぬより辛いときがあるんだから」
「久我さん……」

 冬麻は久我の胸に身体を寄せる。久我はそっと冬麻の背に腕を回して冬麻を受け入れてくれた。

 久我の腕の中に包み込まれると、すごく安心する。不甲斐ない自分を許してもらえたこと、再びここに戻ってこられたことに安堵したせいか、冬麻の目からブワッと涙が溢れてきた。

「冬麻は俺を守ろうとひとりですごく頑張ってたんだね……」

 久我に頭を撫でられる。そんなふうに久我に優しくされるたび、なぜか涙が溢れ出る。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

隠れヤンデレは自制しながら、鈍感幼なじみを溺愛する

知世
BL
大輝は悩んでいた。 完璧な幼なじみ―聖にとって、自分の存在は負担なんじゃないか。 自分に優しい…むしろ甘い聖は、俺のせいで、色んなことを我慢しているのでは? 自分は聖の邪魔なのでは? ネガティブな思考に陥った大輝は、ある日、決断する。 幼なじみ離れをしよう、と。 一方で、聖もまた、悩んでいた。 彼は狂おしいまでの愛情を抑え込み、大輝の隣にいる。 自制しがたい恋情を、暴走してしまいそうな心身を、理性でひたすら耐えていた。 心から愛する人を、大切にしたい、慈しみたい、その一心で。 大輝が望むなら、ずっと親友でいるよ。頼りになって、甘えられる、そんな幼なじみのままでいい。 だから、せめて、隣にいたい。一生。死ぬまで共にいよう、大輝。 それが叶わないなら、俺は…。俺は、大輝の望む、幼なじみで親友の聖、ではいられなくなるかもしれない。 小説未満、小ネタ以上、な短編です(スランプの時、思い付いたので書きました) 受けと攻め、交互に視点が変わります。 受けは現在、攻めは過去から現在の話です。 拙い文章ですが、少しでも楽しんで頂けたら幸いです。 宜しくお願い致します。

多分前世から続いているふたりの追いかけっこ

雨宮里玖
BL
執着ヤバめの美形攻め×絆されノンケ受け 《あらすじ》 高校に入って初日から桐野がやたらと蒼井に迫ってくる。うわ、こいつヤバい奴だ。関わってはいけないと蒼井は逃げる——。 桐野柊(17)高校三年生。風紀委員。芸能人。 蒼井(15)高校一年生。あだ名『アオ』。

初心者オメガは執着アルファの腕のなか

深嶋
BL
自分がベータであることを信じて疑わずに生きてきた圭人は、見知らぬアルファに声をかけられたことがきっかけとなり、二次性の再検査をすることに。その結果、自身が本当はオメガであったと知り、愕然とする。 オメガだと判明したことで否応なく変化していく日常に圭人は戸惑い、悩み、葛藤する日々。そんな圭人の前に、「運命の番」を自称するアルファの男が再び現れて……。 オメガとして未成熟な大学生の圭人と、圭人を番にしたい社会人アルファの男が、ゆっくりと愛を深めていきます。 穏やかさに滲む執着愛。望まぬ幸運に恵まれた主人公が、悩みながらも運命の出会いに向き合っていくお話です。本編、攻め編ともに完結済。

告白ゲームの攻略対象にされたので面倒くさい奴になって嫌われることにした

雨宮里玖
BL
《あらすじ》 昼休みに乃木は、イケメン三人の話に聞き耳を立てていた。そこで「それぞれが最初にぶつかった奴を口説いて告白する。それで一番早く告白オッケーもらえた奴が勝ち」という告白ゲームをする話を聞いた。 その直後、乃木は三人のうちで一番のモテ男・早坂とぶつかってしまった。 その日の放課後から早坂は乃木にぐいぐい近づいてきて——。 早坂(18)モッテモテのイケメン帰国子女。勉強運動なんでもできる。物静か。 乃木(18)普通の高校三年生。 波田野(17)早坂の友人。 蓑島(17)早坂の友人。 石井(18)乃木の友人。

久々に幼なじみの家に遊びに行ったら、寝ている間に…

しゅうじつ
BL
俺の隣の家に住んでいる有沢は幼なじみだ。 高校に入ってからは、学校で話したり遊んだりするくらいの仲だったが、今日数人の友達と彼の家に遊びに行くことになった。 数年ぶりの幼なじみの家を懐かしんでいる中、いつの間にか友人たちは帰っており、幼なじみと2人きりに。 そこで俺は彼の部屋であるものを見つけてしまい、部屋に来た有沢に咄嗟に寝たフリをするが…

親友だと思ってた完璧幼馴染に執着されて監禁される平凡男子俺

toki
BL
エリート執着美形×平凡リーマン(幼馴染) ※監禁、無理矢理の要素があります。また、軽度ですが性的描写があります。 pixivでも同タイトルで投稿しています。 https://www.pixiv.net/users/3179376 もしよろしければ感想などいただけましたら大変励みになります✿ 感想(匿名)➡ https://odaibako.net/u/toki_doki_ Twitter➡ https://twitter.com/toki_doki109 素敵な表紙お借りしました! https://www.pixiv.net/artworks/98346398

僕のために、忘れていて

ことわ子
BL
男子高校生のリュージは事故に遭い、最近の記憶を無くしてしまった。しかし、無くしたのは最近の記憶で家族や友人のことは覚えており、別段困ることは無いと思っていた。ある一点、全く記憶にない人物、黒咲アキが自分の恋人だと訪ねてくるまでは────

変なαとΩに両脇を包囲されたβが、色々奪われながら頑張る話

ベポ田
BL
ヒトの性別が、雄と雌、さらにα、β、Ωの三種類のバース性に分類される世界。総人口の僅か5%しか存在しないαとΩは、フェロモンの分泌器官・受容体の発達度合いで、さらにI型、II型、Ⅲ型に分類される。 βである主人公・九条博人の通う私立帝高校高校は、αやΩ、さらにI型、II型が多く所属する伝統ある名門校だった。 そんな魔境のなかで、変なI型αとII型Ωに理不尽に執着されては、色々な物を奪われ、手に入れながら頑張る不憫なβの話。 イベントにて頒布予定の合同誌サンプルです。 3部構成のうち、1部まで公開予定です。 イラストは、漫画・イラスト担当のいぽいぽさんが描いたものです。 最新はTwitterに掲載しています。

処理中です...