69 / 124
57.どうしたらいい
しおりを挟む
帰宅後、なにをする気もおきずに特大サイズのビーズクッションの上に寝転がり、考え事をしていた。そのうちに、うたた寝をしてしまったらしい。
久我が帰宅した時のドアの解錠音が聞こえ、冬麻は目を覚ました。
「冬麻。ただいま。まだ何も食べてない? すぐ何か作るから」
久我は冬麻の髪を撫でてから、忙しく夕食の支度を始めている。
「すみません……すっかり寝ちゃったみたいで……」
時刻は午後19時過ぎだった。本来なら家にいた冬麻が何か夕食を用意できればよかったのに何もできていない。
「いいよ。俺がやる」
怠惰な冬麻のことを責めもせずに、久我はスーツの上着を脱ぎ、代わりにエプロンを身につけた。
ワイシャツの袖をめくり上げ、手際よく夕食の支度をする恋人の姿を冬麻はぼんやりと眺めている。
こんなに優しい人が過去に悪事をしてきたなどとは信じられない。
いっそ本人に「悪い人と繋がりがあるんですか?」「ワイロを支払ったんですか?」と確認してしまえばいいのかとも思うが、冬麻が疑ってるようだし、久我が正直に認めるだろうか。
性接待の件もそうだ。仕事の見返りに久我が何人も女を抱いていただなんて想像したくもない。
そう思っているのに、久我は優しく抱いてくれるから相手はきっと満足したんだろうなとか、キスはすごく上手だもんなとか、そんなことばかり頭に浮かんでくる。
梶ヶ谷のことを久我に伝えてみようか。久我のことだから「あいつの攻撃は俺が耐える。冬麻は梶ヶ谷に二度と会うな」と言うに違いない。
そしてスキャンダルにまみれて苦しむ久我の姿を隣でみていることなどできるだろうか。
たった一回。梶ヶ谷との行為が終わるまでぎゅっと目をつぶって冬麻が耐えればすべて解決するのに。
ものの15分で夕食を並べ終えた久我は、冬麻を呼びにきた。
「どうしたの? 冬麻。具合でも悪い? 大丈夫?」
久我は冬麻の額に手のひらを当て、それから首筋を触り、体温を確かめている。
「いえ。大丈夫です……。きっと寝過ぎちゃったんですよ」
「そう? それならいいけど……」
久我は起き上がろうとする冬麻を助け、「少しでもいいから食べて」と声をかけてくれる。
「冬麻は今日、ずっと家にいたの? それともどこか出かけたの?」
夕食を食べながら、久我がなんの気なしに訊ねてきた。
「家にいましたよ」
久我の質問にドキリとしたが、冬麻は平静を装う。まさか梶ヶ谷と会っていたとは久我に言えるはずもない。
「コンビニとかにも行ってない?」
「はい。そうですけど……」
「そう。ならいい」
しばしの沈黙。
まさかとは思うが、久我は何か勘づいているのだろうか。でも、どうやって……?
「くっ、久我さんっ。三島社長に会いました? どうでしたか?」
なぜか沈黙が怖くなり、冬麻は慌てて話しだした。だが質問が悪かったのか、久我は表情を曇らせた。
「ごめん冬麻。もう少しだけ時間がかかりそうだ。むこうの感触としては悪くない。でも今日は書類を交わすことはできなかったんだ」
「そうですか……」
上手くいかないのは、やはり梶ヶ谷のせいなのだろうか。
「でも大丈夫だよ。必ず成功させるから。グラビティには是非傘下に入ってもらいたい。ビーフ料理ってレストランの要になることが多いから。上手くいったらグラビティの力を他店舗にも活かせるかもしれない」
久我には思い描いているビジネスビジョンがあるようだ。それを叶えてあげたいとは思うが、このままでは失敗に終わるのだろうか。
「冬麻、そうだ。今日高輪のプロジェクトで一緒の関和さんがおすすめしてくれたお店があるんだ。そこも関和さんがプロデュースに関わった店らしいんだけど、今度俺と一緒に行かない? 料理もいいけど腕のいいパティシエがいるんだって。冬麻甘いもの好きでしょ? だから、どうかなと思って」
「はい! 行きたいです!」
久我とレストランデートするのは好きだ。仕事柄、レストランの知識のある久我の選ぶ店はどこも素晴らしいし、さらに冬麻の好みまで考慮してくれているから完璧だ。
「じゃあ予約を入れる。日付けは12月3日、でもいいかな……?」
「12月3日?」
「冬麻の誕生日。……俺と過ごしてくれる?」
毎日顔を合わせている最愛の恋人と誕生日だけ一緒に過ごさないなんて選択肢はない。だが久我はなぜか不安気だ。
「はい。もちろんいいですよ」
「それ、俺と約束してくれる……?」
「はい。約束します」
「そう。よかった。少なくともその日までは冬麻と一緒にいられる……」
その日まではなんて、なんでそんなことを言う……?
「12月4日もきっと一緒にいますよ。その次の日もです。そうやって気がついたら何十年も経ってるんじゃないですか?」
久我の言葉が不吉に思えて、それを払拭したくてわざと明るい声をだしたのに、久我は「そうだね」と言いながら表情は曇ったままだった。
久我が帰宅した時のドアの解錠音が聞こえ、冬麻は目を覚ました。
「冬麻。ただいま。まだ何も食べてない? すぐ何か作るから」
久我は冬麻の髪を撫でてから、忙しく夕食の支度を始めている。
「すみません……すっかり寝ちゃったみたいで……」
時刻は午後19時過ぎだった。本来なら家にいた冬麻が何か夕食を用意できればよかったのに何もできていない。
「いいよ。俺がやる」
怠惰な冬麻のことを責めもせずに、久我はスーツの上着を脱ぎ、代わりにエプロンを身につけた。
ワイシャツの袖をめくり上げ、手際よく夕食の支度をする恋人の姿を冬麻はぼんやりと眺めている。
こんなに優しい人が過去に悪事をしてきたなどとは信じられない。
いっそ本人に「悪い人と繋がりがあるんですか?」「ワイロを支払ったんですか?」と確認してしまえばいいのかとも思うが、冬麻が疑ってるようだし、久我が正直に認めるだろうか。
性接待の件もそうだ。仕事の見返りに久我が何人も女を抱いていただなんて想像したくもない。
そう思っているのに、久我は優しく抱いてくれるから相手はきっと満足したんだろうなとか、キスはすごく上手だもんなとか、そんなことばかり頭に浮かんでくる。
梶ヶ谷のことを久我に伝えてみようか。久我のことだから「あいつの攻撃は俺が耐える。冬麻は梶ヶ谷に二度と会うな」と言うに違いない。
そしてスキャンダルにまみれて苦しむ久我の姿を隣でみていることなどできるだろうか。
たった一回。梶ヶ谷との行為が終わるまでぎゅっと目をつぶって冬麻が耐えればすべて解決するのに。
ものの15分で夕食を並べ終えた久我は、冬麻を呼びにきた。
「どうしたの? 冬麻。具合でも悪い? 大丈夫?」
久我は冬麻の額に手のひらを当て、それから首筋を触り、体温を確かめている。
「いえ。大丈夫です……。きっと寝過ぎちゃったんですよ」
「そう? それならいいけど……」
久我は起き上がろうとする冬麻を助け、「少しでもいいから食べて」と声をかけてくれる。
「冬麻は今日、ずっと家にいたの? それともどこか出かけたの?」
夕食を食べながら、久我がなんの気なしに訊ねてきた。
「家にいましたよ」
久我の質問にドキリとしたが、冬麻は平静を装う。まさか梶ヶ谷と会っていたとは久我に言えるはずもない。
「コンビニとかにも行ってない?」
「はい。そうですけど……」
「そう。ならいい」
しばしの沈黙。
まさかとは思うが、久我は何か勘づいているのだろうか。でも、どうやって……?
「くっ、久我さんっ。三島社長に会いました? どうでしたか?」
なぜか沈黙が怖くなり、冬麻は慌てて話しだした。だが質問が悪かったのか、久我は表情を曇らせた。
「ごめん冬麻。もう少しだけ時間がかかりそうだ。むこうの感触としては悪くない。でも今日は書類を交わすことはできなかったんだ」
「そうですか……」
上手くいかないのは、やはり梶ヶ谷のせいなのだろうか。
「でも大丈夫だよ。必ず成功させるから。グラビティには是非傘下に入ってもらいたい。ビーフ料理ってレストランの要になることが多いから。上手くいったらグラビティの力を他店舗にも活かせるかもしれない」
久我には思い描いているビジネスビジョンがあるようだ。それを叶えてあげたいとは思うが、このままでは失敗に終わるのだろうか。
「冬麻、そうだ。今日高輪のプロジェクトで一緒の関和さんがおすすめしてくれたお店があるんだ。そこも関和さんがプロデュースに関わった店らしいんだけど、今度俺と一緒に行かない? 料理もいいけど腕のいいパティシエがいるんだって。冬麻甘いもの好きでしょ? だから、どうかなと思って」
「はい! 行きたいです!」
久我とレストランデートするのは好きだ。仕事柄、レストランの知識のある久我の選ぶ店はどこも素晴らしいし、さらに冬麻の好みまで考慮してくれているから完璧だ。
「じゃあ予約を入れる。日付けは12月3日、でもいいかな……?」
「12月3日?」
「冬麻の誕生日。……俺と過ごしてくれる?」
毎日顔を合わせている最愛の恋人と誕生日だけ一緒に過ごさないなんて選択肢はない。だが久我はなぜか不安気だ。
「はい。もちろんいいですよ」
「それ、俺と約束してくれる……?」
「はい。約束します」
「そう。よかった。少なくともその日までは冬麻と一緒にいられる……」
その日まではなんて、なんでそんなことを言う……?
「12月4日もきっと一緒にいますよ。その次の日もです。そうやって気がついたら何十年も経ってるんじゃないですか?」
久我の言葉が不吉に思えて、それを払拭したくてわざと明るい声をだしたのに、久我は「そうだね」と言いながら表情は曇ったままだった。
70
お気に入りに追加
1,007
あなたにおすすめの小説
所詮は他人事と言われたので他人になります!婚約者も親友も見捨てることにした私は好きに生きます!
ユウ
恋愛
辺境伯爵令嬢のリーゼロッテは幼馴染と婚約者に悩まされてきた。
幼馴染で親友であるアグネスは侯爵令嬢であり王太子殿下の婚約者ということもあり幼少期から王命によりサポートを頼まれていた。
婚約者である伯爵家の令息は従妹であるアグネスを大事にするあまり、婚約者であるサリオンも優先するのはアグネスだった。
王太子妃になるアグネスを優先することを了承ていたし、大事な友人と婚約者を愛していたし、尊敬もしていた。
しかしその関係に亀裂が生じたのは一人の女子生徒によるものだった。
貴族でもない平民の少女が特待生としてに入り王太子殿下と懇意だったことでアグネスはきつく当たり、婚約者も同調したのだが、相手は平民の少女。
遠回しに二人を注意するも‥
「所詮あなたは他人だもの!」
「部外者がしゃしゃりでるな!」
十年以上も尽くしてきた二人の心のない言葉に愛想を尽かしたのだ。
「所詮私は他人でしかないので本当の赤の他人になりましょう」
関係を断ったリーゼロッテは国を出て隣国で生きていくことを決めたのだが…
一方リーゼロッテが学園から姿を消したことで二人は王家からも責められ、孤立してしまうのだった。
なんとか学園に連れ戻そうと試みるのだが…
【R18】らぶえっち短編集
おうぎまちこ(あきたこまち)
恋愛
調べたら残り2作品ありました、本日投稿しますので、お待ちくださいませ(3/31)
R18執筆1年目の時に書いた短編完結作品23本のうち商業作品をのぞく約20作品を短編集としてまとめることにしました。
※R18に※
※毎日投稿21時~24時頃、1作品ずつ。
※R18短編3作品目「追放されし奴隷の聖女は、王位簒奪者に溺愛される」からの投稿になります。
※処女作「清廉なる巫女は、竜の欲望の贄となる」2作品目「堕ちていく竜の聖女は、年下皇太子に奪われる」は商業化したため、読みたい場合はムーンライトノベルズにどうぞよろしくお願いいたします。
※これまでに投稿してきた短編は非公開になりますので、どうぞご了承くださいませ。
二人の公爵令嬢 どうやら愛されるのはひとりだけのようです
矢野りと
恋愛
ある日、マーコック公爵家の屋敷から一歳になったばかりの娘の姿が忽然と消えた。
それから十六年後、リディアは自分が公爵令嬢だと知る。
本当の家族と感動の再会を果たし、温かく迎え入れられたリディア。
しかし、公爵家には自分と同じ年齢、同じ髪の色、同じ瞳の子がすでにいた。その子はリディアの身代わりとして縁戚から引き取られた養女だった。
『シャロンと申します、お姉様』
彼女が口にしたのは、両親が生まれたばかりのリディアに贈ったはずの名だった。
家族の愛情も本当の名前も婚約者も、すでにその子のものだと気づくのに時間は掛からなかった。
自分の居場所を見つけられず、葛藤するリディア。
『……今更見つかるなんて……』
ある晩、母である公爵夫人の本音を聞いてしまい、リディアは家族と距離を置こうと決意する。
これ以上、傷つくのは嫌だから……。
けれども、公爵家を出たリディアを家族はそっとしておいてはくれず……。
――どうして誘拐されたのか、誰にひとりだけ愛されるのか。それぞれの事情が絡み合っていく。
◇家族との関係に悩みながらも、自分らしく生きようと奮闘するリディア。そんな彼女が自分の居場所を見つけるお話です。
※この作品の設定は架空のものです。
※作品の内容が合わない時は、そっと閉じていただければ幸いです(_ _)
※感想欄のネタバレ配慮はありません。
※執筆中は余裕がないため、感想への返信はお礼のみになっておりますm(_ _;)m
噂好きのローレッタ
水谷繭
恋愛
公爵令嬢リディアの婚約者は、レフィオル王国の第一王子アデルバート殿下だ。しかし、彼はリディアに冷たく、最近は小動物のように愛らしい男爵令嬢フィオナのほうばかり気にかけている。
ついには殿下とフィオナがつき合っているのではないかという噂まで耳にしたリディアは、婚約解消を申し出ることに。しかし、アデルバートは全く納得していないようで……。
※二部以降雰囲気が変わるので、ご注意ください。少し後味悪いかもしれません(主人公はハピエンです)
※小説家になろうにも掲載しています
◆表紙画像はGirly Dropさんからお借りしました
(旧題:婚約者は愛らしい男爵令嬢さんのほうがお好きなようなので、婚約解消を申し出てみました)
前世で処刑された聖女、今は黒薬師と呼ばれています
矢野りと
恋愛
旧題:前世で処刑された聖女はひっそりと生きていくと決めました〜今世では黒き薬師と呼ばれています〜
――『偽聖女を処刑しろっ!』
民衆がそう叫ぶなか、私の目の前で大切な人達の命が奪われていく。必死で神に祈ったけれど奇跡は起きなかった。……聖女ではない私は無力だった。
何がいけなかったのだろうか。ただ困っている人達を救いたい一心だっただけなのに……。
人々の歓声に包まれながら私は処刑された。
そして、私は前世の記憶を持ったまま、親の顔も知らない孤児として生まれ変わった。周囲から見れば恵まれているとは言い難いその境遇に私はほっとした。大切なものを持つことがなによりも怖かったから。
――持たなければ、失うこともない。
だから森の奥深くでひっそりと暮らしていたのに、ある日二人の騎士が訪ねてきて……。
『黒き薬師と呼ばれている薬師はあなたでしょうか?』
基本はほのぼのですが、シリアスと切なさありのお話です。
※この作品の設定は架空のものです。
※一話目だけ残酷な描写がありますので苦手な方はご自衛くださいませ。
※感想欄のネタバレ配慮はありません(._.)
【R18】お嫁さんスライム娘が、ショタお婿さんといちゃらぶ子作りする話
みやび
恋愛
タイトル通りのエロ小説です。
前話
【R18】通りかかったショタ冒険者に襲い掛かったスライム娘が、敗北して繁殖させられる話
https://www.alphapolis.co.jp/novel/902071521/384412801
ほかのエロ小説は「タイトル通りのエロ小説シリーズ」まで
壁の花令嬢の最高の結婚
晴 菜葉
恋愛
壁の花とは、舞踏会で誰にも声を掛けてもらえず壁に立っている適齢期の女性を示す。
社交デビューして五年、一向に声を掛けられないヴィンセント伯爵の実妹であるアメリアは、兄ハリー・レノワーズの悪友であるブランシェット子爵エデュアルト・パウエルの心ない言葉に傷ついていた。
ある日、アメリアに縁談話がくる。相手は三十歳上の財産家で、妻に暴力を働いてこれまでに三回離縁を繰り返していると噂の男だった。
アメリアは自棄になって家出を決行する。
行く当てもなく彷徨いていると、たまたま賭博場に行く途中のエデュアルトに出会した。
そんなとき、彼が暴漢に襲われてしまう。
助けたアメリアは、背中に消えない傷を負ってしまった。
乙女に一生の傷を背負わせてしまったエデュアルトは、心底反省しているようだ。
「俺が出来ることなら何だってする」
そこでアメリアは考える。
暴力を振るう亭主より、女にだらしない放蕩者の方がずっとマシ。
「では、私と契約結婚してください」
R18には※をしています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる