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57.どうしたらいい

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 帰宅後、なにをする気もおきずに特大サイズのビーズクッションの上に寝転がり、考え事をしていた。そのうちに、うたた寝をしてしまったらしい。

 久我が帰宅した時のドアの解錠音が聞こえ、冬麻は目を覚ました。



「冬麻。ただいま。まだ何も食べてない? すぐ何か作るから」

 久我は冬麻の髪を撫でてから、忙しく夕食の支度を始めている。

「すみません……すっかり寝ちゃったみたいで……」

 時刻は午後19時過ぎだった。本来なら家にいた冬麻が何か夕食を用意できればよかったのに何もできていない。

「いいよ。俺がやる」

 怠惰な冬麻のことを責めもせずに、久我はスーツの上着を脱ぎ、代わりにエプロンを身につけた。
 ワイシャツの袖をめくり上げ、手際よく夕食の支度をする恋人の姿を冬麻はぼんやりと眺めている。



 こんなに優しい人が過去に悪事をしてきたなどとは信じられない。
 いっそ本人に「悪い人と繋がりがあるんですか?」「ワイロを支払ったんですか?」と確認してしまえばいいのかとも思うが、冬麻が疑ってるようだし、久我が正直に認めるだろうか。

 性接待の件もそうだ。仕事の見返りに久我が何人も女を抱いていただなんて想像したくもない。
 そう思っているのに、久我は優しく抱いてくれるから相手はきっと満足したんだろうなとか、キスはすごく上手だもんなとか、そんなことばかり頭に浮かんでくる。


 梶ヶ谷のことを久我に伝えてみようか。久我のことだから「あいつの攻撃は俺が耐える。冬麻は梶ヶ谷に二度と会うな」と言うに違いない。

 そしてスキャンダルにまみれて苦しむ久我の姿を隣でみていることなどできるだろうか。

 たった一回。梶ヶ谷との行為が終わるまでぎゅっと目をつぶって冬麻が耐えればすべて解決するのに。



 ものの15分で夕食を並べ終えた久我は、冬麻を呼びにきた。

「どうしたの? 冬麻。具合でも悪い? 大丈夫?」

 久我は冬麻の額に手のひらを当て、それから首筋を触り、体温を確かめている。

「いえ。大丈夫です……。きっと寝過ぎちゃったんですよ」
「そう? それならいいけど……」

 久我は起き上がろうとする冬麻を助け、「少しでもいいから食べて」と声をかけてくれる。



「冬麻は今日、ずっと家にいたの? それともどこか出かけたの?」

 夕食を食べながら、久我がなんの気なしに訊ねてきた。

「家にいましたよ」

 久我の質問にドキリとしたが、冬麻は平静を装う。まさか梶ヶ谷と会っていたとは久我に言えるはずもない。

「コンビニとかにも行ってない?」
「はい。そうですけど……」
「そう。ならいい」

 しばしの沈黙。
 まさかとは思うが、久我は何か勘づいているのだろうか。でも、どうやって……?


「くっ、久我さんっ。三島社長に会いました? どうでしたか?」

 なぜか沈黙が怖くなり、冬麻は慌てて話しだした。だが質問が悪かったのか、久我は表情を曇らせた。

「ごめん冬麻。もう少しだけ時間がかかりそうだ。むこうの感触としては悪くない。でも今日は書類を交わすことはできなかったんだ」
「そうですか……」

 上手くいかないのは、やはり梶ヶ谷のせいなのだろうか。

「でも大丈夫だよ。必ず成功させるから。グラビティには是非傘下に入ってもらいたい。ビーフ料理ってレストランの要になることが多いから。上手くいったらグラビティの力を他店舗にも活かせるかもしれない」

 久我には思い描いているビジネスビジョンがあるようだ。それを叶えてあげたいとは思うが、このままでは失敗に終わるのだろうか。

「冬麻、そうだ。今日高輪のプロジェクトで一緒の関和さんがおすすめしてくれたお店があるんだ。そこも関和さんがプロデュースに関わった店らしいんだけど、今度俺と一緒に行かない? 料理もいいけど腕のいいパティシエがいるんだって。冬麻甘いもの好きでしょ? だから、どうかなと思って」
「はい! 行きたいです!」

 久我とレストランデートするのは好きだ。仕事柄、レストランの知識のある久我の選ぶ店はどこも素晴らしいし、さらに冬麻の好みまで考慮してくれているから完璧だ。

「じゃあ予約を入れる。日付けは12月3日、でもいいかな……?」
「12月3日?」
「冬麻の誕生日。……俺と過ごしてくれる?」

 毎日顔を合わせている最愛の恋人と誕生日だけ一緒に過ごさないなんて選択肢はない。だが久我はなぜか不安気だ。


「はい。もちろんいいですよ」
「それ、俺と約束してくれる……?」
「はい。約束します」
「そう。よかった。少なくともその日までは冬麻と一緒にいられる……」

 その日まではなんて、なんでそんなことを言う……?


「12月4日もきっと一緒にいますよ。その次の日もです。そうやって気がついたら何十年も経ってるんじゃないですか?」

 久我の言葉が不吉に思えて、それを払拭したくてわざと明るい声をだしたのに、久我は「そうだね」と言いながら表情は曇ったままだった。
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