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55.久我の秘密
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冬麻は品川のイタリア料理の店に連れて行かれた。てっきり普通の席かと思っていたのに、店に着くなり個室に通された。聞けば梶ヶ谷が店側に個室を使わせてもらえるように希望を出したらしい。
「これ。真剣に検討してみてくれないか」
席に着くなり梶ヶ谷が差し出したきたのは、雇用契約書だった。
「なんですかこれ」
「冬麻くん。俺の秘書になってよ」
「え!!」
「俺は秘書は置いてないんだけど、いてくれたら助かるなとは思っていたんだ。冬麻くんさ、我が社においでよ。親父には話つけてあるから」
梶ヶ谷の父親ということは、ミクリヤHDの社長だ。社長に話が通っているということは冬麻さえよければ即採用されるということか。
「どう? 条件は悪くないと思ってるんだけど。何か足りない?」
雇用契約書を見て驚いた。ざっと計算して年収750万はいく、異常な給与だ。
「いや、俺、転職する気なんてないです」
「そんなこと言わないで。久我くんにはもう立派な秘書がいるんだから俺のところにおいでよ」
たしかに冬麻が役に立っているとは思えない。大事な場面は櫂堂がすべて対応しているし、今日だって久我にあっさり置いていかれた。
「実を言うと俺もひとりで大変なんだ。冬麻くんの力を貸してくれたらすごく助かるんだけど」
梶ヶ谷は秘書を必要としているようだ。
久我は梶ヶ谷とは反対に、冬麻が希望したから秘書としてそばに置いてくれているだけで、そうでなければ櫂堂とこの先もやっていたのだろう。
「でも……」
「まぁまぁ、急な話なんだから今決めないで! これ持って帰って検討してみてよ」
梶ヶ谷は押しつけるようにして冬麻に書類を手渡した。返そうと思ったのにそこで料理が運ばれてきてその機会は中断されてしまった。
「そうそう! 久我くんの企業買収の話だよね?」
梶ヶ谷はハイテンポで次の話に続けていく。
「あっ、はい。……あれはどういうことですか?」
飲食業界においてM&Aは珍しいことじゃない。だから久我がM&Aを画策していることはある程度誰にでも予想できることだが、梶ヶ谷は「失敗する」なんて何か知ったようなことを言っていた。
「久我くんは三島社長の会社、グラビティを狙ってるんでしょ?」
「さぁ。俺は知りません」
やっぱりそうだ。梶ヶ谷は久我のグラビティ買収の件を知っているのだ。
「隠さなくていいよ。三島社長から相談されたんだ」
「何をですか?」
「久我くんて、どんな人なのって」
「梶ヶ谷さんに?」
梶ヶ谷は久我を快く思っていない。まさか悪いふうに伝えたりはしていないだろうか……。
「そうだよ。俺が思うとおりに伝えようと思って」
「な、なにを……?」
嫌な予感しかない。久我のあることないことデタラメに話したのではないか。
「久我くんの悪事を全部」
梶ヶ谷はニヤリと不敵な笑みを浮かべた。
「社長は悪いことなんてしてませんよ!」
「へぇ。新米秘書のくせに何を知ってるの? 久我くんは悪い男だよ。冬麻くんも早く離れたほうがいい」
「そんなことない……」
本当のところはどうなんだろう。
たしかに以前の久我は裏の顔を持つ、悪い男だったのかもしれない……。
いや、恋人を信じないでどうする。久我は元から悪い男なんかじゃない。
「すごい久我くんの肩持つねぇ」
「はい。秘書ですから」
「冬麻くんて、本当は秘書以上に久我くんと親密な関係だったりして」
梶ヶ谷からの冬麻を探るような視線。それにドキリとするが、動揺してはいけない。
「……またその話ですか。そんなことあるわけないです。俺、男ですよ?」
この男に知られてはならない。大丈夫、久我と深い関係だという証拠は何もないはずだ。
「俺も男だけど、冬麻くんなら抱けると思うけど」
「は……?」
いや可笑しいだろ、梶ヶ谷は何を言いだすんだ……?
「ねぇ。一度でいいから俺に抱かれてみない?」
「梶ヶ谷さん! ふざけるのはやめましょ——」
「ふざけてない」
梶ヶ谷は冬麻の言葉を遮り、否定した。
「俺はこの前、君に振られて傷ついてるんだよ。冬麻くんのこと諦めようと思ったけどやっぱり無理だ、諦められない」
「え……」
これは冗談じゃないのか。
「恋人になってなんて今さら言わないよ。でも一度でいいから抱かせて欲しい」
「嫌です!」
断るに決まってる。ありえない。いったい梶ヶ谷は何を考えているんだ……?
「そう言われるとわかってた。だから君が抱かせてくれたら、久我くんのM&Aに協力するし、彼の過去の悪事は黙っててやる」
「なんですかそれ……」
「脅しだよ。冬麻くんが断るなら、俺も相応のことをする。受け入れてくれるなら、きちんと見返りを君に返す。そういうこと」
「……そんな話をするなんて狡いです。社長は真面目に仕事をしてるんです。邪魔しないでもらえませんか」
梶ヶ谷は卑怯だ。弱みにつけ込むような真似をしてまでも冬麻にイエスと言わせたいのか。
「俺ね、久我くんのこと嫌いなの」
「……はっきり言いますね」
「うん。冬麻くんは久我くんのこと、好きでしょ?」
「はい。すごくいい社長だと思っています」
「だよね。だったら久我くんのためにひと肌脱いでみたら? 俺は久我くんへの恨みより、冬麻くんのことが好きな気持ちが強いの。だから冬麻くんが抱かせてくれるなら彼への攻撃はしない」
梶ヶ谷は断言した。その言葉を信じてもいいのだろうか。
「これ。真剣に検討してみてくれないか」
席に着くなり梶ヶ谷が差し出したきたのは、雇用契約書だった。
「なんですかこれ」
「冬麻くん。俺の秘書になってよ」
「え!!」
「俺は秘書は置いてないんだけど、いてくれたら助かるなとは思っていたんだ。冬麻くんさ、我が社においでよ。親父には話つけてあるから」
梶ヶ谷の父親ということは、ミクリヤHDの社長だ。社長に話が通っているということは冬麻さえよければ即採用されるということか。
「どう? 条件は悪くないと思ってるんだけど。何か足りない?」
雇用契約書を見て驚いた。ざっと計算して年収750万はいく、異常な給与だ。
「いや、俺、転職する気なんてないです」
「そんなこと言わないで。久我くんにはもう立派な秘書がいるんだから俺のところにおいでよ」
たしかに冬麻が役に立っているとは思えない。大事な場面は櫂堂がすべて対応しているし、今日だって久我にあっさり置いていかれた。
「実を言うと俺もひとりで大変なんだ。冬麻くんの力を貸してくれたらすごく助かるんだけど」
梶ヶ谷は秘書を必要としているようだ。
久我は梶ヶ谷とは反対に、冬麻が希望したから秘書としてそばに置いてくれているだけで、そうでなければ櫂堂とこの先もやっていたのだろう。
「でも……」
「まぁまぁ、急な話なんだから今決めないで! これ持って帰って検討してみてよ」
梶ヶ谷は押しつけるようにして冬麻に書類を手渡した。返そうと思ったのにそこで料理が運ばれてきてその機会は中断されてしまった。
「そうそう! 久我くんの企業買収の話だよね?」
梶ヶ谷はハイテンポで次の話に続けていく。
「あっ、はい。……あれはどういうことですか?」
飲食業界においてM&Aは珍しいことじゃない。だから久我がM&Aを画策していることはある程度誰にでも予想できることだが、梶ヶ谷は「失敗する」なんて何か知ったようなことを言っていた。
「久我くんは三島社長の会社、グラビティを狙ってるんでしょ?」
「さぁ。俺は知りません」
やっぱりそうだ。梶ヶ谷は久我のグラビティ買収の件を知っているのだ。
「隠さなくていいよ。三島社長から相談されたんだ」
「何をですか?」
「久我くんて、どんな人なのって」
「梶ヶ谷さんに?」
梶ヶ谷は久我を快く思っていない。まさか悪いふうに伝えたりはしていないだろうか……。
「そうだよ。俺が思うとおりに伝えようと思って」
「な、なにを……?」
嫌な予感しかない。久我のあることないことデタラメに話したのではないか。
「久我くんの悪事を全部」
梶ヶ谷はニヤリと不敵な笑みを浮かべた。
「社長は悪いことなんてしてませんよ!」
「へぇ。新米秘書のくせに何を知ってるの? 久我くんは悪い男だよ。冬麻くんも早く離れたほうがいい」
「そんなことない……」
本当のところはどうなんだろう。
たしかに以前の久我は裏の顔を持つ、悪い男だったのかもしれない……。
いや、恋人を信じないでどうする。久我は元から悪い男なんかじゃない。
「すごい久我くんの肩持つねぇ」
「はい。秘書ですから」
「冬麻くんて、本当は秘書以上に久我くんと親密な関係だったりして」
梶ヶ谷からの冬麻を探るような視線。それにドキリとするが、動揺してはいけない。
「……またその話ですか。そんなことあるわけないです。俺、男ですよ?」
この男に知られてはならない。大丈夫、久我と深い関係だという証拠は何もないはずだ。
「俺も男だけど、冬麻くんなら抱けると思うけど」
「は……?」
いや可笑しいだろ、梶ヶ谷は何を言いだすんだ……?
「ねぇ。一度でいいから俺に抱かれてみない?」
「梶ヶ谷さん! ふざけるのはやめましょ——」
「ふざけてない」
梶ヶ谷は冬麻の言葉を遮り、否定した。
「俺はこの前、君に振られて傷ついてるんだよ。冬麻くんのこと諦めようと思ったけどやっぱり無理だ、諦められない」
「え……」
これは冗談じゃないのか。
「恋人になってなんて今さら言わないよ。でも一度でいいから抱かせて欲しい」
「嫌です!」
断るに決まってる。ありえない。いったい梶ヶ谷は何を考えているんだ……?
「そう言われるとわかってた。だから君が抱かせてくれたら、久我くんのM&Aに協力するし、彼の過去の悪事は黙っててやる」
「なんですかそれ……」
「脅しだよ。冬麻くんが断るなら、俺も相応のことをする。受け入れてくれるなら、きちんと見返りを君に返す。そういうこと」
「……そんな話をするなんて狡いです。社長は真面目に仕事をしてるんです。邪魔しないでもらえませんか」
梶ヶ谷は卑怯だ。弱みにつけ込むような真似をしてまでも冬麻にイエスと言わせたいのか。
「俺ね、久我くんのこと嫌いなの」
「……はっきり言いますね」
「うん。冬麻くんは久我くんのこと、好きでしょ?」
「はい。すごくいい社長だと思っています」
「だよね。だったら久我くんのためにひと肌脱いでみたら? 俺は久我くんへの恨みより、冬麻くんのことが好きな気持ちが強いの。だから冬麻くんが抱かせてくれるなら彼への攻撃はしない」
梶ヶ谷は断言した。その言葉を信じてもいいのだろうか。
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