上 下
65 / 124

53.伝わらない? ※

しおりを挟む
 スイートルームで恋人とふたりきりの夜。何も言わなくても目が合うだけで甘い時間になるに決まっているシチュエーション。



「冬麻。いいんだよね……?」

 ベッドの上、久我に組み敷かれるような格好で、久我に言われて冬麻は頷いた。

「本当に、いいの?」

 久我はどこか不安そうだ。久我とは数えきれないくらい身体を重ねてきたのだから、もはやスキンシップのひとつみたいなものだと冬麻は思っているのに。
 冬麻が久我の身体を自分に引き寄せるように久我の首に両腕を回すと、やっと久我が冬麻の唇にキスをした。

「……んっ……あっ……」

 冬麻が吐息を漏らすと、その隙に久我が冬麻の口内に侵入してくる。口蓋まで舐められ、すべてを奪われるような久我の少し強引なキスはたまらなくいい。

 唇を重ねたまま、久我が冬麻の身体を確かめるように撫で回す。久我に触れられ、キスをされ、冬麻の身体は次第に熱を帯びてくる。
 久我に求められると、自分は久我に必要とされていると思えてきて、嬉しくなる。

 下着に手をかけられ、あっという間にそれらを取り払われ、じかに握られる。

「あっ……はぁっ……」

 久我は冬麻がどこをどうされたいのか全部知っている。久我の手により、あっという間に勃ち上がり、全身が痺れるくらいの快感にのまれていく。

「冬麻。気持ちいい?」

 久我は冬麻の乳首にキスしたあとそこへ愛撫を続ける。

 散々身体を愛撫されたあと、冬麻の期待どおりに久我は冬麻の足を開き、後孔をローションとともに弄る。
 いつも久我は丁寧にそこをほぐしてくれる。優しすぎて冬麻がじれったくなるくらいだ。きっと冬麻がちゃんと気持ちよくなれるよう配慮してくれているのだろう。その気遣いも素直に嬉しいと思う。

「ああっ……!」

 冬麻は突然身体を震わせる。久我の指でそこに触れられると、全身に快楽の波が押し寄せてきた。

「はぁっ……! 久我さ、気持ちい……」

 やばいやばい。もうイってしまいそうだ。

「冬麻。もっと気持ち良くなって」

 既に限界なのに、久我の手でそれを掌握されたらひとたまりもない。

「あっ……! 待って、むり……イっちゃうから……」
「イっていいよ」

 そんな言葉を囁かれても困る。冬麻としてはそれは不本意だから。

「久我さん、お願い……」

 冬麻は久我の下半身に手を伸ばす。

「はやく、きて……俺もうやばいから……」

 冬麻がねだると、久我は応えてくれた。
 久我と繋がる瞬間。
 たまらなくなり、声が漏れる。

「冬麻。好きだ」

 久我に抱かれて、愛を囁かれて、もう何も考えられなくなる。
 互いのみっともない、こんな淫らな姿をさらけ出しているのに愛おしいと思うのはどうしてだろう。

「好きだよ。冬麻。愛してる。好きだ。好きだ。好きだ……」

 冬麻のことをこんなにも愛してくれる人は他にいない。
 できることならずっと一緒にいたい。

「あっ……はぁ……久我さんっ……久我さんっ……」

 この人が欲しくてたまらない。全部欲しい。心も身体も全部——。



 

「冬麻……」

 夜中に、名前を呼ばれた気がして目が覚める。冬麻の名前を呼んでいるのは隣で眠っている久我だ。

「とう……ま……」

 悲痛な声。久我のほうを振り返ると、久我は悪い夢でも見ているのか、眉間にしわをよせ、うなされている。

 ——どうしたんだろう……。

 不眠がちな久我も、最近は「冬麻が一緒だとよく眠れるんだ」と言って穏やかに眠ることが多かったのに。

 昨日の梶ヶ谷との電話のことを思い出した。久我は、冬麻には見せないけれど、何か悩んでいることがあるのかもしれない。
 久我は社長業だから、人一倍大変なことは多いのだろう。
 
「俺はここにいますよ」

 冬麻が久我の額に軽くくちづけ、久我の肩を撫でると少し久我の表情が和らいだ気がする。 

「久我さん」

 冬麻は久我の身体に身を寄せる。触れ合っていれば夢でも冬麻を見失うことはないかな、なんて思った。

「ずっとそばにいますから」

 久我はいつも冬麻を助けてくれる。冬麻もそんな久我を支えたいと思っている。
 冬麻ができることなんてなにもないとわかっているけれども。

「好きです……大好き……」

 冬麻は最愛の恋人の左腕に額を寄せ、その腕をそっと両手で包み込んだ。





「久我さんてこんなに甘えんぼでしたか?」
「うん。冬麻から離れたくないの」

 久我は朝から冬麻にべったりだ。

 九時になったので、冬麻がホテルのダイニングテーブルに上にPCや資料を広げて仕事を開始していたら、久我が寄ってきて隣の椅子に座り、冬麻を横から抱き締めてきた。
 久我の髪がさわさわと頬に当たってくすぐったいし、抱きつかれているとどうも気になって仕事に集中できない。
 この状態がかれこれ二十分は続いている。

「十時から、リモート会議なんですよね?」

 久我は会議のホストだ。こんなことしていないでホストとして事前に準備することはないのかと叱ってやりたい。

「このまま出席する」
「はい?!」
「だって離れたくない……」
「何言ってるんですか! 離れてくださいね!」

 きっと冗談だと冬麻も思っているが、久我は時々冗談じゃすまないこともあるので恐ろしい。

「じゃあ会議に出ない」
「久我さんが欠席したら会議自体がなくなっちゃいますよ! みんな社長にプレゼンしたくて準備してるのに駄目です!」

 立場を問わず社内からアイデアを募り、社長をはじめ、幹部の者に社内プレゼンする企画だ。そこに久我がいなかったら成り立たない。

「久我さんがリモート参加になったって伝えただけでも残念がって、直接社長に会いたかったって言ってた人もいたんですよ?」

 久我の顔を見ながらビシッと言ってやろうと冬麻が久我を振り返った瞬間。



 振り返りざま、久我に唇を奪われた。

「……んっ……」

 久我の両手で頭をがっちり抑えられているので逃げられず、何度もキスをされる。

「離しっ……あっ……」

 キスは激しくなっていく。
 久我の止まないキス。いつもとは違って、必死で冬麻を求めるかのような荒々しく野蛮なキス。
 冬麻はそれを受け入れ、息をするのが精一杯だ。

「やめっ……はぁっ……」

 息が苦しい。朝からどうしてこんな目に遭っているんだろう。

「久我さんってば!」

 あまりにしつこいので久我の頭をつかんで引き離そうとしたら、久我が冬麻から離れてくれた。

「久我さん、どうしたんですか?! 可笑しいですよ?!」
「可笑しい……?」
「はい。いつもだったら俺の嫌がることしないじゃないですか。久我さんらしくないですっ……」

 冬麻のその言葉を聞いた瞬間、久我はスッと身をひいた。


「嫌だったんだ……ごめん……」

 久我は力なく言い、立ち去っていく。その背がやけにさみしそうに見えて胸騒ぎがした。

 ——まさか変な誤解をしてないよな。

 久我からのキスとかスキンシップが嫌なわけじゃない。仕事中なのに、それが過度だったから嫌だと思っただけだ。

 でも、もし、久我のそういう行為を嫌がってると勘違いされたら……?
 こんなことで久我が冬麻に触れてくれなくなったら……。

 

 冬麻は立ち上がり、久我を追いかける。

「久我さんっ……!」

 声をかけたかったが、久我は仕事の電話をしていることに気がついてそれ以上の言葉は口をつぐんだ。

「いいよ。……そうだな、それでいこう」

 仕事の電話中に邪魔をしてはいけないと思っているが、冬麻は久我の正面からゆっくりと近づいていく。
 久我も電話をしながらも冬麻に気がついて驚き、目をしばたかせている。

 冬麻は何も言わずにそっと久我に身体を寄せて、久我に抱きついた。
 話はできなくても、気持ちをわかって欲しくて。

 久我も左腕で冬麻の背を撫でてくれている。突然抱きついてきた冬麻のことを受け入れてくれているようだ。背中に感じるその手のぬくもりがすごく心地よい。

「それは、実際見てから考える。だが君が目をかけているということはそれだけで評価に値するから、事前にそれを知れてよかったよ」

 久我が声を発すると、震える久我の声帯の振動が伝わってきて久我のすぐ近くにいるんだなと実感する。
 

 通話が終わるなり、久我は冬麻の顔を覗き込んできた。

「冬麻、びっくりしたよ!」
「ごめんなさい。でも、なんか……心配になって……」
「心配?」
「あの……さっきの話で……誤解されてなかったらべっ、別にいいんですけど……」
「うん?」
「い、嫌ってキスが嫌とかそういう意味じゃないですからねっ!」

 冬麻は久我を見上げる。

「仕事中にあまりくっ付かれたりそういうことされると、集中できないし、なんか……変な気持ちになっちゃうから……やめてほしいっていう意味で……あの……久我さんのことが嫌いなわけないのにそう思われたらさみしいなって思って……」
「冬麻……」

 久我はものすごく嬉しそうな顔をして、冬麻の髪を撫でた。

「俺が誤解したかもって心配して俺のところにきてくれたの?」
「はい……俺こそ仕事の邪魔してすみません……」
「邪魔なんてことあるわけない。それ、俺が一番して欲しいこと。今の俺、どれだけやばいかわかる? 冬麻は全然自覚ないみたいだけど、冬麻にそんな可愛いこと言われたら、俺はもう死ぬほど嬉しいんだから!」
「はっ……?」

 なんだかわからないが、久我にものすごく喜ばれている。

「冬麻。ありがとう」

 久我は冬麻の額に軽くくちづけた。

「俺、冬麻のこと信じてるから……」
「えっ……?」

 信じるって……何を……?

「あー、もう十時だ!」

 久我は慌てて仕事の準備に取りかかり始めた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

婚約者まで横取りされました〜私の手柄を横取りする妹〜

白山さくら
恋愛
「お姉様ぁ、これ私も欲しいな♡」これが妹アリシアの口癖。そして今回彼女が奪っていったのは私の婚約者だった…

所詮は他人事と言われたので他人になります!婚約者も親友も見捨てることにした私は好きに生きます!

ユウ
恋愛
辺境伯爵令嬢のリーゼロッテは幼馴染と婚約者に悩まされてきた。 幼馴染で親友であるアグネスは侯爵令嬢であり王太子殿下の婚約者ということもあり幼少期から王命によりサポートを頼まれていた。 婚約者である伯爵家の令息は従妹であるアグネスを大事にするあまり、婚約者であるサリオンも優先するのはアグネスだった。 王太子妃になるアグネスを優先することを了承ていたし、大事な友人と婚約者を愛していたし、尊敬もしていた。 しかしその関係に亀裂が生じたのは一人の女子生徒によるものだった。 貴族でもない平民の少女が特待生としてに入り王太子殿下と懇意だったことでアグネスはきつく当たり、婚約者も同調したのだが、相手は平民の少女。 遠回しに二人を注意するも‥ 「所詮あなたは他人だもの!」 「部外者がしゃしゃりでるな!」 十年以上も尽くしてきた二人の心のない言葉に愛想を尽かしたのだ。 「所詮私は他人でしかないので本当の赤の他人になりましょう」 関係を断ったリーゼロッテは国を出て隣国で生きていくことを決めたのだが… 一方リーゼロッテが学園から姿を消したことで二人は王家からも責められ、孤立してしまうのだった。 なんとか学園に連れ戻そうと試みるのだが…

【R18】らぶえっち短編集

おうぎまちこ(あきたこまち)
恋愛
調べたら残り2作品ありました、本日投稿しますので、お待ちくださいませ(3/31)  R18執筆1年目の時に書いた短編完結作品23本のうち商業作品をのぞく約20作品を短編集としてまとめることにしました。 ※R18に※ ※毎日投稿21時~24時頃、1作品ずつ。 ※R18短編3作品目「追放されし奴隷の聖女は、王位簒奪者に溺愛される」からの投稿になります。 ※処女作「清廉なる巫女は、竜の欲望の贄となる」2作品目「堕ちていく竜の聖女は、年下皇太子に奪われる」は商業化したため、読みたい場合はムーンライトノベルズにどうぞよろしくお願いいたします。 ※これまでに投稿してきた短編は非公開になりますので、どうぞご了承くださいませ。

二人の公爵令嬢 どうやら愛されるのはひとりだけのようです

矢野りと
恋愛
ある日、マーコック公爵家の屋敷から一歳になったばかりの娘の姿が忽然と消えた。 それから十六年後、リディアは自分が公爵令嬢だと知る。 本当の家族と感動の再会を果たし、温かく迎え入れられたリディア。 しかし、公爵家には自分と同じ年齢、同じ髪の色、同じ瞳の子がすでにいた。その子はリディアの身代わりとして縁戚から引き取られた養女だった。 『シャロンと申します、お姉様』 彼女が口にしたのは、両親が生まれたばかりのリディアに贈ったはずの名だった。 家族の愛情も本当の名前も婚約者も、すでにその子のものだと気づくのに時間は掛からなかった。 自分の居場所を見つけられず、葛藤するリディア。 『……今更見つかるなんて……』 ある晩、母である公爵夫人の本音を聞いてしまい、リディアは家族と距離を置こうと決意する。  これ以上、傷つくのは嫌だから……。 けれども、公爵家を出たリディアを家族はそっとしておいてはくれず……。 ――どうして誘拐されたのか、誰にひとりだけ愛されるのか。それぞれの事情が絡み合っていく。 ◇家族との関係に悩みながらも、自分らしく生きようと奮闘するリディア。そんな彼女が自分の居場所を見つけるお話です。 ※この作品の設定は架空のものです。 ※作品の内容が合わない時は、そっと閉じていただければ幸いです(_ _) ※感想欄のネタバレ配慮はありません。 ※執筆中は余裕がないため、感想への返信はお礼のみになっておりますm(_ _;)m

噂好きのローレッタ

水谷繭
恋愛
公爵令嬢リディアの婚約者は、レフィオル王国の第一王子アデルバート殿下だ。しかし、彼はリディアに冷たく、最近は小動物のように愛らしい男爵令嬢フィオナのほうばかり気にかけている。 ついには殿下とフィオナがつき合っているのではないかという噂まで耳にしたリディアは、婚約解消を申し出ることに。しかし、アデルバートは全く納得していないようで……。 ※二部以降雰囲気が変わるので、ご注意ください。少し後味悪いかもしれません(主人公はハピエンです) ※小説家になろうにも掲載しています ◆表紙画像はGirly Dropさんからお借りしました (旧題:婚約者は愛らしい男爵令嬢さんのほうがお好きなようなので、婚約解消を申し出てみました)

前世で処刑された聖女、今は黒薬師と呼ばれています

矢野りと
恋愛
旧題:前世で処刑された聖女はひっそりと生きていくと決めました〜今世では黒き薬師と呼ばれています〜 ――『偽聖女を処刑しろっ!』 民衆がそう叫ぶなか、私の目の前で大切な人達の命が奪われていく。必死で神に祈ったけれど奇跡は起きなかった。……聖女ではない私は無力だった。 何がいけなかったのだろうか。ただ困っている人達を救いたい一心だっただけなのに……。 人々の歓声に包まれながら私は処刑された。 そして、私は前世の記憶を持ったまま、親の顔も知らない孤児として生まれ変わった。周囲から見れば恵まれているとは言い難いその境遇に私はほっとした。大切なものを持つことがなによりも怖かったから。 ――持たなければ、失うこともない。 だから森の奥深くでひっそりと暮らしていたのに、ある日二人の騎士が訪ねてきて……。 『黒き薬師と呼ばれている薬師はあなたでしょうか?』 基本はほのぼのですが、シリアスと切なさありのお話です。 ※この作品の設定は架空のものです。 ※一話目だけ残酷な描写がありますので苦手な方はご自衛くださいませ。 ※感想欄のネタバレ配慮はありません(._.)

【R18】お嫁さんスライム娘が、ショタお婿さんといちゃらぶ子作りする話

みやび
恋愛
タイトル通りのエロ小説です。 前話 【R18】通りかかったショタ冒険者に襲い掛かったスライム娘が、敗北して繁殖させられる話 https://www.alphapolis.co.jp/novel/902071521/384412801 ほかのエロ小説は「タイトル通りのエロ小説シリーズ」まで

壁の花令嬢の最高の結婚

晴 菜葉
恋愛
 壁の花とは、舞踏会で誰にも声を掛けてもらえず壁に立っている適齢期の女性を示す。  社交デビューして五年、一向に声を掛けられないヴィンセント伯爵の実妹であるアメリアは、兄ハリー・レノワーズの悪友であるブランシェット子爵エデュアルト・パウエルの心ない言葉に傷ついていた。  ある日、アメリアに縁談話がくる。相手は三十歳上の財産家で、妻に暴力を働いてこれまでに三回離縁を繰り返していると噂の男だった。  アメリアは自棄になって家出を決行する。  行く当てもなく彷徨いていると、たまたま賭博場に行く途中のエデュアルトに出会した。  そんなとき、彼が暴漢に襲われてしまう。  助けたアメリアは、背中に消えない傷を負ってしまった。  乙女に一生の傷を背負わせてしまったエデュアルトは、心底反省しているようだ。 「俺が出来ることなら何だってする」  そこでアメリアは考える。  暴力を振るう亭主より、女にだらしない放蕩者の方がずっとマシ。 「では、私と契約結婚してください」 R18には※をしています。    

処理中です...