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52.電話
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軽井沢屈指のラグジュアリーホテルに到着するなり、久我は取引先の社長と連絡を取り合ってホテルのバーラウンジへと向かった。冬麻はチェックイン諸々手続きをし、しばらくは部屋で待機だ。
久我はこのホテルのプラチナ会員で、チェッインのときに「部屋をグレードアップしました」と案内されたが、まさかのスイートルームだった。
部屋のテーブルの上には『久我様、いつもご利用ありがとうございます』と支配人手書きのメモと共にホテルブランドのチョコレートが置かれている。
久我が出張に行ったときに「ホテルから貰ったんだ」と冬麻に手渡してくる菓子はこうやってもらったものなのか、と妙に納得した。
せっかくだから満喫しようと広いバスタブにぬるめの湯を張り、のんびり過ごした。
それからメインベッドルームにあった特大サイズのベッドに転がった。寝転びながらサブスク動画でも見ようかと思ってスマホを手に取ったとき、着信があった。
梶ヶ谷からだ。
出るのが嫌でスルーしたが、着信履歴をみると何度も着信があった。
いったい何の用なんだ……?
梶ヶ谷には「恋人がいる」と伝えたし「無理だ」と断ったのに。
再び梶ヶ谷からの着信だ。
冬麻はハァと溜め息をついてから、着信を取った。
「はい」
『あ! やったあ! やっと出てくれた!』
冬麻はぶっきらぼうな態度なのに、梶ヶ谷はテンション高めに喜んでいる。
「なんですか」
『冬麻くんの声、久しぶりだぁ。しばらく聞いてなかったから聞けて嬉しいよ』
「はぁ……」
『わかってるよ。別に俺の恋人になって欲しいっていう話じゃない。ただ、久我くんの話をしようかなって思っただけ』
「久我さんの話……?」
なんだろう。すごく気になる。久我についての噂話だろうか。
『ん……? あーそうそう。久我さんのお話。久我くん、最近様子がおかしいよね? 何か悩み事でもあるのかな。事業が上手くいってないとか?』
「えっ……おかしいですか?!」
ずっと一緒にいたのに、久我のそんな変化にはまったく気がつかなかった。
冬麻が見る限りは、久我はいつも通り優しくてニコニコ笑っている。
『冬麻くんは何も知らないの? 俺ね、あんな久我くん初めて見たけど』
「なにがあったんですか。詳しく教えてくださいっ」
『食いつくなぁ。さすが仕事熱心な久我くんの秘書だね』
「はい。知りたいです。社長がどうしたんですか?!」
『不動産プロデューサーの関和代表と久我くんが手を組んでやってる高輪のビルのテナントリーシング事業があるじゃない?』
「高輪の仕事……」
そうだ。久我は最近、高輪の駅近くのテナントビルへの誘致の仕事を手伝っていると言っていた。
テナントリーシングとは、賃貸物件にテナントを誘致し、契約成立をサポートする営業活動のことだ。
高輪のビルには一貫したテーマ性のある飲食店を誘致したいらしく、知り合いの社長に声をかけられてミシュランの星を持っているフレンチレストランのシェフのカジュアルレストラン出店を狙っているとかなんとか……。パリの街角にあるようなベーカリーカフェを名のあるブーランジェリーに展開させたいとかなんとか……。
『あれさ、うちの会社もその中に出店させてもらいたくて俺がふたりに会いに行ったの』
「そうだったんですか……」
久我の仕事内容は多岐にわたる。櫂堂ならすべて把握しているかもしれないが、冬麻はまだあやふやだ。
『そしたらさぁ! あの久我くんが、ミスしたんだ。書類の渡し間違い。関和代表と話しててもどこか上の空。ぼんやりしてるし。俺さ、完璧な久我くんしか見たことないから、びっくりしたよ』
「俺も、失敗する久我さん見たことないです……」
『でしょ? 絶対に何かあったと思ってさ。どうしたんだろうね?』
「さぁ……。俺、秘書なのに気づけませんでした……。社長はいつもどおりで、悩んでる様子なんてないんです……」
久我に悩みがあるなら、話して欲しいのに。どうせ冬麻には解決できないようなことなのだろうが、それでもひとりで悩んでいるなんて、頼られないなんて少しさみしく感じる。
『冬麻くんの前ではそうなんだ』
「はい……」
久我に直球で聞いてみようか。それでも「心配しないで大丈夫。俺がなんとかする」なんて言って冬麻の知らないうちに悩みも解決してしまいそうなタイプだが。
『今度、陰からこっそり久我くんの様子を見てみたら?』
「はい?!」
『なんかさ、久我くんが三島社長に会いに、ルーデイズステーキハウスに来るんだって。あ、俺と冬麻くんが初めて会って食事をしたレストランだよ。憶えてる?』
「憶えてます」
『久我くんが来るときに俺と一緒に店に行こうよ。で、バレないように陰から久我くんの様子を伺うんだ。どう?』
「それは……」
冬麻の知らない顔の久我を見てみたい気もする。でも、もし陰から見ていたことが久我にバレたら……?
久我にはストーカーはするなと言っておきながら、これは一種のストーカー行為なんじゃないのか……?
『大丈夫。バレないよ。心配なら変装でもしてみたら?』
「へっ、変装?!」
『うん。俺もしようかな。なんかそういうの楽しいじゃん? カラーワックスとか、変なメガネかけてみる?』
「俺は真剣なのに、梶ヶ谷さんはふざけてませんか?」
『まぁね。ふざけてる。あ! 本気出して冬麻くんを女の子にしてあげようか?! 知り合いにそういうのが得意な奴がいるんだよ』
「ちょっと待って……」
女装とか、もし知り合いに気づかれたら憤死するぞ。
『似合いそうだなー! 冬麻くん、小柄だし実は可愛いから』
「可愛いくないです!」
『そんなことない、可愛いよ。俺、大好き』
「だっ……」
こいつは遊び人なのか?! さらっと大好きとか言われると冗談とわかっていてもドキッとするからやめて欲しい。
『ごめん。下心はないから。レストランのあとホテルに誘ったりはしない』
「当たり前です!」
『その代わり、キスくらいはさせてよね?』
「キス……?!」
ふざけやがって、目の前にいたら殴ってるところだ。
「ねぇ、冬麻。誰と話してるの?」
え……。
話に夢中になっていて、いつ久我が部屋に戻ってきたのか気がつかなかった。
久我に、梶ヶ谷との話を聞かれていた……?
「俺、シャワー浴びてくる」
久我に怒っている様子はなかった。久我はホテル備え付けのルームウェアを手に取り、その場を立ち去った。
久我はこのホテルのプラチナ会員で、チェッインのときに「部屋をグレードアップしました」と案内されたが、まさかのスイートルームだった。
部屋のテーブルの上には『久我様、いつもご利用ありがとうございます』と支配人手書きのメモと共にホテルブランドのチョコレートが置かれている。
久我が出張に行ったときに「ホテルから貰ったんだ」と冬麻に手渡してくる菓子はこうやってもらったものなのか、と妙に納得した。
せっかくだから満喫しようと広いバスタブにぬるめの湯を張り、のんびり過ごした。
それからメインベッドルームにあった特大サイズのベッドに転がった。寝転びながらサブスク動画でも見ようかと思ってスマホを手に取ったとき、着信があった。
梶ヶ谷からだ。
出るのが嫌でスルーしたが、着信履歴をみると何度も着信があった。
いったい何の用なんだ……?
梶ヶ谷には「恋人がいる」と伝えたし「無理だ」と断ったのに。
再び梶ヶ谷からの着信だ。
冬麻はハァと溜め息をついてから、着信を取った。
「はい」
『あ! やったあ! やっと出てくれた!』
冬麻はぶっきらぼうな態度なのに、梶ヶ谷はテンション高めに喜んでいる。
「なんですか」
『冬麻くんの声、久しぶりだぁ。しばらく聞いてなかったから聞けて嬉しいよ』
「はぁ……」
『わかってるよ。別に俺の恋人になって欲しいっていう話じゃない。ただ、久我くんの話をしようかなって思っただけ』
「久我さんの話……?」
なんだろう。すごく気になる。久我についての噂話だろうか。
『ん……? あーそうそう。久我さんのお話。久我くん、最近様子がおかしいよね? 何か悩み事でもあるのかな。事業が上手くいってないとか?』
「えっ……おかしいですか?!」
ずっと一緒にいたのに、久我のそんな変化にはまったく気がつかなかった。
冬麻が見る限りは、久我はいつも通り優しくてニコニコ笑っている。
『冬麻くんは何も知らないの? 俺ね、あんな久我くん初めて見たけど』
「なにがあったんですか。詳しく教えてくださいっ」
『食いつくなぁ。さすが仕事熱心な久我くんの秘書だね』
「はい。知りたいです。社長がどうしたんですか?!」
『不動産プロデューサーの関和代表と久我くんが手を組んでやってる高輪のビルのテナントリーシング事業があるじゃない?』
「高輪の仕事……」
そうだ。久我は最近、高輪の駅近くのテナントビルへの誘致の仕事を手伝っていると言っていた。
テナントリーシングとは、賃貸物件にテナントを誘致し、契約成立をサポートする営業活動のことだ。
高輪のビルには一貫したテーマ性のある飲食店を誘致したいらしく、知り合いの社長に声をかけられてミシュランの星を持っているフレンチレストランのシェフのカジュアルレストラン出店を狙っているとかなんとか……。パリの街角にあるようなベーカリーカフェを名のあるブーランジェリーに展開させたいとかなんとか……。
『あれさ、うちの会社もその中に出店させてもらいたくて俺がふたりに会いに行ったの』
「そうだったんですか……」
久我の仕事内容は多岐にわたる。櫂堂ならすべて把握しているかもしれないが、冬麻はまだあやふやだ。
『そしたらさぁ! あの久我くんが、ミスしたんだ。書類の渡し間違い。関和代表と話しててもどこか上の空。ぼんやりしてるし。俺さ、完璧な久我くんしか見たことないから、びっくりしたよ』
「俺も、失敗する久我さん見たことないです……」
『でしょ? 絶対に何かあったと思ってさ。どうしたんだろうね?』
「さぁ……。俺、秘書なのに気づけませんでした……。社長はいつもどおりで、悩んでる様子なんてないんです……」
久我に悩みがあるなら、話して欲しいのに。どうせ冬麻には解決できないようなことなのだろうが、それでもひとりで悩んでいるなんて、頼られないなんて少しさみしく感じる。
『冬麻くんの前ではそうなんだ』
「はい……」
久我に直球で聞いてみようか。それでも「心配しないで大丈夫。俺がなんとかする」なんて言って冬麻の知らないうちに悩みも解決してしまいそうなタイプだが。
『今度、陰からこっそり久我くんの様子を見てみたら?』
「はい?!」
『なんかさ、久我くんが三島社長に会いに、ルーデイズステーキハウスに来るんだって。あ、俺と冬麻くんが初めて会って食事をしたレストランだよ。憶えてる?』
「憶えてます」
『久我くんが来るときに俺と一緒に店に行こうよ。で、バレないように陰から久我くんの様子を伺うんだ。どう?』
「それは……」
冬麻の知らない顔の久我を見てみたい気もする。でも、もし陰から見ていたことが久我にバレたら……?
久我にはストーカーはするなと言っておきながら、これは一種のストーカー行為なんじゃないのか……?
『大丈夫。バレないよ。心配なら変装でもしてみたら?』
「へっ、変装?!」
『うん。俺もしようかな。なんかそういうの楽しいじゃん? カラーワックスとか、変なメガネかけてみる?』
「俺は真剣なのに、梶ヶ谷さんはふざけてませんか?」
『まぁね。ふざけてる。あ! 本気出して冬麻くんを女の子にしてあげようか?! 知り合いにそういうのが得意な奴がいるんだよ』
「ちょっと待って……」
女装とか、もし知り合いに気づかれたら憤死するぞ。
『似合いそうだなー! 冬麻くん、小柄だし実は可愛いから』
「可愛いくないです!」
『そんなことない、可愛いよ。俺、大好き』
「だっ……」
こいつは遊び人なのか?! さらっと大好きとか言われると冗談とわかっていてもドキッとするからやめて欲しい。
『ごめん。下心はないから。レストランのあとホテルに誘ったりはしない』
「当たり前です!」
『その代わり、キスくらいはさせてよね?』
「キス……?!」
ふざけやがって、目の前にいたら殴ってるところだ。
「ねぇ、冬麻。誰と話してるの?」
え……。
話に夢中になっていて、いつ久我が部屋に戻ってきたのか気がつかなかった。
久我に、梶ヶ谷との話を聞かれていた……?
「俺、シャワー浴びてくる」
久我に怒っている様子はなかった。久我はホテル備え付けのルームウェアを手に取り、その場を立ち去った。
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