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番外編 忘れられない一日7

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「待ってて」

 久我は隣の部屋に入り、すぐにもどってきた。手には小さな箱をふたつ持っている。

「注文したものが出来上がって、今日取りにいったんだ。いつ渡そうかと思っていたけど、まさか今になるとは思わなかった」

 久我が手にしていた箱をパカッと開ける。その箱の形状からもしかしたらとは思ったが、中身は指輪だった。
 シンプルなデザインのプラチナリング。サイズ違いのお揃いのもので、それはどう見てもエンゲージリングだ。
 久我はふたつの指輪のケースを開けたままローテーブルの上に並べて置いた。


 久我は背筋を正して、冬麻の目の前に立った。白のタキシードの襟も正し、真摯な目で冬麻を見つめている。

「冬麻」

 穏やかで優しい声だ。

「俺は、健やかなるときも病めるときも、喜びのときも悲しみのときも、冬麻を愛し、敬い、命ある限り真心を尽くすと誓います」

 久我は愛おしそうに冬麻だけを見ている。

「冬麻は、俺を愛し、敬い、命ある限りそばにいると誓ってくれますか?」

 婚礼のときの正装・白タキシードを身にまとっている冬麻の恋人は、冬麻の返事を優しい笑みを浮かべて静かに待っている。

 ああ、信じられない。どうして急にこんな結婚式みたいなことを……。
 でも冬麻の答えに迷いはない。ずっとこの人と一緒にいると決めたのだから。
 

「はい。誓います」

 冬麻が答えると、久我が声を詰まらせ、静かに涙をこぼした。

「ちょっと待って……」

 久我は左手で目を覆い、肩を震わせている。でもすぐに心を落ち着かせ、再び冬麻を見た。


「指輪交換しよう。冬麻、左手貸して」

 久我は置いてあった指輪のうちのひとつを取り、冬麻の左手をそっと引き寄せる。

「とりあえず今だけはつけてて。明日になったら外していいから」

 久我は冬麻の左手薬指に指輪をはめた。

「冬麻。俺の指輪、冬麻がはめてくれる?」

 久我は冬麻にもう片方の指輪を差し出してきた。 

「わかりました」

 冬麻は頷いて、指輪を受け取った。

 久我の左手をとり、その薬指に指輪をはめる。久我は「ありがとう」と微笑んだ。

「久我さんも明日になったら外してくださいね」

 久我が左手薬指にエンゲージリングをしていたら大騒ぎになる。未婚なのにこんなものを着けて会社に行くわけにはいかないだろう。

「俺は一生外さないけどね」
「えっ! 何言ってるんですか!」

 そんなことあり得ない。久我だって左手薬指に指輪をすることの意味くらいはわかっているはずだ。

「だって冬麻が俺にはめてくれたんだ。だから一生外さない」
「いや、何度でも着けてあげますからっ」

 久我は首を横に振る。

「俺には心に決めた人がいる。それなのに未婚だって言い寄られるのは嫌だからって説明するから。決して冬麻には迷惑がかからないようにする。だから、このまま指輪をつけていてもいい?」
「そんな……」

 これからしばらくの間、社内の噂話は、社長のエンゲージリングについてで決まりだ。
 そんな危険を犯してまで指輪をつけていたいのか。

「指輪を見るたびに冬麻のこと思い出すよ。幸せだなぁ」

 久我は日常的に指輪をつけることを全然恐れてはいないようだ。



「冬麻。誓いのキスしよう」
「えっ! そこまでするんですか?!」
「もちろん」

 久我は冬麻の両肩に手をのせ、冬麻の唇に唇を寄せてくる。

「えっ! ちょっと……」

 いきなりのことで冬麻は戸惑っているのに、久我はそんなことはお構いなしに迫ってくる。
 こんなことをするなんて恥ずかしいけど、嫌ではない。冬麻が目を閉じるとすぐに久我が優しく唇を重ねてきた。

「冬麻。大好き。愛してる」

 久我はそのまま冬麻を抱き締める。
 久我の腕の中に閉じ込められる。こうしていられる時間が冬麻はとても好きだ。久我に抱き締められていると、何が起きても大丈夫だと思えるくらいに安心する。
 
 冬麻も久我の背に両腕を回す。そのままぎゅっと久我の身体を抱き締めた。




「冬麻。俺、まだ冬麻とやりたいことがあるんだけど」

 冬麻を抱き締めながら、久我は囁いてきた。

「まだあるんですか?!」
「うん。冬麻。俺とファーストバイトしてくれる?」
「ファ、ファーストバイト……」

 そんな照れくさいことを一緒にやれって言うのか?!

「俺、冬麻とファーストバイトやりたい。どうしてもやりたい」

 久我は冬麻の顔をじっと見つめながら、すごく真面目にとんでもないことを言っている。


「そうだ!」

 久我はキッチンに向かい、冷蔵庫からフルーツパフェとスプーンをふたつ持ってきた。
 それをローテーブルの上に置き、冬麻をその目の前のソファに座らせる。

「本気ですか?!」
「うん。ほら、まずは俺から冬麻に」

 久我はスプーンで生クリームとハート型のイチゴをすくって冬麻の目の前に運んできた。

「えっ、さすがに恥ずかしいです……」
「いいからいいから。ほら、あーんして、冬麻」

 うわぁ。これ、相当恥ずかしい!

「ほら早く! 冬麻にファーストバイトです!」

 そんなこと言うなよ! 余計に恥ずかしくなるわ!

 久我は冬麻が口を開けるまでニコニコしたままずっと待機している。

 はぁもう。やるしかない……。

 冬麻が口を開けると、久我はそこにスプーンを差し込んできた。
 そのまま食べると、甘い生クリームとイチゴは、とても美味しかった。


「次は俺ね。はい、冬麻」

 久我は冬麻にスプーンを手渡してきた。仕方がないので、それで生クリームとメロンとすくって久我の口元へ運ぶ。
 久我はそれをなんの躊躇もなくパクリと食べた。


「楽しかったですか? 久我さん」
「うん」

 久我は満面の笑みを浮かべている。こんなにかっこいい服を着ているのに顔が緩みすぎていて、せっかくの白タキシードが台無しだ。


「あ! 冬麻!」

 久我が突然声を上げるから「えっ! なんですか!」と冬麻もビクッとする。

「冬麻の顔にクリームが付いてる」

 久我は冬麻の顔をまじまじと覗いてきた。

「わっ、すいませ——」

 慌ててそれを冬麻が拭こうとした時だ。

 久我は冬麻の唇の端をぺろりと舐めた。そしてそのまま冬麻の唇にキスをする。

「……んんっ……!」

 やばい。久我は冬麻にディープなキスを求めている。

「待っ……!」

 言葉を発しようと口を開いたのがいけなかった。久我はその隙に冬麻の口内に舌を這わせて、中を蹂躙し始めた。
 それと同時に久我は冬麻の服に手を入れて、冬麻の身体に直接触れてきた。

「はぁっ……! 待っ……俺っ、シャワーもまだだしっ……」

 あんまりキレイじゃない身体を弄ばれるのは得意じゃない。

「じゃあ一緒に浴びよう。ほら、脱がしてあげるから」

 久我は冬麻の着ていたTシャツをめくり上げ、そのまま剥ぎ取った。

「俺もこの貸衣装を脱がなくちゃ」

 久我は白のネクタイを緩め、シュルッと取り去った。そのままジャケットを脱ぎ、ベストを脱ぎ、ソファの上に脱いだものを山積みにしていく。
 久我は白いシャツもズボンも靴下も全部脱いで下着まで躊躇うことなく脱いだ。

「冬麻。俺が洗ってあげるね」

 久我は冬麻のズボンに手をかける。冬麻が少しの抵抗を見せても容赦なく全てを取り去り、そのまま抱き上げてシャワールームに連れていく。
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