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番外編 忘れられない一日2
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変な感じだ。毎朝「おはよう」とベッドで久我の抱擁を受けて目覚めていたから、ひとりで目覚ましをかけて起きるのが久しぶりだった。
「冬麻。おはよう!」
ダイニングに行くと久我はいつも通りの爽やかな笑顔で冬麻を迎えた。
「今日は和食にしてみたけど、パンもあるから選んでいいよ」
ダイニングテーブルに置かれているのはいつも通りの久我の完璧な朝食だ。
「いえ、和食がいいです。用意してくれてありがとうございます……」
冬麻がダイニングに座ると同時に冷茶が目の前に置かれる。
「今日は冬麻の出勤時間に合わせて俺も出るから」
『今日は』じゃない。いつもそうだ。社長の出勤がまさか、いち社員の冬麻に合わせられているとは誰も思いもしないだろう。
支度を終え、出勤時間になって、ふたりで玄関に向かう。
いつもはここで久我が出勤前のキスをしてくるのに、今日はさっさとドアを開けて「冬麻、行こう」とドアを開けたまま外で待機していた。
帰宅後、いつもお風呂上がりはなんとなくイチャイチャタイムなのに、今日は冬麻ひとりでTVドラマの続きを観ている。
観る前に久我に「一緒に観ませんか」と声をかけたのに「ごめん、仕事。先に観てて」とあっさり断られてしまった。
——隣に座るのはいいって言ったのに……。
いつもはソファで久我に後ろから抱かれる姿勢で久我に寄りかかりながらTVを観ているが、今日はソファが妙に冷たく感じる。
くっついて観ることは叶わなくても普通に隣で観ればいいのに、と残念に思うが仕事と言われてしまったらこれ以上誘う言葉もない。
「俺はもう寝るね。おやすみ冬麻。また明日」
冬麻がTVを観ている途中で、久我はPCを抱えて自室に行ってしまった。
もともと広い家だけど、ひとりきりでリビングにいるとさらに広く感じる。
もうすぐ観終わるから、終わったら自分も寝ようと思って最後まで観ていたのに、なぜかドラマの内容があまり頭に入ってこなかった。
久我の部屋を通り過ぎて、その隣にある冬麻の部屋に入る。
当たり前だが、そこには誰もいない。
クーラーをつけたあと、冬麻は白い壁に向かう。
この壁の向こう側は久我の部屋だ。
——久我さんは今何をしてるんだろう。
久我はもうひとりで寝ているのだろうか。気になるけど、まさか自分から言い出しておいて今さら久我の部屋に行くわけにもいかない。
コンコン、と軽く壁を叩いてみる。もちろん何の反応もない。このマンションは作りが堅固だから久我には届かないだろう。
三日間のルールを考えたのは冬麻自身だが、思っていたより寂しいな、なんて思った。
そして三日目の朝を迎えた。冬麻が久我に『お触り禁止令』を出したのは火曜日だったから、火・水・木が過ぎ今日は金曜日。今日からは通常通りのふたりに戻れる。
久我はルール通りに昨日まで指一本冬麻に触れてこなかった。きっと反省してくれただろうし、今日からは全部冬麻も今まで通りに久我のスキンシップを受け入れるつもりだ。
「おはようございます」
「あ! 冬麻、おはよう!」
久我は今日は一段と早起きだ。朝食の準備も完璧だし、自分もビシッとスーツを着込んでいる。真夏なのにジャケットまで。
もう三日間経ちましたよ、とも言えずにチラッと視線で訴えてみるが、目が合っても久我は「どうしたの?」と笑顔を返してくるだけ。
そのうち久我のスマホが鳴って忙しなく誰かと仕事の話をし始めた。
まぁ、忙しい朝からイチャつくのもないよなと思い直し、冬麻も出勤のための朝のルーティンをこなしていく。
その間、久我は朝からPCを開いてメールの対応に追われている様子だ。
いざ家を出る時間になり、ふたりで玄関に向かう。
靴を履いたところで、久我がドアを開ける前に「久我さんっ」と呼び止めた。
「なに?」
声をかけて顔を合わせれば、察してくれるかなと思っていたのに久我は首を傾げている。
——いつもの出勤前のアレはしないんですか、三日経ったのでもういいですよ。
なんて恥ずかしくて言い出せない。
「……なんでもないです。忘れ物したかと思ってたけど、ありました」
「そっか、よかった。じゃあ行こう」
久我はなんの躊躇もなく玄関のドアを開け放った。
久我はランボルギーニのハンドルを握り、冬麻の職場、外苑前の店へと向かっている。
「この前も言ったけど、今日は俺、仕事で冬麻のこと迎えに行けないし家にも戻らないから」
そうだ。金曜日は新店舗オープンのレセプションパーティーがあると久我が言っていたことを思い出した。
「わかりました……」
せっかく三日間が解禁になったのに、今日の夜は会えないのか……。
外苑前の店から少し離れた場所に久我は車を停車させ、いつものように運転席から降り、車の前を回り込んで外から助手席のドアを開けた。
冬麻は車から降りる。
久我はなんでもない顔で「また明日ね」と微笑んで言っている。
——少しだったらいいかな。
ここは外だ。冬麻の職場の近くでもある。それでも一瞬なら久我に抱きついてもいいかな、なんて寂しさからいつもより大胆な気持ちになる。
「久我さん、また明日会えるのを楽しみにしてます」
冬麻はそっと久我に抱きつこうと手を伸ばしたのに、久我は冬麻が近づいたぶんだけ後ろに下がった。
あきらかに、避けられた——。
ショックだった。
ここが外で、誰かに見られる可能性があるから?
それともただ抱きつかれたくなかった?
理由はわからないけれど、とにかく久我が冬麻を拒絶したのだけは確かだ。
「そ、それじゃまた明日! 送ってくれてありがとうございました!」
冬麻は久我の顔を見ることもできずに下を向き、逃げるように早足でその場を立ち去った。
冬麻の心拍数がバクバク上がっていく。
きっと早歩きをしているせいだ。決してさっき久我に避けられたせいじゃない。そう自分自身に言い聞かせる。
なんでだろう。
冬麻がくだらないルールなんて作ったことをキッカケに、そういうことに興味がなくなったのか……?
まさか、たった三日でそんなこと——。
なんであんなにがっついてた男がなんにもしてこないんだよ! がっつくどころか避けやがって!
不安に焦り、悲しみ、怒りにも似た感情まで。冬麻の心はぐちゃぐちゃに乱されていた。
「冬麻。おはよう!」
ダイニングに行くと久我はいつも通りの爽やかな笑顔で冬麻を迎えた。
「今日は和食にしてみたけど、パンもあるから選んでいいよ」
ダイニングテーブルに置かれているのはいつも通りの久我の完璧な朝食だ。
「いえ、和食がいいです。用意してくれてありがとうございます……」
冬麻がダイニングに座ると同時に冷茶が目の前に置かれる。
「今日は冬麻の出勤時間に合わせて俺も出るから」
『今日は』じゃない。いつもそうだ。社長の出勤がまさか、いち社員の冬麻に合わせられているとは誰も思いもしないだろう。
支度を終え、出勤時間になって、ふたりで玄関に向かう。
いつもはここで久我が出勤前のキスをしてくるのに、今日はさっさとドアを開けて「冬麻、行こう」とドアを開けたまま外で待機していた。
帰宅後、いつもお風呂上がりはなんとなくイチャイチャタイムなのに、今日は冬麻ひとりでTVドラマの続きを観ている。
観る前に久我に「一緒に観ませんか」と声をかけたのに「ごめん、仕事。先に観てて」とあっさり断られてしまった。
——隣に座るのはいいって言ったのに……。
いつもはソファで久我に後ろから抱かれる姿勢で久我に寄りかかりながらTVを観ているが、今日はソファが妙に冷たく感じる。
くっついて観ることは叶わなくても普通に隣で観ればいいのに、と残念に思うが仕事と言われてしまったらこれ以上誘う言葉もない。
「俺はもう寝るね。おやすみ冬麻。また明日」
冬麻がTVを観ている途中で、久我はPCを抱えて自室に行ってしまった。
もともと広い家だけど、ひとりきりでリビングにいるとさらに広く感じる。
もうすぐ観終わるから、終わったら自分も寝ようと思って最後まで観ていたのに、なぜかドラマの内容があまり頭に入ってこなかった。
久我の部屋を通り過ぎて、その隣にある冬麻の部屋に入る。
当たり前だが、そこには誰もいない。
クーラーをつけたあと、冬麻は白い壁に向かう。
この壁の向こう側は久我の部屋だ。
——久我さんは今何をしてるんだろう。
久我はもうひとりで寝ているのだろうか。気になるけど、まさか自分から言い出しておいて今さら久我の部屋に行くわけにもいかない。
コンコン、と軽く壁を叩いてみる。もちろん何の反応もない。このマンションは作りが堅固だから久我には届かないだろう。
三日間のルールを考えたのは冬麻自身だが、思っていたより寂しいな、なんて思った。
そして三日目の朝を迎えた。冬麻が久我に『お触り禁止令』を出したのは火曜日だったから、火・水・木が過ぎ今日は金曜日。今日からは通常通りのふたりに戻れる。
久我はルール通りに昨日まで指一本冬麻に触れてこなかった。きっと反省してくれただろうし、今日からは全部冬麻も今まで通りに久我のスキンシップを受け入れるつもりだ。
「おはようございます」
「あ! 冬麻、おはよう!」
久我は今日は一段と早起きだ。朝食の準備も完璧だし、自分もビシッとスーツを着込んでいる。真夏なのにジャケットまで。
もう三日間経ちましたよ、とも言えずにチラッと視線で訴えてみるが、目が合っても久我は「どうしたの?」と笑顔を返してくるだけ。
そのうち久我のスマホが鳴って忙しなく誰かと仕事の話をし始めた。
まぁ、忙しい朝からイチャつくのもないよなと思い直し、冬麻も出勤のための朝のルーティンをこなしていく。
その間、久我は朝からPCを開いてメールの対応に追われている様子だ。
いざ家を出る時間になり、ふたりで玄関に向かう。
靴を履いたところで、久我がドアを開ける前に「久我さんっ」と呼び止めた。
「なに?」
声をかけて顔を合わせれば、察してくれるかなと思っていたのに久我は首を傾げている。
——いつもの出勤前のアレはしないんですか、三日経ったのでもういいですよ。
なんて恥ずかしくて言い出せない。
「……なんでもないです。忘れ物したかと思ってたけど、ありました」
「そっか、よかった。じゃあ行こう」
久我はなんの躊躇もなく玄関のドアを開け放った。
久我はランボルギーニのハンドルを握り、冬麻の職場、外苑前の店へと向かっている。
「この前も言ったけど、今日は俺、仕事で冬麻のこと迎えに行けないし家にも戻らないから」
そうだ。金曜日は新店舗オープンのレセプションパーティーがあると久我が言っていたことを思い出した。
「わかりました……」
せっかく三日間が解禁になったのに、今日の夜は会えないのか……。
外苑前の店から少し離れた場所に久我は車を停車させ、いつものように運転席から降り、車の前を回り込んで外から助手席のドアを開けた。
冬麻は車から降りる。
久我はなんでもない顔で「また明日ね」と微笑んで言っている。
——少しだったらいいかな。
ここは外だ。冬麻の職場の近くでもある。それでも一瞬なら久我に抱きついてもいいかな、なんて寂しさからいつもより大胆な気持ちになる。
「久我さん、また明日会えるのを楽しみにしてます」
冬麻はそっと久我に抱きつこうと手を伸ばしたのに、久我は冬麻が近づいたぶんだけ後ろに下がった。
あきらかに、避けられた——。
ショックだった。
ここが外で、誰かに見られる可能性があるから?
それともただ抱きつかれたくなかった?
理由はわからないけれど、とにかく久我が冬麻を拒絶したのだけは確かだ。
「そ、それじゃまた明日! 送ってくれてありがとうございました!」
冬麻は久我の顔を見ることもできずに下を向き、逃げるように早足でその場を立ち去った。
冬麻の心拍数がバクバク上がっていく。
きっと早歩きをしているせいだ。決してさっき久我に避けられたせいじゃない。そう自分自身に言い聞かせる。
なんでだろう。
冬麻がくだらないルールなんて作ったことをキッカケに、そういうことに興味がなくなったのか……?
まさか、たった三日でそんなこと——。
なんであんなにがっついてた男がなんにもしてこないんだよ! がっつくどころか避けやがって!
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