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番外編 小さな夢2

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 両親への説明のあと、スーパーマーケットに寄り、マンションに戻ってきた頃はもう夕方になっていた。

「おかえり、冬麻」

 一緒に帰ってきたのに、久我にそんなことを言われ、玄関で久我に抱き締められる。

「久我さんも、おかえりなさい」

 早く買ってきた食材をしまわなければと思っているのに、冬麻も久我に抱きついて、数日ぶりに久我の腕の中の温もりを確かめる。

 ああ、よかった。ここに帰ってこられて。

 久我のお陰で両親に変な嘘をついて取り繕う必要もないし、あとは久我と一緒の毎日を過ごしていくだけ。この上なく幸せだ。



「はい、これ冬麻の分のエプロンね」

 エプロンを身につけた久我が冬麻にもエプロンを手渡してきた。

「俺はいいです。別に大した服じゃないし」
「そんなこと言わない」

 久我にふわっとエプロンを身体にかけられて、腰紐を結ばれる。

「冬麻がハンバーグで、俺は他全部。冬麻の手が空いたら手伝って」
「はい」

 ふたりで調理器具を譲り合いつつ、手際よく料理をこなしていく。
 久我は本当に手早い。あっという間に食材を切り終え、冬麻が挽肉を捏ねている間に煮込みの段階までたどりついている。

「ねぇ冬麻」

 隙あらばというふうに久我は背中から冬麻の身体に両腕を回してきた。

「冬麻は今、誰のための料理を作ってるの?」

 冬麻の右肩に顎をのせながら、久我が訊ねてきた。答えをわかってるくせにわざわざ冬麻に言わせようとする久我のやり口だ。

「久我さんのためですよ」

 久我の期待する答えを言うと、ふふっと久我が満足そうに笑った。

「冬麻の手料理食べられるの、俺、すごく嬉しいな」
「はいはい」

 確かに久我に手料理を振る舞うのは初めてだ。いつも料理は久我担当だったから。

「俺って幸せだよね」

 久我はさらにぎゅっと抱きついてくるので料理がやりにくい。

「ほら、離れてくださいっ、邪魔です!」
「嫌だ。冬麻、可愛いんだもん」

 久我はさらに身体を寄せてくる。冬麻から離れる気なんてさらさらないみたいだ。

「はぁ……」

 仕方がないので、ハンバーグをハート型に成形する。

「ほら、久我さんの分はハートにしてあげますから、離れてください」
「わっ、冬麻そんなことするんだ!」
「ほら、離れて」
「うん」

 久我はやっと離れてくれた。こんな子供みたいな真似をして、これでは三十一歳の社長だとはとても思えない。

「あっ、やばいやばい、目を離しすぎたっ」

 久我は慌てて鍋を覗き込んでいる。
 冬麻を構って肝心の料理をおろそかにして何をしているんだか……。




「冬麻。実は料理得意なんだね! 美味い。本当に上手だよ」

 久我は冬麻の手料理をベタ褒めだ。

「まぁ、俺、専門通ってましたしね。でも久しぶりです。まともに料理を作るのは」

 この家にいた時は、いつも久我に作ってもらってばかり。実家に帰ってもまともに料理をしていなかった。

「久我さんも毎日じゃ大変でしょうし、こらからは俺も作りましょうか?」
「いいの? じゃあ時々作ってもらえると嬉しい。ありがとう」

 これからきっと長く一緒にいるんだから、少しは家事も分担しないといけないと反省していたところだった。久我がこんなに喜んでくれるなら、時々料理を作ってみようと思った。



「さ、今日の片付けは俺がやります」

 食べ終わってすぐに冬麻は立ち上がる。「いや、俺がやる。冬麻は早くシャワー浴びておいで」
 久我も立ち上がり、片付けをしようとする冬麻の手に触れた。

「それとも今日は一緒に入る?」
「へっ?!」

 なんだよ、いきなり!

「だってもう俺たちは親公認の仲なんだよ? それに少しでも冬麻と一緒にいたいから」

 久我は冬麻の手に重ねた手にぎゅっと力を込めてきた。
 そんな久我との触れ合いもなぜか恥ずかしく思う。これからは当たり前のようにこの家に帰ってきて、当たり前のように久我と恋人同士の触れ合いをするんだなんて考えたら……。

「冬麻。もしかして、ちょっと緊張してる?」
「べっ、別に普通ですっ」

 やっとこの家に帰ってきたんだ。この家で久我とふたりきり。なんとなく今夜はそういうことをするんじゃないかと思ってはいた。
 でも、そんなはしたない想像をしている自分を見透かされるのは——。

「今日は俺、早く寝たい」

 久我は冬麻の手をさすりつつ、耳元で囁いてきた。

「冬麻も一緒に早く寝よ?」

 はぁ、もうやめろ。赤面するから!

「冬麻。可愛い、耳が赤くなってるよ」
「気のせいですっ!」

 冬麻は耐えきれずに久我の手から逃れ、使い終わった食器を持ってキッチンに避難した。


 ——やっばいぞ。これから毎日あんなふうに甘い言葉を囁かれて誘われたら身が持たないんじゃないのか?!

 冬麻はバスルームから出て、クリームイエローの長袖とグレーベージュのハーフパンツに着替え、「あー、もう!」と独り言をいいつつ、バスタオルで髪を乱雑に拭く。
    

 すると「冬麻。髪乾かそうか?」と急に久我が現れた。

「えっ! いやっ……」

 冬麻が戸惑っていると、久我は「はいどうぞ」と冬麻に水を差し出してきて「ここ座って」と鏡の前の椅子に座らされる。そして有無を言わせないままに冬麻の髪をドライヤーで乾かし始めた。

「冬麻ってすごくいい匂いするよね」

 髪を乾かしながら、冬麻の首元に鼻を寄せ、久我はご満悦だ。

「冬麻とこうしていられるときが俺は一番好きだな」

 久我は冬麻の首筋にチュッと軽く唇をあてる。

 はぁ……。もう、返す言葉もない……。

 冬麻は洗面台のテーブルに両手で顔を隠すようにして突っ伏した。

「冬麻? どうしたの?!」

 久我が驚いて冬麻の様子を伺おうとする。

「久我さん、俺、もう無理……」


 久我さんの愛が重すぎて、俺は胸やけを起こしそうです……。




「冬麻、大丈夫?! ちょっと休んだほうがいい」

 久我は冬麻の背中と足に腕を回して冬麻を抱き上げた。

「えっ! だっ、大丈夫ですっ! なんでもないからっ!」
「無理しちゃ駄目だ。先に休んでて」

 冬麻だって同じ男なのに軽々と持ち上げ、久我は冬麻を運んでいく。行く先は久我の部屋だ。

「具合が悪い訳じゃないんですっ!」

 久我に抱きかかえられながらジタバタすると、「えっ! そうなの?!」と久我が立ち止まる。

「じゃあなに? どうしたの?」

 久我と目が合う。それだけでドキドキしてきた。

 はぁ、もう相変わらずかっこいいな……この人は。

「だ、だって久我さんが、俺を好き好きいうから……は、恥ずかしくなって……」

 久我の愛の言葉に冬麻は羞恥の限界だった。なんで久我はあんなことを恥ずかしげもなく言えるのか。

「え。冬麻。それが理由……?!」
「あんまり言われすぎてもちょっと、困ります……」

 久我は冬麻を好きすぎるんだ。嬉しいけど、対応に困る。

「冬麻ぁ。可愛すぎるっ!」

 久我はたまらないといった様子で冬麻を抱えたまま抱き締めてきた。


「ごめん、冬麻。具合は悪くないかもしれないけど、行き先は変わらなかった」

 久我は再び歩き出し、器用に冬麻を腕に抱えたまま自室のドアを開けた。

「あっ、あの、久我さん?!」
「とりあえず冬麻を抱いていい? 俺もう冬麻のことしか考えられない」
「えっ! あのっ、ちょっと……!」

 久我は冬麻をベッドの上に放り投げ、すぐさま覆いかぶさってきた。

「冬麻。大好き」

 久我は冬麻の唇を自身の唇で塞いできた。

「んっ……! んんっ……!」

 このマンションに住むことに決めたけど、このままじゃ愛され過ぎてどうにかなりそうだ……。

 なんか、いろいろ心配です。久我さん……。


 ——完。
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