47 / 124
番外編 小さな夢1(本編完結後続き)
しおりを挟む
「冬麻。説明しなさい」
今、冬麻と久我はふたり並んで実家の居酒屋の座敷に正座をして座り、父親だけでなく、呼ばれてやってきた母親とも対面している。
「あのっ、お義父さん。僕から説明させてください」
「待って、久我さん俺からっ」
「冬麻、大丈夫。俺が急に来たのがいけなかったんだ。お義父さんにきちんと説明するよ」
久我は冬麻を制した。
「突然のことで驚かせてすみません」
久我はその場で冬麻の両親に床に額がつくくらい低く頭を下げた。その様子に両親は、あ然としている。
「僕が冬麻さんを好きになってしまったんです」
久我は頭を上げ、真摯な表情で真っ直ぐ父を見た。
「社員寮にいると嘘をついて家に来いと、冬麻さんを無理に誘ったのも僕でした」
「冬麻は社員寮ではなく社長のご自宅に居たということですか……」
「はい。おふたりを騙すようなことをして本当に申し訳ありません」
「いえ……驚きはしますが、悪いこととは……うちの息子が社長に迷惑をかけてたなんて……」
「迷惑をかけていたのは僕のほうです。僕はどうしても冬麻さんと一緒にいたくて、冬麻さんに負担をかけてしまいました……」
「そんなことないっ! 久我さんは本当に俺に良くしてくれたんだ。すごく優しい人で、それで……俺は……」
久我のことを誤解してほしくない。なんとか両親にこの人と一緒にいることを許して欲しい。
「冬麻……」
久我と冬麻。ふたりは顔を合わせる。お互い目で頷き合ったあと、久我は再び両親のほうを向く。
「僕は冬麻さんとお付き合いさせていただくことになりました。冬麻さんは本当に素敵な人で、知れば知るほど惹かれてしまうんです。僕の全てをかけて冬麻さんを幸せにします。どうか、冬麻さんと一緒に暮らすことをお許しいただけないでしょうか」
久我は再び頭を下げる。この人はもう何度、父に頭を下げたのだろう。
「社長っ、頭を上げてくださいっ!」
父はオロオロしている。まさか社長からこんなに頭を下げられる事態になるなんて想像もしなかっただろうから。
「本気ですか?! うちの冬麻は平凡な子ですし、そもそも男、なんですが……」
「はい。冬麻さんが大切な一人息子だということは承知しております。それなのに付き合っている相手が男で、それは決して歓迎されないことだということも理解しているつもりです」
それは久我にこそかけたい言葉だ。久我なら引くて数多。久我さえその気になれば、もっといい人を選ぶことができるはずなのに。
「冬麻さんはまだ二十歳。まだまだこれからたくさんのことを経験するはずの年齢です。もし、この先冬麻さんが成長して、僕との交際を解消したいと言ったときは潔く身を引きます」
「えっ……」
嫌だ! なんで付き合うことになったばかりなのにそんな悲しい未来の話をするんだよ……。
「冬麻さんに愛想を尽かされないように、尽力します。僕はどうしても冬麻さんがそばにいてくれないと駄目なんです。どうかお願いします」
ああ、また頭を下げている。そこまでして……。
「父さん母さん、嘘ついてごめん。でもどうしても久我さんと一緒にいたくて、でもまさか久我さんとそういう関係だなんて言えなくて……」
悪気のあった嘘じゃない。両親を驚かせないための嘘でもあった。
「ふたりがそうしたいと思うなら、反対なんかできないな……」
父は、そっと久我の肩に触れ、頭を上げるよう促した。
「社長。正直に話してくださりありがとうございます。冬麻のことよろしくお願いします」
その言葉に久我はパッと父の顔を見た。
「冬麻はまた嘘をついてうちから出ていくつもりだったようですから、社長がこうして事情を話してくれて、よかったです」
冬麻だって悪いとは思ったが、まだ両親に打ちあけることはどうしてもできなかった。なのに久我の覚悟と勇気はすごいと思う。
「冬麻。お前こそちゃんとわかってるのか?」
「えっ……?」
「相手は久我社長だ。お前とのことはあまり公にはしないほうがいいんだろう? もし会社の人たちにバレたら大騒ぎだ。社長の足を引っ張るようなことだけはするな」
もしバレたらどうなるんだろう。冬麻はノーマークだろうが、久我は違う。社長の元恋人が誰かの噂話など、瞬く間に広がるような注目の人だ。
「いいえ、お義父さん、僕は大丈夫です。そして冬麻さんは僕が守ります」
久我の言葉の真意を父は測りかねている。
「僕としては冬麻さんの存在を隠す必要はないと思っています。ただ冬麻さんはそれを望んではいないようで……僕の最愛の人だと周囲に知れると仕事がやりにくくなってしまうようなんです」
いや、隠せよ! 社長に男の恋人がいたなんてなったら久我は非難されるかもしれない。
「当面は秘密裏にしようと思いますが、いつどのようなことが起こるかわかりません。その時、僕は冬麻さんをお守りします。彼が辛い思いをしないように、全身全霊で守ります。冬麻さんは僕のそばにいてくれるだけでいい。それ以上は何も望みません」
この人はすごい。先々のことまで考えているんだ。行き当たりばったりの冬麻とは全然違う。
「ね? 冬麻。これ以上無理はしなくていい。会社で困ったことがあればすぐ俺に相談して。俺がなんとかするから。冬麻はただいてくれるだけで十分なんだから」
「そんな……」
たしかに久我はなんでも解決してしまうくらいの力を持っている。でも久我ばかり頼ってしまうのも悪い気がする。
「お義父さん。本日僕は冬麻さんを迎えに参りました。このまま冬麻さんを連れていくことをお許しください」
また久我は頭を下げる。
「おふたりも、よろしければいつか一度僕のマンションを訪ねてくださいませんか? 実際に見ると安心する点もあるかもしれませんし」
「あ、ありがとうございます……」
久我につられて父までかしこまっている。
「冬麻。時々は顔を見せてね。久我社長と一緒でもいいから。社長もうちに遊びに来てくださいね」
母は反対などする気はないらしい。久我がここまで誠心誠意を尽くしてくれたおかげなのかもしれない。だって男同士、普通の恋愛じゃないのに、それをひっくるめて全部、久我は冬麻のために尽くすと言い切ったのだから。
それから両親は久我と打ち解けて、色んな話をしている。昔のアルバムまで引っ張り出してきて、冬麻の幼い頃の話まで……。
最後には調子に乗った父が、久我に「今度サシで飲みに行きましょう!」とまで言い出した。それに久我は愛想よく応じている。
母も、千代田区の久我のマンションに寄るついでに久我に銀座を案内させる約束をこぎつけて喜んでいる。それまた久我は「いい店を探しておきます」などとのたまっている。
うわー、仲良くなるのはいいけど、ふたりして久我に何をさせようとしてるんだ。こっちが恥ずかしくなるわ!
「遠慮のない両親ですみません……」
白のポルシェに冬麻の荷物を載せ、冬麻の両親に見守られつつ車を発車させた直後の久我に、早速謝りを入れる。
久我が一切嫌な顔をしないのをいいことにやりたい放題の両親。「社長と親戚になれるんですか!」とか「こんな立派な息子ができるなんて!」勘違い甚だしい発言の連続だった。
「ううん。俺は嬉しかったよ。冬麻の両親と仲良くできるなんて最高だ。これからもっと気に入ってもらえるよう頑張るよ」
「そんなことしなくていいですって!」
ただでさえ忙しい人なんだから、あんな両親にまで気を遣っていたら倒れるんじゃないのか?!
「冬麻のためでもあるよ。俺と冬麻の両親が不仲だったら、冬麻はきっと辛くなる。本来なら俺は歓迎されない、招かれざる客でしょ? だから仲良くなるのに少しの努力は必要だ。冬麻のための努力なら、俺は全然惜しまない」
「もう……」
相手が久我だったから、きっとこんなハチャメチャな同居生活も許してもらえたんだろう。
冬麻に対しても両親に対しても誠実だったから。
「今度の同居は、もう嘘はつけないなと俺は思ったんだ」
久我は運転の合間に冬麻に微笑みかけてきた。
「ずっと誤魔化し続けるなんて、冬麻には無理だよ。俺と暮らすことをご両親にちゃんと話さないと駄目だと思った。話して、許可をもらって、円満に家を出られたら一番いいと思って、強行策に出た」
「たしかにすごい突然で、びっくりしました。はっきり言って心臓に悪いです」
「ごめん。でも、なんとか許可はもらえた。これで冬麻も少しは肩の荷がおりた?」
また俺のためか……。
嘘をつかせるのは止めにしようと、久我はふたりの関係を両親に正直に話すことに決めたのか。
「許してもらえてほっとしたよ。今回ばかりは俺に何の策はなかった。思っていることをぶつけようって、ただそれだけの気持ちで来たんだ」
「そうですか……」
久我はあんなことを思っていたのか。
冬麻を幸せにする。冬麻を守る。冬麻はただそばにいてくれればそれでいいって。その言葉全部、冬麻の両親の前で断言してみせた。聞いてるこっちが恥ずかしくなるくらいの熱烈な言葉だった。
「久我さん。ありがとうございます」
「えっ? 何が?」
「もう、なんか、いろいろです。両親を説得してくれたことも、俺のことを想ってるって言ってくれたことも、う、嬉しかった……です……」
気持ちを伝えるのはちょっと慣れないけど、久我はこう見えてかなりの心配性だから……。
「本当?!」
運転中なのに久我はよそ見をしてこっちを振り返った。
「久我さんっ! 前向いて!」
久我は「ごめん」と言いながら、少し道を外れた。スーパーマーケットの駐車場に入るようだ。
「ご両親の前で言ったのは、全部俺の本音だよ。俺、冬麻のこと幸せにしてみせる」
ああ、今だけでもう幸せだって思ってるのに、これ以上なにがあるんだよ……。
でも、久我が両親に言った言葉の中で、納得のいかないこともあった。
「久我さんは、俺が久我さんから離れたいって言ったら、潔く俺を手放しちゃうんですか」
ショックだった。冬麻が離れたら「俺は追わない」という意味なのだろうから。
「ああ。だって冬麻は俺と違ってまだ若いんだよ? これから色んな人と出会って、悲しいけど冬麻の気持ちが俺から離れて他の人に向くこともあるかもしれない」
「そんなことないですっ」
久我以上の人にはもう出会わないと思っている。自分だって二十歳の頃からずっと変わらず冬麻を想い続けていたくせに。
「一般論としてはそうだよ。だから俺は情けないけど、すごく怖い」
まったく……。そう思っているなら潔く身を引きますとか言わないで欲しい。
この人は病的なところがあるからな……。
こうなったら荒療治だ!
久我は駐車場に車を停止させ「買い物していこう。夕飯は何が食べたい?」と呑気なことをいいながら、車のエンジンを切った。
そこを見計らって、冬麻はシートベルトを外し、すぐさま久我に近づいた。
久我が驚いてこっちを向いたところで、久我の唇を奪ってやる。
何が起きたのかって顔をしているから、もう一度。今度は少しゆっくりと唇を重ねた。
「俺のことも少しは信じてください。俺のことがそんなに幼く見えますか? 俺だってちゃんと本気です。離れるつもりなんかないのに……」
不服のある顔で久我を見たのに、久我は「ありがとう」なんて言って冬麻を抱き締めてきた。
「冬麻。さっさと買い物を済ませて家に帰ろう。早く冬麻とふたりきりになりたい」
だったら早く車から出ればいいのに、久我は冬麻を抱き締める手を放さない。
仕方がないので、冬麻はもう一度だけ久我にキスをして「早く行きましょう」と久我を促した。
「今日はふたりで夕食を作りませんか?」
スーパーマーケットからの帰り道、駐車場の車に向かう間に久我に提案する。
いつも久我ひとりに任せるのは申し訳ないし、ふたりでキッチンに立つのは冬麻の小さな夢だったから。
「俺は嬉しいけど、いいの?」
「はい。俺だって料理はできます。調理師免許だって持ってるんですから」
「じゃあふたりで作ろう。冬麻がメインで俺は他のものを作ろうかな」
「はい。これでまたひとつ、俺の夢が叶いそうです」
冬麻は久我にニヤッと笑顔を見せる。
「冬麻の夢?!」
久我は驚いている。あんなにストーキングしていたくせに、まだまだ冬麻について知らないこともあるみたいだ。
もっとお互いたくさん話をして、小さな好みまで知らなくちゃ。
「俺、久我さんと一緒に料理をしたいと思ってたんです。だから、よかったです」
笑われそうなくらい小さなことだけど、こんな夢だって叶わぬまま、ふたりの関係は終わってしまうんじゃないかと思っていたときもあった。
「ねぇ冬麻。俺の夢も叶えてくれないかな」
「なんですか?」
久我は買い物袋を一つずつ両手に持っていたが、全て片手に持ち替えた。
「冬麻と手を繋ぎたい」
そして空いた左手を冬麻の右手に近づけてくる。
思わず辺りを見回してしまった。周囲には誰もいないし、車まではあと20メートルといったところだろう。
「…………っ!」
冬麻が迷っているうちに久我に手を取られた。お互いの指を交互に絡ませて、これじゃ恋人繋ぎだ。
こっそり久我を見ると、それはそれは幸せそうに笑顔を向けてきた。
「冬麻。大好き」
あーもう、なんでそんなに好き好き言うんだよ。
「ありがとう、俺の夢を叶えてくれて」
そういうことを耳元で囁かないでほしい。恥ずかしくなるから。
「さ、家に帰ろうか。もう俺の家じゃない。ふたりの家だよ? ちゃんとご両親の許可ももらったからね」
久我は繋ぐ手にぎゅっと力を込めた。
今日からまた、久我との同居生活が始まる。
冬麻もすぐ隣にいる最高の恋人の手をぎゅっと握り返した。
今、冬麻と久我はふたり並んで実家の居酒屋の座敷に正座をして座り、父親だけでなく、呼ばれてやってきた母親とも対面している。
「あのっ、お義父さん。僕から説明させてください」
「待って、久我さん俺からっ」
「冬麻、大丈夫。俺が急に来たのがいけなかったんだ。お義父さんにきちんと説明するよ」
久我は冬麻を制した。
「突然のことで驚かせてすみません」
久我はその場で冬麻の両親に床に額がつくくらい低く頭を下げた。その様子に両親は、あ然としている。
「僕が冬麻さんを好きになってしまったんです」
久我は頭を上げ、真摯な表情で真っ直ぐ父を見た。
「社員寮にいると嘘をついて家に来いと、冬麻さんを無理に誘ったのも僕でした」
「冬麻は社員寮ではなく社長のご自宅に居たということですか……」
「はい。おふたりを騙すようなことをして本当に申し訳ありません」
「いえ……驚きはしますが、悪いこととは……うちの息子が社長に迷惑をかけてたなんて……」
「迷惑をかけていたのは僕のほうです。僕はどうしても冬麻さんと一緒にいたくて、冬麻さんに負担をかけてしまいました……」
「そんなことないっ! 久我さんは本当に俺に良くしてくれたんだ。すごく優しい人で、それで……俺は……」
久我のことを誤解してほしくない。なんとか両親にこの人と一緒にいることを許して欲しい。
「冬麻……」
久我と冬麻。ふたりは顔を合わせる。お互い目で頷き合ったあと、久我は再び両親のほうを向く。
「僕は冬麻さんとお付き合いさせていただくことになりました。冬麻さんは本当に素敵な人で、知れば知るほど惹かれてしまうんです。僕の全てをかけて冬麻さんを幸せにします。どうか、冬麻さんと一緒に暮らすことをお許しいただけないでしょうか」
久我は再び頭を下げる。この人はもう何度、父に頭を下げたのだろう。
「社長っ、頭を上げてくださいっ!」
父はオロオロしている。まさか社長からこんなに頭を下げられる事態になるなんて想像もしなかっただろうから。
「本気ですか?! うちの冬麻は平凡な子ですし、そもそも男、なんですが……」
「はい。冬麻さんが大切な一人息子だということは承知しております。それなのに付き合っている相手が男で、それは決して歓迎されないことだということも理解しているつもりです」
それは久我にこそかけたい言葉だ。久我なら引くて数多。久我さえその気になれば、もっといい人を選ぶことができるはずなのに。
「冬麻さんはまだ二十歳。まだまだこれからたくさんのことを経験するはずの年齢です。もし、この先冬麻さんが成長して、僕との交際を解消したいと言ったときは潔く身を引きます」
「えっ……」
嫌だ! なんで付き合うことになったばかりなのにそんな悲しい未来の話をするんだよ……。
「冬麻さんに愛想を尽かされないように、尽力します。僕はどうしても冬麻さんがそばにいてくれないと駄目なんです。どうかお願いします」
ああ、また頭を下げている。そこまでして……。
「父さん母さん、嘘ついてごめん。でもどうしても久我さんと一緒にいたくて、でもまさか久我さんとそういう関係だなんて言えなくて……」
悪気のあった嘘じゃない。両親を驚かせないための嘘でもあった。
「ふたりがそうしたいと思うなら、反対なんかできないな……」
父は、そっと久我の肩に触れ、頭を上げるよう促した。
「社長。正直に話してくださりありがとうございます。冬麻のことよろしくお願いします」
その言葉に久我はパッと父の顔を見た。
「冬麻はまた嘘をついてうちから出ていくつもりだったようですから、社長がこうして事情を話してくれて、よかったです」
冬麻だって悪いとは思ったが、まだ両親に打ちあけることはどうしてもできなかった。なのに久我の覚悟と勇気はすごいと思う。
「冬麻。お前こそちゃんとわかってるのか?」
「えっ……?」
「相手は久我社長だ。お前とのことはあまり公にはしないほうがいいんだろう? もし会社の人たちにバレたら大騒ぎだ。社長の足を引っ張るようなことだけはするな」
もしバレたらどうなるんだろう。冬麻はノーマークだろうが、久我は違う。社長の元恋人が誰かの噂話など、瞬く間に広がるような注目の人だ。
「いいえ、お義父さん、僕は大丈夫です。そして冬麻さんは僕が守ります」
久我の言葉の真意を父は測りかねている。
「僕としては冬麻さんの存在を隠す必要はないと思っています。ただ冬麻さんはそれを望んではいないようで……僕の最愛の人だと周囲に知れると仕事がやりにくくなってしまうようなんです」
いや、隠せよ! 社長に男の恋人がいたなんてなったら久我は非難されるかもしれない。
「当面は秘密裏にしようと思いますが、いつどのようなことが起こるかわかりません。その時、僕は冬麻さんをお守りします。彼が辛い思いをしないように、全身全霊で守ります。冬麻さんは僕のそばにいてくれるだけでいい。それ以上は何も望みません」
この人はすごい。先々のことまで考えているんだ。行き当たりばったりの冬麻とは全然違う。
「ね? 冬麻。これ以上無理はしなくていい。会社で困ったことがあればすぐ俺に相談して。俺がなんとかするから。冬麻はただいてくれるだけで十分なんだから」
「そんな……」
たしかに久我はなんでも解決してしまうくらいの力を持っている。でも久我ばかり頼ってしまうのも悪い気がする。
「お義父さん。本日僕は冬麻さんを迎えに参りました。このまま冬麻さんを連れていくことをお許しください」
また久我は頭を下げる。
「おふたりも、よろしければいつか一度僕のマンションを訪ねてくださいませんか? 実際に見ると安心する点もあるかもしれませんし」
「あ、ありがとうございます……」
久我につられて父までかしこまっている。
「冬麻。時々は顔を見せてね。久我社長と一緒でもいいから。社長もうちに遊びに来てくださいね」
母は反対などする気はないらしい。久我がここまで誠心誠意を尽くしてくれたおかげなのかもしれない。だって男同士、普通の恋愛じゃないのに、それをひっくるめて全部、久我は冬麻のために尽くすと言い切ったのだから。
それから両親は久我と打ち解けて、色んな話をしている。昔のアルバムまで引っ張り出してきて、冬麻の幼い頃の話まで……。
最後には調子に乗った父が、久我に「今度サシで飲みに行きましょう!」とまで言い出した。それに久我は愛想よく応じている。
母も、千代田区の久我のマンションに寄るついでに久我に銀座を案内させる約束をこぎつけて喜んでいる。それまた久我は「いい店を探しておきます」などとのたまっている。
うわー、仲良くなるのはいいけど、ふたりして久我に何をさせようとしてるんだ。こっちが恥ずかしくなるわ!
「遠慮のない両親ですみません……」
白のポルシェに冬麻の荷物を載せ、冬麻の両親に見守られつつ車を発車させた直後の久我に、早速謝りを入れる。
久我が一切嫌な顔をしないのをいいことにやりたい放題の両親。「社長と親戚になれるんですか!」とか「こんな立派な息子ができるなんて!」勘違い甚だしい発言の連続だった。
「ううん。俺は嬉しかったよ。冬麻の両親と仲良くできるなんて最高だ。これからもっと気に入ってもらえるよう頑張るよ」
「そんなことしなくていいですって!」
ただでさえ忙しい人なんだから、あんな両親にまで気を遣っていたら倒れるんじゃないのか?!
「冬麻のためでもあるよ。俺と冬麻の両親が不仲だったら、冬麻はきっと辛くなる。本来なら俺は歓迎されない、招かれざる客でしょ? だから仲良くなるのに少しの努力は必要だ。冬麻のための努力なら、俺は全然惜しまない」
「もう……」
相手が久我だったから、きっとこんなハチャメチャな同居生活も許してもらえたんだろう。
冬麻に対しても両親に対しても誠実だったから。
「今度の同居は、もう嘘はつけないなと俺は思ったんだ」
久我は運転の合間に冬麻に微笑みかけてきた。
「ずっと誤魔化し続けるなんて、冬麻には無理だよ。俺と暮らすことをご両親にちゃんと話さないと駄目だと思った。話して、許可をもらって、円満に家を出られたら一番いいと思って、強行策に出た」
「たしかにすごい突然で、びっくりしました。はっきり言って心臓に悪いです」
「ごめん。でも、なんとか許可はもらえた。これで冬麻も少しは肩の荷がおりた?」
また俺のためか……。
嘘をつかせるのは止めにしようと、久我はふたりの関係を両親に正直に話すことに決めたのか。
「許してもらえてほっとしたよ。今回ばかりは俺に何の策はなかった。思っていることをぶつけようって、ただそれだけの気持ちで来たんだ」
「そうですか……」
久我はあんなことを思っていたのか。
冬麻を幸せにする。冬麻を守る。冬麻はただそばにいてくれればそれでいいって。その言葉全部、冬麻の両親の前で断言してみせた。聞いてるこっちが恥ずかしくなるくらいの熱烈な言葉だった。
「久我さん。ありがとうございます」
「えっ? 何が?」
「もう、なんか、いろいろです。両親を説得してくれたことも、俺のことを想ってるって言ってくれたことも、う、嬉しかった……です……」
気持ちを伝えるのはちょっと慣れないけど、久我はこう見えてかなりの心配性だから……。
「本当?!」
運転中なのに久我はよそ見をしてこっちを振り返った。
「久我さんっ! 前向いて!」
久我は「ごめん」と言いながら、少し道を外れた。スーパーマーケットの駐車場に入るようだ。
「ご両親の前で言ったのは、全部俺の本音だよ。俺、冬麻のこと幸せにしてみせる」
ああ、今だけでもう幸せだって思ってるのに、これ以上なにがあるんだよ……。
でも、久我が両親に言った言葉の中で、納得のいかないこともあった。
「久我さんは、俺が久我さんから離れたいって言ったら、潔く俺を手放しちゃうんですか」
ショックだった。冬麻が離れたら「俺は追わない」という意味なのだろうから。
「ああ。だって冬麻は俺と違ってまだ若いんだよ? これから色んな人と出会って、悲しいけど冬麻の気持ちが俺から離れて他の人に向くこともあるかもしれない」
「そんなことないですっ」
久我以上の人にはもう出会わないと思っている。自分だって二十歳の頃からずっと変わらず冬麻を想い続けていたくせに。
「一般論としてはそうだよ。だから俺は情けないけど、すごく怖い」
まったく……。そう思っているなら潔く身を引きますとか言わないで欲しい。
この人は病的なところがあるからな……。
こうなったら荒療治だ!
久我は駐車場に車を停止させ「買い物していこう。夕飯は何が食べたい?」と呑気なことをいいながら、車のエンジンを切った。
そこを見計らって、冬麻はシートベルトを外し、すぐさま久我に近づいた。
久我が驚いてこっちを向いたところで、久我の唇を奪ってやる。
何が起きたのかって顔をしているから、もう一度。今度は少しゆっくりと唇を重ねた。
「俺のことも少しは信じてください。俺のことがそんなに幼く見えますか? 俺だってちゃんと本気です。離れるつもりなんかないのに……」
不服のある顔で久我を見たのに、久我は「ありがとう」なんて言って冬麻を抱き締めてきた。
「冬麻。さっさと買い物を済ませて家に帰ろう。早く冬麻とふたりきりになりたい」
だったら早く車から出ればいいのに、久我は冬麻を抱き締める手を放さない。
仕方がないので、冬麻はもう一度だけ久我にキスをして「早く行きましょう」と久我を促した。
「今日はふたりで夕食を作りませんか?」
スーパーマーケットからの帰り道、駐車場の車に向かう間に久我に提案する。
いつも久我ひとりに任せるのは申し訳ないし、ふたりでキッチンに立つのは冬麻の小さな夢だったから。
「俺は嬉しいけど、いいの?」
「はい。俺だって料理はできます。調理師免許だって持ってるんですから」
「じゃあふたりで作ろう。冬麻がメインで俺は他のものを作ろうかな」
「はい。これでまたひとつ、俺の夢が叶いそうです」
冬麻は久我にニヤッと笑顔を見せる。
「冬麻の夢?!」
久我は驚いている。あんなにストーキングしていたくせに、まだまだ冬麻について知らないこともあるみたいだ。
もっとお互いたくさん話をして、小さな好みまで知らなくちゃ。
「俺、久我さんと一緒に料理をしたいと思ってたんです。だから、よかったです」
笑われそうなくらい小さなことだけど、こんな夢だって叶わぬまま、ふたりの関係は終わってしまうんじゃないかと思っていたときもあった。
「ねぇ冬麻。俺の夢も叶えてくれないかな」
「なんですか?」
久我は買い物袋を一つずつ両手に持っていたが、全て片手に持ち替えた。
「冬麻と手を繋ぎたい」
そして空いた左手を冬麻の右手に近づけてくる。
思わず辺りを見回してしまった。周囲には誰もいないし、車まではあと20メートルといったところだろう。
「…………っ!」
冬麻が迷っているうちに久我に手を取られた。お互いの指を交互に絡ませて、これじゃ恋人繋ぎだ。
こっそり久我を見ると、それはそれは幸せそうに笑顔を向けてきた。
「冬麻。大好き」
あーもう、なんでそんなに好き好き言うんだよ。
「ありがとう、俺の夢を叶えてくれて」
そういうことを耳元で囁かないでほしい。恥ずかしくなるから。
「さ、家に帰ろうか。もう俺の家じゃない。ふたりの家だよ? ちゃんとご両親の許可ももらったからね」
久我は繋ぐ手にぎゅっと力を込めた。
今日からまた、久我との同居生活が始まる。
冬麻もすぐ隣にいる最高の恋人の手をぎゅっと握り返した。
80
お気に入りに追加
1,007
あなたにおすすめの小説
所詮は他人事と言われたので他人になります!婚約者も親友も見捨てることにした私は好きに生きます!
ユウ
恋愛
辺境伯爵令嬢のリーゼロッテは幼馴染と婚約者に悩まされてきた。
幼馴染で親友であるアグネスは侯爵令嬢であり王太子殿下の婚約者ということもあり幼少期から王命によりサポートを頼まれていた。
婚約者である伯爵家の令息は従妹であるアグネスを大事にするあまり、婚約者であるサリオンも優先するのはアグネスだった。
王太子妃になるアグネスを優先することを了承ていたし、大事な友人と婚約者を愛していたし、尊敬もしていた。
しかしその関係に亀裂が生じたのは一人の女子生徒によるものだった。
貴族でもない平民の少女が特待生としてに入り王太子殿下と懇意だったことでアグネスはきつく当たり、婚約者も同調したのだが、相手は平民の少女。
遠回しに二人を注意するも‥
「所詮あなたは他人だもの!」
「部外者がしゃしゃりでるな!」
十年以上も尽くしてきた二人の心のない言葉に愛想を尽かしたのだ。
「所詮私は他人でしかないので本当の赤の他人になりましょう」
関係を断ったリーゼロッテは国を出て隣国で生きていくことを決めたのだが…
一方リーゼロッテが学園から姿を消したことで二人は王家からも責められ、孤立してしまうのだった。
なんとか学園に連れ戻そうと試みるのだが…
【R18】らぶえっち短編集
おうぎまちこ(あきたこまち)
恋愛
調べたら残り2作品ありました、本日投稿しますので、お待ちくださいませ(3/31)
R18執筆1年目の時に書いた短編完結作品23本のうち商業作品をのぞく約20作品を短編集としてまとめることにしました。
※R18に※
※毎日投稿21時~24時頃、1作品ずつ。
※R18短編3作品目「追放されし奴隷の聖女は、王位簒奪者に溺愛される」からの投稿になります。
※処女作「清廉なる巫女は、竜の欲望の贄となる」2作品目「堕ちていく竜の聖女は、年下皇太子に奪われる」は商業化したため、読みたい場合はムーンライトノベルズにどうぞよろしくお願いいたします。
※これまでに投稿してきた短編は非公開になりますので、どうぞご了承くださいませ。
二人の公爵令嬢 どうやら愛されるのはひとりだけのようです
矢野りと
恋愛
ある日、マーコック公爵家の屋敷から一歳になったばかりの娘の姿が忽然と消えた。
それから十六年後、リディアは自分が公爵令嬢だと知る。
本当の家族と感動の再会を果たし、温かく迎え入れられたリディア。
しかし、公爵家には自分と同じ年齢、同じ髪の色、同じ瞳の子がすでにいた。その子はリディアの身代わりとして縁戚から引き取られた養女だった。
『シャロンと申します、お姉様』
彼女が口にしたのは、両親が生まれたばかりのリディアに贈ったはずの名だった。
家族の愛情も本当の名前も婚約者も、すでにその子のものだと気づくのに時間は掛からなかった。
自分の居場所を見つけられず、葛藤するリディア。
『……今更見つかるなんて……』
ある晩、母である公爵夫人の本音を聞いてしまい、リディアは家族と距離を置こうと決意する。
これ以上、傷つくのは嫌だから……。
けれども、公爵家を出たリディアを家族はそっとしておいてはくれず……。
――どうして誘拐されたのか、誰にひとりだけ愛されるのか。それぞれの事情が絡み合っていく。
◇家族との関係に悩みながらも、自分らしく生きようと奮闘するリディア。そんな彼女が自分の居場所を見つけるお話です。
※この作品の設定は架空のものです。
※作品の内容が合わない時は、そっと閉じていただければ幸いです(_ _)
※感想欄のネタバレ配慮はありません。
※執筆中は余裕がないため、感想への返信はお礼のみになっておりますm(_ _;)m
噂好きのローレッタ
水谷繭
恋愛
公爵令嬢リディアの婚約者は、レフィオル王国の第一王子アデルバート殿下だ。しかし、彼はリディアに冷たく、最近は小動物のように愛らしい男爵令嬢フィオナのほうばかり気にかけている。
ついには殿下とフィオナがつき合っているのではないかという噂まで耳にしたリディアは、婚約解消を申し出ることに。しかし、アデルバートは全く納得していないようで……。
※二部以降雰囲気が変わるので、ご注意ください。少し後味悪いかもしれません(主人公はハピエンです)
※小説家になろうにも掲載しています
◆表紙画像はGirly Dropさんからお借りしました
(旧題:婚約者は愛らしい男爵令嬢さんのほうがお好きなようなので、婚約解消を申し出てみました)
前世で処刑された聖女、今は黒薬師と呼ばれています
矢野りと
恋愛
旧題:前世で処刑された聖女はひっそりと生きていくと決めました〜今世では黒き薬師と呼ばれています〜
――『偽聖女を処刑しろっ!』
民衆がそう叫ぶなか、私の目の前で大切な人達の命が奪われていく。必死で神に祈ったけれど奇跡は起きなかった。……聖女ではない私は無力だった。
何がいけなかったのだろうか。ただ困っている人達を救いたい一心だっただけなのに……。
人々の歓声に包まれながら私は処刑された。
そして、私は前世の記憶を持ったまま、親の顔も知らない孤児として生まれ変わった。周囲から見れば恵まれているとは言い難いその境遇に私はほっとした。大切なものを持つことがなによりも怖かったから。
――持たなければ、失うこともない。
だから森の奥深くでひっそりと暮らしていたのに、ある日二人の騎士が訪ねてきて……。
『黒き薬師と呼ばれている薬師はあなたでしょうか?』
基本はほのぼのですが、シリアスと切なさありのお話です。
※この作品の設定は架空のものです。
※一話目だけ残酷な描写がありますので苦手な方はご自衛くださいませ。
※感想欄のネタバレ配慮はありません(._.)
【R18】お嫁さんスライム娘が、ショタお婿さんといちゃらぶ子作りする話
みやび
恋愛
タイトル通りのエロ小説です。
前話
【R18】通りかかったショタ冒険者に襲い掛かったスライム娘が、敗北して繁殖させられる話
https://www.alphapolis.co.jp/novel/902071521/384412801
ほかのエロ小説は「タイトル通りのエロ小説シリーズ」まで
壁の花令嬢の最高の結婚
晴 菜葉
恋愛
壁の花とは、舞踏会で誰にも声を掛けてもらえず壁に立っている適齢期の女性を示す。
社交デビューして五年、一向に声を掛けられないヴィンセント伯爵の実妹であるアメリアは、兄ハリー・レノワーズの悪友であるブランシェット子爵エデュアルト・パウエルの心ない言葉に傷ついていた。
ある日、アメリアに縁談話がくる。相手は三十歳上の財産家で、妻に暴力を働いてこれまでに三回離縁を繰り返していると噂の男だった。
アメリアは自棄になって家出を決行する。
行く当てもなく彷徨いていると、たまたま賭博場に行く途中のエデュアルトに出会した。
そんなとき、彼が暴漢に襲われてしまう。
助けたアメリアは、背中に消えない傷を負ってしまった。
乙女に一生の傷を背負わせてしまったエデュアルトは、心底反省しているようだ。
「俺が出来ることなら何だってする」
そこでアメリアは考える。
暴力を振るう亭主より、女にだらしない放蕩者の方がずっとマシ。
「では、私と契約結婚してください」
R18には※をしています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる