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29.久我の正体

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 翌日の朝になり、冬麻は晴翔の家を出て帰宅した。
 帰るのは久我のマンションだ。
 行き先は晴翔には告げていない。実家に帰ると嘘をついた。ここに戻ることを伝えたら、きっと猛反対して引き止められてしまいそうだから。


 晴翔はあんなことを言っていたが、冬麻にとって久我は大切な恋人だ。恋人を信じないでどうする。このまま久我のもとを黙って去っていく気なんてない。



 いつものようにドアのロックを解除して、中に入る。
 家の中はしんとしていてなんの音もない。

「久我さん……?」

 リビングで久我の姿を探すがここにはいないようだ。
 ダイニングテーブルには、飲みかけのワインボトルがひとつ、封が空いたまま放置されている。隣にワイングラスは見当たらない。

 そのそばにあるのは紙切れだ。写真に使われる光沢紙のように見えるが、それはビリビリに引きちぎられており、もはや何が写っていたのかすら判別できないほどに粉々になっている。

 キレイ好きの久我が、こんなものをテーブルの上に放置するなんて珍しいことだ。いつもは飲みかけのワインはきちんと蓋をして冷蔵庫にしまうし、ゴミはゴミ箱に捨てている。

「久我さん、いないんですか?」

 あちこち探したが姿が見当たらない。もしかしたら部屋で眠っているのかもしれない。

 冬麻は久我の部屋のドアをノックした。

「入りますね」

 冬麻は小声で言い、そっとドアを開ける。





 デスクの前の椅子に座っていた久我は、冬麻が部屋に入ってきたことに気がついてこちらを振り返った。

「冬麻、お帰り」

 久我はあの完璧な笑顔を浮かべている。

 その恐ろしいほど隙がない笑顔を見て気がついた。
 この笑顔を見るのは久しぶりだ。
 最近はもっとこう、嘘偽りのない笑顔を冬麻に見せてくれていた気がする。

「あっ、あの、俺、久我さんに連絡したんですけど、既読になってませんでしたね。久しぶりに友達と会って話していたら終電逃しちゃったんで、そのまま泊めてもらったんです」

 朝帰りになった理由を説明したが、久我は態度を崩さないから全く感情が読み取れない。

「念のため言いますが、本当に友達の家に泊まっただけで、浮気とか、そういうんじゃないです……」

 聞かれてもないのに、なんとなく久我の圧を感じて釈明してしまった。
 言っていることは決して嘘じゃない。久我にわかってもらえるだろうか……。


「いいんだよ、冬麻。俺が悪かったんだから」

 久我は冬麻に近づいてきて、冬麻の髪をそっと撫でた。

「俺が間違っていたんだって、昨日の夜、俺は自分自身を痛みつけてやりたいくらいに反省したんだよ」

 久我からは少しアルコールの匂いがする。昨日は会食に付き合ってアルコールを口にしただろうし、ダイニングにあったワインも会食後、久我が飲んだのかもしれない。

「冬麻がいない夜なんて気が狂いそうだったよ。俺は冬麻がそばにいてくれないと生きていけないんだ」
「心配かけてごめんなさい……」
「わかってくれればいいよ。もう二度とこんなことしないでね。友達も同僚も今後いっさい会わないでもらいたいな」
「いっさい……?」

 心配かけたのは悪かったと思うし、恋人が外泊なんて嫌だと思う。
 でも、友達や同僚といっさい会うな、だなんて約束はちょっと……。


「俺がどれだけ冬麻を愛したら、冬麻はわかってくれるの? いい加減にしてくれないかな。冬馬は俺のもので、俺は冬麻のもの。俺たちは恋人同士でお互いを裏切ることなんてあってはならないんだよ」

 久我の顔から笑顔が消えた。
 冬麻を見下ろす冷酷な視線が冬麻を捉え、それは見えない鎖のようで冬麻は動けない。

「俺が冬麻の監視をやめたらすぐにこれだ。人が甘い顔をした途端に逃げようとするんだから。これからは徹底させてもらうよ」

 冬麻は久我の責めるような視線に耐えきれず、目を逸らし、下を向く。
 久我のそばにいたいと思うのに、久我の束縛は苦しいと思う。
 久我の恋人でいたいけど、同時に自由も求めている。
 それは冬麻のわがままなのだろうか。

「俺は冬麻を信じてた。だから連絡もしないでずっとここで待ってたんだ。それなのに冬麻が田上晴翔の家にあいつとふたりきりでいると知った時の俺の気持ち、わかる? 俺ね、あいつをさっさと殺さなかったことを死ぬほど後悔したよ」
「ま、待って久我さんっ……!」

 冬麻は久我が何か間違ったことを本当にしてしまうのではないかと怖くなり、思わず久我の袖を掴んだ。

「なに? 冬麻は俺よりあいつがいいの? ねぇ冬麻。あいつにどこまで許したの? 一晩中ふたりで何をしていたの?」

 久我が冬麻の腕を掴んだ。その力が強すぎてうっ血しそうなくらいに痛い。

「そ、そうじゃなくて……晴翔に酷いことをしないで欲しくて……。何度も言いますが晴翔はただの友達で、そんな関係なんかじゃないんですっ!」

 こんなことで晴翔を殺めてしまうなんてことはないと思いたい。でも、冬麻に近づくだけで暴行や監禁をされたと晴翔は言っていた。まさか本気で、久我は晴翔を……なんて不安になる。

「俺、冬麻を他の男に取られたら、頭おかしくなる。そんなこと絶対に耐えられない。冬麻が俺のもとからいなくなるなんて想像もしたくない」

 久我は冬麻を腕を引っ張って部屋の奥へと連れていく。

 久我は鍵が刺さったままになっていた引き出しの中のスイッチを押す。すると何かがガチャリと解錠される音がした。
 久我はシェルフの後ろの壁を動かす。
 まさか動くはずもないだろうと思っていた壁がシェルフごと扉のように開かれた。

 シェルフで壁の継ぎ目などが巧妙に隠されていたが、それは扉になっていた。扉はもうひとつあり、壁の扉と、鉄格子のような扉の二重扉のようだ。
 奥には部屋がある。部屋に窓はないのか、中は真っ暗だ。
 久我は冬麻の腕を引っ張り、中へ進もうとする。そこへ冬麻を連れ込む気だ。

「これ、なんですか?! 久我さんっ、離してっ!」

 嫌な予感がする。なんとか抵抗を試みるが、久我の力は信じられないくらいに強く、冬麻の身体は無理矢理ドアの向こう側に押し込まれた。久我に突き飛ばされ、冬麻の身体は冷たい床に叩きつけられる。

 中に入ると自動で明かりがついた。浮かび上がったのは三畳ほどの小さな部屋。床には一切の物がないが、右奥の壁の一面だけが異常だ。

 壁には無数の写真が貼られている。写真の上からまた写真が上書きされるかのように貼られており、幾重にも重なっている状態だ。

 そして見る限り、それらは全て冬麻の写真だ。小学生くらいの頃の写真から、つい最近のものと思われる写真まで、冬麻の十年分の写真がそこに全てあると言っても過言ではないくらいのあり得ない量。

 背後でガチャリと音がした。ばっと振り返ると久我が鉄格子の扉に施錠している。

「久我さん?!」

 鉄格子の向こう側にいる久我は、無表情で、冬麻の声にも何も反応しない。シリンダー鍵をかけたあと、その上から鎖をかけ、そこへ南京錠を付けている。

「俺をここに閉じ込める気ですか?!」

 冬麻は鉄格子の隙間から手を伸ばそうとするが、格子の目は人の指が入るほどの隙間しかなく、久我には到底届かない。

「ごめんね、俺は冬麻がいないと生きていけないから、冬麻を離してあげることはできないんだよ。冬麻がここを出て行くってことは、俺が死ぬってことと同じ意味。俺はもう少しだけ冬麻と一緒に生きていきたいんだ」

 久我は笑った。
 その顔はもう冬麻が知っている久我じゃない。
 こんなに残酷な笑顔、見たことがない。


「最初からこうすべきだったんだ。愛で縛れるなんてバカみたいな幻想を抱いた俺が間違っていたんだよ」
「そんな……」

 久我は恐ろしい男だ。この部屋が存在しているということは、マンションを購入した時からここに監禁することも考えていたのだろう。だってこの部屋は外側から鍵をかける仕様になっている。それって中に何かを閉じ込めるためのもの、ということだ。

「あまり騒いだりしないでね。閉じ込めるだけじゃすまなくなっちゃうから。俺は冬麻を縛りつけたくないんだよ」

 頭がイカれてるとしか思えない。こんなところに鍵をかけて閉じ込める行為はもう十分に冬麻を縛りつけている。



「食事は俺がここまで運ぶよ。食べたいものがあったらリクエストしてね。トイレの時や何かあって俺を呼びたい時は、そこの赤いボタンを押して。俺が付き添うから。シャワーは俺が入るタイミングに合わせてもらうことになるけどいいよね? 俺と一緒に入ろうね」

 この人は笑顔で一体何を言っているんだろう。自分の異常さに気がついていないのだろうか。

「その部屋にベッドはないから、夜は俺のベッドにおいで。もちろんガチガチに縛ったりはしないよ。ゆっくり眠れるように緩く拘束してあげるから」

 どちらにせよ、拘束する気なのか。寝ている間に冬麻が逃げるのを恐れているようだ。

「今日は冬麻は仕事お休みだよね。明日からはとりあえず欠勤の連絡を俺から入れておくよ」

 仕事も行かせない気なのか?!
 それじゃあ、ずっとこのまま……。

「じゃあね、冬麻」

 鉄格子の鍵。南京錠。さらにそこへ壁の隠し扉の鍵が無情にもガチャリと音を立てて閉められた。
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