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28.愛人
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「どうだ? 違うか? そうなんだろ?」
冬麻の手が震えている。
どうして震えている……?
自分の立場をはっきりと突きつけられ、その事実を認めたくないからか。
「今すぐ逃げ出せよ。なんでそんな悪い男に従わなくちゃならないんだ?! 家の借金のためだけに自分を犠牲にするな!」
自分を犠牲にしているつもりなんてなかった。
でも、もし久我にヒナタという先妻のような存在がいるんだとしたら、冬麻の立場はただの愛人ということになるのか……?
「バ、バカを言うな。俺は男だ。俺が愛人なんてあり得ないだろっ」
「でも、あの男と一緒に暮らしてる。それは間違いないだろ?」
「それは……」
どうすればいい。これ以上追及されたら……。
「俺は冬麻を助けたい。だから聞きたくないけど聞く。お前、もしかして久我って奴と寝た? 実家に金を出す代わりに見返りを寄越せって、あの男に無理矢理ヤられたりしてないよな……?」
「やめろ!」
冬麻は耳を塞いで晴翔の言葉を拒絶する。
もう駄目だ。
これ以上は取り繕うことができない——。
「あの人はそんなことしない……」
久我は冬麻に酷いことなんてしない。身体の関係だって、冬麻も同意の上での行為なんだから。
「なんであんな奴を庇うようなことを言うんだよ! 久我って奴の裏の顔は絶対にやばい。冬麻はすっかりあいつに絆されたのか?!」
たしかに久我は本心が見えない男だ。それでも信じるって思って一緒にいたのに。
「冬麻は悪くない。お前は昔から素直だから、どうせあいつに騙されたんだろ? プレゼントとかちょっと甘いことを言われてさ『俺の愛人になれ』とか言われたの? それとも『お前だけだよ』とか嘘つかれて抱かれたの?」
久我は嘘をついていたのか……?
ヒナタという存在を隠して、冬麻にグイグイ迫ってきて、何も知らない冬麻はそれを本気と信じて、久我に身体まで許してしまったのか。
「そんなことない! 俺はなんともない。なんにもされてない……大丈夫だから……」
久我は悪い男じゃない。騙されていたなんて思いたくもない。
冬麻の感情が崩壊する。
堰を切ったように涙が溢れてくるのをどうしても抑えられない。
久我との不安定な関係が晴翔にバレて、その歪さをはっきり突きつけられたこと。
自分が実はただの愛人だったんじゃないかということ。
どちらも冬麻にとっては目を逸らして生きていきたかったくらいの残酷なことだ。
「大丈夫なら、なんで泣いてるんだよ……」
晴翔は近くにあったティッシュボックスを拾い、ティッシュで冬麻の涙を拭う。
「ごめん、冬麻……」
晴翔はそっと冬麻の身体を抱き締め、なぐさめるように背中をさすってきた。
晴翔の腕の中で、冬麻は肩を震わせ嗚咽をあげる。
まんまと久我の罠に引っ掛かった冬麻のことを久我は裏で嘲笑っていたのかもしれない。
実は久我には本命がいて、自分は遊ばれているとも知らずに、呆気なく久我の手に堕ち、久我に誘われたら簡単に身体を許す尻軽な相手。
ワァワァとわめきたいほどの激情を、ぎゅっと晴翔の服を握りしめて必死でおし殺す。
「大丈夫だよ、冬麻……。お前には俺がいるじゃん」
晴翔は冬麻を静かに慰めてくれている。本音を言えない冬麻のことを責めることもなく、ただ寄り添うように。
どのくらいの間、そうしていたんだろう。
冬麻の気持ちが落ち着いてきて、晴翔は冬麻の身体を離して、冬麻の目を見て話を続けた。
「俺だってこんなこと言いたくないと思って一度は口をつぐんだんだ。この前久しぶり会った冬麻は幸せそうに見えたから」
晴翔はそんな前から久我と冬麻の関係性に気がついていたのか。
「でも、あの日の俺たちには監視の目があった。だから冬麻が本音を言えずにいるのかなとも思った」
監視の目……? 誰かが冬麻と晴翔の動向をチェックしていたのか……?
「俺が冬麻に近づくたびにいろんなことが起きた。暴行、監禁、全部犯罪まがいのことだぜ? これって逆に何か秘密があるってことだろ?」
「晴翔……そんな目に遭ってたのか……?!」
冬麻は気がつかなかったが、晴翔は冬麻の預かり知らぬところで強大な何かと戦ってくれていたのか。
それもまさか裏で久我が……?
「冬麻のほうがもっと酷い目に遭わされてると思ったらそれくらいなんでもねぇよ」
晴翔は強いな。普通なら怖くなって冬麻には近づかなくなるんじゃないだろうか。
「冬麻。もうあの家に帰らなくていいよ。これ以上ひとりで抱え込むな。お前の親父さんだって冬麻に辛い思いをさせてまで融資を受けたいだなんて思っちゃいねぇよ。俺も一緒に戦ってやるから、な?」
晴翔にぽんと肩を叩かれる。
——どうしたらいいんだろう。
久我から離れるべきなのか。
でも、離れることを想像した途端に、胸がキューッと痛みを訴えてくる。
晴翔には「絆されんな」と怒られそうだが、突然こんな事実を知ってもまだ久我から離れたくないと思ってしまう自分がいる。
いっそ久我に全部をぶつけてしまえばいいのかもしれない。
ヒナタのこと、冬麻のことを本当はどう思ってるのかってこと、借金のことや晴翔への暴行のこと、それら全部、久我はなんて答えるんだろう。
久我は狡猾な男だから、またうまいこと言われて誤魔化されてしまうかもしれない。
そしたら、またこのままの関係が続いて——。
「とりあえず今日はこのままうちに居ろよ。もう電車もとっくにないしさ。泊まってけ。ベッド貸してやるから」
晴翔に言われてスマホで時刻を確認する。すっかり時間を忘れていた。もう一時をとっくに過ぎている。
——俺が帰らなかったら、久我さんは心配するかな……。
スマホを確認するが、久我からの連絡はない。いつもは冬麻が少しでも帰りが遅れると鬼電してくるような人なのに。
なんで今日は久我から一切の連絡が来ないんだろう。会食が長引いているのだろうか。それとも、疲れて先に寝てしまったのかもしれない。
「遠慮するな。使いたきゃシャワーも使えよ。あ、着替える? 俺の服でよければ貸すよ」
晴翔は冬麻を帰す気はないようだ。久我の家から逃げろと言うくらいだから。
——正直に言えば、わかってくれるかな。
『電車もないんで友達の家に泊まります。明日の朝帰ります。仕事お疲れ様です。おやすみなさい』
そう久我に連絡したあと、晴翔に「悪い、今日は泊まらせてくれ」と伝えた。
「もちろん。いつまでもいてくれて構わねぇよ。で、帰るならあんな奴のところには行くな、ちゃんと自分の家に帰れよ」
晴翔はさっきの話の念を押してくる。晴翔なりに色々推察して、冬麻のことを思って自らを危険にさらしてまで友達を助けようとする、その正義感の強さに感服する。
「うん……少し考えてみるよ……」
昨日の寝不足がたたって、眠気が襲ってきた。
晴翔の言葉に甘えて、今日はこの家で休ませてもらおう。
冬麻の手が震えている。
どうして震えている……?
自分の立場をはっきりと突きつけられ、その事実を認めたくないからか。
「今すぐ逃げ出せよ。なんでそんな悪い男に従わなくちゃならないんだ?! 家の借金のためだけに自分を犠牲にするな!」
自分を犠牲にしているつもりなんてなかった。
でも、もし久我にヒナタという先妻のような存在がいるんだとしたら、冬麻の立場はただの愛人ということになるのか……?
「バ、バカを言うな。俺は男だ。俺が愛人なんてあり得ないだろっ」
「でも、あの男と一緒に暮らしてる。それは間違いないだろ?」
「それは……」
どうすればいい。これ以上追及されたら……。
「俺は冬麻を助けたい。だから聞きたくないけど聞く。お前、もしかして久我って奴と寝た? 実家に金を出す代わりに見返りを寄越せって、あの男に無理矢理ヤられたりしてないよな……?」
「やめろ!」
冬麻は耳を塞いで晴翔の言葉を拒絶する。
もう駄目だ。
これ以上は取り繕うことができない——。
「あの人はそんなことしない……」
久我は冬麻に酷いことなんてしない。身体の関係だって、冬麻も同意の上での行為なんだから。
「なんであんな奴を庇うようなことを言うんだよ! 久我って奴の裏の顔は絶対にやばい。冬麻はすっかりあいつに絆されたのか?!」
たしかに久我は本心が見えない男だ。それでも信じるって思って一緒にいたのに。
「冬麻は悪くない。お前は昔から素直だから、どうせあいつに騙されたんだろ? プレゼントとかちょっと甘いことを言われてさ『俺の愛人になれ』とか言われたの? それとも『お前だけだよ』とか嘘つかれて抱かれたの?」
久我は嘘をついていたのか……?
ヒナタという存在を隠して、冬麻にグイグイ迫ってきて、何も知らない冬麻はそれを本気と信じて、久我に身体まで許してしまったのか。
「そんなことない! 俺はなんともない。なんにもされてない……大丈夫だから……」
久我は悪い男じゃない。騙されていたなんて思いたくもない。
冬麻の感情が崩壊する。
堰を切ったように涙が溢れてくるのをどうしても抑えられない。
久我との不安定な関係が晴翔にバレて、その歪さをはっきり突きつけられたこと。
自分が実はただの愛人だったんじゃないかということ。
どちらも冬麻にとっては目を逸らして生きていきたかったくらいの残酷なことだ。
「大丈夫なら、なんで泣いてるんだよ……」
晴翔は近くにあったティッシュボックスを拾い、ティッシュで冬麻の涙を拭う。
「ごめん、冬麻……」
晴翔はそっと冬麻の身体を抱き締め、なぐさめるように背中をさすってきた。
晴翔の腕の中で、冬麻は肩を震わせ嗚咽をあげる。
まんまと久我の罠に引っ掛かった冬麻のことを久我は裏で嘲笑っていたのかもしれない。
実は久我には本命がいて、自分は遊ばれているとも知らずに、呆気なく久我の手に堕ち、久我に誘われたら簡単に身体を許す尻軽な相手。
ワァワァとわめきたいほどの激情を、ぎゅっと晴翔の服を握りしめて必死でおし殺す。
「大丈夫だよ、冬麻……。お前には俺がいるじゃん」
晴翔は冬麻を静かに慰めてくれている。本音を言えない冬麻のことを責めることもなく、ただ寄り添うように。
どのくらいの間、そうしていたんだろう。
冬麻の気持ちが落ち着いてきて、晴翔は冬麻の身体を離して、冬麻の目を見て話を続けた。
「俺だってこんなこと言いたくないと思って一度は口をつぐんだんだ。この前久しぶり会った冬麻は幸せそうに見えたから」
晴翔はそんな前から久我と冬麻の関係性に気がついていたのか。
「でも、あの日の俺たちには監視の目があった。だから冬麻が本音を言えずにいるのかなとも思った」
監視の目……? 誰かが冬麻と晴翔の動向をチェックしていたのか……?
「俺が冬麻に近づくたびにいろんなことが起きた。暴行、監禁、全部犯罪まがいのことだぜ? これって逆に何か秘密があるってことだろ?」
「晴翔……そんな目に遭ってたのか……?!」
冬麻は気がつかなかったが、晴翔は冬麻の預かり知らぬところで強大な何かと戦ってくれていたのか。
それもまさか裏で久我が……?
「冬麻のほうがもっと酷い目に遭わされてると思ったらそれくらいなんでもねぇよ」
晴翔は強いな。普通なら怖くなって冬麻には近づかなくなるんじゃないだろうか。
「冬麻。もうあの家に帰らなくていいよ。これ以上ひとりで抱え込むな。お前の親父さんだって冬麻に辛い思いをさせてまで融資を受けたいだなんて思っちゃいねぇよ。俺も一緒に戦ってやるから、な?」
晴翔にぽんと肩を叩かれる。
——どうしたらいいんだろう。
久我から離れるべきなのか。
でも、離れることを想像した途端に、胸がキューッと痛みを訴えてくる。
晴翔には「絆されんな」と怒られそうだが、突然こんな事実を知ってもまだ久我から離れたくないと思ってしまう自分がいる。
いっそ久我に全部をぶつけてしまえばいいのかもしれない。
ヒナタのこと、冬麻のことを本当はどう思ってるのかってこと、借金のことや晴翔への暴行のこと、それら全部、久我はなんて答えるんだろう。
久我は狡猾な男だから、またうまいこと言われて誤魔化されてしまうかもしれない。
そしたら、またこのままの関係が続いて——。
「とりあえず今日はこのままうちに居ろよ。もう電車もとっくにないしさ。泊まってけ。ベッド貸してやるから」
晴翔に言われてスマホで時刻を確認する。すっかり時間を忘れていた。もう一時をとっくに過ぎている。
——俺が帰らなかったら、久我さんは心配するかな……。
スマホを確認するが、久我からの連絡はない。いつもは冬麻が少しでも帰りが遅れると鬼電してくるような人なのに。
なんで今日は久我から一切の連絡が来ないんだろう。会食が長引いているのだろうか。それとも、疲れて先に寝てしまったのかもしれない。
「遠慮するな。使いたきゃシャワーも使えよ。あ、着替える? 俺の服でよければ貸すよ」
晴翔は冬麻を帰す気はないようだ。久我の家から逃げろと言うくらいだから。
——正直に言えば、わかってくれるかな。
『電車もないんで友達の家に泊まります。明日の朝帰ります。仕事お疲れ様です。おやすみなさい』
そう久我に連絡したあと、晴翔に「悪い、今日は泊まらせてくれ」と伝えた。
「もちろん。いつまでもいてくれて構わねぇよ。で、帰るならあんな奴のところには行くな、ちゃんと自分の家に帰れよ」
晴翔はさっきの話の念を押してくる。晴翔なりに色々推察して、冬麻のことを思って自らを危険にさらしてまで友達を助けようとする、その正義感の強さに感服する。
「うん……少し考えてみるよ……」
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