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番外編 ふたりの休日
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「冬麻っ! これもどう?」
久我は今度は春物のシャツを持ってきて冬麻の身体にあてている。
「いや、俺、仕事は制服ありますし、そんなにたくさん服があっても着る機会もないですから」
休みの日に、久我と買い物に出かけたのだが、「冬麻は欲しいものないの? 冬麻の見たいお店を見に行こう」と言われ、店に入るたびに、これも買え、あれも買ったらと久我がうるさい。
いまふたりがいるのは、そこそこの価格帯のセレクトショップだ。久我が持ってきたシャツだって15400円の値札が付いている。冬麻からしたら一着買うのすら躊躇するくらいのものなのに、久我にしてみれば大したことのない金額なのだろう。
「この靴は? これ、色が可愛いよ」
おいおい、そのローファーは55800円だ。そんな靴を履きこなせる自信はない。
久我はものの値段を気にすることなんてないんだろう。
「今日、俺は荷物持ちで冬麻に付き添ってるし、気にせずなんでも買って。重くなったら店から郵送しちゃえばいいんだから」
これだから金持ちは怖いな。気に入ったものがあれば迷わず買うんだろう。
結局この店で、Tシャツ一枚と久我セレクトのシャツを買うことにした。
会計を済ませる久我が出すカードはブラックカード。そして久我は冬麻にお金を出させる気など全くないようだ。
「俺の買い物なのに、買ってもらってばかりですみません」
店を出たあと久我に頭を下げると、「これくらいなんでもないよ」と微笑みを返してくる。
「あ、冬麻。財布でも買ってく?」
久我はコーヒーでも飲んでくくらいの軽い調子で言うが、目の前にあるのはGUCCIとLOUIS VUITTONの店舗。
「アクセサリーも置いてるよ。冬麻はそういうの興味ない? ひとつくらい買ってみる?」
冬麻が一ヶ月働いていくらもらっているのか久我なら知ってるはずだ。
庶民にとってこのレベルの店はお試しでホイホイ買い物するようなところじゃない。
「あの、また今度にします……」
「そう? わかった。じゃあ他の店に行こうか」
久我には際限がないらしい。冬麻が欲しがればきっとなんでも買い与えようとするんだろう。
——もらってばかりじゃ嫌なんだよな……。
久我との経済的な格差があるのはわかっている。そうだとしても、こんな関係フェアじゃない。
——何か欲しいものとかないのかな……?
冬麻はひと切れ1700円のフルーツタルトを口にしながら目の前に座っている久我の顔を観察する。
「どうしたの? 冬麻。さっきから」
「いえ。ちょっと……」
まさか本人に向かって何かサプライズでお返しを考えているだなんて言えるわけがない。
「出かけて疲れちゃった?」
「いえ、疲れてません」
冬麻はまたひと口タルトを頬張りつつ、久我の観察を続ける。
久我を見れば見るほどなんでも持っている男だ。服も靴も上質なものばかり身につけていて、時計も財布もいくつも持っているし、欲しいものなんてないんだろう。
「さっきから俺のこと値踏みしてるの?」
「はい?!」
「だって、俺のことジロジロ見て、俺じゃ冬麻に相応しくない? 冬麻の理想の恋人になるには俺はどうしたらいい?」
「えっ!」
いやこっちは完璧すぎると思って隙を探してたのに……。
「俺、冬麻に嫌われるようなことしたのかな……」
「まさか、そんなことないですっ!」
なんでそんなに自信がないんだよ……。どう考えても完璧なくせに……。
あっ。
あった。
この人は俺に好かれてるっていう自信が『ない』んだ。
「俺は久我さんのこと——」
途中まで言いかけて、それなのに急に気持ちを伝えるのが小っ恥ずかしくなってきた。
『好き』のたった二文字がどうしてこんなに伝えられないんだろう……。
というより、久我に面と向かって『好き』をはっきり言葉として言ったことなんてない。
それを伝える自分を想像しただけで、ブワッと顔がほてっていくのがわかる。
うわ、こんな顔を見られたら……。
「ちょっとトイレに行ってきます!」
理由なんてなんでもいい。とりあえず久我の目の前から冬麻は逃げ出した。
——バカ。逃げてどうする!
冬麻はレストルームの鏡の前で自問自答する。
『好き』はハードルが高すぎる。もっとこう、簡単に久我に愛情を伝えられる方法はないか。
久我とは一応恋人同士だ。恋人からしてもらって嬉しいこと……。
それって、やっぱり……。
不意打ちキスだ。
手を繋いだり抱き合ったりするのは外では難しい。でもキスなら誰も見ていない瞬間を見つけて三秒もあれば……いや、一秒で完了する。
——見てろよ、今日の俺の目標を必ず達成させてやる!
と、決意はしたものの、街中で誰にも見られずにキスする場所なんてない。
カフェを出てから辺りをキョロキョロしてみるが、死角なんてほぼないし、そもそもそんなところにさりげなく久我をどうやって連れ込むんだ……? これは計画が頓挫する可能性もあるんじゃないのか……?
「どうしたの? 冬麻はさっきから何を探してるの?」
「へっ?!」
冬麻はさりげなくを装っているつもりだが、思い出した。久我はとても察しのいい男だ。
「いやっ、あの……買いたいものを探してるっていうか……」
自分で言いながら「言い訳下手か!」とツッコミを入れたいくらいに酷い。
「そうなの?」
うわ、久我は絶対に怪しんでいる。
「じゃあ花束はどう? 俺から冬麻にプレゼントしようか?」
花束?! 冗談だろ。
「花なんて、男に贈るものじゃないですよ」
そんなもの、卒業式とかイベントごと以外には買わないだろ。
「要らない?」
「要りませんっ」
まったくなんでも買えとかプレゼントするとか、なんなんだよ……。
「そっか。ちょっと待っててくれる?」
久我はすぐそばにあったフラワーショップに立ち寄る。
ものの数分で戻って来た久我は、信じられないくらいの本数の赤いバラの花束を抱えている。何本かわからないけれど、百本くらいはありそうだ。
「冬麻。買い物は終わりにしてそろそろ帰ろっか」
久我は花束を抱えたまま、なんでもない顔で歩いていこうとする。
「えっ! 久我さん?! それ、どうするんですか?!」
そんな大きなバラの花束を買うなんて、話をツッコまずにはいられない。
「どうもしない。俺の最愛の人に贈ろうと思ったけど、やめた。ただ、事前にお店に作ってもらうよう頼んじゃったから持って帰るだけ」
最愛の人……?
まさかとは思うけど、俺か……?
それで、さっき俺が「要らない」と言ったから……。
「冬麻じゃないよ。だから安心して」
「えっ!」
心を見透かされたように言われて、ドキッとした。
だよな。
変な勘違いをした自分が恥ずかしい。でも良かった。久我に「それってまさか俺へのプレゼントですか?」などと間抜けなことを言う前で……。
でも本当に鋭いな、この人は。
そんなに物欲しそうな顔をしてたかな……。
それにしても俺じゃないなら、その花束は誰にあげるつもりだったんだよ。
俺以外に最愛の人がいるってことか……?
それって誰なんだよ……。
「何本買ったんですか?」
「え?」
「バラですよ。そんなにたくさん……」
「99本」
へぇ。何でそんな中途半端な本数なんだろう。何か意味があるのかな……。
「なんで100本じゃないんですか?」
「まぁ。一応バラの本数って意味があるからね。贈る相手がそれを知らないと、伝わらないかもしれないけど、それでも99本にしたかったんだ」
「99本だと、どう言う意味になるんです?」
「永遠」
「エイエン?」
「あなたのことがずっと前から好きで、その気持ちは永遠です。そんな意味」
「そうなんですね……」
結構重めな感じの意味じゃないか。それを贈る相手なんて……。
「わっ! あれ見てっ!」
通行人が久我と久我の持つバラの花束を見て驚いている。
たしかにこれは目立つよな……。
「あんなイケメンから花束貰ったらやばくない?!」
「プロポーズかな?!」
通り過ぎざまにそんな声が聞こえた。たしかに久我とバラの花束なんて、鬼に金棒っていうくらい最強アイテムだな。
駐車場にたどり着いて、ふたりは久我の車を目指して歩いている。
隣を歩く久我の持つ花束が視界に入るたびに冬麻はやけにイライラしてきた。
「そろそろ教えてくださいよ」
「え? 何を?」
「それですよ。俺じゃないなら、誰にあげるつもりだったんですか?」
あー、しまった。言い方がかなりトゲトゲしくなってしまった……。
でも、さっきから気になって気になって仕方がない。
「冬麻、もしかして怒ってる……?」
「別に怒ることなんて何もないですけど」
そのとおり。久我が誰に何をプレゼントしても気にしなければいいんだ。花束のひとつくらい、久我にとっては大したことじゃないんだろう。恋人以外の誰かに贈るみたいだから。
「やっぱり怒ってるよ」
「怒ってませんっ!」
イライラしてるときに、そういうこと言われるから余計にイライラするんだよ!
「ごめん、俺が悪かったね」
「別に久我さんが謝ることなんてっ——」
ムカついたから振り返って久我をキッと睨みつけてやろうと思ったのに。
冬麻が振り返ったところに、久我は冬麻の唇に不意打ちキスをする。
「えっ……」
驚いて思わず久我を見る。
「ごめん、冬麻。俺の言い方が悪かった。俺は冬麻にこの花束をプレゼントしたかったんだ。でも、冬麻ははっきり要らないと言ってたし、要らないものを無理矢理プレゼントしても相手は喜ばないだろう? そんなのは俺の独りよがりだなって思い直してプレゼントすることをやめたんだ」
じゃあ、この99本のバラは、もともと冬麻のために久我が注文していたものだったのか。
「でも、俺が冬麻のために買っただなんて言ったら恩着せがましいだろ? だから、『冬麻のじゃない』っていう嘘の言葉を付け加えたんだけど……」
「え……」
なんだよ、そのちっちゃい気遣い!
「そしたら冬麻はヤキモチ焼いてくれたんでしょ? こんな花束をプレゼントするほど親密な誰かが他にいるのかって」
「……っ!」
恥ずかしい。花束ひとつで振り回されている情けない自分が嫌になる。
「冬麻。早く帰ろう。俺、冬麻が可愛すぎて今すぐ抱き締めたくて仕方ないよ」
「えぇっ!」
もう、やめろって……。
しかもさっきの。
冬麻から仕掛けるはずだった不意打ちキスまで久我にしてやられて……。
これじゃいつも通り、久我にやられてばっかりだ。
——このままで終われるかよ。
「久我さん。その花束ってどれくらい重いんですか?」
「持ってみる?」
「はい」
冬麻は久我から花束を受け取った。かさもあるが、かなりずっしりとしている。これは何キロくらいあるんだろう。
「結構重いよね」
たしかに。これをずっと持ち歩くのは楽じゃない。
「あ! 久我さん! これっ、中にハチがいます!」
冬麻は花束を見ながら声をあげた。
「えっ!」
久我が慌てて冬麻の持つ花束の奥を覗き込む。
「そこですっ! ほら、そっちの奥のほう。今少し隠れてます」
両手の塞がっている冬麻が代わりにアゴで久我を誘導する。
「どこだ……?」
冬麻にくっつくくらいに身体を寄せて熱心に探しているのに、久我にはハチが見つからないようだ。
——今だ。
冬麻は久我の唇に近づいて、素早くキスをする。
「ハチなんかいませんよ。騙されました?」
してやったりの顔で久我を見る。いつも余裕ぶってる久我が、情けないくらいに驚いた顔をして、冬麻を見ている。
ざまぁみろ。まさか俺に騙されるなんて思っても見なかったんだろうな。
いくら慎重で疑り深い久我でも騙されることもあるんだなと思った。冬麻なんかにまんまと唇を奪われて、内心悔しがっているに違いない。
「冬麻……」
ん……?
何か様子がおかしくないか……?
「家まで待てない。カーセックスしよう」
「はい?!」
な、なんでいきなり……!
「おいで、冬麻」
冬麻は久我に連行される。
「えっ! 冗談ですよね?!」
久我は何も言わずにベンツの後部座席のドアを開け、中に冬麻を押し込み、花束は助手席にバサッと投げ込んだ。
「待って、俺は嫌ですよ?! さすがにここはないですっ!」
こんなおおっぴらな駐車場でそんなことをする人なんていないだろ。
「じゃあどうしてくれるの? 俺、今すぐ冬麻が欲しくて仕方ないんだけど」
「はい?!」
そんなこと知るか!!!!
久我は今度は春物のシャツを持ってきて冬麻の身体にあてている。
「いや、俺、仕事は制服ありますし、そんなにたくさん服があっても着る機会もないですから」
休みの日に、久我と買い物に出かけたのだが、「冬麻は欲しいものないの? 冬麻の見たいお店を見に行こう」と言われ、店に入るたびに、これも買え、あれも買ったらと久我がうるさい。
いまふたりがいるのは、そこそこの価格帯のセレクトショップだ。久我が持ってきたシャツだって15400円の値札が付いている。冬麻からしたら一着買うのすら躊躇するくらいのものなのに、久我にしてみれば大したことのない金額なのだろう。
「この靴は? これ、色が可愛いよ」
おいおい、そのローファーは55800円だ。そんな靴を履きこなせる自信はない。
久我はものの値段を気にすることなんてないんだろう。
「今日、俺は荷物持ちで冬麻に付き添ってるし、気にせずなんでも買って。重くなったら店から郵送しちゃえばいいんだから」
これだから金持ちは怖いな。気に入ったものがあれば迷わず買うんだろう。
結局この店で、Tシャツ一枚と久我セレクトのシャツを買うことにした。
会計を済ませる久我が出すカードはブラックカード。そして久我は冬麻にお金を出させる気など全くないようだ。
「俺の買い物なのに、買ってもらってばかりですみません」
店を出たあと久我に頭を下げると、「これくらいなんでもないよ」と微笑みを返してくる。
「あ、冬麻。財布でも買ってく?」
久我はコーヒーでも飲んでくくらいの軽い調子で言うが、目の前にあるのはGUCCIとLOUIS VUITTONの店舗。
「アクセサリーも置いてるよ。冬麻はそういうの興味ない? ひとつくらい買ってみる?」
冬麻が一ヶ月働いていくらもらっているのか久我なら知ってるはずだ。
庶民にとってこのレベルの店はお試しでホイホイ買い物するようなところじゃない。
「あの、また今度にします……」
「そう? わかった。じゃあ他の店に行こうか」
久我には際限がないらしい。冬麻が欲しがればきっとなんでも買い与えようとするんだろう。
——もらってばかりじゃ嫌なんだよな……。
久我との経済的な格差があるのはわかっている。そうだとしても、こんな関係フェアじゃない。
——何か欲しいものとかないのかな……?
冬麻はひと切れ1700円のフルーツタルトを口にしながら目の前に座っている久我の顔を観察する。
「どうしたの? 冬麻。さっきから」
「いえ。ちょっと……」
まさか本人に向かって何かサプライズでお返しを考えているだなんて言えるわけがない。
「出かけて疲れちゃった?」
「いえ、疲れてません」
冬麻はまたひと口タルトを頬張りつつ、久我の観察を続ける。
久我を見れば見るほどなんでも持っている男だ。服も靴も上質なものばかり身につけていて、時計も財布もいくつも持っているし、欲しいものなんてないんだろう。
「さっきから俺のこと値踏みしてるの?」
「はい?!」
「だって、俺のことジロジロ見て、俺じゃ冬麻に相応しくない? 冬麻の理想の恋人になるには俺はどうしたらいい?」
「えっ!」
いやこっちは完璧すぎると思って隙を探してたのに……。
「俺、冬麻に嫌われるようなことしたのかな……」
「まさか、そんなことないですっ!」
なんでそんなに自信がないんだよ……。どう考えても完璧なくせに……。
あっ。
あった。
この人は俺に好かれてるっていう自信が『ない』んだ。
「俺は久我さんのこと——」
途中まで言いかけて、それなのに急に気持ちを伝えるのが小っ恥ずかしくなってきた。
『好き』のたった二文字がどうしてこんなに伝えられないんだろう……。
というより、久我に面と向かって『好き』をはっきり言葉として言ったことなんてない。
それを伝える自分を想像しただけで、ブワッと顔がほてっていくのがわかる。
うわ、こんな顔を見られたら……。
「ちょっとトイレに行ってきます!」
理由なんてなんでもいい。とりあえず久我の目の前から冬麻は逃げ出した。
——バカ。逃げてどうする!
冬麻はレストルームの鏡の前で自問自答する。
『好き』はハードルが高すぎる。もっとこう、簡単に久我に愛情を伝えられる方法はないか。
久我とは一応恋人同士だ。恋人からしてもらって嬉しいこと……。
それって、やっぱり……。
不意打ちキスだ。
手を繋いだり抱き合ったりするのは外では難しい。でもキスなら誰も見ていない瞬間を見つけて三秒もあれば……いや、一秒で完了する。
——見てろよ、今日の俺の目標を必ず達成させてやる!
と、決意はしたものの、街中で誰にも見られずにキスする場所なんてない。
カフェを出てから辺りをキョロキョロしてみるが、死角なんてほぼないし、そもそもそんなところにさりげなく久我をどうやって連れ込むんだ……? これは計画が頓挫する可能性もあるんじゃないのか……?
「どうしたの? 冬麻はさっきから何を探してるの?」
「へっ?!」
冬麻はさりげなくを装っているつもりだが、思い出した。久我はとても察しのいい男だ。
「いやっ、あの……買いたいものを探してるっていうか……」
自分で言いながら「言い訳下手か!」とツッコミを入れたいくらいに酷い。
「そうなの?」
うわ、久我は絶対に怪しんでいる。
「じゃあ花束はどう? 俺から冬麻にプレゼントしようか?」
花束?! 冗談だろ。
「花なんて、男に贈るものじゃないですよ」
そんなもの、卒業式とかイベントごと以外には買わないだろ。
「要らない?」
「要りませんっ」
まったくなんでも買えとかプレゼントするとか、なんなんだよ……。
「そっか。ちょっと待っててくれる?」
久我はすぐそばにあったフラワーショップに立ち寄る。
ものの数分で戻って来た久我は、信じられないくらいの本数の赤いバラの花束を抱えている。何本かわからないけれど、百本くらいはありそうだ。
「冬麻。買い物は終わりにしてそろそろ帰ろっか」
久我は花束を抱えたまま、なんでもない顔で歩いていこうとする。
「えっ! 久我さん?! それ、どうするんですか?!」
そんな大きなバラの花束を買うなんて、話をツッコまずにはいられない。
「どうもしない。俺の最愛の人に贈ろうと思ったけど、やめた。ただ、事前にお店に作ってもらうよう頼んじゃったから持って帰るだけ」
最愛の人……?
まさかとは思うけど、俺か……?
それで、さっき俺が「要らない」と言ったから……。
「冬麻じゃないよ。だから安心して」
「えっ!」
心を見透かされたように言われて、ドキッとした。
だよな。
変な勘違いをした自分が恥ずかしい。でも良かった。久我に「それってまさか俺へのプレゼントですか?」などと間抜けなことを言う前で……。
でも本当に鋭いな、この人は。
そんなに物欲しそうな顔をしてたかな……。
それにしても俺じゃないなら、その花束は誰にあげるつもりだったんだよ。
俺以外に最愛の人がいるってことか……?
それって誰なんだよ……。
「何本買ったんですか?」
「え?」
「バラですよ。そんなにたくさん……」
「99本」
へぇ。何でそんな中途半端な本数なんだろう。何か意味があるのかな……。
「なんで100本じゃないんですか?」
「まぁ。一応バラの本数って意味があるからね。贈る相手がそれを知らないと、伝わらないかもしれないけど、それでも99本にしたかったんだ」
「99本だと、どう言う意味になるんです?」
「永遠」
「エイエン?」
「あなたのことがずっと前から好きで、その気持ちは永遠です。そんな意味」
「そうなんですね……」
結構重めな感じの意味じゃないか。それを贈る相手なんて……。
「わっ! あれ見てっ!」
通行人が久我と久我の持つバラの花束を見て驚いている。
たしかにこれは目立つよな……。
「あんなイケメンから花束貰ったらやばくない?!」
「プロポーズかな?!」
通り過ぎざまにそんな声が聞こえた。たしかに久我とバラの花束なんて、鬼に金棒っていうくらい最強アイテムだな。
駐車場にたどり着いて、ふたりは久我の車を目指して歩いている。
隣を歩く久我の持つ花束が視界に入るたびに冬麻はやけにイライラしてきた。
「そろそろ教えてくださいよ」
「え? 何を?」
「それですよ。俺じゃないなら、誰にあげるつもりだったんですか?」
あー、しまった。言い方がかなりトゲトゲしくなってしまった……。
でも、さっきから気になって気になって仕方がない。
「冬麻、もしかして怒ってる……?」
「別に怒ることなんて何もないですけど」
そのとおり。久我が誰に何をプレゼントしても気にしなければいいんだ。花束のひとつくらい、久我にとっては大したことじゃないんだろう。恋人以外の誰かに贈るみたいだから。
「やっぱり怒ってるよ」
「怒ってませんっ!」
イライラしてるときに、そういうこと言われるから余計にイライラするんだよ!
「ごめん、俺が悪かったね」
「別に久我さんが謝ることなんてっ——」
ムカついたから振り返って久我をキッと睨みつけてやろうと思ったのに。
冬麻が振り返ったところに、久我は冬麻の唇に不意打ちキスをする。
「えっ……」
驚いて思わず久我を見る。
「ごめん、冬麻。俺の言い方が悪かった。俺は冬麻にこの花束をプレゼントしたかったんだ。でも、冬麻ははっきり要らないと言ってたし、要らないものを無理矢理プレゼントしても相手は喜ばないだろう? そんなのは俺の独りよがりだなって思い直してプレゼントすることをやめたんだ」
じゃあ、この99本のバラは、もともと冬麻のために久我が注文していたものだったのか。
「でも、俺が冬麻のために買っただなんて言ったら恩着せがましいだろ? だから、『冬麻のじゃない』っていう嘘の言葉を付け加えたんだけど……」
「え……」
なんだよ、そのちっちゃい気遣い!
「そしたら冬麻はヤキモチ焼いてくれたんでしょ? こんな花束をプレゼントするほど親密な誰かが他にいるのかって」
「……っ!」
恥ずかしい。花束ひとつで振り回されている情けない自分が嫌になる。
「冬麻。早く帰ろう。俺、冬麻が可愛すぎて今すぐ抱き締めたくて仕方ないよ」
「えぇっ!」
もう、やめろって……。
しかもさっきの。
冬麻から仕掛けるはずだった不意打ちキスまで久我にしてやられて……。
これじゃいつも通り、久我にやられてばっかりだ。
——このままで終われるかよ。
「久我さん。その花束ってどれくらい重いんですか?」
「持ってみる?」
「はい」
冬麻は久我から花束を受け取った。かさもあるが、かなりずっしりとしている。これは何キロくらいあるんだろう。
「結構重いよね」
たしかに。これをずっと持ち歩くのは楽じゃない。
「あ! 久我さん! これっ、中にハチがいます!」
冬麻は花束を見ながら声をあげた。
「えっ!」
久我が慌てて冬麻の持つ花束の奥を覗き込む。
「そこですっ! ほら、そっちの奥のほう。今少し隠れてます」
両手の塞がっている冬麻が代わりにアゴで久我を誘導する。
「どこだ……?」
冬麻にくっつくくらいに身体を寄せて熱心に探しているのに、久我にはハチが見つからないようだ。
——今だ。
冬麻は久我の唇に近づいて、素早くキスをする。
「ハチなんかいませんよ。騙されました?」
してやったりの顔で久我を見る。いつも余裕ぶってる久我が、情けないくらいに驚いた顔をして、冬麻を見ている。
ざまぁみろ。まさか俺に騙されるなんて思っても見なかったんだろうな。
いくら慎重で疑り深い久我でも騙されることもあるんだなと思った。冬麻なんかにまんまと唇を奪われて、内心悔しがっているに違いない。
「冬麻……」
ん……?
何か様子がおかしくないか……?
「家まで待てない。カーセックスしよう」
「はい?!」
な、なんでいきなり……!
「おいで、冬麻」
冬麻は久我に連行される。
「えっ! 冗談ですよね?!」
久我は何も言わずにベンツの後部座席のドアを開け、中に冬麻を押し込み、花束は助手席にバサッと投げ込んだ。
「待って、俺は嫌ですよ?! さすがにここはないですっ!」
こんなおおっぴらな駐車場でそんなことをする人なんていないだろ。
「じゃあどうしてくれるの? 俺、今すぐ冬麻が欲しくて仕方ないんだけど」
「はい?!」
そんなこと知るか!!!!
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