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25.急転直下 ※

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「贅沢ですね!」

 薔薇の花をこんなにもたくさん浮かべて風呂に入ったことなどない。併せてアロマオイルも使ったからいい匂いがするし、ちょっと楽しい。

「冬麻。ワインも飲もう。いいワインを貰ったんだ」

 ワイングラスふたつとワインを持って久我もバスルームにやってきた。

 ふたりで湯船に浸かりながらワインで乾杯する。いつものお風呂タイムに、少しの特別感。そしてこんなところでアルコールを飲んでしまう少しの罪悪感。

「はい。冬麻もグラス空けて」

 ここは家だし、冬麻も安心して結構なハイペースで飲んでいる。それなのに久我にぐいぐい勧められて更にペースが上がる。
 もともと久我の飲むペースが速いせいでもある。それにつられてしまうのだ。

 お風呂で身体が温まっているせいか、アルコールのせいか、顔が紅潮し、頭がぼーっとしてきた。



「冬麻、可愛い」

 熱った身体を抱き締められ、キスをされる。ここからの流れは決まっている。いつも激しく唇も身体も求められてふたりはセックスになだれ込むのだ。
 それなのに久我は触れるキスをするだけ。それ以上何もしてこない。

 なんだか物足りなさを感じる。酔った勢いで襲いかかってきてくれてもいいのに。

「冬麻。今、すごく物欲しそうな顔してる」

 久我はニコニコと笑顔で冬麻を眺めている。

「へ……? そんな顔してるわけないでひょ……」

 やばい。ちょっとろれつが怪しくなってきた……。

「俺、冬麻のためならなんでもするよ。言ってみて。俺に何して欲しい?」

 そう言いながら久我は冬麻の乳首を指でトントン触ってくる。

「あっ……」

 男なのにそんなところが敏感になってしまったのも全部久我のせいだ。久我と恋人同士になってから冬麻は身体のいろいろなところを開発されている。乳首もその中のひとつだ。

「ここ。舐めて欲しい?」

 久我は冬麻の胸に顔を近づけるものの、触れてこない。それが焦ったくてたまらない。

「ん……。舐めて……欲し……」

 こんな言葉を言わされるのは恥ずかしい。でも、それ以上に久我にそれをしてもらいたい。

「素直で可愛い」

 久我はいやらしく音を立てて冬麻の乳首をちゅぱちゅぱと舐める。その舌先からの刺激に思わず「あん……っ」と声を漏らす。

 舐めながら久我は冬麻の身体に触れる。その手はだんだんと下に降りてくるのだが、それは下腹部までで、冬麻の肝心のところは触れてこない。冬麻のそれはすっかり反応を示して勃っているというのに。
 久我の手は冬麻の太腿の内側を撫でている。
 多分、冬麻の言葉を待っているようだ。

「久我さん、お願い、ここ触って」

 久我の手を自らのものに誘導すると、冬麻の望みが叶えられた。
 久我の手に包み込まれて、湯船の中で扱かれる。あまりの快感に身体から力が抜けていく。

「あっ……気持ちい……はぁっ……あぁん……」

 焦らされたぶん、余計に感じてしまう。酔いもさらに回ってきて、頭がクラクラしてきた。

 耐えきれなくなって久我の身体に両腕を回して久我の唇を奪う。それを受け入れてくれたものの、開かない久我の唇をおそるおそる舌で舐めた。

「エッチだね、冬麻。俺ともっとキスしたいの?」
「ん……」

 冬麻が頷くと、久我が冬麻のなかに舌を這わせてきた。久我に口内を犯され、口蓋まで舐められ、キスに夢中になっていく。
 開きっぱなしの口から冬麻はみっともなくよだれを垂らす。久我はその冬麻のこぼした液さえも、じゅるっと吸い取った。

「あっ……待って、やばい……」

 冬麻のそれを扱く久我の手を握って止める。これ以上されたらこんなところで放ってしまいそうになったから。

「冬麻。イッて」
「でもだめ……汚しちゃう……」

 そう訴えたら、ざばーっと湯船から身体を持ち上げられた。シャワーの前の洗い場に出されて久我の太腿の上に座らされ、鏡の前で大きく脚を開かされる。

「やっ……ちょっと恥ずかし……」
「そんなことない。可愛いよ冬麻」
「やめっ……! ああっ……! あぁぁっ……」

 やめてと訴えているのに、恥ずかしい格好のまま激しくされて、冬麻はイッてしまった。

「はぁっ……はぁっ……」

「冬麻。後ろの準備、俺がする? それとも俺の目の前で自分でする?」

 息も絶え絶えなのに、久我はオイルをたっぷり垂らし、後孔や敏感なところを指で触れてくる。

「じっ、自分でなんてできない……」

 後ろを自分で弄ったことなどない。どうすればいいかわからないし、少し怖い。

「わかった。じゃあ俺がするね」

 久我の指がするっと中に侵入してきた。うごめくその指に冬麻は身をよじらせる。

「あっ……はぁっ……」

 そこだけは何度弄られても慣れることがない。

「だめだめだめ、そこっ……だめだからっ……!」

 クイクイと冬麻が気持ちが良くなるポイントに触れられ、情けないくらいの喘ぎ声が出る。

「冬麻。すっごい乱れてる……そんなに気持ちいい?」

 気持ちいいなんてものじゃない。刺激的過ぎて頭がどうにかなりそうなくらいだ、と言い返したいのに、冬麻はあんあんよがるだけ。

「酔わせたのは正解だった。冬麻がすごく素直になったね」

 冬麻の身体は既にクタクタだ。さっきから久我にされるがままだ。

「久我さん……抱いて……」

 後ろを準備されただけで終わりだなんて嫌だ。早く熱を持った身体をなんとかして欲しい。

「ちょっと待って冬麻、なんてことを言うんだ……可愛すぎる……」
 
 なぜ久我は焦っているのだろう。よくわからない。

「だめなの? お願い久我さん、俺、もう熱くて……」
「冬麻。酔うとこんなになっちゃうの?! ……早くベッドに行こう! 絶対に抱き潰す」

 久我にバスタオルをかけられ、そのまま抱えて連行された。




 そこからは記憶も朧げだ。
 ただすごく気持ちよかったことだけは覚えている。
 クズクズになった後ろを突かれ、自分がどんなふうになったのかもわからない。なんとなく久我の名前を呼び続けた気がする。
 行為が終わったあと、温かい手でずっとずっと抱き締められていたことは覚えている。それはすごくあったかい気持ちになったから。


「うう……ん……」

 冬麻は久我のベッドの上で目が覚めた。外はまだ暗い。まだ夜明け前だ。
 頭が少し痛い。まだアルコールが抜けきっていないようだ。

 冬麻の隣では、久我がこちらを向いて横向きの姿勢で、すうすうと安らかに寝息を立てている。


 ——ああ、この人はいつ見てもかっこいいんだよな……。

 しばらく久我の顔に見惚れていたが、ちょっと肌寒いなと思い、肩まで布団の中に潜り込む。

 ——あ。久我さんも裸だ。
 
 見ると久我の上半身、腕や肩、背中の肌が露わになっている。
 珍しいことだ。久我は情事のあとも衣服は身につけてから眠る。そのまま裸で寝てしまうなんてことはない。
 いつもより無防備な久我の姿にちょっとだけ嬉しくなる。冬麻の前でだけ見せてくれる、完璧男、久我の特別な姿。

 ——寒そうだな……。

 冬麻は久我の身体に布団をかけてやる。少しだけ触れた久我の肩はやっぱりヒンヤリとしていた。

「う……ん……」

 久我が吐息を漏らした。寝相なのか、無意識なのか、久我が冬麻の身体を抱き寄せた。

 うわっ……。どうしよう。

 急に久我の胸の中に閉じ込められ、ちょっと息苦しい。
 ちょっとしたら離してくれないかなと思ってじっとしていたが、久我はそのまま眠っているようで全然退く気配はない。

 同じベッドで眠るのはいいけれど、こういうことになると困るんだよな、こっちが動いたことで起こしちゃったら可哀想だし……。なんて呑気なことを思っていた。



「ヒナタ……」

 久我がそう寝言を言って、冬麻を抱き締めた。

 えっ……。
 俺は冬麻だ。ヒナタじゃない。
 何かの聞き間違いだろう、それかなんの意味もない言葉を発しただけかもしれない。

「好きだよ、ヒナタ……」

 久我はもう一度その名を呼んだ。『好き』という言葉とともに。

 嘘だろ。
 寝ぼけて俺を別の誰かと間違えてるのか……?

 冬麻の心臓が勝手にドクンドクンと早鐘を打つ。
 ほろ酔いだった頭が急に冴えた。こんなこと、ありえない。

 ——ヒナタって、誰だよ。

 ヒナタなんて名前を久我から一度も聞いたことがないし、心当たりもない。
 だって久我といつも一緒にいるのは自分だし、久我から愛されているって信じてた。

 でも、寝言で別の人の名前を呼んで、抱き締めるだなんて……。

 

 冬麻は急に久我の手に嫌悪感を抱いてそこから抜け出した。
 別の人の代わりになって久我に抱かれているみたいで嫌だった。


 ——もしかして、浮気かな……。

 寝ぼけて浮気相手の名前を呼んでしまった、なんて話をどこかで聞いたことがある。

 たしかに久我は仕事を理由にイレギュラーな時間に出かけていくことはあったし、冬麻と四六時中一緒にいるわけじゃない。
 その間に他の誰かに会う時間はあるだろう。
 久我はあの通りポーカーフェイスも取り繕うこともとても上手いから、冬麻に悟られずに浮気くらいはできると思う。

 ——ヒナタって名前、男か……? 女もあり得るかな……。

 久我が冬麻以外の誰かにも愛情を注いでる姿を想像したら、なんだか泣けてきた。
 ヒナタにも冬麻と同じくらい優しくして、笑顔をむけて、「好きだ」と愛の言葉を与えて。
 もうヒナタと身体の関係もあるのかもしれない。名前を呼んで抱き締めるくらいなんだから。

 ——久我さんの恋人って、俺だけじゃなかったんだ。
 
 冬麻とヒナタ。他にも久我と噂になっている人なら何人もいる。

 久我の顔を見るのも辛くなって、冬麻は久我に背中を向けてベッドの端で布団をぎゅっと抱き締めた。

「ゔっ……ぐずっ……」

 隣に寝ている久我にわからないよう、できるだけ声を殺して涙を流しながら。
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