上 下
19 / 124

19.オーダーメイドスーツ

しおりを挟む
 それから三日後のこと。
 仕事が終わり、ロッカールームで自分のロッカーを開けてスマホを取り出す。画面を見ると久我からのLINE通知があった。

『今日の予定がなくなって、冬麻を迎えにいけるようになったからいつもの場所で待ってるね』

 確か久我は朝に「ごめんね。今日は商談があるから冬麻を迎えにいけないんだ」と残念そうに伝えてきた。それが急遽予定変更になったのか。

 その時、ロッカールームのドアをノックする音がして入り口を振り返る。
 入ってきたのは久我だ。

「えっ?! なんで?!」

 なんでこんなところまで社長が……!
 従業員入り口のセキュリティの暗証番号は久我なら突破できるとしても、こんなところにいて、誰かに見られたときになんて言い訳するつもりなんだよ……。

「ごめん、冬麻。どうしても着替えを持ってきたかったから」

 久我の手には大きな紙袋が握られている。

「着替え……?」
「うん。夕食を食べに行こう。そのままの服装でもいいけど一応ドレスコードのある店だし、冬麻これ似合うかなと思って」
「どこに行くんですか?」
「歩いても行けるくらい近くだよ。車ならすぐ。さ、誰か来る前に早く。俺も手伝うから」

 久我は持っていた服を紙袋と衣装ケースから取り出し、冬麻のロッカーの扉にハンガーごとかけた。
 久我が用意してきたのはスーツだ。なんだか高級そうな。

「オーダーメイドスーツだよ。全部冬麻に合わせて作ったから着心地も悪くないと思うよ」
「オーダーメイド……」

 冬麻はオーダーメイドの店なんて行ったことがないし、身体の寸法なんて測られたことがない。本人不在でどうしてオーダーメイドできるんだよ……。

「ほら冬麻、早く脱いで」

 久我がなぜか服を脱ぐほうを手伝おうとしてきたので「そっちはいいですっ!」と丁重にお断りした。





 着替えを済ませて久我とふたりで隠れて逃げ出すように店を飛び出し、久我の車に乗り込んだ。

「久我さんっ! こういう危ないことはやめてください!」

 ロッカールームの時からずっと文句を言ってやりたかったが、あんなところで騒ぎになったら本末転倒なので黙ってた。車まで来てやっと久我に文句を言える。

「ごめん冬麻。冬麻は俺のこと内緒にしたいんだもんね。でももしバレたらいっそ副社長にでもなる?」
「嫌です!」
「秘書でもいいよ。公私ともに俺を支えてよ。そしたら二十四時間ずっと一緒にいられるし」

 呆れて言葉もない。ちゃんと反省してるのかな……。

「冬麻の髪もちょっといじってもいい?」

 久我は車のルームランプを点灯させたあと、ワックスを取り出した。

「じっとしてて」

 冬麻は久我にされるがままだ。久我はほんの少しの時間で髪のセットを終わらせた。

「冬麻。俺もさっきは急いでいて言いそびれたんだけど」

 久我は冬麻の身体にシートベルトをかけながら微笑んだ。

「すごく似合ってるよ。俺の想像以上。冬麻はどんどん可愛くなるね」
「はぁ?!」

 こんな俺のどこが?!

「俺、前から結構冬麻のこと好きなのに、もっと好きになる。これ以上好きにさせて、冬麻はそんなに俺のこと狂わせたいの?」

 久我はすごく優秀そうなのに、冬麻のこととなるとネジがぶっ飛んだ発言しかできないらしい。




「今日は仕事はなくなったんですか?」

 久我に訊ねると、「そうだよ。急に予定がなくなって、冬麻も早番だったことを思い出して、一緒に食事でもどうかなと思って」と運転をしながら返してきた。

「本当は新しい社内システム開発を任せる会社とのプレゼンを兼ねた食事会のはずだったんだ。うちってCIO(最高情報責任者)がいないんだよ。俺はもともとシステムをやってたから、今はCEO(最高経営責任者)とCIOを兼ねてるような状態なんだよね。俺としてはもっと会社をシステム化して余計な業務を減らしていきたいと思ってるんだ」
「はぁ……」

 えーっと、ITシステムのトップがいないから、とりあえず久我がその仕事を担っているということか。確かにこの会社のシステム部門はそんなに大きくはないイメージだ。

「そしたらむこうのPM(プロジェクトマネージャー)のお子さんがね、今日が誕生日だってことを会話の中で偶然知ったんだ」

 久我はハンドルを切った。青山一丁目の交差点を曲がり、都道319号に入る。

「そんなことを知ったら、家に帰すしかないでしょ? 子供の誕生日くらい仕事しないで祝ってあげて欲しいから」

 その気持ちはわからないでもない。でも相手側からしたら久我の会社と契約を結べるか否かの『どうしても外せない重要な仕事』だったのではないか。

「だから、急遽食事会は中止」
「それで、どうしたんですか?」

 別の日に延期になったのか……?

「秘書に誕生日プレゼントを買いに行かせて、プレゼンなしで契約を即決した」
「即決?!」

 すごいな、そんな簡単に決められるものなんだろうか。

「即決は少しの賭けだけど、むこうが事前に提出してきた予算や開発の計画書は俺の満足のいくものだったし、あとは人となりを確認してやろうと思っていたくらいだから。腹の探り合いみたいな食事会のためだけに、家族をないがしろにさせるのも可哀想だしね」
「うわぁ……」

 久我はもっと慎重で抜かりないタイプだと思ってたのに。

「サインした契約書と、秘書が買ってきたプレゼントを握らせてタクシーに乗せてあげたよ。今ごろ家族で楽しく過ごせているといいね」

 仕事の契約も上手くいって、子供の誕生日にも間に合う。きっと取引先の人は嬉々として帰宅したことだろう。

 この人は本当にわからない。
 時に優しくて、時に厳しくて。慎重かつ大胆で。いつも隙なんかない。

「冬麻、もうすぐ着くよ」

 そう言われて久我を見る。久我は「あ、目が合ったね」と嬉しそうに口角を上げた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

婚約者まで横取りされました〜私の手柄を横取りする妹〜

白山さくら
恋愛
「お姉様ぁ、これ私も欲しいな♡」これが妹アリシアの口癖。そして今回彼女が奪っていったのは私の婚約者だった…

所詮は他人事と言われたので他人になります!婚約者も親友も見捨てることにした私は好きに生きます!

ユウ
恋愛
辺境伯爵令嬢のリーゼロッテは幼馴染と婚約者に悩まされてきた。 幼馴染で親友であるアグネスは侯爵令嬢であり王太子殿下の婚約者ということもあり幼少期から王命によりサポートを頼まれていた。 婚約者である伯爵家の令息は従妹であるアグネスを大事にするあまり、婚約者であるサリオンも優先するのはアグネスだった。 王太子妃になるアグネスを優先することを了承ていたし、大事な友人と婚約者を愛していたし、尊敬もしていた。 しかしその関係に亀裂が生じたのは一人の女子生徒によるものだった。 貴族でもない平民の少女が特待生としてに入り王太子殿下と懇意だったことでアグネスはきつく当たり、婚約者も同調したのだが、相手は平民の少女。 遠回しに二人を注意するも‥ 「所詮あなたは他人だもの!」 「部外者がしゃしゃりでるな!」 十年以上も尽くしてきた二人の心のない言葉に愛想を尽かしたのだ。 「所詮私は他人でしかないので本当の赤の他人になりましょう」 関係を断ったリーゼロッテは国を出て隣国で生きていくことを決めたのだが… 一方リーゼロッテが学園から姿を消したことで二人は王家からも責められ、孤立してしまうのだった。 なんとか学園に連れ戻そうと試みるのだが…

【R18】らぶえっち短編集

おうぎまちこ(あきたこまち)
恋愛
調べたら残り2作品ありました、本日投稿しますので、お待ちくださいませ(3/31)  R18執筆1年目の時に書いた短編完結作品23本のうち商業作品をのぞく約20作品を短編集としてまとめることにしました。 ※R18に※ ※毎日投稿21時~24時頃、1作品ずつ。 ※R18短編3作品目「追放されし奴隷の聖女は、王位簒奪者に溺愛される」からの投稿になります。 ※処女作「清廉なる巫女は、竜の欲望の贄となる」2作品目「堕ちていく竜の聖女は、年下皇太子に奪われる」は商業化したため、読みたい場合はムーンライトノベルズにどうぞよろしくお願いいたします。 ※これまでに投稿してきた短編は非公開になりますので、どうぞご了承くださいませ。

二人の公爵令嬢 どうやら愛されるのはひとりだけのようです

矢野りと
恋愛
ある日、マーコック公爵家の屋敷から一歳になったばかりの娘の姿が忽然と消えた。 それから十六年後、リディアは自分が公爵令嬢だと知る。 本当の家族と感動の再会を果たし、温かく迎え入れられたリディア。 しかし、公爵家には自分と同じ年齢、同じ髪の色、同じ瞳の子がすでにいた。その子はリディアの身代わりとして縁戚から引き取られた養女だった。 『シャロンと申します、お姉様』 彼女が口にしたのは、両親が生まれたばかりのリディアに贈ったはずの名だった。 家族の愛情も本当の名前も婚約者も、すでにその子のものだと気づくのに時間は掛からなかった。 自分の居場所を見つけられず、葛藤するリディア。 『……今更見つかるなんて……』 ある晩、母である公爵夫人の本音を聞いてしまい、リディアは家族と距離を置こうと決意する。  これ以上、傷つくのは嫌だから……。 けれども、公爵家を出たリディアを家族はそっとしておいてはくれず……。 ――どうして誘拐されたのか、誰にひとりだけ愛されるのか。それぞれの事情が絡み合っていく。 ◇家族との関係に悩みながらも、自分らしく生きようと奮闘するリディア。そんな彼女が自分の居場所を見つけるお話です。 ※この作品の設定は架空のものです。 ※作品の内容が合わない時は、そっと閉じていただければ幸いです(_ _) ※感想欄のネタバレ配慮はありません。 ※執筆中は余裕がないため、感想への返信はお礼のみになっておりますm(_ _;)m

噂好きのローレッタ

水谷繭
恋愛
公爵令嬢リディアの婚約者は、レフィオル王国の第一王子アデルバート殿下だ。しかし、彼はリディアに冷たく、最近は小動物のように愛らしい男爵令嬢フィオナのほうばかり気にかけている。 ついには殿下とフィオナがつき合っているのではないかという噂まで耳にしたリディアは、婚約解消を申し出ることに。しかし、アデルバートは全く納得していないようで……。 ※二部以降雰囲気が変わるので、ご注意ください。少し後味悪いかもしれません(主人公はハピエンです) ※小説家になろうにも掲載しています ◆表紙画像はGirly Dropさんからお借りしました (旧題:婚約者は愛らしい男爵令嬢さんのほうがお好きなようなので、婚約解消を申し出てみました)

前世で処刑された聖女、今は黒薬師と呼ばれています

矢野りと
恋愛
旧題:前世で処刑された聖女はひっそりと生きていくと決めました〜今世では黒き薬師と呼ばれています〜 ――『偽聖女を処刑しろっ!』 民衆がそう叫ぶなか、私の目の前で大切な人達の命が奪われていく。必死で神に祈ったけれど奇跡は起きなかった。……聖女ではない私は無力だった。 何がいけなかったのだろうか。ただ困っている人達を救いたい一心だっただけなのに……。 人々の歓声に包まれながら私は処刑された。 そして、私は前世の記憶を持ったまま、親の顔も知らない孤児として生まれ変わった。周囲から見れば恵まれているとは言い難いその境遇に私はほっとした。大切なものを持つことがなによりも怖かったから。 ――持たなければ、失うこともない。 だから森の奥深くでひっそりと暮らしていたのに、ある日二人の騎士が訪ねてきて……。 『黒き薬師と呼ばれている薬師はあなたでしょうか?』 基本はほのぼのですが、シリアスと切なさありのお話です。 ※この作品の設定は架空のものです。 ※一話目だけ残酷な描写がありますので苦手な方はご自衛くださいませ。 ※感想欄のネタバレ配慮はありません(._.)

【R18】お嫁さんスライム娘が、ショタお婿さんといちゃらぶ子作りする話

みやび
恋愛
タイトル通りのエロ小説です。 前話 【R18】通りかかったショタ冒険者に襲い掛かったスライム娘が、敗北して繁殖させられる話 https://www.alphapolis.co.jp/novel/902071521/384412801 ほかのエロ小説は「タイトル通りのエロ小説シリーズ」まで

壁の花令嬢の最高の結婚

晴 菜葉
恋愛
 壁の花とは、舞踏会で誰にも声を掛けてもらえず壁に立っている適齢期の女性を示す。  社交デビューして五年、一向に声を掛けられないヴィンセント伯爵の実妹であるアメリアは、兄ハリー・レノワーズの悪友であるブランシェット子爵エデュアルト・パウエルの心ない言葉に傷ついていた。  ある日、アメリアに縁談話がくる。相手は三十歳上の財産家で、妻に暴力を働いてこれまでに三回離縁を繰り返していると噂の男だった。  アメリアは自棄になって家出を決行する。  行く当てもなく彷徨いていると、たまたま賭博場に行く途中のエデュアルトに出会した。  そんなとき、彼が暴漢に襲われてしまう。  助けたアメリアは、背中に消えない傷を負ってしまった。  乙女に一生の傷を背負わせてしまったエデュアルトは、心底反省しているようだ。 「俺が出来ることなら何だってする」  そこでアメリアは考える。  暴力を振るう亭主より、女にだらしない放蕩者の方がずっとマシ。 「では、私と契約結婚してください」 R18には※をしています。    

処理中です...