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18.恋人
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冬麻は店内の清掃をしながらも、さっきから久我のことばかり考えている。
まだ昨夜のことが信じられない。
久我と恋人同士になり、さらに久我と関係を持ってしまった、という表現でいいんだろうか。
まさかこんなことになるなんて。
久我の持っている吸引力が強すぎるからだ。気がついたら心も身体も囚われて、絡め取られてしまった感覚だ。
完全に久我のペースに飲み込まれて、流されるままあんなことに……。
——俺はどうしたらいいんだろう。
男同士の恋人だなんて想像もつかない。プロポーズまがいの言葉も受けたけど、結婚という形をとることもない。誰かにふたりの関係を話すこともない。すごく不安定で曖昧に感じる。
「——二ノ坂っ!」
肩を叩かれてはっと振り返る。
「大丈夫か? さっきから呼んでるのに全然聞こえてないし、なんかボーッとして」
先輩の市倉だ。市倉は冬麻の様子を心配してくれているようだが、まさか久我とのことを話すわけにはいかない。
「すいません。昨日サブスク動画の見過ぎで寝不足で……」
冬麻は適当な嘘をつく。
「あーそうなんだ。わかるわ、現実逃避ってやつ? 楽しいもんな!」
現実逃避か……。確かにあれは現実だったと未だに思えない。
「あ、そうそう二ノ坂。お前今年入社でラッキーだよ」
市倉は社内メールを印刷したものを冬麻に手渡した。
「今度の六月に、特別ボーナスが出るんだってよ、しかも社員もパートも全員にだぜ? うちの社長すごいよな!」
市倉の言う通り、メールの文面にはその旨が記載されている。理由は『会社の設立十周年を祝して』とある。
「社長がひとりでweb会社を立ち上げてから、今年で十年目らしいよ。社内沿革もそこからスタートしてるし社長にとっては、よっぽどその会社に思い入れがあるのかな」
「そうなんですか」
久我の会社はレストラン経営で有名だが、もともとは小さなweb会社だったのか。そこからわずか十年でここまで会社を大きくするなんて久我はかなりの実業家だ。
「十周年だから何かあるかなってみんな噂はしてたけど、社長はそういうことは好きじゃないとかなんとか。結局、何の音沙汰もなくて、何もないのかなって思ってたところで特別ボーナスは嬉しいな!」
市倉は良い報告を知らせに来てくれたのか。
「すごいな……」
でも。
十年か……。
「いやー社長、いい決断してくれたな。誰か社長の背中を押してくれたのかな。秘書さんとか、幹部の人とかさ」
いや、たまたまどちらも十年なだけだ。さすがに公私混同甚だしい。この件は自分には無関係だろうと冬麻は思い直した。
「冬麻に決まってるでしょ」
「えっ! 冗談ですよね?!」
仕事帰りの久我の車の中で、十周年ボーナスの話をしたら、あっさりと久我にそう返された。
「どうしようか悩んでたけど、決めた。冬麻が俺を受け入れてくれたから。冬麻が俺の恋人になってくれたから」
「ちょっと待ってください……っ!」
そんなことで特別ボーナスを出すのか?! 本当にどうなってるんだこの人の思考は……。
「俺はパーティーとか、派手にお祝いするとかはあまり好きじゃないんだけどさ、昨日は俺にとって盛大に祝いたいと思えるくらいに最良の日だったんだ。だから、決断した」
はぁ……。
冬麻は呆れて溜め息をついた。
どうしてそんなふうに思えるんだよ。
目の前は赤信号。
久我は車を停止した。
その隙に久我は助手席にいる冬麻のところまで身体を寄せてきて、冬麻の頬にキスをする。
「悪いことじゃないし、許して。冬麻」
「いや、許すもなにも、新入社員の俺が決めることじゃないですし」
それに、久我の言うとおり悪いことじゃないと思うし。
「冬麻、大好きだよ」
久我はニッコリ微笑んだ。
ああ、やばい。
不覚にもまたドキッとしてしまった。
「今日も俺の部屋で寝てくれる? 昨日みたいなことはしないから、ただ俺の隣にいて。冬麻がいてくれるとすごくよく眠れるんだ」
久我は冬麻の膝を撫でる。
やがて信号が青になり、その手を離して久我は再びハンドルを握った。
車を走らせる久我の横顔を眺めてみる。対向車のヘッドライトと街の明かりに照らされ、そこに垣間見える久我の姿はやっぱりかっこいい。
——この人が、俺の恋人なんだ。
どうしよう。このままじゃどんどん惹かれてしまう。
久我は危険な男だ。
そんな男に絆されて、このまま一緒にいてもいいのだろうか。
「冬麻どうしたの?」
久我がチラッとこちらを見た。ふたり目が合うが冬麻はすぐに視線を逸らす。
「いえ、なにも……」
久我と目が合うと危険だ。その瞳の奥に堕とされる。その度にどんどん深みにはまってしまうから——。
まだ昨夜のことが信じられない。
久我と恋人同士になり、さらに久我と関係を持ってしまった、という表現でいいんだろうか。
まさかこんなことになるなんて。
久我の持っている吸引力が強すぎるからだ。気がついたら心も身体も囚われて、絡め取られてしまった感覚だ。
完全に久我のペースに飲み込まれて、流されるままあんなことに……。
——俺はどうしたらいいんだろう。
男同士の恋人だなんて想像もつかない。プロポーズまがいの言葉も受けたけど、結婚という形をとることもない。誰かにふたりの関係を話すこともない。すごく不安定で曖昧に感じる。
「——二ノ坂っ!」
肩を叩かれてはっと振り返る。
「大丈夫か? さっきから呼んでるのに全然聞こえてないし、なんかボーッとして」
先輩の市倉だ。市倉は冬麻の様子を心配してくれているようだが、まさか久我とのことを話すわけにはいかない。
「すいません。昨日サブスク動画の見過ぎで寝不足で……」
冬麻は適当な嘘をつく。
「あーそうなんだ。わかるわ、現実逃避ってやつ? 楽しいもんな!」
現実逃避か……。確かにあれは現実だったと未だに思えない。
「あ、そうそう二ノ坂。お前今年入社でラッキーだよ」
市倉は社内メールを印刷したものを冬麻に手渡した。
「今度の六月に、特別ボーナスが出るんだってよ、しかも社員もパートも全員にだぜ? うちの社長すごいよな!」
市倉の言う通り、メールの文面にはその旨が記載されている。理由は『会社の設立十周年を祝して』とある。
「社長がひとりでweb会社を立ち上げてから、今年で十年目らしいよ。社内沿革もそこからスタートしてるし社長にとっては、よっぽどその会社に思い入れがあるのかな」
「そうなんですか」
久我の会社はレストラン経営で有名だが、もともとは小さなweb会社だったのか。そこからわずか十年でここまで会社を大きくするなんて久我はかなりの実業家だ。
「十周年だから何かあるかなってみんな噂はしてたけど、社長はそういうことは好きじゃないとかなんとか。結局、何の音沙汰もなくて、何もないのかなって思ってたところで特別ボーナスは嬉しいな!」
市倉は良い報告を知らせに来てくれたのか。
「すごいな……」
でも。
十年か……。
「いやー社長、いい決断してくれたな。誰か社長の背中を押してくれたのかな。秘書さんとか、幹部の人とかさ」
いや、たまたまどちらも十年なだけだ。さすがに公私混同甚だしい。この件は自分には無関係だろうと冬麻は思い直した。
「冬麻に決まってるでしょ」
「えっ! 冗談ですよね?!」
仕事帰りの久我の車の中で、十周年ボーナスの話をしたら、あっさりと久我にそう返された。
「どうしようか悩んでたけど、決めた。冬麻が俺を受け入れてくれたから。冬麻が俺の恋人になってくれたから」
「ちょっと待ってください……っ!」
そんなことで特別ボーナスを出すのか?! 本当にどうなってるんだこの人の思考は……。
「俺はパーティーとか、派手にお祝いするとかはあまり好きじゃないんだけどさ、昨日は俺にとって盛大に祝いたいと思えるくらいに最良の日だったんだ。だから、決断した」
はぁ……。
冬麻は呆れて溜め息をついた。
どうしてそんなふうに思えるんだよ。
目の前は赤信号。
久我は車を停止した。
その隙に久我は助手席にいる冬麻のところまで身体を寄せてきて、冬麻の頬にキスをする。
「悪いことじゃないし、許して。冬麻」
「いや、許すもなにも、新入社員の俺が決めることじゃないですし」
それに、久我の言うとおり悪いことじゃないと思うし。
「冬麻、大好きだよ」
久我はニッコリ微笑んだ。
ああ、やばい。
不覚にもまたドキッとしてしまった。
「今日も俺の部屋で寝てくれる? 昨日みたいなことはしないから、ただ俺の隣にいて。冬麻がいてくれるとすごくよく眠れるんだ」
久我は冬麻の膝を撫でる。
やがて信号が青になり、その手を離して久我は再びハンドルを握った。
車を走らせる久我の横顔を眺めてみる。対向車のヘッドライトと街の明かりに照らされ、そこに垣間見える久我の姿はやっぱりかっこいい。
——この人が、俺の恋人なんだ。
どうしよう。このままじゃどんどん惹かれてしまう。
久我は危険な男だ。
そんな男に絆されて、このまま一緒にいてもいいのだろうか。
「冬麻どうしたの?」
久我がチラッとこちらを見た。ふたり目が合うが冬麻はすぐに視線を逸らす。
「いえ、なにも……」
久我と目が合うと危険だ。その瞳の奥に堕とされる。その度にどんどん深みにはまってしまうから——。
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