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2.なんなんだこの人
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次の日。約束通りに久我はやって来て、冬麻の父親と融資や今後の店の展望などの話をしている。
それらが全て終わると、久我は冬麻の方を振り返る。
「冬麻。スーツ似合うね。すごくいいよ」
会社訪問ならばきちんとした服でないとダメだと思い、冬麻はスーツを着用している。卒業式用に購入した安物の一張羅なのだが、普段着よりはまともに見えるのかもしれない。
「冬麻。行こっか」
久我とふたりで外に出る。そのまま久我についていくと、なぜか久我はプライベートで乗っているんじゃないかという高級車の助手席のドアを開けて「冬麻。乗って」と笑顔でエスコートしてきた。
「ええっ、いいんですか。俺がこんな車に乗っても」
ランボルギーニは、見た目だけでも高級車だとわかる。そんな車の助手席だなんて恐れ多い。
「もちろん。冬麻が助手席に乗らなかったら他に誰が乗るの?」
「はぁ……」
いや、新入社員候補が、社長の車に乗るなんてことの方が可笑しいだろ。
久我の車に乗って連れてこられたのは、港区にある久我の会社の本社ビル。
ここで案内係の社員とバトンタッチでもするのかと思っていたのに、久我本人があれこれと説明し出した。社長が直々に会社案内をするつもりなのか……?
「冬麻。はいこれ、社員証。これでセキリュティ抜けられるから」
久我から手渡されたのは、ホルダーに入れられた一枚のカード。冬麻の顔写真入の社員証だ。
「な、なんで写真が……」
写真なんて提出していない。なのになんで……。
「気に入らない写真なら、交換するよ。冬麻の写真なら他にも持ってるから」
いやいや、写真のうつりが気になって眺めていたんじゃない。冬麻は久我が写真を持っていることが気になってる。しかも他にもあるとはどういう事だ……?
「社長! おはようございます!」
本社ビルにいるのは、当然だが久我の会社の社員ばかりだ。皆、久我を見るなり頭を下げて挨拶をしている。そしてその視線は久我と一緒にいる冬麻にまで注がれてしまうのでなんだか緊張してしまう。
一方の久我は社員たちに笑顔で快く挨拶を返している。ある女子社員は「社長と喋っちゃった!」と久我を憧れのアイドルみたいな目で見ているようだ。
ひと通り案内され、「お昼だし、社員食堂に行ってみる?」と久我に促された。
この会社の社員食堂は、ナチュラルウッドの床と天井に囲まれ、程よく緑が配置されたすごくリラックスできるような仕様で、自然派カフェみたいだ。
久我が社員食堂に入ると、周りがざわついているのがわかる。社員からしたらそうなのかもしれない。昼休憩のときに、隣に社長がいたら落ち着かないだろう。
「社長。席をご用意しましょうか?」
「要らない。普通にしてくれ」
久我は管理職と思われる社員の提案をばっさり切り捨てる。
「社長。少しだけお話したいことがあって、席をご一緒させていただいてもいいですか」
「断る。今は一切話をしたくない」
久我は話を聞いて欲しいと懇願してきた社員たちをにべもなく拒否した。
「冬麻。何食べる? ゆっくり選んでいいよ。今日は時間あるから。俺は冬麻と同じものにするよ」
社員には怖い顔をしていたくせに、冬麻には笑顔だ。この人、ギャップがありすぎて怖い……。
二人で食事をとりながら、久我から会社の概要や、職種について説明を受ける。冬麻の認識では配属先は会社が適材適所決めていくものだとばかり思っていたが、嘘か建前か「冬麻の好きな所に配属するから」と久我は言っている。
それにしてもさっきから気になるのは周りの視線だ。久我は慣れているのかなんともない顔をしているが、社長に媚びを売ろうと久我に「社長、いつもありがとうございます!」と声をかけたり、久我がふとそちらの方角を見ただけで、「きゃー!」と黄色い声が飛んだりと周りが騒がしい。
久我のスマホが鳴り「ちょっとごめんね」と久我が席を外し、社員食堂の外の通話スペースへと消えた。
その途端に冬麻のもとに、わっと人だかりができる。
「あ、あの、君は社長の知り合いなの?!」
「いえ、昨日会ったばかりで……」
「ねぇ! どうして社長はあんなに嬉しそうに話してるの?! 社長とどういう関係なの?!」
「さぁ……」
久我がいたから近寄らずにいたのか、久我の姿が消えた途端に質問の嵐だ。でも、冬麻自身がなぜこの状況なのかわからないので、説明なんてできない。
久我が戻ってくるなり、社員たちは散り散りになって戻っていく。久我はその様子を見て「嫌な思いはしなかった? 大丈夫?」と気遣ってくれた。
その後、社長室までやって来た。久我は指紋認証キーを解除すると、「あ、そうだった」と何かを思い出した様子。
「冬麻も、指紋登録しなくちゃね。どの指がいい? やっぱり右手の人差し指?」
久我はドアキーの登録をしようと何やらピッピッと機械をいじっている。
でも、これ可笑しいだろ。社員みんな指紋登録したら、セキリュティの意味がない。
「な、なんで俺も登録するんですか……?」
不可解なので、久我にそう訊ねたのに「冬麻なら、いつこの部屋に来てくれても構わないから」というさらに意味のわからない返事が返ってきた。
「指、決まった? 決まらないなら左手薬指にしよう」
久我は冬麻の左手を取り、新規の指紋登録を開始する。
「それとも冬麻。秘書課に配属になる? もちろん社長専属秘書の仕事しかやらせないけど」
久我は笑ってるが、あながち冗談じゃないぞという目つきで冬麻を見ている。
冬麻が返事に困窮していると、「まぁ、冬麻の好きな仕事をしたらいい。いつでもいいから希望を俺に聞かせてね」と久我は指紋登録と共にこの話も終わらせた。
「そこに座ってちょっとだけ待ってて貰える? 早急に済ませたい仕事があってさ。終わったら次のところを案内するよ」
「はい」
返事をし、促された応接用の椅子に座ると、程なくして秘書と思われる男がやって来て冬麻の目の前にお茶を高級そうな菓子を置いていった。社長室でこんな待遇を受ける新入社員なんているのだろうか。
やることもないのでなんとなく久我の様子を見ていたら、久我がこちらの視線に気づいたようだ。久我は冬麻を見てむっちゃ笑顔。
——なんなんだ、この人。
それらが全て終わると、久我は冬麻の方を振り返る。
「冬麻。スーツ似合うね。すごくいいよ」
会社訪問ならばきちんとした服でないとダメだと思い、冬麻はスーツを着用している。卒業式用に購入した安物の一張羅なのだが、普段着よりはまともに見えるのかもしれない。
「冬麻。行こっか」
久我とふたりで外に出る。そのまま久我についていくと、なぜか久我はプライベートで乗っているんじゃないかという高級車の助手席のドアを開けて「冬麻。乗って」と笑顔でエスコートしてきた。
「ええっ、いいんですか。俺がこんな車に乗っても」
ランボルギーニは、見た目だけでも高級車だとわかる。そんな車の助手席だなんて恐れ多い。
「もちろん。冬麻が助手席に乗らなかったら他に誰が乗るの?」
「はぁ……」
いや、新入社員候補が、社長の車に乗るなんてことの方が可笑しいだろ。
久我の車に乗って連れてこられたのは、港区にある久我の会社の本社ビル。
ここで案内係の社員とバトンタッチでもするのかと思っていたのに、久我本人があれこれと説明し出した。社長が直々に会社案内をするつもりなのか……?
「冬麻。はいこれ、社員証。これでセキリュティ抜けられるから」
久我から手渡されたのは、ホルダーに入れられた一枚のカード。冬麻の顔写真入の社員証だ。
「な、なんで写真が……」
写真なんて提出していない。なのになんで……。
「気に入らない写真なら、交換するよ。冬麻の写真なら他にも持ってるから」
いやいや、写真のうつりが気になって眺めていたんじゃない。冬麻は久我が写真を持っていることが気になってる。しかも他にもあるとはどういう事だ……?
「社長! おはようございます!」
本社ビルにいるのは、当然だが久我の会社の社員ばかりだ。皆、久我を見るなり頭を下げて挨拶をしている。そしてその視線は久我と一緒にいる冬麻にまで注がれてしまうのでなんだか緊張してしまう。
一方の久我は社員たちに笑顔で快く挨拶を返している。ある女子社員は「社長と喋っちゃった!」と久我を憧れのアイドルみたいな目で見ているようだ。
ひと通り案内され、「お昼だし、社員食堂に行ってみる?」と久我に促された。
この会社の社員食堂は、ナチュラルウッドの床と天井に囲まれ、程よく緑が配置されたすごくリラックスできるような仕様で、自然派カフェみたいだ。
久我が社員食堂に入ると、周りがざわついているのがわかる。社員からしたらそうなのかもしれない。昼休憩のときに、隣に社長がいたら落ち着かないだろう。
「社長。席をご用意しましょうか?」
「要らない。普通にしてくれ」
久我は管理職と思われる社員の提案をばっさり切り捨てる。
「社長。少しだけお話したいことがあって、席をご一緒させていただいてもいいですか」
「断る。今は一切話をしたくない」
久我は話を聞いて欲しいと懇願してきた社員たちをにべもなく拒否した。
「冬麻。何食べる? ゆっくり選んでいいよ。今日は時間あるから。俺は冬麻と同じものにするよ」
社員には怖い顔をしていたくせに、冬麻には笑顔だ。この人、ギャップがありすぎて怖い……。
二人で食事をとりながら、久我から会社の概要や、職種について説明を受ける。冬麻の認識では配属先は会社が適材適所決めていくものだとばかり思っていたが、嘘か建前か「冬麻の好きな所に配属するから」と久我は言っている。
それにしてもさっきから気になるのは周りの視線だ。久我は慣れているのかなんともない顔をしているが、社長に媚びを売ろうと久我に「社長、いつもありがとうございます!」と声をかけたり、久我がふとそちらの方角を見ただけで、「きゃー!」と黄色い声が飛んだりと周りが騒がしい。
久我のスマホが鳴り「ちょっとごめんね」と久我が席を外し、社員食堂の外の通話スペースへと消えた。
その途端に冬麻のもとに、わっと人だかりができる。
「あ、あの、君は社長の知り合いなの?!」
「いえ、昨日会ったばかりで……」
「ねぇ! どうして社長はあんなに嬉しそうに話してるの?! 社長とどういう関係なの?!」
「さぁ……」
久我がいたから近寄らずにいたのか、久我の姿が消えた途端に質問の嵐だ。でも、冬麻自身がなぜこの状況なのかわからないので、説明なんてできない。
久我が戻ってくるなり、社員たちは散り散りになって戻っていく。久我はその様子を見て「嫌な思いはしなかった? 大丈夫?」と気遣ってくれた。
その後、社長室までやって来た。久我は指紋認証キーを解除すると、「あ、そうだった」と何かを思い出した様子。
「冬麻も、指紋登録しなくちゃね。どの指がいい? やっぱり右手の人差し指?」
久我はドアキーの登録をしようと何やらピッピッと機械をいじっている。
でも、これ可笑しいだろ。社員みんな指紋登録したら、セキリュティの意味がない。
「な、なんで俺も登録するんですか……?」
不可解なので、久我にそう訊ねたのに「冬麻なら、いつこの部屋に来てくれても構わないから」というさらに意味のわからない返事が返ってきた。
「指、決まった? 決まらないなら左手薬指にしよう」
久我は冬麻の左手を取り、新規の指紋登録を開始する。
「それとも冬麻。秘書課に配属になる? もちろん社長専属秘書の仕事しかやらせないけど」
久我は笑ってるが、あながち冗談じゃないぞという目つきで冬麻を見ている。
冬麻が返事に困窮していると、「まぁ、冬麻の好きな仕事をしたらいい。いつでもいいから希望を俺に聞かせてね」と久我は指紋登録と共にこの話も終わらせた。
「そこに座ってちょっとだけ待ってて貰える? 早急に済ませたい仕事があってさ。終わったら次のところを案内するよ」
「はい」
返事をし、促された応接用の椅子に座ると、程なくして秘書と思われる男がやって来て冬麻の目の前にお茶を高級そうな菓子を置いていった。社長室でこんな待遇を受ける新入社員なんているのだろうか。
やることもないのでなんとなく久我の様子を見ていたら、久我がこちらの視線に気づいたようだ。久我は冬麻を見てむっちゃ笑顔。
——なんなんだ、この人。
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