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終演しました。

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 タイプの違う三人のうら若き令嬢に囲まれ、私は壁に追い詰められていた。彼女達の目には妬みの色が浮かんでいるのを見つけ、先ほどの自分にその姿を重ね合わせてしまう。
 ああ、なんとも醜い。
 きっとイオスはあの時の私を見て嫌いになったわ。

 思わず付いたため息に令嬢の中でも偉そうな娘がカチンときたのか私のお腹に蹴りを入れる。痛みにお腹に手を当てしゃがみこめば今度は肩に足を乗せて踏みにじる。思わず痛みで顔が歪む。
 神の国にくらべて小国とはいえ、王女なんですけどね。


「あんたのせいでっ!」
「何をしてらっしゃるの?」


 かな切り声を上げた少女のセリフを拒む様に現れたのは、今は見たくなかった人物だった。
 艶やか漆黒の髪をシルバーの髪止めでアップにしてまとめあげ、そのこぼれ髪がかぶる大きめの目に嵌まるのは美しい透明感溢れる水色の瞳。

 人形の様に整い可愛らしい彼女は唯一化粧のされた紅い唇を下弦の月の様に歪めた。
 彼女を知ったのはおよそ数十分前に遡ります。
 どうしてこうなったのか。分かっています、私の醜い感情のせいですね。



───────




 事の始まりは王城で私とベルジュの婚約解消、それに伴うオーランド公爵がオーランド侯爵に落位される事の報告と、新たに神の国フェーリス国から私に婚約者が来たことの祝賀パーティーから始まった。

 めったに着ることのない銀糸の髪に合わせて作られた青色のドレスを身に纏い、婚約者となったイオスと共に挨拶をしていた。パーティーにはイオスの友人達も多く、小国の私に取られるとフェーリス国の令嬢達も多く品定めに来ていた。
 その中でも数人の令嬢達の射殺さん張りの視線は恐かった。
 こうしてみると、本当に私で良かったのか疑問になる程にイオスという人物は男女共に人気者である。特にビロードの紅いドレスの少女とは本当に仲良さげだ。

──チクリ

 嫌な感情が私の中を駆け巡るのが耐えきれず、頭でも冷そうと化粧室に向かう。一人になりたかったのもあり、護衛や兵士の隙をついてでてきた。
 化粧室に設置されている鏡を見ながら髪を整えていると、鏡の中の私はナンとも情けない顔をしていた。

 分かっているこれは嫉妬だ。
 イオスと過ごす1日1日が彼をかけがえのない存在に変化させてきた。あの婚約解消のときならどうでも良かった事が今は私を嫉妬に駆り立てる。

 彼を信じれば良いのだろうが、初めての思いに信じることが怖い。
 自傷の笑みを浮かべる私と目があって思わず鏡に水を掛けた。こんな顔は雷帝と呼ばれる男の娘がするものではないわね。
 薄化粧をして気分を入れ換えると化粧室を後にした。
 さて、イオスはどこかしら。

 化粧室から少し離れた人気の無いところに彼がいた。イオスは壁に背を預ける様にして立っております。もしかしたら、彼も気分転換に一旦会場から避難してきたのかと思い、先ほどまでの感情に蓋をしてにこやかに近寄るとイオスの前に誰かがいて会話しているようでした。
 置物の影を使い見えないようにゆっくりと近寄ると、会場でイオスとよく話していたビロードのドレスの少女でした。

 どくりと蓋をした感情が音を立てたような気がします。思わず動きを止め彼らを感情の無い瞳でみてしまいました。彼らは私には気付いて無いようで楽しそうに談笑している。


『イオス様、どうかしら。』
『何時もながら可愛らしいよ。』
『うふふ、兄上も似合ってるって言ってくれたの。』
『本当恐ろしい程に可愛いね。』


 イオスがにこやかに人形の様な美しい少女の頭を撫でている。ああ、感情が渦巻く。もう、耐えられない。視界に薄い膜がはり頬に暖かい感触を感じる。
 彼らに背をむけ走り出した。
 その背に私の名前が呼ばれた気がしたが振り返るつもりはなかった。きっと私は醜い表情をしているでしょうから。


 いつの間にかイオスの事をこんなにも愛してしまった。ベルジュの時には感じなかった感情に頬濡らす涙がさらに溢れ出す。
 とぼとぼと涙を拭い会場の外に出て、走りを緩めて歩き出す。本当はイオスとの婚約で幸せでいっぱいのはずだったのに、これじゃあ駄目よね。
 たしか、マリッジブルーと言うんだったかしら。家族以外に愛されるのが初めてだったから不安でどうしようもない。

 
「あら、そこにいるのはイオス様を盗んだ小国の泥棒姫じゃない。」


 その言葉が発せられて、はっと周りを見回した。
 いつの間にか人気の無い、それどころか兵士も見当たらない所に来てしまった様です。
 どうやらパーティー会場からだいぶ離れてしまったみたい。
 
 私を囲むようにおそらくフェーリス国のご令嬢がさらに数人現れ、冒頭に戻ります。 



──────





「私は何をしているのか聞いているのです。」
「し、シシリー様。」
「どなたかしら?イオス様が長年慕っていた、それも王女の方を足蹴にする下衆は知らないんだけど。」
「ひっ」


 美しい少女が目を細めて、本当に人形の様な表情で威圧をかける。
 それだけで、先ほどまでの偉ぶっていた令嬢達は恐怖で体を震わせる。


「去りなさい。今回の事は家族にも咎がいくと思いなさい。」


 低めの声でそう宣言されれば令嬢達は我先にと逃げ出した。残ったのは痛みで動けない私と人形の様なシシリーと呼ばれた美しい少女だけ。
 少女は、令嬢達がいなくなったのを確認した後に、心配そうに私の元にしゃがみこみ純白のハンカチで踏みにじられた箇所を押さえてくれる。ハンカチに微かに血が付く。


「っつ。」
「骨には異常が無いな。」
「シシリア!」
「遅せぇよ!イオス!」


 あ、あの人形の様な美しい少女から男の様な台詞が放たれているんですけど。


「今治すからな。」
「シシリア。ああ、こんなにも顔をぐちゃぐちゃにして。」


 少女が治癒魔法をかけてくれているなか、イオスは私の涙でぐちゃぐちゃになった顔に手を当てて、そんな状態なのにいくつもの優しいキスを落としてくれる。
 くすぐったくて思わずふふと声を上げると、彼は目を輝かせて抱き締めてきた。そういえば、初めて呼び捨てにしてくれたわね。


「イオスはさ、シシリア様が最近悩んでるのに気が付いて僕を呼んだんだよね。」
「えっ?」
「おい、シシリー。」
「もしかしたら、誰かにいじめられてるんじゃないかってさ。」


 治癒を終え、少女が立ち上がると作り物の笑顔の様なものでなく無邪気な少年の様な笑顔をむける。
 ん?少年の様な?も、もしかして。


「気付いた?そう、僕は男の娘。」
「え、えぇ。」


 混乱している私を他所に、ビロードのドレスを一瞬で脱ぎ騎士の格好になるとドレスを私に渡してくれる。
 そういえば、令嬢に踏まれたからせっかくのドレスが汚れてしまってたわ。
 未だに抱きついているイオスを片手で引き剥がすと着替える様に言った。
 周りには彼ら以外居ないようだしといそいそと着替えると、何故かそれは私にぴったりだった。

 
「うーん、紅よりこっちだな。」


 騎士姿の元少女が指を鳴らすと紅いドレスがイオスの瞳と同じ翡翠色になった。私の銀糸にその翡翠色は良く合っていた。彼もそう思ったのかその姿に満足げに頷くと改めて騎士の礼をする。


「僕は、コウランの生前の弟であるシンリと言います。シシリーは女性の時の渾名ね。」
「私にとっても弟みたいな存在なんだ。」
「そうなんですね、ちなみに何故、女装を?」
「ん?似合うでしょ。この女顔武器を利用しないと。」
「な、なるほど。」


 少女の正体がわかったとたんに胸のつかかりが無くなる。なんと都合の良いのだろうか。
 そんな自分に嫌気をさしたが隠して微笑む。そうしたらイオスが微妙な顔をした。なんでしょうか。


「私には笑顔で本心を隠さないでほしい。」 
「……醜い本心ですよ?」
「イオス様よりはましだと思うよ。イオス様たら、ベルジュに呪いを放てっていってたし。」
「呪い……。」
「シシリーでシシリア様に近寄る男を誘惑してこいっていってたし。僕、女の子が好きなのに。」
「誘惑……。」


 だから、本心で話しなよとシンリに言われて私の思っていたことをイオスにぶつけた。
 本当に私で良いのかとか、ただの侍女にさえ嫉妬してしまうこととか。最後は泣き叫ぶように言っていたのにイオスは本当に愛しく思っている表情で聞いてくれた。
 そして、涙を拭ってくれながら頭を撫でてくれる。


「私も同じだ。」
「イオス様も?」
「ああ。だからこそ話し合おう。またこうしてぶつけ合おう。」


 

 私はどうやら婚約破棄をされましたが愛し愛される方と巡り会えたみたいです。






────────────────────────

 最後は走り抜けましたがこれで本編は終了です。もしかしたら番外編をいくつか作ったり。いつの間にかこの最後を直してるかもしれません。


 皆様、お気に入り1000を越えるとは思って居ませんでした。ありがとうございます。

 ちなみに、コウラン様とシンリ君は今は暖めている小説でのキャラです。本当はそれが最初に書いた小説なのですがまだ日の目を見ていません。
 腐らせる前に出したいです。


 皆様、ここまでお付き合いありがとうございます。



SHIN


 
2017,03,21   一部の文章を訂正しました。例)以上→異常
 指摘してくださった方、ありがとうございます。
2017,09,25   一部の言い回し、表現を変更しました。
 
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