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はじまりと記憶
僕は人形の国を後にする。
しおりを挟む人形と傷の女性の側に、人形師の青年を横たわらせた。
最初は青年に警戒していた女性も人形師の青年が穏やかな表情をしているのを見て、安堵の声をだした。
「終わったのですね。」
「うん。」
「これで、シシリー様も安心して成仏出来ます。」
人形だったシシリーに魂があったのかは定かではないが、人々を助けようとしたその感情は確かな物であった。その優しい心を持つ人形は、穏やかな顏でまるで眠っているかのように横たわっている。
「シシリー様の願いを叶えてくださり、ありがとう御座います。」
「大したことはしてないよ。」
「いえ、見捨てることも出来た筈なのにちゃんとロキを倒してくださいました。」
「此処での悪霊退治はあれぐらいが丁度良い雑魚だったよ。これからの課題も見えたし。」
雑魚と言われたロキが憤慨しているのか、黒ずみたヒトガタが入った瓶がカタカタと動いている。
煩いので兄上に渡しておくと、ヒトガタが何かに反応するかの様にビクンビクンと痙攣していた。それを面白そうに眺めつつ、器用に瓶をくるくると回す。
「……シシリーは人形に戻ったんだな。」
青年が目を覚ましたらしい。
石が削られて出来た洞窟の天井を光の無い瞳でぼーと見つめている。
自らの両手を目の前に持ってきて眉を寄せ眉間に皺を寄せると、目から透明な雫を溢した。
「わたしは取り返しのつかない事をしてしまったな。」
「……。」
「この手で何人も殺してきた。まさに血に染まりし紅い手だな。」
「そんなことはありません!その手は命を生む手です!」
傷の女性のがシシリーの側から青年の側に移動する。
そして、空にある青年の片手を取り胸元で大事そうに抱きしめた。青年が傷の女性に視線を向けその姿を視認すると、驚いたように目を見開いて口をパクパクと動かした。
「貴方が皆を守るために自分と抗っていたのを知ってます。私も何度も貴方に守られてました。」
「……そんなに傷だらけになったのに守られたなど。」
「貴方がロキを抑えてくれていたから、私達は生きていられるのです。死の国にならなかったのは貴方のお蔭なのですよ。」
女性の目から次から次へと涙が溢れ出て抱きしめられている人形師の手を濡らしていく。
意志の強かった瞳の煌めきは別の色へと変わり、眉を潜め額を人形師の手に当てる。懇願するかのその行動に人形師は戸惑いを見せた。
「人を殺した罪を償うなら、私やシシリーのために生きて償ってください。」
「…………命を生む手、か。」
人形師の青年は、痛いぐらいに強く握られているだろう手を見つめながら力なく笑った。
「お嬢ちゃんは相変わらず、面白いことを言うな。」
人形師の顔は諦めた笑いではなかった。
女性の事を懐かしげに見つめている表情には力が戻ってきている。床から起き上がると女性の頭を空いている手で一瞬だけ躊躇するも撫でかき混ぜた。
「そうだな。生きてないと償えないよな。」
「それでこそ、助けた甲斐があるというものだよ。」
「あ、ああ。あり……が、とう。……シシリー?」
視線が話しかけた僕に向いたと思ったらこぼれ落ちるのではないかというほどに目を見開いて、言葉をと切らせながらかつての最高傑作の名前を呼ぶ。
作者からも間違われるとは、やっぱり似ているらしいね。
多分、宝玉が僕に似せたのだろうけど。
人形師の青年に宝玉をシシリーから貰い受けた事を伝えると、何か納得したようにうなずく。やはり、シシリーのイメージは宝玉から得たものであるのだとか。
僕に似た人形をどうするか、別にそのままでも僕は困らないが人形師の青年は造形を変えると言った。
「本体はそのままに、姿を別物に変えようとおもう。今は、別のイメージが湧くんだ。」
それに、と言葉を区切るとシヤさんの方に視線を一度だけ向けた。
「この国を凶行へと走らせた罪で牢獄で一人の時間はたっぷり有るだろうしね。人形作り位良いだろ?もう生き人形は作れないし。」
「国に掛け合っておこう。」
シヤさんの言葉に満足したのか、うんうんと頷く。
生き人形が作れないと言った言葉は嘘ではないだろう。この国に蔓延った人形達は術式とロキの怨念も合わさり動いていたのだとおもっている。もちろん、青年の意思も受け継ぎ。だからこそ、シシリーとの関係を親子と言ったり、ロキにとって邪魔な旅人を襲ったりしたのだろう。
「できたら、君にあげるからね。お嬢ちゃん。」
「……一体だけじゃ満足しませんからね。私を満足するまで作ってください!」
「それじゃあ、いつまでも生きなきゃな。」
女性の言葉に苦笑いを返しながら、どことなく幸せそうな雰囲気を感じた。
ロキに乗っ取られたとはいえ青年が人を殺した事は変わりないが、少しは幸せを感じても許されるだろう。むしろ、僕としては青年には幸せになって貰いたいのだけど。
「罪は神殿が決める。」
「そうですね。裁かれるまでの私の身柄はどうしましょう。」
「俺らで管理する訳にもいかないからな。アキ、日が登ったら隣街の兵士を呼んでこい。」
「わかりました。」
「そうだなぁ、『人形の国の元凶を倒した。操られていた男を保護している回収に来い。』とでも伝えておけ。」
うん、間違いじゃないけどね。
良い采配だと思うけど、人形師の青年は納得しないかも。でもまぁ、それ以降は僕たちが関与する事でもないし、そちらでどうにかしてもらおう。
僕たちは日が昇るのを待ち、アキさんが隣街の兵士を連れてくるのを、傷だらけの女性と人形師の青年と色々話ながら待った。
青年はやはりというか、兄上の采配だと罪が軽くなるとわかり、裁きの時になったらもっと罪があることを言うと言っていた。
昼頃になると、外からがやがやと人の声がしたので洞窟から出る。そこには、アキさんとおそらく隣街の兵士達の姿があった。兵士達は、人形の国に漂う死臭に顔を歪め、辺りに倒れている人形を見て気分を悪くしたりしている。
腐敗した人が繋ぎ合わさっている人形を直視してしまった者など口許を抑えて木々の方に駆けてゆく。
取り敢えず、僕たちの役目はこれで終わりなのでさて、帰ろうかなって行動していると、兵士の代表の様な人がにっこりと腹黒い笑みを浮かべて逃がしてはくれなかった。
調書が取りたいとのことで三日ほど隣街に滞在することとなってしまった。
もちろん、僕や兄上の事は上手く隠しつつ調書を受けたよ。
そして、やっと帰れる事になる頃には、疲労感でいっぱいな僕たちの姿が所々で見られる事となるのは三日後のことである。
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